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第三章 天法士時代

第46話 調査を終えて

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「……それにしてもあんた、天法士だったんだな」
 星空を眺めていたウィルが、視線を転じてレーキの王珠おうじゆを見た。
「……あ……ああ。一応、天法院を出ている」
 今は柔らかな光をたたえている王珠に手を当てて、口もるレーキにウィルは素朴な疑問をぶつけた。
「じゃあなんでポーターをしてるんだ?」
「……天法士としては働きたくない、からだ」
「ふうん。何だか解らんが、あんたが選んだ道だからな。オレに口出しする権利はない」
 あっさりとウィルは引き下がる。彼とて有名騎士団を自ら辞めた身だ。他人のことは言え無いのだろう。
「……ああ、なるほどなぁ。オレとレーキが『同じ類いのバカ』ってのはそう言うことか」
 ウィルは、ネリネの言い放った言葉を覚えていた。栄誉とされる職に就きながら、それをぽんと投げ打ってしまう愚か者。ネリネに二人はそう思われているようだ。
「はっはっは! オレたちはバカらしいぜ!」
 レーキの肩を叩きながら、ツボに入ったのかウィルは大笑いする。
「……確かに……そうかもしれないな」
 自嘲気味なレーキの呟きに、ウィルはにっと笑みを深めた。
「バカで上等! オレは今の生き方を選んで正解だったと思ってるぜ。……こんな凄いもんも見られたしなぁ!」
 頭上に輝く星空と同じくらい、ウィルの眼差しはキラキラと星を見つめて。降り落ちてくるような星を受け止めるように、彼は腕を広げた。
「……そうね。ニクスの騎士団に居たんじゃ、こんな所にくる機会なんて無かったでしょう……うーん。もっと沢山あたしに感謝していいのよ?」
 ふふふ。ネリネは不敵な笑みを浮かべる。ウィルは笑いながら、冗談めかしてお辞儀をした。
「へへっ! お嬢ちゃんには感謝してるよ! ……賃金も払って貰うしな!」
「う。忘れてた……まあ仕方ないか。必要経費ね……さあ! 次はこっちの項目よ、レーキ。これは多分『月の満ち欠け』だと思うの」
 ネリネがあれこれと指示するままに、レーキは一覧の命令をステラに実行させていく。
 投射出来る星空は、現在のモノだけではない。過去や未来、レーキが知らない地方のモノ、月の運行を示したモノ、果ては星座の由来まで多岐にわたっていた。
 一覧表の命令を一通り試していると、随分時間が経ってしまった。気がつけば、きゅうるると誰かの腹が切なく鳴いている。
「……んあ。オレだ。なあ、腹が減った。そろそろ昼飯にしようぜ」
 ウィルの提案に、二人は一も二もなく賛成した。
「ステラ四〇三号、どうすれば星空の投射を止められるんだ?」
「……あ、ただ止めるだけじゃ駄目よ! ご飯食べたらまた調査するんだから!」
「解った。ステラ四〇三号、訂正だ。一時的に投射を中断したい。どうすればいい?」
「回答します。中断命令を実行しますか? また、見学者の離席によっても投射は中断します」
 答えは簡単だった。レーキが玉座から立ち上がると、遺跡はふっと明かりが消えたように静けさを取り戻した。ステラも沈黙したまま。なんの音声も聞こえない。
「……はあ……いままで色んな遺跡を見てきたけど……こんなに完全な機能が残ってる遺跡は初めて……」
 うっとりと、半ば夢見心地でネリネが呟く。彼女にとって、この遺跡は大発見で有るのだろう。興奮冷めやらぬまま、ネリネは壇上にへたり込んだ。
「うう……あたしに天法の才能が有ればなあ……似たような遺跡に出会った時、こうして動かせるのに……」
 がっくりとうなだれるネリネを置いて、ウィルはさっさときざはしを降りていく。
「……ここじゃ飯は作れねぇだろ? 移動しようぜー」
 食欲を優先するウィルに、恨めしげな視線を向けながら、ネリネも渋々、壇上を降りる。
 レーキは玉座に座る際に下ろしていた荷物を背負い、二人の後を追った。

 レーキが作った、チーズとあぶりベーコンに隠し味のピクルスを加えたサンドイッチを摘まみながら、ネリネは遺跡の調査メモを見返している。
 干し肉とカロートニンジンセヴォタマネギを煮込んだスープにチーズを落として、レーキは完成したそれを、ネリネとウィルに差し出した。
「……あ、ありがと! このサンドイッチ美味しい! このちょっぴり酸味があるのがたまらないわね!」
「ああ。飯が美味いと士気が上がるよなぁ」
「……良かった。量は少ないが香辛料もある。サンドイッチでもスープでも、少しかけるとぴりりとして美味いぞ」
 細かく砕いたフィルフィルの粉を受け取って、ネリネは満面の笑みを浮かべた。
「ありがと! それ貰うわ! ……うーん。このスープも美味しい……! ああ……ダメね……こんな贅沢覚えたら、不味い携帯食じゃ我慢できなくなっちゃう!」
 困ったと言いながら、ネリネの表情は嬉そうなままで。スープにフィルフィルの粉を振りかけて彼女はううーん。と満足げな声を上げた。
「……所で食料は後どれくらい持つ? オレの分は予定に無かったんだろ?」
 言葉とは裏腹に、サンドイッチをぺろりと平らげて、ウィルはスープを口にする。
「そうだな、明日の朝を軽くる位までならなんとか。それ以降は厳しい」
「それならほぼ予定通りね。アンタは食料に余剰は無いの?」
「今オレの背嚢はいのうに残ってるのはこれくらいだな」
 ウィルが背嚢から取り出したのは、堅パン一個と干し肉が少々。小さくて固い赤いマッサリンゴの実が一つ。
「うーん。予定に無かったって言っても少ないわね」
 ウィルの食料を検分して、ネリネは腕組みする。
「余計な荷物は持たない主義なんだよ。オレは。……ん。お嬢ちゃんも食うか?」
 そううそぶいたウィルは、マッサの実を拾い上げると、一口かじりつく。瞬く間に、赤い皮の下の白い果肉が齧り跡だらけになった。
「……いらない。ま、一日位食べなくても死にはしない! さ、食べたらホールに戻るわよ!」
「はいはいっと!」
 マッサの芯までぱくりと胃に収めて、ウィルは立ち上がる。彼は手のひらを払って、手袋をはめた。
「俺はここを片づけてから追いかける」
「ん。そのくらいの間は待つわよ」
「解った」
 レーキは、調理に使った鍋と食器を持参した水で軽く洗った。足りなくなった分は天法で造ることにする。ネリネとウィルには既に自分が天法士で有ることは明かしてしまったし、ウィルが残ったことで元々飲み水が足りない。調理器具を洗わないで済まそうかとも思ったが、カビや汚れも気になる。そうなると天法で大気から水を造り出すしかない。
「『造水アクア』」
 レーキはたっぷり鍋一杯分の水を造って飲み水用の水筒に収める。それを見ていたウィルが、感心したように口笛を吹いた。
「なあるほどね。確かに天法士なんだな。あんたは。その水は飲めるのか?」
「ああ。飲める。不純物を何も含んでいないから味は無い」
 何かを思い出したのか、ウィルはああと呟いた。
「……そう言えば、グラーヴォがたまに抱えてた安い『治癒水』の出所はあんたか?」
「……そうだ。俺が作ってグラーヴォに渡していた」
 レーキは正直にそれを認めた。『治癒水』の販売をしたことも、今となっては懐かしい。
「あれは良く効いた。価格が安いのも良かったぜ! 味はいまいちだったけどなぁ」
「う。それはネリネにも言われた。今後改善する」
「そうしてくれ」
 レーキは調理器具などを片付けて、荷物をまとめる。三人揃ってホールに向かうと、午後いっぱいを使って遺跡の調査は続いた。

「ありがとう、ステラ四〇三号。これで実行出来る項目は全部だな?」
「回答します。レーキ様。見学者権限において実行出来る命令は全てです」
 とうとう一覧表には、実行していない命令が無くなった。
 玉座の肘置きに腰掛けて、メモを取っていたネリネは顔を上げて、小首を傾げた。
「……見学者権限、か。なら見学者で無い権限もあるの?」
「ステラ四〇三号、見学者以外の権限について教えてくれないか?」
「見学者以外の権限については管理者に訊ねてください。私には開示の権限が有りません」
 レーキの問いに、ステラは平坦な声音で答える。感情は一切感じさせないが、流暢な言葉使いだった。
「うーん。少なくとも『管理者権限』ってのは有りそうね。レーキはそれに該当しないの?」
「ステラ四〇三号、俺には管理者の資格はないのか?」
「レーキ様のオーブは管理者権限に該当しません。申し訳ございません」
 謝罪する声にも感情は無い。ステラはただ決められた言葉を問いに応じて返しているだけのようだ。
「オーブってのは王珠のコトなのよね? 王珠五つでもダメってコトは……問題なのは数じゃないんでしょう。えーと、王珠以外にもオーブが有るってこと? うーん……」
 ネリネは頭を抱えて考え込む。調べれば調べるほど、謎は深まるばかりだ。
「……最後に一つだけ。この施設が作られてからどれ位の時間が経ってるの?」
 ネリネの問いをレーキがステラに向かって繰り返す。
「当館が竣工してから経過した時間は千三百七十四年と五ヶ月と四日と二刻十六分三十七秒です」
「やっぱり! 第二シェンナ王朝後期で当たりみたいね。壁画の様式はその頃のモノだし。うーん。流石あたしってば天才!」
 ネリネはパチンと指を鳴らして、自分の推測が当たっていたことを喜んだ。
「……ふう。もう良いわよ、レーキ。ここで引き出せそうな情報はだいたい引き出したわ。その席から立ち上がって大丈夫。お疲れ様」
 ネリネはレーキの肩を軽く叩いて「ありがとう」と礼を言った。
「解った。ステラ四〇三号、見学を終了するにはどうしたらいい?」
「終了を命令してください。レーキ様。終了命令で当館は待機状態に移行します」
「……あ、待ってくれ、レーキ。その姉さんに百年後の星空を写すように言ってくれ」
 玉座の隣に胡座あぐらをかいて、調査を眺めていたウィルが手を挙げる。レーキがそれをステラに伝えると、天井は再び美しい星空で満たされた。
「……ああ。綺麗だな」
 空を見上げて、ウィルは心底からしみじみと呟く。百年の後を予測した星空も、また美しく光り輝いていた。
「ああ」
「そうね」
 レーキとネリネの二人も空見上げて、感嘆する。ウィルは一度目を閉じて、何度か瞬くとまぶたを上げた。天井に映し出されたその星空をひとみに焼き付けるように、じっと見つめて深く息を吐く。
「……オレたちの誰も百年後のこの星空を実際に見ることは出来ないだろう。でもきっと百年後も星は光って、そこにある。例えば人の全てが死に絶えたとしても。それがとてつもなく偉大なことに思えてなぁ」
 戦いを好み、強敵との命の遣り取りに喜びを見いだすウィルの意外な一面。それは詩人の様な横顔だった。
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