Frail/Little Assassin

新田朝弥

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第1章/百鬼夜行 the living dead

1-⑤/百鬼夜行・破

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 夜が、悲鳴を上げた。

 音ではない。
 澪尽町そのものが、限界を越えて軋んだ感覚。

「……っ、抑えきれない……!」

 葉月の声が、初めて明確に怯えを帯びる。

 通りの中央。
 京二の札が、焼け焦げるように裂けた。
 霊力の流れが反転し、抑圧されていた影が一気に膨張する。

 ──封印、失敗。

 重なり合っていた霊障が、無理矢理“個”を得る。
 人の形。
 男。
 異様に細長い手足。
 首は前に突き出し、口元だけが裂けたように歪んでいる。
 その表情が、ありえないほど“生きていた”。

 ……こいつは。

 皮膚の奥が、ぞわりと粟立つ。

「生前……連続殺人犯だった男だ」

 京二が、低く吐き捨てる。

「殺すこと自体に快楽を覚えたタイプ。
 記憶も、衝動も、そのまま残っている」

 悪霊が、ゆっくりと首を巡らせる。

 ──見ている。
 通りに残った人間を。
 逃げ遅れた女。
 腰を抜かしたままの老人。

 次の瞬間。
 影が、女の足元へ“掴みかかる”。

「──下がれ!!」

 叫びながら、葉月が前に出る。
 結界が展開されるが、衝撃で大きく歪む。

 ……間に合わない。
 事故誘発じゃない。
 こいつは、直接、人を殺そうとしている。

 私は、一歩踏み出しかけ──止まった。

 ……斬れば、終わる。
 分かっている。
 今なら、確実に。
 それでも。
 短剣を抜く、その行為が。
 記憶の底を、強く叩いた。

 ◆◆◆

 血の匂い。
 生ぬるい地面。
 裸足に伝わる、ぬめり。

 ──夜。
 村の広場。
 倒れている大人。
 折れた農具。
 壁に飛び散った、赤黒い染み。
 視界の端で、誰かが倒れる。
 刃物が、振り下ろされる。
 迷いのない動き。
 躊躇のない殺し。

 そして──

 笑っている。
 血に濡れた手で、
 まるで遊ぶように。

 ◆◆◆

 ──重なる。
 目の前の悪霊と、あの夜の“何か”が。
 悪霊の中に、一瞬だけ映像が走る。
 狭い部屋。
 縛られた女。
 男の手に握られた包丁。

「次は……どこから切ろうか」 

 生前の声。
 湿った、愉悦を含んだ声。
 胃の奥が、ひっくり返る。

 ……同じだ。

 同じ種類の、存在だ。
 ここで斬らなければ。
 また、同じ夜が生まれる。

 私は、歯を噛みしめる。

 逃げるな。
 これは復讐じゃない。

 でも──
 止めなければならない。

 短剣を、抜く。
 刃が光を反射した瞬間、
 悪霊が、はっきりと笑った。

「──殺してやる」

 その一言で、何かが切れた。

「……違う」

 低く、押し殺すように呟く。

「私は、殺さない」

 踏み込む。
 九年間、骨に刻まれた動き。
 最短距離。
 最小動作。

「──壊す」

 刃が、閃く。
 首。
 心臓。
 魂の核。

 ──一瞬だけ、躊躇するも、

「──起きて」

 迷わず、スイッチを、切り替える。

 ──一閃。

 断ち切られた悪霊が、悲鳴とも笑いともつかない音を上げ、
 光の粒子となって霧散する。

 夜が、凍りついた。
 その場に残ったのは、霊の残滓と──
 私の、荒い呼吸。
 膝が、僅かに震える。

 ……斬った。
 壊した。
 
 京二が、ゆっくりと近づいてくる。

「……正しい判断だ」

 私は、短剣から目を離せない。
 震えているのは、手じゃない。
 胸の奥だ。
 壊すことは、できる。
 簡単に。
 昔と同じように。

 でも。
 ──戻りたくない。
 あの夜には。
 
 封印は破られ、人の命は、現実の重さを持って晒された。
 そして私は、知ってしまった。
 壊す力は、救いになる。
 だが同時に──
 自分を、簡単にあの夜へ引き戻す。
 夜は、まだ終わらない。

 この一太刀は、終わりではない。
 ──始まりだ。
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