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三章 地下迷宮
24話 逃走
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炎を消した?
いや、消したというより吸いとったふうに見えた。
なんと奇妙な現象なのだろう。
「アッシュ、立て!!」
三本目の松明に火を灯して投げる。
こんなもの時間稼ぎにもなりゃしない。
ふと、切り裂いたローブに目をむけると、それはひとつにまとまり、ゆっくりと盛り上がってきていた。
クソッ!
やはり倒してない。これもその場しのぎだ!!
アッシュの唇は真っ青、膝は震え、とても立ち上がれそうにない。
どうする? 見捨てるか。
さすがにアッシュを背負ってスペクターに背を見せるのはリスクが高すぎる。
――フッ、いまさらだな。
ここで見捨てるぐらいなら最初から助けたりはしない!!
アッシュを持ち上げ、肩に担ぐ。
足元の盛り上がりつつあるローブを蹴飛ばし、扉を開け部屋の外に出る。
幸いスペクターの姿は無く、ぼんやりと光る通路が、まっすぐと伸びるだけであった。
力をこめて走り出す。
肩越しにアッシュの体温が伝わってくる。冷たい。
そう、冷たいのだ。スペクターは相手の熱を奪うのであろう。このままではアッシュは死んでしまう。
一刻も早く体を温めなければ。
大丈夫だ、出口まではそう遠くない。
右へ左へと通路を駆け抜けた私は、後方を確認する。
スペクターは追ってきていない。アッシュと荷物を一旦下ろし、背負い袋から毛布を取り出した。
アッシュの脈を見る。弱弱しいが止まってはいない。
すぐにアッシュを背負うと毛布でくくりつける。これならば温めながら運べる。
アッシュと私、二人分の荷物をかかえると、また走り出した。
ふうふう、流石に息が切れる。この状態で敵に襲われるのは御免こうむりたいものだ。
トップスピード保ったまま通路を駆ける。
幸い魔物には遭遇することも無くもうすぐ出口といった所まで辿り着いた。
アッシュは大丈夫であろうか? 耳に意識をかたむける。
呼吸音が聞こえた。まだ生きているようだ。一度下がり切った体温はすぐには戻らないが、激しく動く私と毛布が、なんとかアッシュの命を保っているようだ。
ぐっ! とつぜん何者かに首を絞められた。
見ると青白い腕が私の首からぶら下がっている。
スペクターか。斬り飛ばしたあの腕が、荷物のどこかに紛れ込んでいたのだろう。
急速に奪われる体温。体が硬直しだして動きがにぶる。
このままでは危険だ。
すぐさまスペクターの手を引き剥がそうとする。
ベキリ。
やや抵抗があったものの、スベクターの手は首から離れた。
通路に投げ捨てる。
折れて関節の増えたスペクターの手は、ぎこちなく指をくねらせていた。
前方の壁にシミがういた。
それはすぐにローブを着た人の姿になる。
スペクターだ。
もう追いつかれたのか……
そうか。コイツは最短距離で進んできたのだ。壁をすり抜け真っすぐこちらへ。
いかに速度で勝ろうとも、曲がりくねった迷宮ではヤツに軍配があがるということか。
スペクターは落ちた手を拾うとこちらを見る。
笑っている。
顔も声もなくとも、たしかにそう感じた。
やってくれたな!
この雪辱は必ず晴らす。そう心に誓うと、反転して出口に向かって再び走り始めた。
体が重い。階段を上るのがこんなにも苦しいとは。
奥歯がカチカチと鳴る。体温が低下し、震えが止まらない。
それでもなんとか出口に到達すると、墓場を抜け街を走る。
病院? いや、宿屋に向かう。ひどく眠い。考えがまとまらない。
とにかく体を温めなければ。
振り返るとスペクターは追って来ていなかった。迷宮から出られないのか、それとも見逃されたか。
――まさか地面をすり抜けて来ている? そうなっては打つ手が無い。
やっとのことで宿屋に到着した。
アッシュの顔を覗き込むと目が合った。どうやら間に合ったようだ。
湯を沸かしアッシュに飲ませる。
彼は最初自分で飲もうとしたが、震える手でコップを持つ事が出来なかった。
「アニキは……大丈夫なのか」
かすれた声でアッシュが尋ねる。
「問題ない。もう温まった」
私の体は人より頑丈にできている。ちょっとやそっとではくたばったりしない。
だが、さっきのは危なかった。同時につかみかかれらていれば、おだぶつだった。
逃げの一手を選んで正解だったな。
しばらく風呂の湯をためておき、スペクターの襲撃にそなえる。
数時間後アッシュは歩けるまで回復したが、心配したスペクターの襲撃はなかった。
「宿には入ってこない……と思う」
遠慮がちにアッシュが言う。
自信なさげだ。なにしろスペクターは逃げる相手を追わないと言ったばかりだからな。
確信が持てないのだろう。
しかし、まあ可能性は低いか。
あんなものが宿にまで来たら、人などひとりも生きてられまい。
ここ、ジャンタールはおかしな街だ。
それでもルールのようなものを強く感じる。
思い込みは禁物だが、予想をたてなきゃ何も進まない。
スペクターにはまた別のルールがあったのだとしておこうか。
「アッシュ、メシでも食いに行くか」
「うん……」
一階の食堂へとむかった。
――――――
野菜スープを口に運び、串に刺さった肉をほうばる。
アッシュはまだ食欲が湧かないようで、暖かい飲み物をチビチビと飲んでいた。
「ごめん、また助けてもらって」
ふし目がちに話すアッシュに気にするなと伝える。
反省は必要だが後悔はいらない。
そんなヒマがあるなら次どうするか考えるべきだ。
この迷宮は一筋縄ではいかぬようだ。
もっと情報が欲しい。それにあと一人仲間を。
ここは得体のしれないバケモノばかりだ。思いがけない攻撃にどうしても後手をふむ。
それを跳ねのけるだけの手数が欲しい。
「アッシュ、仲間をつのる手段はないか? それと情報を集める場所も」
「う~ん、それならやっぱ酒場かな。情報交換の場にもなってるし、地下に潜る仲間も募集しあってる。でも、仲間は難しいんじゃないかな? たぶん上手くいかない」
「なぜだ?」
募集しあっているのにうまくいかないとは、どういう意味か。
「う~ん……客層かな? あんまりガラがいいところじゃないんだ」
「ガラ? 迷宮に潜るものなど似たようなものばかりではないのか?」
荒事をなりわいにしている者など、お世辞にも上品とは言えない。
窃盗や強盗、強姦や殺人、ある種こわれた者でないとバケモノと対峙できないだろう。
「なんていうのかな……こっち側と向こう側というか、飲めるお酒と飲めない酒というか……」
なんだそれ?
まあ、なんとなくわからんでもないが。
「お前といた者たち――不慣れなものを襲って金品を奪うような者たちばかりということか?」
「あ、うん。そんな感じ」
なるほど、理解した。
「昔はそうでもなかったんだけど、顔役みたいなのが変わってからそうなっちゃったみたい」
顔役ねえ。
とりあえず行ってみるか。
実際に足を運ばないとなにも始まらない。
迷宮や仲間はもとより、私はアシューテの情報を得なければならない。アッシュはあまり行きたくなさそうだが……
アッシュにアシューテのことをたずねてみたが知らなかった。
ならばアッシュが行きたがらない場所の方が情報を得られるのではないか?
では酒場に向かうか。
おっと今日の収入の配分をせねばならんな。稼いだ金額は18ジェムだ。
取り分は私が12ジェムでアッシュが6ジェムとなる。
懐から18ジェムを取り出しテーブルの上に置く。その内6ジェムをズズッとアッシュの目の前に押しやった。
「あ……」
目の前のジェムを不安顔で見つめるアッシュ。どうした? ずいぶんしおらしいな。
助けられた事で遠慮してるのか?
……いや、違うな。役に立たないと放り出されると思ったか。
急に仲間をつどう話をしたからだろうな。
私はニヤッと笑いアッシュの目を見る。
「新入りがきたからって先輩ズラするんじゃないぞ」
そうおどけて言うと、彼は無言でうなずき目の前のジェムを握り締めた。
いや、消したというより吸いとったふうに見えた。
なんと奇妙な現象なのだろう。
「アッシュ、立て!!」
三本目の松明に火を灯して投げる。
こんなもの時間稼ぎにもなりゃしない。
ふと、切り裂いたローブに目をむけると、それはひとつにまとまり、ゆっくりと盛り上がってきていた。
クソッ!
やはり倒してない。これもその場しのぎだ!!
アッシュの唇は真っ青、膝は震え、とても立ち上がれそうにない。
どうする? 見捨てるか。
さすがにアッシュを背負ってスペクターに背を見せるのはリスクが高すぎる。
――フッ、いまさらだな。
ここで見捨てるぐらいなら最初から助けたりはしない!!
アッシュを持ち上げ、肩に担ぐ。
足元の盛り上がりつつあるローブを蹴飛ばし、扉を開け部屋の外に出る。
幸いスペクターの姿は無く、ぼんやりと光る通路が、まっすぐと伸びるだけであった。
力をこめて走り出す。
肩越しにアッシュの体温が伝わってくる。冷たい。
そう、冷たいのだ。スペクターは相手の熱を奪うのであろう。このままではアッシュは死んでしまう。
一刻も早く体を温めなければ。
大丈夫だ、出口まではそう遠くない。
右へ左へと通路を駆け抜けた私は、後方を確認する。
スペクターは追ってきていない。アッシュと荷物を一旦下ろし、背負い袋から毛布を取り出した。
アッシュの脈を見る。弱弱しいが止まってはいない。
すぐにアッシュを背負うと毛布でくくりつける。これならば温めながら運べる。
アッシュと私、二人分の荷物をかかえると、また走り出した。
ふうふう、流石に息が切れる。この状態で敵に襲われるのは御免こうむりたいものだ。
トップスピード保ったまま通路を駆ける。
幸い魔物には遭遇することも無くもうすぐ出口といった所まで辿り着いた。
アッシュは大丈夫であろうか? 耳に意識をかたむける。
呼吸音が聞こえた。まだ生きているようだ。一度下がり切った体温はすぐには戻らないが、激しく動く私と毛布が、なんとかアッシュの命を保っているようだ。
ぐっ! とつぜん何者かに首を絞められた。
見ると青白い腕が私の首からぶら下がっている。
スペクターか。斬り飛ばしたあの腕が、荷物のどこかに紛れ込んでいたのだろう。
急速に奪われる体温。体が硬直しだして動きがにぶる。
このままでは危険だ。
すぐさまスペクターの手を引き剥がそうとする。
ベキリ。
やや抵抗があったものの、スベクターの手は首から離れた。
通路に投げ捨てる。
折れて関節の増えたスペクターの手は、ぎこちなく指をくねらせていた。
前方の壁にシミがういた。
それはすぐにローブを着た人の姿になる。
スペクターだ。
もう追いつかれたのか……
そうか。コイツは最短距離で進んできたのだ。壁をすり抜け真っすぐこちらへ。
いかに速度で勝ろうとも、曲がりくねった迷宮ではヤツに軍配があがるということか。
スペクターは落ちた手を拾うとこちらを見る。
笑っている。
顔も声もなくとも、たしかにそう感じた。
やってくれたな!
この雪辱は必ず晴らす。そう心に誓うと、反転して出口に向かって再び走り始めた。
体が重い。階段を上るのがこんなにも苦しいとは。
奥歯がカチカチと鳴る。体温が低下し、震えが止まらない。
それでもなんとか出口に到達すると、墓場を抜け街を走る。
病院? いや、宿屋に向かう。ひどく眠い。考えがまとまらない。
とにかく体を温めなければ。
振り返るとスペクターは追って来ていなかった。迷宮から出られないのか、それとも見逃されたか。
――まさか地面をすり抜けて来ている? そうなっては打つ手が無い。
やっとのことで宿屋に到着した。
アッシュの顔を覗き込むと目が合った。どうやら間に合ったようだ。
湯を沸かしアッシュに飲ませる。
彼は最初自分で飲もうとしたが、震える手でコップを持つ事が出来なかった。
「アニキは……大丈夫なのか」
かすれた声でアッシュが尋ねる。
「問題ない。もう温まった」
私の体は人より頑丈にできている。ちょっとやそっとではくたばったりしない。
だが、さっきのは危なかった。同時につかみかかれらていれば、おだぶつだった。
逃げの一手を選んで正解だったな。
しばらく風呂の湯をためておき、スペクターの襲撃にそなえる。
数時間後アッシュは歩けるまで回復したが、心配したスペクターの襲撃はなかった。
「宿には入ってこない……と思う」
遠慮がちにアッシュが言う。
自信なさげだ。なにしろスペクターは逃げる相手を追わないと言ったばかりだからな。
確信が持てないのだろう。
しかし、まあ可能性は低いか。
あんなものが宿にまで来たら、人などひとりも生きてられまい。
ここ、ジャンタールはおかしな街だ。
それでもルールのようなものを強く感じる。
思い込みは禁物だが、予想をたてなきゃ何も進まない。
スペクターにはまた別のルールがあったのだとしておこうか。
「アッシュ、メシでも食いに行くか」
「うん……」
一階の食堂へとむかった。
――――――
野菜スープを口に運び、串に刺さった肉をほうばる。
アッシュはまだ食欲が湧かないようで、暖かい飲み物をチビチビと飲んでいた。
「ごめん、また助けてもらって」
ふし目がちに話すアッシュに気にするなと伝える。
反省は必要だが後悔はいらない。
そんなヒマがあるなら次どうするか考えるべきだ。
この迷宮は一筋縄ではいかぬようだ。
もっと情報が欲しい。それにあと一人仲間を。
ここは得体のしれないバケモノばかりだ。思いがけない攻撃にどうしても後手をふむ。
それを跳ねのけるだけの手数が欲しい。
「アッシュ、仲間をつのる手段はないか? それと情報を集める場所も」
「う~ん、それならやっぱ酒場かな。情報交換の場にもなってるし、地下に潜る仲間も募集しあってる。でも、仲間は難しいんじゃないかな? たぶん上手くいかない」
「なぜだ?」
募集しあっているのにうまくいかないとは、どういう意味か。
「う~ん……客層かな? あんまりガラがいいところじゃないんだ」
「ガラ? 迷宮に潜るものなど似たようなものばかりではないのか?」
荒事をなりわいにしている者など、お世辞にも上品とは言えない。
窃盗や強盗、強姦や殺人、ある種こわれた者でないとバケモノと対峙できないだろう。
「なんていうのかな……こっち側と向こう側というか、飲めるお酒と飲めない酒というか……」
なんだそれ?
まあ、なんとなくわからんでもないが。
「お前といた者たち――不慣れなものを襲って金品を奪うような者たちばかりということか?」
「あ、うん。そんな感じ」
なるほど、理解した。
「昔はそうでもなかったんだけど、顔役みたいなのが変わってからそうなっちゃったみたい」
顔役ねえ。
とりあえず行ってみるか。
実際に足を運ばないとなにも始まらない。
迷宮や仲間はもとより、私はアシューテの情報を得なければならない。アッシュはあまり行きたくなさそうだが……
アッシュにアシューテのことをたずねてみたが知らなかった。
ならばアッシュが行きたがらない場所の方が情報を得られるのではないか?
では酒場に向かうか。
おっと今日の収入の配分をせねばならんな。稼いだ金額は18ジェムだ。
取り分は私が12ジェムでアッシュが6ジェムとなる。
懐から18ジェムを取り出しテーブルの上に置く。その内6ジェムをズズッとアッシュの目の前に押しやった。
「あ……」
目の前のジェムを不安顔で見つめるアッシュ。どうした? ずいぶんしおらしいな。
助けられた事で遠慮してるのか?
……いや、違うな。役に立たないと放り出されると思ったか。
急に仲間をつどう話をしたからだろうな。
私はニヤッと笑いアッシュの目を見る。
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