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第3章/死の境界 cross-border
3-⑨/死の境界
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淡い光に満ちた上層。
円形の部屋で、ワタリは記録を眺めていた。
「……反応、良好」
男が、低く報告する。
「澪尽町商店街の侵食、順調です」
「そう」
ワタリは、興味なさげに頷く。
「皆が固まっている時ほど、
一点を突けば、綺麗に割れる」
「一個体、離れました」
「雪村 葉月、かしら」
ワタリは、記録を切り替えた。
表示された名。
──木皿儀 岳。
「だったら、ちょうど良いわ。
彼を向かわせましょう」
淡々と。
「"鬼"と呼ばれた男」
ワタリは、微笑った。
「仕留める時は、一匹ずつ確実に……ね」
◆◆◆
葉月は、一人で商店街の外れを歩いていた。
理由は、はっきりしている。
嫌な予感が、消えなかったからだ。
昼間から続く、微妙な違和感。
人通りはある。
店も開いている。
それなのに──どこか、空気が軽すぎる。
「……静か、すぎる」
百鬼夜行が起きた場所。
本来なら、もっと霊力が“ざらつく”はずだ。
凩を背負ったまま、足を止める。
その瞬間。
背中が、ひくりと震えた。
──視線。
見られている。
しかも、“上”からではない。
同じ高さ。
同じ地面。
すぐ近く。
葉月は、ゆっくりと息を吐く。
「……誰ですか」
返事はない。
だが、空気が一段、沈んだ。
影が、濃くなる。
そこに──
最初から“いた”かのように、
一つの気配が、輪郭を持った。
正面。
影よりも濃い存在が、立っている。
長身。
歪んだ霊力。
手には──巨大な鎌。
日常とはかけ離れた、異質な存在。
「……カミヤ」
低い声。
名を呼んだだけ。
それだけなのに、空気が歪んだ。
──京二さんのことか?
そう思った瞬間だった。
──首元に、冷たい感覚。
目の前に、鎌が迫る。
葉月は咄嗟に、後ろへ飛び退く。
空気を切り裂く音が、響き渡る。
空振りした鎌を構え直し、男が呟く。
「いい動きだ」
ほんの少し、掠った。
首から少量の血が、流れる。
高鳴る鼓動を、抑える。
考えなくても、分かる。
──黒い塔からの、刺客。
ふと、鎌の根元に刻まれた、
『5』の数字が、目に入った。
レイから聞いた情報を、思い返す。
──黒い塔の暗殺者には、
実力上位の五名に数字が与えられる。
葉月が対峙した鞘師 走馬は、"No.1"。
神谷堂の前で会った睦月 理久は、"No.4"。
そして、目の前の男は。
「"No.5"……」
次の瞬間。
鎌が、先程よりも大きな唸りを上げて、振るわれた。
「──っ!」
葉月は、地面を蹴る。
紙一重。
風圧が、頬を裂く。
重い。
圧倒的な質量。
だが。
「……視える」
口から、言葉が零れた。
訓練で叩き込まれた“間”と、攻撃を見切る"感覚"。
攻撃の前──霊力が集まる瞬間。
身体が、自然に動いた。
凩に、霊力を流す。
京香に教わった通り。
「……ほう」
男が、目を細めた。
「なるほど。
カミヤの弟子、か」
鎌が、再び唸りを上げる。
「なら──殺す価値は、ある」
連撃。
葉月は、必死に捌く。
連日の訓練。
疲労は、確実に溜まっている。
腕が、重い。
呼吸が、乱れる。
それでも。
──渡り合えている。
だが。
反撃が、出来ない。
止めどなく浴びせられる攻撃を、弾くのが精一杯だった。
どう攻めればいいのか、分からない。
視えているのに、次の選択が、選べない。
葉月は、歯を食いしばる。
このままでは、結果は見えている。
鋭く、重い一撃。
凩で受け切るも、衝撃で後方へ飛ばされる。
男は、不気味に笑う。
「ワタリから聞いた以上だな。
境界を超えた一般人。実に興味深い」
そして、ゆっくりと、鎌を振り上げる。
「だがな、小僧。
お前が超えた"ソレ"は」
目にも留まらぬ、一閃。
「──"死の境界"だ」
その時。
「──まだまだ」
横合いから、軽い声。
──金属音。
鎌が、弾かれた。
そこに立っていたのは、京香だった。
手に持っているのは、
その辺に落ちていたと思われる、鉄パイプ。
「霊力の操作は及第点。
だけど、実戦で使うには、まだまだね」
視線が、男に向く。
「久しぶりね。"鬼"の木皿儀」
鎌の男──木皿儀 岳の表情が、歪んだ。
「……京香ァ……!」
憎悪が、噴き出す。
「まだ、生きていたか」
「しぶといのが、取り柄なのよ」
京香は、鉄パイプを肩に担ぐ。
それを見て、木皿儀は鼻で笑う。
「そんな獲物で戦えるとは、思えねぇが?」
「殺し屋はもう、
引退したんで」
一歩、踏み出す。
「今は──」
目が、冷たく光る。
「身内を守る側」
次の瞬間。
激突する、鈍い金属音。
鉄パイプが、鎌を弾いた瞬間。
空気が、はっきりと変わった。
──違う。
葉月は、直感的に理解する。
さっきまでの自分と木皿儀のやり取りとは、質が違う。
力を振るっているのに、無駄がない。
京香は、踏み込まない。
かといって、引いてもいない。
間合いの外でもなく、内でもない。
“ちょうど壊せる距離”に、立っている。
「……へえ」
京香の視線が、鎌に刻まれた数字を捉える。
「“5”なんだね」
肩をすくめる。
「元No.1も、落ちぶれちゃって」
空気が、軋んだ。
「……黙れ」
木皿儀の声が、低く沈む。
「カミヤは、どこにいる」
鎌が、ゆっくりと持ち上がる。
「お前を殺せば、出てくるのか?」
「残念」
京香は、即答した。
「あの人はね。
アンタ相手にしてるほど、暇じゃないのよ」
次の瞬間。
「牛鬼──」
木皿儀が、踏み込んだ。
「──"兜"」
振るわれる、鎌。
左右、牛の角のような、二連の斬撃。
──速く、鋭い。
京香は、最短で鉄パイプを差し込む。
柄を弾き、間合いをずらす。
次の瞬間。
木皿儀は、身体を軸に回った。
鎌が円を描き、空間を薙ぐ。
「葉月、跳んで!」
「え──」
「早く!」
反射的に跳躍。
直後、地面が裂ける。
「……冥鬼・" 孟婆"」
広範囲が、削り取られる。
周囲を巻き込む型。
「……っ」
葉月は着地しながら、息を呑む。
京香が、間に入る。
「アンタ、相変わらず周りが見えない」
木皿儀は、笑った。
「必要ない。いずれにせよ、殲滅する」
鎌が、高く振り上げられる。
木皿儀の霊力が、歪む。
無理やり引き上げている。
連撃。
あれほど大きな武器なのに、
振りが、途切れない。
否。
途切れさせていない。
無理を承知で、身体を使い潰している。
──壊れている。
それでも。
それでも、強い。
だが。
京香は、一歩も下がらない。
鎌の軌道を、読むのではない。
霊力の流れを見ている。
振るわれる前。
力が集まる、その“前段階”。
鉄パイプが、攻撃を弾き、
柄を打つ。
関節を打つ。
霊力が集中する“点”だけを叩く。
「……っ!」
木皿儀の動きが、わずかに鈍る。
その瞬間。
京香は、踏み込まない。
──葉月は、そこで気づいた。
追撃しない。
自分なら、いっていた。
京香は、いかない。
なぜ?
答えは、すぐに来た。
木皿儀が、さらに霊力を引き上げる。
「鬼哭──"閻魔"」
一直線。
一点集中。
京香は、受けない。
受けないまま、逸らす。
衝撃が地面を抉る。
歪む。
暴れる。
鎌が、異様な唸りを上げる。
「……チッ」
京香は、初めて舌打ちした。
「相変わらずだね。
壊れた身体で、無茶しすぎ」
「壊したのは……!」
木皿儀が、吼える。
鎌が、叩きつけられる。
地面が、割れた。
霊力の衝撃が、周囲を薙ぐ。
葉月は、とっさに身構える。
──来る。
だが。
京香は、その“爆発”の中心に立ったままだった。
鉄パイプに、霊力が集まる。
いや。
流している。
身体には、ほとんど残していない。
──武器だけが、重い。
京香は、葉月が教わった通りのことを、
完成形でやっていた。
防御を、捨てている。
それでも。
当たらない。
霊力の爆風を、
“流れ”として受け流し、
致命点だけを外している。
「……見てなさい」
京香の声が、低く届く。
「制御ってのは」
力を抑えることじゃない。
訓練でも度々、言われ続けた台詞。
「使う場所を、間違えないこと」
瞬間、踏み込んだ。
鉄パイプが、鎌の柄を叩き落とす。
続けて。
肘。
肩。
鳩尾。
人体を知り尽くした打撃。
木皿儀の身体が、宙を舞う。
地面に叩きつけられ、
それでも、男は笑った。
「……は」
血を吐きながら。
「やっぱりだ……」
視線が、京香を射抜く。
「京香……
お前も、兄貴も……」
歯を食いしばる。
「……怪物だ」
京香は、鉄パイプを下ろした。
「光栄ね」
淡々と。
「でも」
一歩、距離を取る。
「アンタはもう、
昔の場所には戻れない」
それが。
何よりも残酷な、宣告だった。
葉月は、凩を握り締めていた。
胸の奥が、熱い。
怖い。
でも。
──理解してしまった。
目指す場所が、はっきり見えてしまった。
それが。
この戦いで得た、
最大の“学び”だった。
◆◆◆
──思い出す。
あの日の光景を。
血の匂い。
崩れた床。
折れた鎌。
そして。
──立っていた男。
神谷 京二。
こちらを見下ろすでもない。
勝ち誇るでもない。
ただ、静かに言った。
『……ここまでだ』
それだけだった。
木皿儀は、歯を食いしばった。
身体が、動かなかった。
霊力は、出し切った。
限界を、超えた。
それでも。
届かなかった。
『なぜ……』
声にならない声。
『なぜ、貴様は……
そこに、立っていられる……!』
京二は、答えなかった。
ただ。
──一度だけ、視線を向けた。
哀れみでも、軽蔑でもない。
「評価」すら、していない目。
その瞬間。
木皿儀の中で、何かが壊れた。
No.1としての、全てが──
音を立てて、崩れ落ちた。
◆◆◆
「……ッ!」
現実に引き戻され、木皿儀は地面を蹴った。
霊力が、暴発する。
歪んだ力が、無理やり身体を駆動させる。
骨が軋む。
筋肉が裂ける。
それでも。
「まだだ……!」
鎌が、叩きつけられる。
京香は、鉄パイプで受けた。
──受けた、が。
「……っ」
初めて、弾き飛ばされる。
鉄パイプが、歪む。
地面を滑り、京香は体勢を立て直した。
葉月の喉が、鳴る。
通じていない。
さっきまでとは、明らかに違う。
霊力の“質”が変わっている。
限界を、踏み越えている。
「……カミヤァァッ!」
木皿儀が、叫ぶ。
「見てるか……!
俺は、まだ……!」
鎌が、振るわれる。
空間が、歪む。
「神鬼。
──"風雲羅刹"」
風が、刃になる。
まさに、鎌鼬。
空間ごと切り裂く、強烈な一撃。
鉄パイプが、完全に押し負けた。
京香は、距離を取る。
ボロボロの鉄パイプを捨て、
小さく息を吐いた。
「……流石に」
苦笑する。
「抜かなきゃ、無理か」
葉月の視線が、京香の腰元に集まる。
次の瞬間。
光が、走った。
短剣。
だが。
ただの短剣じゃない。
西洋の宝剣のような、澄んだ輝き。
見る者の視線を、奪うほどの存在感。
刃に、霊力が自然と集まっていく。
美しい。
──恐ろしいほどに。
「……それは……」
木皿儀の声が、震えた。
京香は、構える。
一切の無駄が、消えた。
「勘違いしないで」
静かに。
「アンタのために、抜いたわけじゃない」
脚に霊力を集中させ、高く跳躍する。
「身内を、守るため」
宙を舞う。
そして、建物の壁を足場に、一気に飛び出す。
その瞬間──世界が、切り替わった。
速い。
いや。
速さという概念が、置き去りにされる。
京香は短剣を、逆手に持ち替える。
短剣に纏う霊力が、輝きを放つ。
「壱式──"薔薇"」
ノーモーション。
そう見えるほどの、静かで、疾い、一撃。
木皿儀の鎌が、弾かれる。
否。
切り裂かれた。
霊力ごと、断たれる。
「……ッ!?」
木皿儀は体勢を立て直す。
が、気付けば京香は、目の前にいる。
常に、最短距離。
「肆式」
刃が、閃く。
一瞬の、"殺意"。
瞬きの、間。
「──"天竺牡丹"」
一振り、の筈だった。
放たれた一閃の中に、何発もの、衝撃。
木皿儀は鎌で受けるが、
勢いのまま、後方の廃ビルまで吹き飛ばされる。
窓ガラスが、飛散する。
殺さない。
だが。
完全な制圧。
「アンタはもう、
型に喰われている」
淡々と言い放ち、京香は背を向ける。
木皿儀は、すぐ立ち上がるも、膝をついた。
息が、荒い。
視線を上げ、笑う。
「……何が、引退だ……」
血混じりの笑み。
「……あの頃よりも、むしろ……」
京香は、柔らかい表情で振り向く。
「そう?」
飄々と、笑ってみせる。
「なら、良かった」
背を向ける。
「アンタも、引退してみたら?」
それだけ言い残し、
葉月の方へ、歩いてくる。
葉月は、息を呑んだまま、立ち尽くしていた。
胸が、震えている。
怖い。
でも。
──目を、逸らせなかった。
これが、“境界の向こう側”の戦い。
そう、理解してしまったから。
円形の部屋で、ワタリは記録を眺めていた。
「……反応、良好」
男が、低く報告する。
「澪尽町商店街の侵食、順調です」
「そう」
ワタリは、興味なさげに頷く。
「皆が固まっている時ほど、
一点を突けば、綺麗に割れる」
「一個体、離れました」
「雪村 葉月、かしら」
ワタリは、記録を切り替えた。
表示された名。
──木皿儀 岳。
「だったら、ちょうど良いわ。
彼を向かわせましょう」
淡々と。
「"鬼"と呼ばれた男」
ワタリは、微笑った。
「仕留める時は、一匹ずつ確実に……ね」
◆◆◆
葉月は、一人で商店街の外れを歩いていた。
理由は、はっきりしている。
嫌な予感が、消えなかったからだ。
昼間から続く、微妙な違和感。
人通りはある。
店も開いている。
それなのに──どこか、空気が軽すぎる。
「……静か、すぎる」
百鬼夜行が起きた場所。
本来なら、もっと霊力が“ざらつく”はずだ。
凩を背負ったまま、足を止める。
その瞬間。
背中が、ひくりと震えた。
──視線。
見られている。
しかも、“上”からではない。
同じ高さ。
同じ地面。
すぐ近く。
葉月は、ゆっくりと息を吐く。
「……誰ですか」
返事はない。
だが、空気が一段、沈んだ。
影が、濃くなる。
そこに──
最初から“いた”かのように、
一つの気配が、輪郭を持った。
正面。
影よりも濃い存在が、立っている。
長身。
歪んだ霊力。
手には──巨大な鎌。
日常とはかけ離れた、異質な存在。
「……カミヤ」
低い声。
名を呼んだだけ。
それだけなのに、空気が歪んだ。
──京二さんのことか?
そう思った瞬間だった。
──首元に、冷たい感覚。
目の前に、鎌が迫る。
葉月は咄嗟に、後ろへ飛び退く。
空気を切り裂く音が、響き渡る。
空振りした鎌を構え直し、男が呟く。
「いい動きだ」
ほんの少し、掠った。
首から少量の血が、流れる。
高鳴る鼓動を、抑える。
考えなくても、分かる。
──黒い塔からの、刺客。
ふと、鎌の根元に刻まれた、
『5』の数字が、目に入った。
レイから聞いた情報を、思い返す。
──黒い塔の暗殺者には、
実力上位の五名に数字が与えられる。
葉月が対峙した鞘師 走馬は、"No.1"。
神谷堂の前で会った睦月 理久は、"No.4"。
そして、目の前の男は。
「"No.5"……」
次の瞬間。
鎌が、先程よりも大きな唸りを上げて、振るわれた。
「──っ!」
葉月は、地面を蹴る。
紙一重。
風圧が、頬を裂く。
重い。
圧倒的な質量。
だが。
「……視える」
口から、言葉が零れた。
訓練で叩き込まれた“間”と、攻撃を見切る"感覚"。
攻撃の前──霊力が集まる瞬間。
身体が、自然に動いた。
凩に、霊力を流す。
京香に教わった通り。
「……ほう」
男が、目を細めた。
「なるほど。
カミヤの弟子、か」
鎌が、再び唸りを上げる。
「なら──殺す価値は、ある」
連撃。
葉月は、必死に捌く。
連日の訓練。
疲労は、確実に溜まっている。
腕が、重い。
呼吸が、乱れる。
それでも。
──渡り合えている。
だが。
反撃が、出来ない。
止めどなく浴びせられる攻撃を、弾くのが精一杯だった。
どう攻めればいいのか、分からない。
視えているのに、次の選択が、選べない。
葉月は、歯を食いしばる。
このままでは、結果は見えている。
鋭く、重い一撃。
凩で受け切るも、衝撃で後方へ飛ばされる。
男は、不気味に笑う。
「ワタリから聞いた以上だな。
境界を超えた一般人。実に興味深い」
そして、ゆっくりと、鎌を振り上げる。
「だがな、小僧。
お前が超えた"ソレ"は」
目にも留まらぬ、一閃。
「──"死の境界"だ」
その時。
「──まだまだ」
横合いから、軽い声。
──金属音。
鎌が、弾かれた。
そこに立っていたのは、京香だった。
手に持っているのは、
その辺に落ちていたと思われる、鉄パイプ。
「霊力の操作は及第点。
だけど、実戦で使うには、まだまだね」
視線が、男に向く。
「久しぶりね。"鬼"の木皿儀」
鎌の男──木皿儀 岳の表情が、歪んだ。
「……京香ァ……!」
憎悪が、噴き出す。
「まだ、生きていたか」
「しぶといのが、取り柄なのよ」
京香は、鉄パイプを肩に担ぐ。
それを見て、木皿儀は鼻で笑う。
「そんな獲物で戦えるとは、思えねぇが?」
「殺し屋はもう、
引退したんで」
一歩、踏み出す。
「今は──」
目が、冷たく光る。
「身内を守る側」
次の瞬間。
激突する、鈍い金属音。
鉄パイプが、鎌を弾いた瞬間。
空気が、はっきりと変わった。
──違う。
葉月は、直感的に理解する。
さっきまでの自分と木皿儀のやり取りとは、質が違う。
力を振るっているのに、無駄がない。
京香は、踏み込まない。
かといって、引いてもいない。
間合いの外でもなく、内でもない。
“ちょうど壊せる距離”に、立っている。
「……へえ」
京香の視線が、鎌に刻まれた数字を捉える。
「“5”なんだね」
肩をすくめる。
「元No.1も、落ちぶれちゃって」
空気が、軋んだ。
「……黙れ」
木皿儀の声が、低く沈む。
「カミヤは、どこにいる」
鎌が、ゆっくりと持ち上がる。
「お前を殺せば、出てくるのか?」
「残念」
京香は、即答した。
「あの人はね。
アンタ相手にしてるほど、暇じゃないのよ」
次の瞬間。
「牛鬼──」
木皿儀が、踏み込んだ。
「──"兜"」
振るわれる、鎌。
左右、牛の角のような、二連の斬撃。
──速く、鋭い。
京香は、最短で鉄パイプを差し込む。
柄を弾き、間合いをずらす。
次の瞬間。
木皿儀は、身体を軸に回った。
鎌が円を描き、空間を薙ぐ。
「葉月、跳んで!」
「え──」
「早く!」
反射的に跳躍。
直後、地面が裂ける。
「……冥鬼・" 孟婆"」
広範囲が、削り取られる。
周囲を巻き込む型。
「……っ」
葉月は着地しながら、息を呑む。
京香が、間に入る。
「アンタ、相変わらず周りが見えない」
木皿儀は、笑った。
「必要ない。いずれにせよ、殲滅する」
鎌が、高く振り上げられる。
木皿儀の霊力が、歪む。
無理やり引き上げている。
連撃。
あれほど大きな武器なのに、
振りが、途切れない。
否。
途切れさせていない。
無理を承知で、身体を使い潰している。
──壊れている。
それでも。
それでも、強い。
だが。
京香は、一歩も下がらない。
鎌の軌道を、読むのではない。
霊力の流れを見ている。
振るわれる前。
力が集まる、その“前段階”。
鉄パイプが、攻撃を弾き、
柄を打つ。
関節を打つ。
霊力が集中する“点”だけを叩く。
「……っ!」
木皿儀の動きが、わずかに鈍る。
その瞬間。
京香は、踏み込まない。
──葉月は、そこで気づいた。
追撃しない。
自分なら、いっていた。
京香は、いかない。
なぜ?
答えは、すぐに来た。
木皿儀が、さらに霊力を引き上げる。
「鬼哭──"閻魔"」
一直線。
一点集中。
京香は、受けない。
受けないまま、逸らす。
衝撃が地面を抉る。
歪む。
暴れる。
鎌が、異様な唸りを上げる。
「……チッ」
京香は、初めて舌打ちした。
「相変わらずだね。
壊れた身体で、無茶しすぎ」
「壊したのは……!」
木皿儀が、吼える。
鎌が、叩きつけられる。
地面が、割れた。
霊力の衝撃が、周囲を薙ぐ。
葉月は、とっさに身構える。
──来る。
だが。
京香は、その“爆発”の中心に立ったままだった。
鉄パイプに、霊力が集まる。
いや。
流している。
身体には、ほとんど残していない。
──武器だけが、重い。
京香は、葉月が教わった通りのことを、
完成形でやっていた。
防御を、捨てている。
それでも。
当たらない。
霊力の爆風を、
“流れ”として受け流し、
致命点だけを外している。
「……見てなさい」
京香の声が、低く届く。
「制御ってのは」
力を抑えることじゃない。
訓練でも度々、言われ続けた台詞。
「使う場所を、間違えないこと」
瞬間、踏み込んだ。
鉄パイプが、鎌の柄を叩き落とす。
続けて。
肘。
肩。
鳩尾。
人体を知り尽くした打撃。
木皿儀の身体が、宙を舞う。
地面に叩きつけられ、
それでも、男は笑った。
「……は」
血を吐きながら。
「やっぱりだ……」
視線が、京香を射抜く。
「京香……
お前も、兄貴も……」
歯を食いしばる。
「……怪物だ」
京香は、鉄パイプを下ろした。
「光栄ね」
淡々と。
「でも」
一歩、距離を取る。
「アンタはもう、
昔の場所には戻れない」
それが。
何よりも残酷な、宣告だった。
葉月は、凩を握り締めていた。
胸の奥が、熱い。
怖い。
でも。
──理解してしまった。
目指す場所が、はっきり見えてしまった。
それが。
この戦いで得た、
最大の“学び”だった。
◆◆◆
──思い出す。
あの日の光景を。
血の匂い。
崩れた床。
折れた鎌。
そして。
──立っていた男。
神谷 京二。
こちらを見下ろすでもない。
勝ち誇るでもない。
ただ、静かに言った。
『……ここまでだ』
それだけだった。
木皿儀は、歯を食いしばった。
身体が、動かなかった。
霊力は、出し切った。
限界を、超えた。
それでも。
届かなかった。
『なぜ……』
声にならない声。
『なぜ、貴様は……
そこに、立っていられる……!』
京二は、答えなかった。
ただ。
──一度だけ、視線を向けた。
哀れみでも、軽蔑でもない。
「評価」すら、していない目。
その瞬間。
木皿儀の中で、何かが壊れた。
No.1としての、全てが──
音を立てて、崩れ落ちた。
◆◆◆
「……ッ!」
現実に引き戻され、木皿儀は地面を蹴った。
霊力が、暴発する。
歪んだ力が、無理やり身体を駆動させる。
骨が軋む。
筋肉が裂ける。
それでも。
「まだだ……!」
鎌が、叩きつけられる。
京香は、鉄パイプで受けた。
──受けた、が。
「……っ」
初めて、弾き飛ばされる。
鉄パイプが、歪む。
地面を滑り、京香は体勢を立て直した。
葉月の喉が、鳴る。
通じていない。
さっきまでとは、明らかに違う。
霊力の“質”が変わっている。
限界を、踏み越えている。
「……カミヤァァッ!」
木皿儀が、叫ぶ。
「見てるか……!
俺は、まだ……!」
鎌が、振るわれる。
空間が、歪む。
「神鬼。
──"風雲羅刹"」
風が、刃になる。
まさに、鎌鼬。
空間ごと切り裂く、強烈な一撃。
鉄パイプが、完全に押し負けた。
京香は、距離を取る。
ボロボロの鉄パイプを捨て、
小さく息を吐いた。
「……流石に」
苦笑する。
「抜かなきゃ、無理か」
葉月の視線が、京香の腰元に集まる。
次の瞬間。
光が、走った。
短剣。
だが。
ただの短剣じゃない。
西洋の宝剣のような、澄んだ輝き。
見る者の視線を、奪うほどの存在感。
刃に、霊力が自然と集まっていく。
美しい。
──恐ろしいほどに。
「……それは……」
木皿儀の声が、震えた。
京香は、構える。
一切の無駄が、消えた。
「勘違いしないで」
静かに。
「アンタのために、抜いたわけじゃない」
脚に霊力を集中させ、高く跳躍する。
「身内を、守るため」
宙を舞う。
そして、建物の壁を足場に、一気に飛び出す。
その瞬間──世界が、切り替わった。
速い。
いや。
速さという概念が、置き去りにされる。
京香は短剣を、逆手に持ち替える。
短剣に纏う霊力が、輝きを放つ。
「壱式──"薔薇"」
ノーモーション。
そう見えるほどの、静かで、疾い、一撃。
木皿儀の鎌が、弾かれる。
否。
切り裂かれた。
霊力ごと、断たれる。
「……ッ!?」
木皿儀は体勢を立て直す。
が、気付けば京香は、目の前にいる。
常に、最短距離。
「肆式」
刃が、閃く。
一瞬の、"殺意"。
瞬きの、間。
「──"天竺牡丹"」
一振り、の筈だった。
放たれた一閃の中に、何発もの、衝撃。
木皿儀は鎌で受けるが、
勢いのまま、後方の廃ビルまで吹き飛ばされる。
窓ガラスが、飛散する。
殺さない。
だが。
完全な制圧。
「アンタはもう、
型に喰われている」
淡々と言い放ち、京香は背を向ける。
木皿儀は、すぐ立ち上がるも、膝をついた。
息が、荒い。
視線を上げ、笑う。
「……何が、引退だ……」
血混じりの笑み。
「……あの頃よりも、むしろ……」
京香は、柔らかい表情で振り向く。
「そう?」
飄々と、笑ってみせる。
「なら、良かった」
背を向ける。
「アンタも、引退してみたら?」
それだけ言い残し、
葉月の方へ、歩いてくる。
葉月は、息を呑んだまま、立ち尽くしていた。
胸が、震えている。
怖い。
でも。
──目を、逸らせなかった。
これが、“境界の向こう側”の戦い。
そう、理解してしまったから。
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