Frail/Little Assassin

新田朝弥

文字の大きさ
19 / 35
第3章/死の境界 cross-border

3-⑤/分かれ道

しおりを挟む
 地図に示されていた場所は、町外れだった。

 舗装もされていない細道を抜け、
 川を越え、
 さらに人の気配が消えた先。

「……こんな所に」

 葉月は、足を止める。

 視界の先にあるのは、
 古い社だった。

 鳥居は半ば崩れ、
 社殿も修繕された形跡がない。
 だが──荒れている、という印象はない。

 むしろ。

 “使われていないのに、残っている”。

 そんな場所だった。

「ここ、久しぶりね」

 背後から、京香の声がする。

 振り返ると、
 京香は腕を組み、周囲を眺めていた。

「……知ってたんですか」

「まあね」

 軽い口調。
 だが、目は笑っていない。

「ここはね。
 境界が、ちょっと曖昧なの」

 葉月は、息を呑む。

 確かに。
 足を踏み入れた瞬間から、
 空気の“密度”が違う。

 重いわけじゃない。
 だが、薄くもない。

 ちょうど、
 押せば歪むくらいの感触。

「で」

 京香が、ちらりと葉月を見る。

「今日から、あんたを教えるのは私」

「……え?」

 思わず声が出た。

「京二さんは?」

「別口」

 京香は、社殿の奥を指差す。

「レイは、あっち」

 視線の先。
 木立の向こうに、別の開けた空間がある。

 葉月は、無意識にそちらを見る。
 だが、すぐに京香に視線を戻した。

「……理由、聞いても?」

「いいわよ」

 京香は、即答した。

「葉月。
 あんたは“制御”の人間」

 胸の奥を、正確に突かれる。

「力を溜めて、
 流して、
 逃がす」

 指で、空に線を引く。

「流量を調整するタイプ」

 そして、社殿の奥を見やる。

「でも、レイは違う」

 一拍。

「彼女は、“解放”」

 葉月は、眉をひそめた。

「解放……?」

「全部、開けるの」

 あっさりと言った。

「止めない。
 絞らない。
 閉じない」

 それは──
 葉月が、最もやってはいけないと感じる使い方だった。

「危なくないんですか、それ」

「危ないわよ」

 即答。

「普通なら、ね」

 京香は、少しだけ口元を歪める。

「でも、あの子は“スイッチ”を持ってる」

 その言葉が、葉月の中で引っかかった。

「……スイッチ?」

「オンとオフ」

 軽く言う。

「壊す自分と、日常にいる自分を、切り替えるためのもの。
 ──パチンって、一瞬だけ入れて、また切る」

 葉月は、思わず息を詰めた。

 ──そんなことが、できるのか。

「で、あの子を教えるのは」

 京香は、社殿の奥を見つめる。

「京二の役目」

 ◆◆◆

 木立の向こう。

 京二と、向かい合う。

 特別な陣も、道具もない。
 ただ、地面と、風と、沈黙。

「……訓練、ですか」

 風景をぐるりと見回しながら、静かに言う。

「いや」

 京二は、首を振った。

「まずは確認、だな」

 短い言葉。

「お前は、切り替えができる」

 言われて、目が、わずかに細くなる。

「戦う自分と、
 そうでない自分」

 京二は、続ける。

「だがな」

 一歩、踏み出す。

「その“戻り方”を、
 お前は、ちゃんと理解しているか」

 答えない。
 否定もしない。

 京二は、確信したように言う。

「……破壊衝動だ」

 ピクっと、肩が僅かに揺れた。
 図星だった。

「内側に溜め込んだ、
 壊したいという欲求。
 もう一つの“人格”と言ってもいい」

 静かな声。

「それを呼び起こして、
 攻撃の一瞬に、一気に解放している」

 私は、目を伏せる。

「違うか?」

「……」

 沈黙は、肯定になってしまった。

 京二は、深く息を吐く。

「それを使って」

 一拍置く。

「今でも自我を保っていられるのが、
 正直、信じられない」

 不意に、顔を上げる。

 京二の目には、
 警戒でも拒絶でもなく。
 ──感嘆があった。

「相当、地獄を見てきたんだな」

 その一言で、
 ほんの一瞬だけ、あの日々を思い出す。

 だが、すぐに戻る。

「……生きるため」

「だろうな」

 京二は、頷く。

「だから俺は、
 細かい技術は教えない」

 少し、驚いた。
 修行じゃ、ないのか?

「教えるのは、一つだけだ」

 視線を逸らさず、言う。

「“切り替えた後に、戻る方法”だ」

 ◆◆◆

 社殿の前で、
 京香は葉月に向き直る。

「さて」

 指を鳴らす。

「こっちはこっちで、
 地味で、面倒で──」

 京香の腰に差した短剣が、
 鞘の中で、微かに鳴った。

「──失敗すると死ぬ訓練、始めましょ」

 葉月は、凩を握り締めた。

 同じ場所。
 同じ時間。

 だが、進む道は、完全に分かれていた。

 ──制御する者と、
 解放する者。

 その両方が揃った時、
 黒い塔が黙っているはずがない。

 それを、
 誰よりも分かっているのは──
 教える側の二人だった。

「まず、確認ね」

 京香は、社殿の前に立ったまま言った。

「葉月。
 あんた、自分の霊力が“どこにあるか”、分かる?」

 いきなりの問いに、葉月は少し考える。

「……体の中、ですか」

「半分正解」

 京香は、指で自分の胸を軽く叩いた。

「でも、それだけじゃない」

 一歩、葉月に近づく。

「霊力は、“溜まる”ものじゃない。
 本来は、流れるもの」

 京香は、葉月の手首を取った。
 強くはない。だが、逃げられない。

「今のあんたはね」

 手首から、肩、背中へと、
 指でなぞる。

「全部、ここに溜めてる」

 背骨の中心。

 ぞくり、とした。

「だから、身体が先に悲鳴を上げる」

 手を離す。

「で、今日教えるのは簡単」

 京香は、凩を見る。

「その流れを、
 身体じゃなくて──そっちに渡す」

「武器に……?」

「そう。霊力を“流す先”を変えるだけ」

 京香は、言いながら、
 自分の腰に差した短刀に触れた。

 刃は抜かない。
 だが、その瞬間。

 空気が、微かに鳴った。

「……っ」

 葉月は、思わず目を凝らす。

 何かが、短刀に集まった。
 視認できるほどじゃない。
 だが、確かに“重さ”が変わった。

「見える?」

「……分かる、気がします」

「なら、上出来」

 京香は、凩を顎で示す。

「やってみな」

 葉月は、息を整え、
 凩を構えた。

 意識する。
 いつも通り、霊力を巡らせる。

 ──いや。

 いつも通り、じゃない。

 身体に回そうとした瞬間、
 京香の声が飛ぶ。

「違う」

 鋭い。

「“守る”方向に回さない」

 葉月は、はっとする。

 無意識だった。
 霊力を使う時、
 自分は常に“防御”を前提にしている。

「攻撃は、逃げ場がない」

 京香は、淡々と言った。

「逃げ場がない分、
 覚悟がいる」

 一歩、近づく。

「身体から、引き剥がしなさい」

 葉月は、歯を食いしばる。

 霊力を、集める。
 だが、身体に留めない。

 凩へ。
 木刀へ。

「……っ」

 瞬間。

 身体が、軽くなった。

 いや。
 軽い、というより──空っぽだ。

 皮膚の感覚が、薄れる。
 足裏の接地感が、頼りない。

「それ」

 京香の声。

「今、あんたの防御はゼロ」

 葉月の喉が、鳴る。

「誰かに殴られたら、
 普通に死ぬわよ」

 心臓が、跳ねる。

 だが。

 凩の感触が、違った。

 重い。
 密度がある。
 握った手に、確かな“芯”が伝わる。

「……すごい」

 思わず、零れた。

「でしょ」

 京香は、口角を上げる。

「その代わり」

 一瞬で距離を詰められた。

「判断、遅れたら終わり」

 京香の指が、
 葉月の喉元すれすれで止まる。

 葉月は、息を止めていた。

「今の一瞬で、
 戻せなかったら──」

 指を引く。

「終わり」

 はっきりと。

 葉月は、力を戻す。
 身体に、霊力が巡る。

 どっと、汗が噴き出した。

「……これ、覚えるってことは」

 京香は、葉月を見る。

 その目は、冗談を許さない。

「完全に、“境界を超える”ってこと」

 静かに、告げる。

「確実に、黒い塔から狙われる」

 葉月の脳裏に、
 観測室の光景がよぎる。

「それでも」

 京香は、問いかけた。

「覚える?」

 一瞬。

 葉月は、迷った。

 ──京二さんに止められなくなったら、終わりだ。

 そんな感覚が、
 どこかで確かにあった。

 でも。

 それでも。

「……はい」

 答えた。

 京香は、短く頷く。

「じゃあ、地獄よ」

 不意に、少しだけ優しい声で。

「落ちないように、
 ちゃんと見ててあげる」

 その言葉が、
 何よりも重かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

後の祭り 

ねこまんまときみどりのことり
ライト文芸
 母親を馬車の事故で亡くしたナズナは、馬車に乗っていた貴族の男性に、義理の娘として引き取られた。引き取られた先の子爵邸では、義母や義妹に傷付けられて泣いて過ごすこともあったが、懸命に生きていく。引き取られた裏には、別の理由もあったようで。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

出戻り娘と乗っ取り娘

瑞多美音
恋愛
望まれて嫁いだはずが……  「お前は誰だっ!とっとと出て行け!」 追い返され、家にUターンすると見知らぬ娘が自分になっていました。どうやら、魔法か何かを使いわたくしはすべてを乗っ取られたようです。  

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

処理中です...