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窓越しの愛
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タッタッタッタッタッタッ。家に向かって走る、8歳の青年。白鳥ナガレだ。青色が掛かった黒髪に、こどもながらもイケメンな風貌をしている。
「………………………………………」
窓を開けて、変わり映えのしない景色を眺める。冷たくも心地の良い風に当たるのは、ブロンドの短い髪の、一度見たら頭に残る蠱惑的な美貌の女、鈴。
「鈴!」
「!」
その横から顔を出したナガレは、声を掛けた。
「けふもここにて眺めてるとか(今日もここで眺めてるのか)?」
「この景色恋しく、眺めたりと、心落ち着く(この景色が好きで、眺めてると、心が落ち着くの)」
瞳を揺らし、彼女はそう口にした。
「なら外に出て、共に村歩もうで候(一緒に村歩こうよ)」
8歳ながらもナンパをする彼は、頬を染めていた。
「外は苦手なる。眺めたるばかりに十分(外は苦手なの。眺めてるだけで十分)」
「屋敷に長らく居たら頭からきのこ生ゑるで候(家にずっと居たら頭からキノコ生えるよ)?」
要するにかびると言う事を言いたいのであろう。
「人は黴なければ平気(カビないから平気)」
するとナガレは腕を伸ばすと、その頬に触れた。
「それがしが壱伍に成り申したら、鈴を迎ゑに来る。じゃから其れまにて、何奴とも輿入れ致さぬにてくれ(俺が15になったら、鈴を迎えに来る。だからそれまで、誰とも結婚しないでくれ)」
「………………………………………」
鈴は、揺れる瞳を閉じ、その手の甲に触れた。
『んはぁ!あぁっ!あっ!あぁん!んあぁ!アァッ!あっ!ああぁ!』
生命感に溢れ、清潔で、セクシーな裸体姿になる自分は、両膝に腕を回して支えられて立っており、筋肉で引き締まった51とは思えない程の肉体美を晒しており、大きい陰茎を差し込んで子宮を何度も突き上げる、黒髪で、高身長のイケメンの風貌の主である男、鬼賀乃仁導は、額から一筋の汗を流し、女をひどく「所有」する。
『あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あああぁ!あぁ!あぁん!んあぁ!あぁ!あぁん!あっ!』
腰がビクビクと痙攣して軽く達し、愛液がパタパタと糸を引く。一度からだにこびりついた快感はどこにも出ていかない。
『中に出してちょーだいも貴様はわらしを産めなゐ無能な女じゃ!それがしに娶られたでござる事を光栄に思ゑと云おりきゐ所なれど、娶とはもなんの役にも立たぬ(中に出してもお前は子供を産めない無能な女だ!俺に娶られた事を光栄に思えと言いたい所だが、娶ってもなんの役にも立たない)!』
『くふぅ!う、あぁ!!』
唾液を垂れ流し、出した時に鈴の腰も引いており、バコッ!と突き上げられれば必然的に彼女の腰も前に出、勢いが増す。
『役に立てで、御免(役に立てなくて、ごめん)』
ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を流し、悪くも無いのに逆らう事が出来ず、消えるような声で謝る。元々が、誰もが満足の行く大きさであり、それが興奮して勃起する事によって更に人間離れした大きさになる。それで突き上げられているので、大いに体が満足する。
『それがしの役に立ちたゐのなら、子を妊娠するでござるまにて、幾度とはいえ中に出す(俺の役に立ちたいのなら、子を妊娠するまで、何度でも中に出す)!』
「恐怖」と「支配」で彼女の自由を奪う。それこそが愛だと思っている彼は、体がバラバラになるほど妻を愛する。ギリッと歯を食い縛り、唾液を垂れ流し、突き昇ってくる熱の魅力に抗えず、欲望を燃え上がらせどくどくと全身の血が滾り、我慢汁がビュクビュクと溢れ、身がゾクッとし、この快感に逆らえない。
『ん、あぁ!あ……………ッ…!あぁ!あっ!』
天井に顔を向け、舌を出し、ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を流す。
『ーーーーーーーーーーーッッッ!』
子宮にグリッと突き付けた状態で唾液を垂れ流して腰を痙攣させて太く猛々しくそびえ、びくんびくんと脈打つ陰茎から、飛び散る程の多量の精を放った。射精は力強く、雄々しく、精液はどこまでも濃密だった。きっとそれは子宮の奥まで到達したはずだ。あるいは更にその奥まで。それは実に非の打ち所のない射精だった。卵管を通り卵子を待つ。卵巣から排卵が起こる。精子と排卵をした卵子が、卵管膨大部で出会い、受精をする。受精卵は細胞分裂を繰り返しながら卵管を通り、子宮内へ移動する。子宮に到達した受精卵は、子宮内膜に着床し、妊娠が成立する。
『あぁ!ん、はあああぁ!』
上体を逸らし、失神しそうな程のエクスタシーが体を駆け抜け、ビクビクと腰を痙攣させ、体は快感のあまりにゾクゾクし、ブッシューーーーーーーーーッ!と、何メートルとも潮を吹き出した。その際に、余分の脂肪の無い痩せて凹んだ腹部がボコッ!と膨れ上がり、子宮に熱湯が注がれたように熱くなり、ギュッと抱き締める。
『はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ』
すると彼は、乱暴に落とした。
『はぁはぁはぁはぁはぁはぁ鈴。それがしを慕っておるか(俺を愛しているか)?』
『はぁはぁはぁはぁはぁ思へり(愛してる)』
腰を痙攣させて定期的にピュクピュクと潮を吹く。
『深く。深く、思へり(愛してる)』
『なら、それがし(俺)の為に。子を産め』
『はぁ………………はぁ……はぁ』
え逆らはず(逆らえない)。
をひとに逆らふべからず(夫に逆らう事は出来ない)。
逆らはば、命削らる(逆らうなら、命が削られる)。
唾液を垂れ流した状態で、彼女は目を、閉じた。
「鈴!」
「?」
ふと、鈴は顔を向けた。
「約束な?」
「その時には、ナガレにも恋しき子えたりよさだめて。我になづむ要こそ無けれ(好きな子が出来てるよきっと。私にこだわる必要は無いよ)」
「あっ。それがしをがき扱ゐしておるな?はっきり申して拙者がきじゃ。なれど、鈴の事が好きだは、真でござる(俺をガキ扱いしてんな?はっきり言って俺はガキだ。けど、鈴の事が好きなのは、本物だぜ)?」
8歳の子供にしては、言う発言が大人だ。
「いづこにさる言の葉覚えし(どこでそんな言葉覚えたの)?」
その時、戸を開ける音が聞こえた。
「帰りて。とく帰りて(帰って。早く帰って)」
「分かれり(分かった)」
すると彼は走って家から去って行った。タッタッタッタッタッタッ。廊下を歩く足音。すると、襖が引かれた。
「おかへり(おかえり)」
「窓閉めろ」
彼女は、言われた通り窓を閉めた。すると仁導は近付くなり、鈴の頬に触れて唇に唇を、押し当てた。
「好いておる鈴。お慕い垂き(好きだ鈴。愛してる)」
裾を捲り、彼は大きい陰茎を手にズブッと、差し込んだ。
「ん、あぁ!はぁ…我も思へり(私も愛してる)」
ギュッと抱き締め、頬を染めて口にした彼女もキスをし、仁導は、後頭部と背中に腕を回して抱き締め子宮を何度も突き上げる。
「あぁっ!あっ!ん、はぁ!あぁん!あっ!あっ!あぁ!あっ!」
唾液を垂れ流し
「仁導ぉ。恋し。恋、し(好き。好、き)!」
トロォッ♡と愛液が糸を引き、パタパタと畳に滴り落ち、キュウゥッと締め付ける。
「思へり(愛してる)」
タッタッタッタッタッタッタッタッタッ。自分の家に向かって走っていると
「捕まゑ(え)た!」
突然路地から腕が伸びて抱き上げられたのだ。
「だあああぁ~!」
ジタバタ暴れる彼はこう言い放った。
「離せ人攫ゐ(い)!」
「人聞きの悪しき事を申すな(悪い事を言うな)!」
それはナガレの父親である綝導だ。双子の弟、仁導とは違って性格がとても良くて優しく、それが顔に滲み出ていて笑顔がとても似合う人であり、男一つ手で育てている。親子揃ってとても仲が良い。
「あっはっはっはっはっはっ!」
「?」
顔を向けると、隣の家に住む栗色のソバージュが毛先に掛けられた唇にさしている紅が良く似合う高身長の女、奈良和美嘉が、窓を開けて笑っていたのだ。
「まこと、ヤンチャぞかし(本当、ヤンチャですよね)?」
「あはは!片腹いたい(お恥ずかしい)所を」
「楽しき年頃にてありぬべきには無しや(楽しい年頃で良いじゃ無いですか)」
「全くでござる(です)」
「父上!湯入らふ(父ちゃん!風呂入ろう)?背中流すぜ?」
「なんじゃ?なにを企みてゐるんじゃ(なんだ?なにを企んでいるんだ)?」
そう言いつつも嬉しそうにニィッと笑い、歩いて家へ帰って行く。
「人聞き悪しきな!それがしじゃとは親孝行しておるでござる(人聞き悪いな!俺だって親孝行してんだぜ)?」
「あっはっはっはっはっはっ!さふ(そう)か。親孝行か」
彼女は窓を閉めると、己の体を抱いて壁に寄りかかりながらしゃがみ、ブルッと身震いをする。
「はああぁ~」
お一人かしづくはゆゆしからむ(お一人で育てるのは大変でしょう)?
我にてありぬべくば(私で良ければ)…。
「など言ふべきや分からず!わらはをかしづきし訳にも無いし!産みしためしも無し!おのれのわらはには無き子をもろともにかしづくとて。易くえ言はず(なんて言えば良いか分からねえ!子供を育てた訳でも無いし!産んだ事も無い!自分の子供じゃ無い子を一緒に育てるって。簡単に言えない)…」
綝導(綝導さん)。
ドキドキと鼓動し、めくるめく恋の炎に身を焦がす。
「何時もいずこに戯れに参るんじゃ(いつもどこに遊びに行くんだ)?」
51には思えない程の肉体美を晒して五右衛門に浸かる綝導はそう口にすると、裸で後ろにへばりつくナガレはこう言った。
「好きな子の屋敷(家)」
「おぉ?好きな子の屋敷か。父上知らなんだ(家か。父さん知らなかったぞ?)」
「じゃとは申しておらぬもん(だって言ってないもん)」
すると彼は肩に跨るなり、綝導は下ろした。
「どぅあぁ!」
バシャッと落ち、ザバァッと這い上がる。
「どんな子じゃ(だ)?」
「すさまじ綺麗な子!それがしから拝見して、壱捌等壱漆(すごい綺麗な子!俺から見て、18とか17)」
「おぉーおぉーおおぉー!同ゐ年の子にはのうこざったか(同い年の子じゃなかったか)」
「外に出るのが好まぬなんじゃとは(嫌いなんだって)」
「ほぉ」
いずこの息女じゃ(どこの娘だ)?
秋の夜は、とても澄んでいる為星が幾つも流れて行く。
「はぁ」
畳みに横たわる鈴は生命感に溢れ、清潔で、セクシーな裸体姿になっており、トロォッと精と愛液が混じれて糸を引く。
「鈴。貴様に褒美がござる(お前にプレゼントがある)」
それを口にしたのは仁導だ。筋肉で引き締まった51とは思えない程の肉体美を晒しており、蹴鞠を転がした。
「遊みて(んで)くれ」
「かたじけなし(ありがとう)」
彼女はそれを手に、転がして遊ぶ。
「貴様を深く慕っておる(お前を深く愛している)」
膝を付き、アゴを掴んで顔を向けさせると、唇に唇を押し当てて舌を差し込み絡ませる。
「んぅ…」
唾液を垂れ流し、鈴は両腕を首に回して抱き締める。
恋し(好き)…。
翌日。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッ。ナガレは、いつものように家から出た。
「ながれ(ナガレ)!」
すると、綝導も家を出ると彼の腕を掴んだ。
「いやぁーん!離して~!」
「行かせなゐぞ?けふは掃除を致すと約束したでござるらふ(行かせないぞ?今日は掃除をすると約束したろう)?」
「してちょーだいなゐで候左様なの(してないよそんなの)!」
覚えている。秋の旬な魚である秋刀魚を食べていた時、言われた。
『ながれ。明日は屋敷の掃除をするでござるから、夜明け早う出掛けるのは無しじゃぞ(ナガレ。明日は家の掃除をするから、朝早く出掛けるのは無しだぞ)?』
『分かーった』
簡単に返事をしていたが、頭は鈴でいっぱいだったのでとても空返事なのを覚えている。
「したでござる、か(した、か)?」
惚ける時、彼は目を逸らし斜め上の方を見上げる。これは息子独特の誤魔化し方だ。
「いやはや、先日したでござる(いや、昨日した)」
笑みを浮かべて言うと
「我、手伝ふぞ(私、手伝いますよ)?」
「?」
ふと見ると、美嘉が歩いて来たのだ。
「家の掃除ぞかし?我、掃除好きなれば(家の掃除ですよね?私、掃除好きなので)」
嘘を吐いた。掃除は嫌いで、2ヶ月に1回ほどしかしないので、囲炉裏や部屋や廊下は埃が溜まり、歩くと足跡がたまに付く時がある。
「ありがたき幸せ。なれど、せがれと約束をしたでござるにて(ありがとう。けど、息子と約束をしたので)…」
「良かったでないか!美嘉がしてちょーだいくらるるとは(良かったじゃんか!美嘉がしてくれるって)!」
そう言い、スルッと離れて走って行ってしまったのだ。
「あっ!ながれ(ナガレ)!」
タッタッタッタッタッタッタッタッタッ。息子の背中は元々小さいのに、更に小さくなって行く。
「全く」
呆れてと言うか、今は熱中しているものがある。子供は飽きるのが早いので、飽きた頃にはいつものように家の手伝いをしてくれる。そう思い、怒る気にもなれなかった。
「なら、お云葉に甘ゑやうかな(お言葉に甘えようかな)?」
「え、えい(は、はい)」
こんな簡単に家に入れるとは、思ってもなかった。頬を染め、瞳が揺れる。
「汚くてかたじけない(すみません)。今お茶を」
草履を脱いで囲炉裏に上がり、台所へ向かう。
「あぁいへ!掃除のお手伝ひに来れば(いえ!掃除のお手伝いに来たので)…!」
囲炉裏を見る限り、全く持って汚れていないのが分かる。いや、自分の基準で足跡が付く程放置をしているからか、とても綺麗に見え、どこを掃除して良いか分からない。
「妨ぐ(お邪魔します)」
取り敢えず、草履を脱いで上がった。埃で足跡が付かない。どこがどう汚いと言うのか全く分からない。
綝導(綝導さん)。
なんぢの思ひし奥さんて(あんたが愛した奥さんて)。
いかなる人なりや(どんな人ですか)?
なんぢの思ひし人に(あなたが愛した人に)。
我は、覚えたりや(私は、似てますか)?
いづれの辺を変へば(どの辺を変えれば)。
奥さんに近付くや(近付けますか)?
なんぢ(あなた)の。
奥さんの代はりにならばや(代わりになりたい)。
湯呑みを手に、彼は戻って来た。
「どうぞ」
「すまず。かたじけなくさうらふ(すみません。ありがとうございます)」
湯呑みを手に、彼女は啜った。
「今、せがれがいと楽しさふにて(息子がとても楽しそうで)」
向き合って座る綝導は、どこか寂しげに笑みを浮かべてそう言った。
「さりや(そうなんですか)?」
「年上の女性に懸想をしてちょーだい、會ゐに参ったみてす(恋をして、会いに行ったんです)」
「あっ。さ、なにかな?年上のをんなに。いづこの娘なりや(そう、なんですね?年上の女性に。どこの娘ですか)?」
「せがれもことごとく話してちょーだいくらるる訳にてはござらんにて、それがしもいずこの息女に懸想しておるとか分からなゐでござるなれど、とかくせがれが楽しさふにて。重畳みてす。未だ捌つにて、危惧でござるなれど。毎日楽しさふに帰とは来るのにて、性格の良き女性であると拙者思とはいるでござる(息子も全て話してくれる訳では無いので、俺もどこの娘に恋してるのか分からないですけど、とにかく息子が楽しそうで。嬉しいんです。まだ8つで、不安ですけど。毎日楽しそうに帰って来るので、性格の良い女性だと俺は思っています)」
自分も恋をして、結婚をして、嫁が浮気をして、離婚をした。ナガレを産んで直ぐの事だ。実際、彼は本当の息子では無い。浮気相手の子供だ。その男に逃げられて、子を産み、自分に押し付けて、出て行った。帰って来て欲しかった。だが、この8年間。妻が帰って来る様子はどこにも無い。
「綝導、は。いま、恋など、せずや(綝導、さんは。もう、恋とか、しないんですか)?」
持っていた湯呑みが震えれば、小刻みに波が立つ。手が震え、言葉も震える。自分はいつにも増して大胆だ。この流れ的に、そう言った話しを持ち出す事が出来た。気持ちが知りたい。
「あはははは!まふ、伍壱でござろうから。懸想もなにも。せがれと居らば恭悦至極でござる(もう、51ですから。恋もなにも。息子と居れば幸せです)」
笑みを浮かべてそんな事を言っているが、どこか寂しさを感じる。本当に幸せなのだろうか。無理して笑みを浮かべていつも誤魔化してる気がする。実際、恋してる自分の息子が羨ましいのかもしれない。
「………………………………………」
美嘉は湯呑みを置いて立ち上がると、その隣に来た。
「?」
「綝導(綝導さん)」
割と細い腿に手を置くと、彼はどこか、緊張した顔をしていた。女性に対する裏切らた過去を消す事は出来ない。女性を信じる事が出来ない自分がおり、辺に緊張が解けない。体が硬直し、動く事すら出来ない。
「恋し。綝導(好きです。綝導さん)」
彼女は、躊躇う事なく、唇に唇を、押し当てた。浮気されて以来、女性には触れていない。妻以外の人とキスをするのも8年振りだ。前髪の陰に隠れて表情は見えず、一筋の涙を、流した。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッ。子供の体力は無限。家からずっとナガレは立ち止まらずに走り続けている。すると、リヤカーに布団を積んで歩く、黒髪で、25歳には見えない程童顔であり、子供っぽく、理想身長は175センチ何だが、現実には153センチ程しかない独身の男、伊村尊はふと、彼を見た。
「腐ってない豆腐願いたもうぞ(腐とはなゐ豆腐くださ~い)!」
そう言いながらそのまま突っ走る。
「布団布団!かのような大きゐ豆腐は売とはなゐ!て申すか、布団は腐っとるもんじゃから(こんな大きい豆腐は売ってない!て言うか、布団は腐ってるもんだから)!」
ダダダダダダダダタタタ…。
「ははは!良きな。わらしは達者にて。かように働ゐてるに、輿入れをしてちょーだいくらるる相手も居なゐ(良いな。子供は元気で。こんなに働いてるのに、結婚をしてくれる相手も居ない)」
ぼろぼろぼろぼろと滝のように流れる独身は、リヤカーを引こうとした時、タタタタタタダダダダダダダダ!ナガレが、疾風のように駆けて戻って来たのだ。
「布団て腐っとるとは誠(腐ってるって本当)!?」
目を輝かせて言い、彼は動揺してしまう。
「うえええぇ!?布団が腐っとる!?左様な事申した(腐ってる!?そんな事言った)!?」
自分が先程何て言ったか覚えていないが、何か、勘違いしてる。
「否!豆腐でござる。豆腐は腐っとるものでござるで候(違うよ!豆腐だよ。豆腐は腐ってるものだよ)」
「えぇ!?豆腐とは腐っとるの!?何故でござる腐っとるの!?何故でござる食べて良きの(豆腐って腐ってるの!?なんで腐ってるの!?なんで食べて良いの)!?」
今は、鈴よりも豆腐に興味があるみたいだ。子供は一つの事に興味を示し、理解が出来るまで答えを探る。仕事にならない。一方、鈴では。
「………………………………………」
変わり映えしない景色を見ているのも、飽きてしまう。窓を閉めようとした際
「鈴待たれよ(待って)!」
「!」
窓を、閉める寸前にナガレが走って来たのだ。
「ナガレ」
窓を開け、棒で窓が閉まらないように突っ掛けて支える。
「鈴!」
腕を伸ばすと、その、か細い華奢な腕を両手で掴み、引っ張ったのだ。
「!!!!!!!!!?」
彼女は目を見張り、ひどく動揺して瞳が揺れる。
「無用(ダメ)!止めて!」
力が入らなかった。子供の力であっても、男の子の力はとても強い。窓から体が身を乗り出し
「止めて!!」
ドサッと、窓から滑り落ちた。
「!!!!!!!!!!?」
ドックン!ドックン!ドックン!ドックン!ドックン!ドックン!ひどく、ゆっくりと打つ鼓動。着物の裾が長くても、分かった。彼は目を見張り、戦慄が体を突き抜け、身体が板のように硬直してしまう。
「………………………………………」
鈴は、地面に手を付き、俯いてしまう。彼女は、両脚が無かった。それもそのはず。仁導の部屋の壁に、なかなかお目に掛かれない綺麗な形のほっそりした脚が飾られているから。
「窓よりばかりに、足る(窓からだけで、十分なの)!」
ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を流し、地面に伏せる。その時だった。その隣からナガレは蹴り飛ばされたのだ。
「うあぁ!」
「!!!!!!!!!?」
上体を起こし、鈴は顔を向けた。
「戯れに来ておるのは貴様か(遊びに来ているのはお前か)」
倒れている彼の脚を掴んで持ち上げるなら、逆さまになった。
「人の奥方(妻)に興味を持つな」
「!!!!!!!!!?」
自分の父親を、鏡で映したようにそっくりな男だった。
「父上(父ちゃん)?」
「あぁ?貴様、それがしと面に似た男のわらしか。會ゑて重畳(お前、俺と顔に似た男の子供か。会えて嬉しい)」
似合わない笑みを浮かべ、懐から銃を取り出し、額に銃口を突き付けた。
「!!!!!!!!!!?」
あぁ。
父上にてはござらぬ(父ちゃんじゃないわ)。
えっ?
いやはや瓜二つ過ぎて父上かと思った(いえそっくり過ぎて父ちゃんかと思った)!
て申すか何奴でござるこやつ(て言うか誰だよコイツ)!
「拙者わらしが好いておる。じゃから貴様に、鉛の弾の褒美をやらふ(俺は子供が好きだ。だからお前に、鉛の弾のプレゼントをやろう)」
「我が滑り落ちし!その子はなにも縁無し(私が滑り落ちたの!その子はなにも関係無い)!」
夫の脚にしがみつき、鈴はそう訴えた。
「滑り落ちた?さふ(そう)か」
すると彼は腕を掴むと持ち上げ、脚を掴んでいたナガレを投げ飛ばし
「うあっ!」
ドスッ!と、余分の脂肪の無い痩せて凹んだ腹部を殴り付けた。
「ーーーーーーーーーーがはぁ!」
唾液を吐き出し、目を見張り、ひどく瞳が揺れる。停電したようにプッツリと意識を失ない、じょろろろろと失禁してしまう。彼は地面に叩き付けられて転がり、妻を脇に抱えてパァン!と撃った。
「!!!!!!!!!!?」
足元に弾丸が減り込み、ナガレは目を見張る。
「弐(二)度と来るな」
前髪から覗くその目は狂気に満ちており、妻を窓から乱暴に投げ入れ、自分も草履を履いたまま窓から入り、閉めた。
「………………………………………」
ぼろぼろと、彼は大粒のような涙を流した。家に帰って来た時、綝導は一人だった。
「よくぞお帰りになられた(おかえり)!」
囲炉裏に胡座をかいて座っており、囲炉裏に火を炊いて鉄鍋でぐつぐつと雑炊を煮ていた。
「………只今もどった(ただいま)」
「?」
なんだか、いつに無く暗い。と言うか、何かにひどく動揺をしているような。そんな、気がした。
「如何した(どうした)?」
「…………………いやはや(いや)」
そんな中、美嘉は自分の部屋の畳の上に横たわって泣いていた。自分の思いは、儚くも届かなかった。
あれ以来、鈴には会っていない。あの後彼女がどうなったか、生きているのか、子供ながらも、鈴を想い続ける。
「………………………………………」
窓を開けて、変わり映えのしない景色を眺める。冷たくも心地の良い風に当たるのは、ブロンドの短い髪の、一度見たら頭に残る蠱惑的な美貌の女、鈴。
「鈴!」
「!」
その横から顔を出したナガレは、声を掛けた。
「けふもここにて眺めてるとか(今日もここで眺めてるのか)?」
「この景色恋しく、眺めたりと、心落ち着く(この景色が好きで、眺めてると、心が落ち着くの)」
瞳を揺らし、彼女はそう口にした。
「なら外に出て、共に村歩もうで候(一緒に村歩こうよ)」
8歳ながらもナンパをする彼は、頬を染めていた。
「外は苦手なる。眺めたるばかりに十分(外は苦手なの。眺めてるだけで十分)」
「屋敷に長らく居たら頭からきのこ生ゑるで候(家にずっと居たら頭からキノコ生えるよ)?」
要するにかびると言う事を言いたいのであろう。
「人は黴なければ平気(カビないから平気)」
するとナガレは腕を伸ばすと、その頬に触れた。
「それがしが壱伍に成り申したら、鈴を迎ゑに来る。じゃから其れまにて、何奴とも輿入れ致さぬにてくれ(俺が15になったら、鈴を迎えに来る。だからそれまで、誰とも結婚しないでくれ)」
「………………………………………」
鈴は、揺れる瞳を閉じ、その手の甲に触れた。
『んはぁ!あぁっ!あっ!あぁん!んあぁ!アァッ!あっ!ああぁ!』
生命感に溢れ、清潔で、セクシーな裸体姿になる自分は、両膝に腕を回して支えられて立っており、筋肉で引き締まった51とは思えない程の肉体美を晒しており、大きい陰茎を差し込んで子宮を何度も突き上げる、黒髪で、高身長のイケメンの風貌の主である男、鬼賀乃仁導は、額から一筋の汗を流し、女をひどく「所有」する。
『あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あああぁ!あぁ!あぁん!んあぁ!あぁ!あぁん!あっ!』
腰がビクビクと痙攣して軽く達し、愛液がパタパタと糸を引く。一度からだにこびりついた快感はどこにも出ていかない。
『中に出してちょーだいも貴様はわらしを産めなゐ無能な女じゃ!それがしに娶られたでござる事を光栄に思ゑと云おりきゐ所なれど、娶とはもなんの役にも立たぬ(中に出してもお前は子供を産めない無能な女だ!俺に娶られた事を光栄に思えと言いたい所だが、娶ってもなんの役にも立たない)!』
『くふぅ!う、あぁ!!』
唾液を垂れ流し、出した時に鈴の腰も引いており、バコッ!と突き上げられれば必然的に彼女の腰も前に出、勢いが増す。
『役に立てで、御免(役に立てなくて、ごめん)』
ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を流し、悪くも無いのに逆らう事が出来ず、消えるような声で謝る。元々が、誰もが満足の行く大きさであり、それが興奮して勃起する事によって更に人間離れした大きさになる。それで突き上げられているので、大いに体が満足する。
『それがしの役に立ちたゐのなら、子を妊娠するでござるまにて、幾度とはいえ中に出す(俺の役に立ちたいのなら、子を妊娠するまで、何度でも中に出す)!』
「恐怖」と「支配」で彼女の自由を奪う。それこそが愛だと思っている彼は、体がバラバラになるほど妻を愛する。ギリッと歯を食い縛り、唾液を垂れ流し、突き昇ってくる熱の魅力に抗えず、欲望を燃え上がらせどくどくと全身の血が滾り、我慢汁がビュクビュクと溢れ、身がゾクッとし、この快感に逆らえない。
『ん、あぁ!あ……………ッ…!あぁ!あっ!』
天井に顔を向け、舌を出し、ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を流す。
『ーーーーーーーーーーーッッッ!』
子宮にグリッと突き付けた状態で唾液を垂れ流して腰を痙攣させて太く猛々しくそびえ、びくんびくんと脈打つ陰茎から、飛び散る程の多量の精を放った。射精は力強く、雄々しく、精液はどこまでも濃密だった。きっとそれは子宮の奥まで到達したはずだ。あるいは更にその奥まで。それは実に非の打ち所のない射精だった。卵管を通り卵子を待つ。卵巣から排卵が起こる。精子と排卵をした卵子が、卵管膨大部で出会い、受精をする。受精卵は細胞分裂を繰り返しながら卵管を通り、子宮内へ移動する。子宮に到達した受精卵は、子宮内膜に着床し、妊娠が成立する。
『あぁ!ん、はあああぁ!』
上体を逸らし、失神しそうな程のエクスタシーが体を駆け抜け、ビクビクと腰を痙攣させ、体は快感のあまりにゾクゾクし、ブッシューーーーーーーーーッ!と、何メートルとも潮を吹き出した。その際に、余分の脂肪の無い痩せて凹んだ腹部がボコッ!と膨れ上がり、子宮に熱湯が注がれたように熱くなり、ギュッと抱き締める。
『はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ』
すると彼は、乱暴に落とした。
『はぁはぁはぁはぁはぁはぁ鈴。それがしを慕っておるか(俺を愛しているか)?』
『はぁはぁはぁはぁはぁ思へり(愛してる)』
腰を痙攣させて定期的にピュクピュクと潮を吹く。
『深く。深く、思へり(愛してる)』
『なら、それがし(俺)の為に。子を産め』
『はぁ………………はぁ……はぁ』
え逆らはず(逆らえない)。
をひとに逆らふべからず(夫に逆らう事は出来ない)。
逆らはば、命削らる(逆らうなら、命が削られる)。
唾液を垂れ流した状態で、彼女は目を、閉じた。
「鈴!」
「?」
ふと、鈴は顔を向けた。
「約束な?」
「その時には、ナガレにも恋しき子えたりよさだめて。我になづむ要こそ無けれ(好きな子が出来てるよきっと。私にこだわる必要は無いよ)」
「あっ。それがしをがき扱ゐしておるな?はっきり申して拙者がきじゃ。なれど、鈴の事が好きだは、真でござる(俺をガキ扱いしてんな?はっきり言って俺はガキだ。けど、鈴の事が好きなのは、本物だぜ)?」
8歳の子供にしては、言う発言が大人だ。
「いづこにさる言の葉覚えし(どこでそんな言葉覚えたの)?」
その時、戸を開ける音が聞こえた。
「帰りて。とく帰りて(帰って。早く帰って)」
「分かれり(分かった)」
すると彼は走って家から去って行った。タッタッタッタッタッタッ。廊下を歩く足音。すると、襖が引かれた。
「おかへり(おかえり)」
「窓閉めろ」
彼女は、言われた通り窓を閉めた。すると仁導は近付くなり、鈴の頬に触れて唇に唇を、押し当てた。
「好いておる鈴。お慕い垂き(好きだ鈴。愛してる)」
裾を捲り、彼は大きい陰茎を手にズブッと、差し込んだ。
「ん、あぁ!はぁ…我も思へり(私も愛してる)」
ギュッと抱き締め、頬を染めて口にした彼女もキスをし、仁導は、後頭部と背中に腕を回して抱き締め子宮を何度も突き上げる。
「あぁっ!あっ!ん、はぁ!あぁん!あっ!あっ!あぁ!あっ!」
唾液を垂れ流し
「仁導ぉ。恋し。恋、し(好き。好、き)!」
トロォッ♡と愛液が糸を引き、パタパタと畳に滴り落ち、キュウゥッと締め付ける。
「思へり(愛してる)」
タッタッタッタッタッタッタッタッタッ。自分の家に向かって走っていると
「捕まゑ(え)た!」
突然路地から腕が伸びて抱き上げられたのだ。
「だあああぁ~!」
ジタバタ暴れる彼はこう言い放った。
「離せ人攫ゐ(い)!」
「人聞きの悪しき事を申すな(悪い事を言うな)!」
それはナガレの父親である綝導だ。双子の弟、仁導とは違って性格がとても良くて優しく、それが顔に滲み出ていて笑顔がとても似合う人であり、男一つ手で育てている。親子揃ってとても仲が良い。
「あっはっはっはっはっはっ!」
「?」
顔を向けると、隣の家に住む栗色のソバージュが毛先に掛けられた唇にさしている紅が良く似合う高身長の女、奈良和美嘉が、窓を開けて笑っていたのだ。
「まこと、ヤンチャぞかし(本当、ヤンチャですよね)?」
「あはは!片腹いたい(お恥ずかしい)所を」
「楽しき年頃にてありぬべきには無しや(楽しい年頃で良いじゃ無いですか)」
「全くでござる(です)」
「父上!湯入らふ(父ちゃん!風呂入ろう)?背中流すぜ?」
「なんじゃ?なにを企みてゐるんじゃ(なんだ?なにを企んでいるんだ)?」
そう言いつつも嬉しそうにニィッと笑い、歩いて家へ帰って行く。
「人聞き悪しきな!それがしじゃとは親孝行しておるでござる(人聞き悪いな!俺だって親孝行してんだぜ)?」
「あっはっはっはっはっはっ!さふ(そう)か。親孝行か」
彼女は窓を閉めると、己の体を抱いて壁に寄りかかりながらしゃがみ、ブルッと身震いをする。
「はああぁ~」
お一人かしづくはゆゆしからむ(お一人で育てるのは大変でしょう)?
我にてありぬべくば(私で良ければ)…。
「など言ふべきや分からず!わらはをかしづきし訳にも無いし!産みしためしも無し!おのれのわらはには無き子をもろともにかしづくとて。易くえ言はず(なんて言えば良いか分からねえ!子供を育てた訳でも無いし!産んだ事も無い!自分の子供じゃ無い子を一緒に育てるって。簡単に言えない)…」
綝導(綝導さん)。
ドキドキと鼓動し、めくるめく恋の炎に身を焦がす。
「何時もいずこに戯れに参るんじゃ(いつもどこに遊びに行くんだ)?」
51には思えない程の肉体美を晒して五右衛門に浸かる綝導はそう口にすると、裸で後ろにへばりつくナガレはこう言った。
「好きな子の屋敷(家)」
「おぉ?好きな子の屋敷か。父上知らなんだ(家か。父さん知らなかったぞ?)」
「じゃとは申しておらぬもん(だって言ってないもん)」
すると彼は肩に跨るなり、綝導は下ろした。
「どぅあぁ!」
バシャッと落ち、ザバァッと這い上がる。
「どんな子じゃ(だ)?」
「すさまじ綺麗な子!それがしから拝見して、壱捌等壱漆(すごい綺麗な子!俺から見て、18とか17)」
「おぉーおぉーおおぉー!同ゐ年の子にはのうこざったか(同い年の子じゃなかったか)」
「外に出るのが好まぬなんじゃとは(嫌いなんだって)」
「ほぉ」
いずこの息女じゃ(どこの娘だ)?
秋の夜は、とても澄んでいる為星が幾つも流れて行く。
「はぁ」
畳みに横たわる鈴は生命感に溢れ、清潔で、セクシーな裸体姿になっており、トロォッと精と愛液が混じれて糸を引く。
「鈴。貴様に褒美がござる(お前にプレゼントがある)」
それを口にしたのは仁導だ。筋肉で引き締まった51とは思えない程の肉体美を晒しており、蹴鞠を転がした。
「遊みて(んで)くれ」
「かたじけなし(ありがとう)」
彼女はそれを手に、転がして遊ぶ。
「貴様を深く慕っておる(お前を深く愛している)」
膝を付き、アゴを掴んで顔を向けさせると、唇に唇を押し当てて舌を差し込み絡ませる。
「んぅ…」
唾液を垂れ流し、鈴は両腕を首に回して抱き締める。
恋し(好き)…。
翌日。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッ。ナガレは、いつものように家から出た。
「ながれ(ナガレ)!」
すると、綝導も家を出ると彼の腕を掴んだ。
「いやぁーん!離して~!」
「行かせなゐぞ?けふは掃除を致すと約束したでござるらふ(行かせないぞ?今日は掃除をすると約束したろう)?」
「してちょーだいなゐで候左様なの(してないよそんなの)!」
覚えている。秋の旬な魚である秋刀魚を食べていた時、言われた。
『ながれ。明日は屋敷の掃除をするでござるから、夜明け早う出掛けるのは無しじゃぞ(ナガレ。明日は家の掃除をするから、朝早く出掛けるのは無しだぞ)?』
『分かーった』
簡単に返事をしていたが、頭は鈴でいっぱいだったのでとても空返事なのを覚えている。
「したでござる、か(した、か)?」
惚ける時、彼は目を逸らし斜め上の方を見上げる。これは息子独特の誤魔化し方だ。
「いやはや、先日したでござる(いや、昨日した)」
笑みを浮かべて言うと
「我、手伝ふぞ(私、手伝いますよ)?」
「?」
ふと見ると、美嘉が歩いて来たのだ。
「家の掃除ぞかし?我、掃除好きなれば(家の掃除ですよね?私、掃除好きなので)」
嘘を吐いた。掃除は嫌いで、2ヶ月に1回ほどしかしないので、囲炉裏や部屋や廊下は埃が溜まり、歩くと足跡がたまに付く時がある。
「ありがたき幸せ。なれど、せがれと約束をしたでござるにて(ありがとう。けど、息子と約束をしたので)…」
「良かったでないか!美嘉がしてちょーだいくらるるとは(良かったじゃんか!美嘉がしてくれるって)!」
そう言い、スルッと離れて走って行ってしまったのだ。
「あっ!ながれ(ナガレ)!」
タッタッタッタッタッタッタッタッタッ。息子の背中は元々小さいのに、更に小さくなって行く。
「全く」
呆れてと言うか、今は熱中しているものがある。子供は飽きるのが早いので、飽きた頃にはいつものように家の手伝いをしてくれる。そう思い、怒る気にもなれなかった。
「なら、お云葉に甘ゑやうかな(お言葉に甘えようかな)?」
「え、えい(は、はい)」
こんな簡単に家に入れるとは、思ってもなかった。頬を染め、瞳が揺れる。
「汚くてかたじけない(すみません)。今お茶を」
草履を脱いで囲炉裏に上がり、台所へ向かう。
「あぁいへ!掃除のお手伝ひに来れば(いえ!掃除のお手伝いに来たので)…!」
囲炉裏を見る限り、全く持って汚れていないのが分かる。いや、自分の基準で足跡が付く程放置をしているからか、とても綺麗に見え、どこを掃除して良いか分からない。
「妨ぐ(お邪魔します)」
取り敢えず、草履を脱いで上がった。埃で足跡が付かない。どこがどう汚いと言うのか全く分からない。
綝導(綝導さん)。
なんぢの思ひし奥さんて(あんたが愛した奥さんて)。
いかなる人なりや(どんな人ですか)?
なんぢの思ひし人に(あなたが愛した人に)。
我は、覚えたりや(私は、似てますか)?
いづれの辺を変へば(どの辺を変えれば)。
奥さんに近付くや(近付けますか)?
なんぢ(あなた)の。
奥さんの代はりにならばや(代わりになりたい)。
湯呑みを手に、彼は戻って来た。
「どうぞ」
「すまず。かたじけなくさうらふ(すみません。ありがとうございます)」
湯呑みを手に、彼女は啜った。
「今、せがれがいと楽しさふにて(息子がとても楽しそうで)」
向き合って座る綝導は、どこか寂しげに笑みを浮かべてそう言った。
「さりや(そうなんですか)?」
「年上の女性に懸想をしてちょーだい、會ゐに参ったみてす(恋をして、会いに行ったんです)」
「あっ。さ、なにかな?年上のをんなに。いづこの娘なりや(そう、なんですね?年上の女性に。どこの娘ですか)?」
「せがれもことごとく話してちょーだいくらるる訳にてはござらんにて、それがしもいずこの息女に懸想しておるとか分からなゐでござるなれど、とかくせがれが楽しさふにて。重畳みてす。未だ捌つにて、危惧でござるなれど。毎日楽しさふに帰とは来るのにて、性格の良き女性であると拙者思とはいるでござる(息子も全て話してくれる訳では無いので、俺もどこの娘に恋してるのか分からないですけど、とにかく息子が楽しそうで。嬉しいんです。まだ8つで、不安ですけど。毎日楽しそうに帰って来るので、性格の良い女性だと俺は思っています)」
自分も恋をして、結婚をして、嫁が浮気をして、離婚をした。ナガレを産んで直ぐの事だ。実際、彼は本当の息子では無い。浮気相手の子供だ。その男に逃げられて、子を産み、自分に押し付けて、出て行った。帰って来て欲しかった。だが、この8年間。妻が帰って来る様子はどこにも無い。
「綝導、は。いま、恋など、せずや(綝導、さんは。もう、恋とか、しないんですか)?」
持っていた湯呑みが震えれば、小刻みに波が立つ。手が震え、言葉も震える。自分はいつにも増して大胆だ。この流れ的に、そう言った話しを持ち出す事が出来た。気持ちが知りたい。
「あはははは!まふ、伍壱でござろうから。懸想もなにも。せがれと居らば恭悦至極でござる(もう、51ですから。恋もなにも。息子と居れば幸せです)」
笑みを浮かべてそんな事を言っているが、どこか寂しさを感じる。本当に幸せなのだろうか。無理して笑みを浮かべていつも誤魔化してる気がする。実際、恋してる自分の息子が羨ましいのかもしれない。
「………………………………………」
美嘉は湯呑みを置いて立ち上がると、その隣に来た。
「?」
「綝導(綝導さん)」
割と細い腿に手を置くと、彼はどこか、緊張した顔をしていた。女性に対する裏切らた過去を消す事は出来ない。女性を信じる事が出来ない自分がおり、辺に緊張が解けない。体が硬直し、動く事すら出来ない。
「恋し。綝導(好きです。綝導さん)」
彼女は、躊躇う事なく、唇に唇を、押し当てた。浮気されて以来、女性には触れていない。妻以外の人とキスをするのも8年振りだ。前髪の陰に隠れて表情は見えず、一筋の涙を、流した。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッ。子供の体力は無限。家からずっとナガレは立ち止まらずに走り続けている。すると、リヤカーに布団を積んで歩く、黒髪で、25歳には見えない程童顔であり、子供っぽく、理想身長は175センチ何だが、現実には153センチ程しかない独身の男、伊村尊はふと、彼を見た。
「腐ってない豆腐願いたもうぞ(腐とはなゐ豆腐くださ~い)!」
そう言いながらそのまま突っ走る。
「布団布団!かのような大きゐ豆腐は売とはなゐ!て申すか、布団は腐っとるもんじゃから(こんな大きい豆腐は売ってない!て言うか、布団は腐ってるもんだから)!」
ダダダダダダダダタタタ…。
「ははは!良きな。わらしは達者にて。かように働ゐてるに、輿入れをしてちょーだいくらるる相手も居なゐ(良いな。子供は元気で。こんなに働いてるのに、結婚をしてくれる相手も居ない)」
ぼろぼろぼろぼろと滝のように流れる独身は、リヤカーを引こうとした時、タタタタタタダダダダダダダダ!ナガレが、疾風のように駆けて戻って来たのだ。
「布団て腐っとるとは誠(腐ってるって本当)!?」
目を輝かせて言い、彼は動揺してしまう。
「うえええぇ!?布団が腐っとる!?左様な事申した(腐ってる!?そんな事言った)!?」
自分が先程何て言ったか覚えていないが、何か、勘違いしてる。
「否!豆腐でござる。豆腐は腐っとるものでござるで候(違うよ!豆腐だよ。豆腐は腐ってるものだよ)」
「えぇ!?豆腐とは腐っとるの!?何故でござる腐っとるの!?何故でござる食べて良きの(豆腐って腐ってるの!?なんで腐ってるの!?なんで食べて良いの)!?」
今は、鈴よりも豆腐に興味があるみたいだ。子供は一つの事に興味を示し、理解が出来るまで答えを探る。仕事にならない。一方、鈴では。
「………………………………………」
変わり映えしない景色を見ているのも、飽きてしまう。窓を閉めようとした際
「鈴待たれよ(待って)!」
「!」
窓を、閉める寸前にナガレが走って来たのだ。
「ナガレ」
窓を開け、棒で窓が閉まらないように突っ掛けて支える。
「鈴!」
腕を伸ばすと、その、か細い華奢な腕を両手で掴み、引っ張ったのだ。
「!!!!!!!!!?」
彼女は目を見張り、ひどく動揺して瞳が揺れる。
「無用(ダメ)!止めて!」
力が入らなかった。子供の力であっても、男の子の力はとても強い。窓から体が身を乗り出し
「止めて!!」
ドサッと、窓から滑り落ちた。
「!!!!!!!!!!?」
ドックン!ドックン!ドックン!ドックン!ドックン!ドックン!ひどく、ゆっくりと打つ鼓動。着物の裾が長くても、分かった。彼は目を見張り、戦慄が体を突き抜け、身体が板のように硬直してしまう。
「………………………………………」
鈴は、地面に手を付き、俯いてしまう。彼女は、両脚が無かった。それもそのはず。仁導の部屋の壁に、なかなかお目に掛かれない綺麗な形のほっそりした脚が飾られているから。
「窓よりばかりに、足る(窓からだけで、十分なの)!」
ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を流し、地面に伏せる。その時だった。その隣からナガレは蹴り飛ばされたのだ。
「うあぁ!」
「!!!!!!!!!?」
上体を起こし、鈴は顔を向けた。
「戯れに来ておるのは貴様か(遊びに来ているのはお前か)」
倒れている彼の脚を掴んで持ち上げるなら、逆さまになった。
「人の奥方(妻)に興味を持つな」
「!!!!!!!!!?」
自分の父親を、鏡で映したようにそっくりな男だった。
「父上(父ちゃん)?」
「あぁ?貴様、それがしと面に似た男のわらしか。會ゑて重畳(お前、俺と顔に似た男の子供か。会えて嬉しい)」
似合わない笑みを浮かべ、懐から銃を取り出し、額に銃口を突き付けた。
「!!!!!!!!!!?」
あぁ。
父上にてはござらぬ(父ちゃんじゃないわ)。
えっ?
いやはや瓜二つ過ぎて父上かと思った(いえそっくり過ぎて父ちゃんかと思った)!
て申すか何奴でござるこやつ(て言うか誰だよコイツ)!
「拙者わらしが好いておる。じゃから貴様に、鉛の弾の褒美をやらふ(俺は子供が好きだ。だからお前に、鉛の弾のプレゼントをやろう)」
「我が滑り落ちし!その子はなにも縁無し(私が滑り落ちたの!その子はなにも関係無い)!」
夫の脚にしがみつき、鈴はそう訴えた。
「滑り落ちた?さふ(そう)か」
すると彼は腕を掴むと持ち上げ、脚を掴んでいたナガレを投げ飛ばし
「うあっ!」
ドスッ!と、余分の脂肪の無い痩せて凹んだ腹部を殴り付けた。
「ーーーーーーーーーーがはぁ!」
唾液を吐き出し、目を見張り、ひどく瞳が揺れる。停電したようにプッツリと意識を失ない、じょろろろろと失禁してしまう。彼は地面に叩き付けられて転がり、妻を脇に抱えてパァン!と撃った。
「!!!!!!!!!!?」
足元に弾丸が減り込み、ナガレは目を見張る。
「弐(二)度と来るな」
前髪から覗くその目は狂気に満ちており、妻を窓から乱暴に投げ入れ、自分も草履を履いたまま窓から入り、閉めた。
「………………………………………」
ぼろぼろと、彼は大粒のような涙を流した。家に帰って来た時、綝導は一人だった。
「よくぞお帰りになられた(おかえり)!」
囲炉裏に胡座をかいて座っており、囲炉裏に火を炊いて鉄鍋でぐつぐつと雑炊を煮ていた。
「………只今もどった(ただいま)」
「?」
なんだか、いつに無く暗い。と言うか、何かにひどく動揺をしているような。そんな、気がした。
「如何した(どうした)?」
「…………………いやはや(いや)」
そんな中、美嘉は自分の部屋の畳の上に横たわって泣いていた。自分の思いは、儚くも届かなかった。
あれ以来、鈴には会っていない。あの後彼女がどうなったか、生きているのか、子供ながらも、鈴を想い続ける。
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