Frail/Little Assassin

新田朝弥

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第1章/百鬼夜行 the living dead

1-④/百鬼夜行・進

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 夜が、確実に深まっていく。

 神谷堂の戸を閉めた瞬間、外の気配が一段階、重くなった。
 人の声はある。
 灯りもある。
 だが、それらがどこか“浮いて”見える。

 ──町が、薄くズレている。

「……来てるな」

 京二の低い声。

 私は通りを見下ろした。
 街灯の下、行き交う人々。
 その足元に、影が一つ多い。
 人の動きに、半拍遅れて揺れる黒。

 ……憑きかけだ。

「百鬼夜行。初めは"警告"」

 京二は静かに言う。

「次は──拡散だ」

 葉月が、無意識に木刀を握り直す。

「……人、普通に歩いてますよ」

「だから厄介なんだ」

 京二の視線は冷静だった。

「霊は、人の感情に引き寄せられる。
 不安、苛立ち、後悔……夜は、それが増幅される」
 
 言われてみれば。
 通りの人々の動きは、どこか落ち着きがない。
 小さな衝突。些細な口論。
 笑顔の裏で、感情が揺れている。

 ──餌場、か。

「そして──霊障は、最初から殺しに来ない。
 まず“壊しやすい状態”を作る」

 その言葉通りだった。
 通りの端で、老人が急に立ち止まる。
 耳を押さえ、首を振る。
 ──幻聴。
 聞こえないはずの声に、呼ばれている。

 別の場所では、子供が泣き出した。
 理由もなく、ただ恐怖だけを訴えるように。
 その背後、地面に染みのような影が這っている。

 ……誘導。
 直接殺さず、事故を呼ぶ。

 短剣の柄に、無意識に指がかかる。

「……私が出る?」

 そう言うと、京二は首を横に振った。

「いいや。君は“切り札”だ」

 その言葉に、少しだけ引っかかりを覚える。

「今は、葉月と一緒に回れ」

「えっ」

 葉月が声を上げる。

「俺、さっきので……もう……」

「だからだ」

 京二は視線を逸らさない。

「防げる者が前に立つ。
 壊せる者は、後ろに立つ」

 ……役割分担。
 黒い塔でも、よく聞いた言葉だ。
 だが、意味は真逆だった。

「……分かった」

 そう答え、私は葉月の横に立つ。
 通りへ出た瞬間、空気が変わった。
 皮膚にまとわりつく、冷たい気配。
 見えない“流れ”が、町を巡っている。

「行くぞ」

 京二の一声で、私と葉月は前へ出た。

 冷気が肌に貼りつく。
 霊力の“流れ”が、町を循環しているのが分かる。
 点じゃない。
 線だ。
 澪尽町そのものが、器になっている。

「……まずいな」

 京二が呟く。
 路地から、影が滲み出る。
 人の形をしているが、足がない。
 代わりに、地面を滑るように進む。

 ──溺死霊。
 
「水場に引きずり込む性質の悪いタイプだ。今は井戸も川も近くない。だが、人の足を絡め取れば十分──」

 台詞の途中で、京二が叫ぶ。

「──葉月、前!」

「……っ、了解!」

 葉月が前に出る。
 木刀に霊力が走り、結界が展開される。
 霊がぶつかる。
 衝撃が、通りの空気を歪ませた。
 近くを歩いていた女が、突然転びそうになる。

 ……連動してる。
 結界を“事故”に変換している。
 守り切れなければ、被害が出る。

 私は、一歩踏み出しかけ──止まる。
 ……斬れば、終わる。
 核は見えている。一撃で消せる。
 でも、人目がある。
 だが、それでも……。

 京二の言葉が、頭をよぎる。

 ──壊すのは、最後だ。

 ……くそ。
 歯を食いしばり、短剣から手を離す。

「……散らす」

 低く呟き、床を蹴る。
 踏み込み、影の流れへ衝撃を叩き込む。
 刃は使わない。
 殺しの“型”も、使わない。
 影が、濁流のように乱れる。
 核を失い、霧のように薄まっていく。

「今だ!」

 葉月が、木刀を振り抜く。
 結界が押し広げられ、霊障が弾き飛ばされた。
 消えたわけじゃない。
 だが、人に触れられない場所へ追いやった。

「……はぁ……」

 葉月が、短く息を吐く。

「これ、全部……?」

 通りを見る。
 同じような霊障が、あちこちで芽吹いている。
 幻視、幻聴、身体異常。
 どれも即死性は低い。
 だが、確実に人を削る。
 ──嫌なやり方だ。

「百鬼夜行は、歩く」

 京二の言葉を、思い出す。
 歩きながら、町を摩耗させる。
 最後に残るのは──壊れやすい人間だ。

 胸の奥が、ざわつく。
 ……私は、何をしている。
 壊せる。
 終わらせられる。
 なのに、やらない。
 それは優しさか?
 それとも──自分が人を斬らずに済むための、逃げか?

「……レイ」

 葉月が、不安そうにこちらを見る。

「大丈夫?」

 ……大丈夫なわけがない。

「……行くよ」

 短く答え、歩き出す。
 壊さない戦い方は、面倒で、遅くて、
 何より──怖い。
 それでも、今は選ぶしかない。

 百鬼夜行は、もう完全に“後戻りできない段階”に入っている。
 澪尽町の夜は、引き返せないところまで来ていた。

 そして私は、知っている。
 この先で必ず──
 壊さなければならない瞬間が、来る。
 その時、自分は躊躇わないのか。
 それとも、壊すことに戻ってしまうのか。
 答えは、まだ出ない。

 夜は、なお深く。
 霊の行列は、確実に町を侵食していた
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