愛毒者ー王暴の妻ー

小豆あずきーコマメアズキー

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愛毒者ー王暴の妻ー 十三

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病院へ行くと、美嘉と共に歩いて病室へ向かう。

「なんぢの所の検非違使が少しにもおどろくが遅くば、かの子死にたりしぞ。肋骨折れ脚も骨折せり(あんたの所の警察が少しでも気付くのが遅かったら、あの子死んでたぞ。肋骨が折れてて脚も骨折してた)」

鈴が行動をしなかったら、あの子はあのまま家で息を引き取っていたであろう。妻として、警察として、彼女は本当に良い働きをした。

「彼は拙者どもの、誇りじゃ(彼は私たちの、誇りだ)」

病室に入ると、窓際と廊下側に布団が歩けるように間隔を開けて敷かれており、眠っている梦乃は、上半身裸になって包帯が巻かれていた。

「梦乃氏(ちゃん)」

「?」

ふと、彼女は目を覚ました。病室には若い女性から年配の女性が5人寝ており、囁くような小さな声で話し掛けた。

「誰?」

「拙者は鬼賀乃仁導。警察じゃ(私は鬼賀乃仁導。警察だ)」

片方の膝を立てて座ると、梦乃は上体を起こした。

「鈴の父(お父さん)?」

昨日、鬼賀乃鈴と名乗った女も『警察』と言っていたので、親子で警察として働いているんだと思い名を口にして確認した。だが彼は、似合わない笑みを浮かべていた。

「仁導。鈴に伝へて(仁導さん。鈴に伝えて)」

腕を伸ばすと、仁導の手の甲に触れた。

「助け、ありがとうりて(助けてくれて、ありがとうって)」

「其れは、己の口にて彼女に伝ゑた方が良き。それがしが云伝をするでござるのは容易じゃ。なれど、お主の云葉から直接鈴殿に伝へると、彼女も喜ぶ。それがしが、彼女を連れて来てあげやう(それは、自分の口で彼女に伝えた方が良い。私が言伝をするのは簡単だ。だが、君の言葉から直接鈴さんに伝えると、彼女も喜ぶ。私が、彼女を連れて来てあげよう)」

「かたじけなし(ありがとう)」

そんな中、警察長屋では。

「貴様ひい人にて突っ込んじゃんじゃとは?やるでないか(お前え一人で突っ込んだんだって?やるじゃねえか)嵆鼇!」

小上がりの端に座ると嵆鼇の隣に座るナガレは肩に腕を回して抱き寄せた。

「いずこに突っ込んじゃみてすか(どこに突っ込んだんですか)?」

「虐待を受けておったわらしの屋敷じゃ。こやつ、大鎌を持とは立ち向かったらしき(虐待を受けてた子供の家だ。こいつ、大鎌を持って立ち向かったらしいぜ)?」

「うええええぇ~!?ひい人にて(一人で)!?新人のくせに!」

やはり敵対心を燃やしている。会話を聞いていた湊は、こう、感じた。

「………………………………………」

無謀でござる誠(無謀だよ本当)。

彼女。

妊娠しておるに(妊娠してるのに)。

すると、ガタッと戸が開き仁導が入って来たのだ。

「おはようでござる!遅れてすまなゐ(おはよう!遅れてすまない)!」

すると、嵆鼇たちは列に入り整列する。

「割り振りをするでござる(割り振りをする)!」

訓練と現場に割り振りられ、彼はナガレと目が合った。

「白鳥。貴様は、射的修行に励みてもらおうぞ(お前は、射的訓練に励んでもらう)」

本格的にまた人体を使った射的訓練になるであろう。覚悟は出来ている。警察が銃を恐れていては、処刑も出来ない。

「………………………………………」

奥村は。

それがしがやらなゐとな(俺がやらねえとな)。

瞳が揺れ、いつになく真剣な表情を浮かべる。

「良き的を用意してちょーだいあるでござる!参れば分かる。貴様の為の、特別な修行じゃ。嵆鼇と、参上するでごとく(良い的を用意してある!行けば分かる。お前の為の、特別な訓練だ。嵆鼇と、行くように)」

前髪の影から覗くその目は『狂気』に満ちており、人間の心を凍らせて背筋に恐ろしい戦慄を走らせる程の、不気味な笑みを唇に、ゆがめさせた。

「!!!!!!!!!!?」

部下たちはゾッとし、金縛りあったかのように硬直してしまう。

「各自散れ」

部下たちは颯爽と割り振られた場所へ向かう。仁導は小上がりの端に座ると、鈴は妻としてではなく嵆鼇として話し掛けようとした時

「仁導殿(様)…」

「王暴~!」

「?」

顔を向けると尊が近付き、背を向けて膝の上に座ったのだ。

「如何した(どうした)伊村」

後ろからギュッと抱き締め、部下に愛を示す。

「聞ゐて下されで候!それがしが歩ゐておったら村の女たちから『小さゐ子』等『可愛ゐ』等云われて、うつけ者にさせたのでござりまするよ!口惜しくて口惜しくて堪らなゐ(聞いて下さいよ!俺が歩いてたら村の女たちから『小さい子』とか『可愛い』とか言われて、バカにされたんですよ!悔しくて悔しくて堪らない)!」

ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を流し、屈辱感で体が小刻みに震える。

「………………………………………」

嵆鼇はジッと見ていたが、顔を逸らした。

「あぁ~!貴様今それがしの事うつけ者にしたでござるらふ!?其れのみにて泣ゐてるんじゃこの人とは思っただにらふ!?男が女から『可愛ゐ』とは申されるのは屈辱的なんじゃぞ(お前今俺の事バカにしたろう!?それだけで泣いてるんだこの人って思っただろう!?男が女から『可愛い』って言われるのは屈辱的なんだぞ)!」

膝から降りて立ち上がり、夫の仁導の前でドン!と肩を押した。

「!!!!!!!!!?」

「性格の悪しさが行動にて出ておるぞ!貴様は女じゃから分からなゐであろうなれどな(性格の悪さが行動で出ているぞ!お前は女だから分からないだろうけどな)!」

それに対し、負けず嫌いの彼も抵抗して言い放つ。

「警察としてちょーだい働ゐておる限り、拙者は男でござる(警察として働いている限り、私は男です)!」

「勝手な行動を取とは、仁導殿に叱られたでござるくせに(勝手な行動を取って、仁導様に叱られたくせに)!」

「一時間を荒さふ事態でござったからでござる(一刻を荒そう事態だったからです)!」

「片腹いたい(見苦しい)!」

立ち上がり、尊の肩に腕を回してこう言った。

「伊村。甘いでござ候物とはいえ食べて発散せむ(甘い物でも食べて発散しよう)」

「王暴大好き~♪」

横からギュッと抱き締めて警察長屋から出た時、彼はチラッと見ると勝ち誇った顔をしてニヤッとし、前を向き共に薌の所の甘味処へ向かって行った。

「く……………………ッ…!」

硬い拳を握り締める嵆鼇は、怒りが激しい波のように全身に広がる。

「嫉妬しておるとかゐ(嫉妬してるのかい)?」

その隣に来た湊は声を掛けると

「いな。嫉妬なぞしてちょーだいませぬ。ただにあれが女性されば、ぶん殴とはいるでござる(いいえ。嫉妬なんてしてません。ただあれが女性だったら、ぶん殴っています)」

ボッと、怒りが燃え上がっているのが裸眼で見える。恐ろしい。

「ははは」

愛されておるな(愛されてるな)。

王暴。

ザッザッザッザッザッザッ。村を歩く仁導と、ぐしぐしと泣くその涙を手の甲で拭って歩く尊。

「伊村。なき止みてくれ。それがしが泣かせておると思われてしまう(泣き止んでくれ。私が泣かせていると思われてしまう)」

「かたじけない王暴。それがし、王暴が好き過ぎて、涙が止まらなゐみてす(すみません王暴。俺、王暴が好き過ぎて、涙が止まらないんです)」

「あははははは!」

ふと前を見ると、後ろ向きではしゃぎながや歩く彗は、仁導とぶつかってしまったのだ。

「わっ」

振り返ると、彼はこう口にした。

「よそ見厳禁」

「あ、すまず(すみません)」

横に移動し、頭を下げた。すると前から唯子が歩いて来た。

「はやくさうらふ(おはようございます)」

「おはようでござる。夜明けも、良き天気にて。先日の雨と雷がほらのようであったな(おはよう。今朝も、良い天気で。昨日の雨と雷が嘘のようですな)」

「さりかし。晴れ晴れせり(そうですね。晴れ晴れしております)」

見上げた際、冬至に近づいてゆく十一月の脆い陽ざし。空はどこか透き通るように青々としている。

「仁導これより手の方とおいとなみなりや(仁導様これから部下の方とお仕事ですか)?」

「手下の悩みを聞く為にそぞろ歩きをしてちょーだいおるでござる(部下の悩みを聞く為に散歩をしております)」

尊の肩に腕を回して抱き寄せる彼は、似合わない笑みを浮かべた。

「仁導優し(仁導様やっさし)~♪」

「ならば、拙者等はかにて(では、我々はこれで)」

頭を下げると2人は歩き出した。

「仁導が手に好かるる心地、な分かりそ(仁導様が部下に好かれる気持ち、分かるな)~」

「………………………………………」

咎者には容赦あらで(犯罪者には容赦なくて)。

手にはいと優し(部下にはとてもお優しい)。

心延へが、しるかりし人なり(性格が、はっきりした人だ)。

「唯子行かむ(唯子ちゃん行こう)!」

「うん」

コクッと頷き、2人も歩き出した。

「………………………………………」

ナガレは、射的訓練する際にさら地に行った所、木に括り付けられている男女の姿が。遺体は腐敗してどす黒く変色し、生前の面影を完全に失っていた。

仁導が処刑したでござるのは確かなれど(処刑したのは確かだが)。

何奴じゃこやつら(誰だこいつら)?

こやつらにて稽古しろと(こいつらで練習しろってか)?

いやはや死みてるからとは(いや死んでるからって)。

残酷にてあろう全く(残酷過ぎんだろ全く)。

あやつ誠(あいつ本当)。

容赦なゐな(容赦ねえな)?

「良し。やるか」

3メートル程下がり、懐から銃を取り出して向けた。

「………………………………………」

長い注射針のように遠慮なく突き通ってくる寒風。体に沁みるような緊張が襲う。そして、空から響く、小豆ーコマメーの歌声。

『また好きにさせる 誰もが目を奪われてく 君は完璧で究極のアイドル』

「たわけ!集中出来なゐ!歌が現代っ子だ!止めろ心底にて!か周りに人が居られたらそれがし、ただにのき××いだで候。後貴様、喉が枯れておる!※風邪とはいえ引おりきとか(だあぁうるせぇ!集中出来ねぇ!歌が現代っ子なんよ!止めろよマジで!これ周りに人がいたら俺、ただのキ××イなんよ。後お前え、喉、ガラッガラ!※風邪でも引いたんか)?」

※小豆ーコマメー風邪中です。

「畜生(チキショー)」

「ながれ殿(ナガレさん)」

そこへ、嵆鼇が歩いて来た。

「よぉ遅ゐぞ。なにしておった(遅えぞ。何してた)?」

「かたじけない。少々(すみません。ちょっと)…」

頬を染め、顔を逸らす。実はここに来る途中帰宅し、カミソリで小さな蛸壺の中に入った液体をVの字に塗り、毛を剃ってからここへ来た。

「あれが的でござろうか(あれが的ですか)?」

ふと見ると、木に拘束されている男女の遺体。

「貴様の旦那様は、容赦なゐ(お前えの旦那様は、容赦ねえなぁ)?」

分かっているくせに。彼が容赦無い事くらい。だが、嫌味には聞こえない。仁導の事をよぉく、知っている人だからこそその言い方が妻に対して出来る。

「あの亡骸…」

梦乃を虐待してきた両親だと分かり、キッと殺気を孕んだ視線で睨みつける。

「貴様(お前)、出来るか?」

銃を渡すなり、嵆鼇は銃口を向けてパァン!パァン!パァン!パァン!パァン!パァン!パァン!パァン!と放った。

「!!!!!!!!!!?」

カチッカチッカチッ。引き金を何度か引いたが弾は発砲されず、弾込めをしなければただの鉄の塊。

「こは我よりの、復讐なり(これは私からの、復讐です)」

「………………………………………」

ナガレに銃を渡し、背を向けて歩いてこの場から去って行った。彼は、開いた口が閉じない。夫婦揃って、容赦ない。
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