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15話 雨と時間の向こう側
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「衣沙菜……衣沙菜……」
名前を呼ぶ声で意識を取り戻すと、そこは学校の図書館で、直君が心配して
声をかけてくれていた。
「直……君?」
「元の世界に戻ってきたみたいだな。俺もぬいぐるみの姿から戻ってるし、
蔵書点検の時まで戻ってきたみたいだな」
直君の言う通り、直君はぬいぐるみではなく、いつもの姿に戻っていた。
「マスターや先生はどうなったのかな?」
「その事を衣沙菜が意識を取り戻すまで考えたんだけど、
家に電話をかけて母さんに確認とろうかと思ってな」
「そっか! 直君のお父さんがお世話になった人達の事なら
この時間軸でのその後も知ってるかもしれないね!」
黒電話、黒電話っと口にして辺りを見回すと、
直君がポケットからスマホを取り出した。
「短い間だったけど、衣沙菜は昔の習慣が板についてしまったみたいだな」
「あはは、そうだね。それじゃ、直君よろしくね」
直君は笑顔を浮かべて大きく頷くと、家に電話をかけてスピーカーに切り替える。
「もしもし、秋山ですが」
「あ、母さん。ちょっと聞きたい事があって電話したんだけど、今時間いい?」
「ちょうど買い物から帰ったところだからいいわよ、何?」
時間がある事を確認すると、直君はそこで一呼吸おいてから次の言葉を切り出す。
「父さんがお世話になった先生で天野先生っていたと思うんだけど、
その人について何か知ってる事は無い?」
「天野先生なら学校を移られてからもずっとお世話になってて、
直樹が生まれた時も足を運んでくださったのよ」
「え、直君が生まれた時に!?」
直君のお母さんから驚くべき事実を聞いて、つい声を張り上げてしまう。
「その声は衣沙菜ちゃん? そう言えば蔵書点検は2人でやるって言ってたわね。
直樹、いいかげん衣沙菜ちゃんとの事はしっかり考えて……」
「そ、その事はちゃんと考えているから母さんは気にしないでくれ!」
直君がお母さんの言葉を遮るように言葉を被せるが、
スピーカー状態なので私まで丸聞こえだった。
直君、顔を真っ赤にして可愛いな!
「ってそれより大事な事をもう1つ聞きたいんだ!
父さんが学生時代の時、白樺って言う喫茶店によく通ってたはずなんだけど、
そこのマスターについては知ってる?」
「白樺のマスターもお父さんから色々聞いているけど、
お亡くなりになったって聞いたわよ?」
「え、マスターが亡くなった!?」
マスターが亡くなっている…。
それを聞いて目の前が真っ暗になった。
やはり山側から退避するだけじゃ不十分だった?
それに私達が未来を変えなければマスターが巻き込まれる事も無かった?
「と言っても白樺のマスターが亡くなったのは、父さんが30歳の時。
学生の頃70くらいだったんだから、不思議ではないと思うわよ?」
「と言う事は喫茶店で土砂崩れに巻き込まれてなくなった訳では……?」
「その時は父さんが屋根裏の部屋に隠れるように言ったおかげで、
難を逃れたって聞いてるわ」
直君のお母さんの言葉を聞いて、私は体の力が抜けて床に座り込んだ。
「マスター、助かったんだね!」
笑顔を浮かべるが、自分の意思に反して涙がとめどなく溢れてくる。
すると直君は「ありがとう」と言って電話を切り、私の元に駆け寄ってきた。
「ごめん、衣沙菜。
大丈夫だと言いながらも、自分のせいで巻き込んだかもしれないって
重圧で苦しかったよな。でも、大丈夫だ。
母さんから聞いたとおり、マスターは無事だった。
だからもう思いつめる必要はないぞ」
「直君!」
私は直君の言葉を聞くと同時に直君の胸に飛び込んでいた。
「直君、直君! 良かった! マスターが無事で良かったよー!」
「そうだな。俺もマスターが無事だったと聞いて凄く嬉しかった」
そう言うと直君の頬にも涙が一筋流れるのが見えた。
「直君もぬいぐるみの姿で思うようにいかず辛かったよね」
「ああ…今回は仕方が無かったとしても、結果的に衣沙菜に任せっぱなしに
なってしまっていたので、色々思う事もあったからな」
「私は大丈夫だよ、これで先生とマスターを救えて、
直君のお父さんの思いを成し遂げられた。
だから結果オーライだよ!」
「衣沙菜…!」
涙を流す直君に優しくぎゅっと抱きしめられる。
「衣沙菜、喫茶店の時に言った事。覚えているか?」
「うん、もちろん覚えてるよ」
私の言葉を聞いて直君は一度体を離して、視線を合わせる。
今までも同じ距離で接する事もあったけど、今はそれとは明らかに違う。
目と目で気持ちが通じ合うってこんな状態だったんだ。
「直君と付き合えて凄く嬉しい。
直君と気持ちが通じ合える事がこんな嬉しい事だとは思わなかった。
私ももちろん同じ気持ちだし、こちらからもよろしくお願いします」
「ありがとう。今日は父さんの願いが叶えられて、衣沙菜と付き合う事が出来た。
こんな素晴らしい日が来るとは想像もしてなかったよ」
「これも雨と時間の壁を2人で乗り越えたから、かな?」
「だな。『雨と時間の向こう側』に辿り着いた者に訪れた幸福って感じだ!」
タイムスリップ。ぬいぐるみ化。土砂崩れ。巻き戻り。未来改変。
不思議な出来事から悲惨な出来事まで色々あったけど、
私達はそれを乗り越える事で、願いが叶えられた。
もちろん本来やり直しはあるべきではないし、
この先やり直しのきかない現実が沢山待ち受けているのも分かってる。
でも与えられた機会がもしあるのなら、
諦めずに頑張るのもいいのではないかと、私は思う。
「直君のお父さんありがとう。そして機会を与えてくれた神様、ありがとう」
私は感謝の気持ちを口にしつつ「雨と時間の向こう側」の本を
ぎゅっと抱きしめるのであった。
名前を呼ぶ声で意識を取り戻すと、そこは学校の図書館で、直君が心配して
声をかけてくれていた。
「直……君?」
「元の世界に戻ってきたみたいだな。俺もぬいぐるみの姿から戻ってるし、
蔵書点検の時まで戻ってきたみたいだな」
直君の言う通り、直君はぬいぐるみではなく、いつもの姿に戻っていた。
「マスターや先生はどうなったのかな?」
「その事を衣沙菜が意識を取り戻すまで考えたんだけど、
家に電話をかけて母さんに確認とろうかと思ってな」
「そっか! 直君のお父さんがお世話になった人達の事なら
この時間軸でのその後も知ってるかもしれないね!」
黒電話、黒電話っと口にして辺りを見回すと、
直君がポケットからスマホを取り出した。
「短い間だったけど、衣沙菜は昔の習慣が板についてしまったみたいだな」
「あはは、そうだね。それじゃ、直君よろしくね」
直君は笑顔を浮かべて大きく頷くと、家に電話をかけてスピーカーに切り替える。
「もしもし、秋山ですが」
「あ、母さん。ちょっと聞きたい事があって電話したんだけど、今時間いい?」
「ちょうど買い物から帰ったところだからいいわよ、何?」
時間がある事を確認すると、直君はそこで一呼吸おいてから次の言葉を切り出す。
「父さんがお世話になった先生で天野先生っていたと思うんだけど、
その人について何か知ってる事は無い?」
「天野先生なら学校を移られてからもずっとお世話になってて、
直樹が生まれた時も足を運んでくださったのよ」
「え、直君が生まれた時に!?」
直君のお母さんから驚くべき事実を聞いて、つい声を張り上げてしまう。
「その声は衣沙菜ちゃん? そう言えば蔵書点検は2人でやるって言ってたわね。
直樹、いいかげん衣沙菜ちゃんとの事はしっかり考えて……」
「そ、その事はちゃんと考えているから母さんは気にしないでくれ!」
直君がお母さんの言葉を遮るように言葉を被せるが、
スピーカー状態なので私まで丸聞こえだった。
直君、顔を真っ赤にして可愛いな!
「ってそれより大事な事をもう1つ聞きたいんだ!
父さんが学生時代の時、白樺って言う喫茶店によく通ってたはずなんだけど、
そこのマスターについては知ってる?」
「白樺のマスターもお父さんから色々聞いているけど、
お亡くなりになったって聞いたわよ?」
「え、マスターが亡くなった!?」
マスターが亡くなっている…。
それを聞いて目の前が真っ暗になった。
やはり山側から退避するだけじゃ不十分だった?
それに私達が未来を変えなければマスターが巻き込まれる事も無かった?
「と言っても白樺のマスターが亡くなったのは、父さんが30歳の時。
学生の頃70くらいだったんだから、不思議ではないと思うわよ?」
「と言う事は喫茶店で土砂崩れに巻き込まれてなくなった訳では……?」
「その時は父さんが屋根裏の部屋に隠れるように言ったおかげで、
難を逃れたって聞いてるわ」
直君のお母さんの言葉を聞いて、私は体の力が抜けて床に座り込んだ。
「マスター、助かったんだね!」
笑顔を浮かべるが、自分の意思に反して涙がとめどなく溢れてくる。
すると直君は「ありがとう」と言って電話を切り、私の元に駆け寄ってきた。
「ごめん、衣沙菜。
大丈夫だと言いながらも、自分のせいで巻き込んだかもしれないって
重圧で苦しかったよな。でも、大丈夫だ。
母さんから聞いたとおり、マスターは無事だった。
だからもう思いつめる必要はないぞ」
「直君!」
私は直君の言葉を聞くと同時に直君の胸に飛び込んでいた。
「直君、直君! 良かった! マスターが無事で良かったよー!」
「そうだな。俺もマスターが無事だったと聞いて凄く嬉しかった」
そう言うと直君の頬にも涙が一筋流れるのが見えた。
「直君もぬいぐるみの姿で思うようにいかず辛かったよね」
「ああ…今回は仕方が無かったとしても、結果的に衣沙菜に任せっぱなしに
なってしまっていたので、色々思う事もあったからな」
「私は大丈夫だよ、これで先生とマスターを救えて、
直君のお父さんの思いを成し遂げられた。
だから結果オーライだよ!」
「衣沙菜…!」
涙を流す直君に優しくぎゅっと抱きしめられる。
「衣沙菜、喫茶店の時に言った事。覚えているか?」
「うん、もちろん覚えてるよ」
私の言葉を聞いて直君は一度体を離して、視線を合わせる。
今までも同じ距離で接する事もあったけど、今はそれとは明らかに違う。
目と目で気持ちが通じ合うってこんな状態だったんだ。
「直君と付き合えて凄く嬉しい。
直君と気持ちが通じ合える事がこんな嬉しい事だとは思わなかった。
私ももちろん同じ気持ちだし、こちらからもよろしくお願いします」
「ありがとう。今日は父さんの願いが叶えられて、衣沙菜と付き合う事が出来た。
こんな素晴らしい日が来るとは想像もしてなかったよ」
「これも雨と時間の壁を2人で乗り越えたから、かな?」
「だな。『雨と時間の向こう側』に辿り着いた者に訪れた幸福って感じだ!」
タイムスリップ。ぬいぐるみ化。土砂崩れ。巻き戻り。未来改変。
不思議な出来事から悲惨な出来事まで色々あったけど、
私達はそれを乗り越える事で、願いが叶えられた。
もちろん本来やり直しはあるべきではないし、
この先やり直しのきかない現実が沢山待ち受けているのも分かってる。
でも与えられた機会がもしあるのなら、
諦めずに頑張るのもいいのではないかと、私は思う。
「直君のお父さんありがとう。そして機会を与えてくれた神様、ありがとう」
私は感謝の気持ちを口にしつつ「雨と時間の向こう側」の本を
ぎゅっと抱きしめるのであった。
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