雨と時間の向こう側

時谷 創

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7話 豪雨の中で

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喫茶店から外に出ると、着ている合羽に雨が当たり、大きな音を立て始めた。

空を見上げると豪雨は弱まるどころか、先ほどより強くなっており、
喫茶店を取り巻く木々も風でしなっている。

普段なら裏山と森に囲まれた穏やかな風景だと思われるが、
今は叩きつける雨風と轟く雷鳴が不安な気持ちを抱かせる。

再度注意深く周りを見渡してみると、ここらには人家の姿はないようで、
左右に道が続いているだけのようだ。

「右と左、どっちの道を進めばいいんだろう。
 マスター! 先生が来る方向はどっちからだっけ!?」

「左だ! 天野先生の家は町の西側だからな。
 でも、この雨の中本当に行くのか!?」

マスターが心配そうな表情でこちらに歩み寄ってくるが、
私は「任せてください」と告げて、それを手で制する。

「嫌な予感……胸騒ぎがして、いてもたってもいられないんだ。
 取り返しの付かない事態には絶対にしたくない!」

「分かった……けど、本当に危ないと思ったら引き返すんだぞ!
 お前自身が被害に合う事になったら天野先生も悲しむんだからな!」

遠くに響く雷鳴を聞くと、正直怖い。

さっきから手足が震えているし、心臓がバクバクいっている。

でも、私はこんな所でとどまる訳にはいかないの。

直君のお父さんが最後まで心残りにしていた天野先生を今度こそ救ってあげたい。

だから私は力を込めて、一歩また一歩と足を前に踏み出す。

『悪いな、衣沙菜。
 ぬいぐるみ姿ではほとんど動けないけど、衣沙菜には俺がついている。
 もし弱気になったら話を聞くし、今回の事も衣沙菜なら大丈夫だと
 俺は信じている』

「直君、ありがとう。直君がいてくれればきっとうまくいく。
 だから私、勇気を持って前に進むから!」

私は直君の、ぬいぐるみの顔をポンポンとすると、
合羽を深く被って西側の道を駆け出していく。

黒い雲が凄い勢いで上空になだれ込み、より一層強い雨を降らす。

私はぬかるんだ道に足をとられないよう慎重に足を運び、
町の西側へと着実に前進していく。

「まだ人家が見えてこないね。この森はどこまで続くんだろう」

『これだけ降ると地盤が緩んできてるだろうし、
 いつ土砂崩れが起きてもおかしくないな……』

「土砂崩れが起きる時って何か前兆みたいのがあるんだっけ?」

『道に亀裂が生じるとか、異様な音や匂いがするとか、
 何か物が転がってくるとかかな』

今のところは特に当てはまる現象は見られないけど、
状況は刻一刻と悪くなっている。

『でもここまで状況が悪いとそろそろ引き返した方が良いかもしれないな。
 俺としても衣沙菜が巻き込まれる事態は絶対に避けたい』

「そうだね……でも、もう少しだけ、もう少しだけ進んでみてもいいかな?」

『分かった。ただ俺が戻ると判断したら、すぐに戻る事、いいな?』

直君の言葉に私は大きく頷くと、泥濘を避けて道を少しづつ進んでいく。

パラパラパラ……

「?」

どこからか音がしたためすぐに足を止めると、前方の道に小さな石が転がってきた。

『まずい。もしかすると土砂崩れの前兆かもしれない。
 先生の捜索は一旦引き上げてすぐに戻ろう!』

「分かった。これ以上は危険だし、直君の指示に従うね」

直君に従って足を止めて、元来た方向に目を向けようとすると、
西側に続く道の方から声が聞こえてきた。

「後少し……後少しで喫茶店にたどり着くはずだ……」

その声は自分を奮い立たせるためと言うよりは、
自分を励ますような弱弱しいものだったが、「喫茶店」のキーワードで、
声の主が天野先生である可能性が浮上する。

「直君! もしかして、天野先生がそこまで来てるんじゃ!?」

『この天候で他の人が出歩くのは考えづらいし、たぶん天野先生だ!
 衣沙菜、先生に呼びかけてみてくれ!』

「分かった!」

西側へ続く道に体を向き直して、大きく一つ深呼吸をすると、先生の名前を叫んだ。

「天野先生! 俺です、秋山 享です! 天野先生、いらっしゃいますよね!?」

「秋山……君か……。僕を迎えに来てくれたんだな……」

先ほどと同じく弱弱しい声がしたと思うと、
道先に天野先生らしき40代の男性が姿を現した。

先生の無事を確認できた事に声をあげて喜びそうになったが、
すぐにその気持ちが反転する。

この豪雨の中で転倒したのか、先生の服やズボンが泥だらけになっており、
さらに足を痛めたようで、木に寄りかかりながら、
何とか立っている状態だったからだ。

「先生、大丈夫ですか!? 頭を打ったりはしてないですか!?」

先生のいる場所まで少し距離があるため、少し大きめの声で語りかけるが、
目が空ろで反応がなかなか帰ってこない。

パラパラパラ……

先ほどの何かが転がるような音が再度聞こえてくる。

「秋山君……すぐにここから逃げろ……。
 もうすぐ土砂崩れがここに……」

先生が言葉を発すると同時に、今まで聞いたこともなく、
地の底から鳴り響いてくるような轟音が鳴り響いた。

その瞬間、山の上方から土や倒木、落石などが横切り、
さっきまで先生がいた場所を完全に飲み込んでしまう。

「せ……先生……?」

その光景を見て目の前が真っ暗になった。

体から力が抜けて膝から崩れ落ちる。

先生が、眼前で、土砂崩れに巻き込まれたのだ。

「直君……私……先生を救えなかった……」

自分の不甲斐なさに打ちひしがれ、その場で地面に倒れこむと、
そう呟くのを最後に私は意識を失った。

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