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番外編 御厨夫人になりまして(温泉旅行編)
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「ちなみに俺への足止めのために掛けさせた電話。元社長秘書の宮崎からだったが、あまりに内容が不自然だったので、泉川に協力して情報漏えいした責任を取って解雇か、泉川と一緒に一生浮上できないド田舎に左遷か、それとも……俺に全面的に協力するかと尋ねたら、一瞬で寝返ったぞ。この店を予約したこと、どんな部屋を用意させたか、何をしようとしているかも……」
樹の声が、莉乃亜が聞いたことのない程、冷たくて硬い。多分この人は怒りが度を越すと、感情が無くなってしまうタイプなのかもしれない。そんな風になってしまった彼の事が心配でぎゅっとその手を握りしめる。だが莉乃亜の様子を確認するように見つめる表情は、申し訳なさのなかにも穏やかな光があって少し安心した。
「樹君はそういうけどね、俺は別に大したことはしていない。うちのグループの実質的トップと結婚した女が、男とみたら誰にでもすり寄るような、性的にだらしない女と地元で評判だった、という噂を確認しただけだ」
にやにやと笑って開き直るような態度を取る泉川に、樹の表情がさらに冷淡さを増す。だがその表情の変化にどうやら彼は気づいてないらしい。
「純情そうに見えて、さすがにエロい体してたなあ。あの体で男を手玉に取ってきて、それで一番美味しい玉の輿ゲットしたってわけだ。どうりて、いい腰してる」
くだらないだじゃれを言って品なく笑う男は、どこからどうみても恰好悪い。男たちに抑え込まれたままの泉川は、先ほどまでの整っていた様子から一転して、ぼさぼさの頭で情けない恰好で減らず口を叩いては、樹を睨み付けている。途端にさっきの暴力の時に感じた怒りが腹の底からわいてきた。
「まあ樹君はあんまり女と遊んできてないから、本性がわからなかったのかもしれないなあ。あっさりとエロい体とテクニックに陥落させられて、世間でビッチ呼ばわりされている女を手に入れていい気になっているからさ、現実を知ったらどうするのかなぁって……」
悦に入って教え込まれた噂話を信じている様子が、本当に馬鹿みたいに見えてきた。だが樹が冷え切った怒りを彼に全力で向けている様子を見て、莉乃亜ははぁっとため息をつく。
「……すみません。紙とマジックペン、貸して下さい」
突然声を上げた莉乃亜にびっくりしながら、店の人間がコピー用紙のような紙をすぐに持って来て莉乃亜に貸してくれた。彼女はそれに、でかでかと、「私はすぐ噂を信じる馬鹿で、最悪のド変態です!」と書いて、それを抑え込まれている泉川の胸に差し込んで、岩崎のカメラを適当に使って写真を撮る。
驚いたように、樹も泉川も黙り込んでいる。ハトが豆鉄砲を食らったような間抜けな顔をしている泉川の写真を撮って、莉乃亜はカメラを樹に預けると、思いっきり泉川の横っ面を平手打ちした。周りが一瞬息を呑んだ気配が伝わる。咄嗟に反撃しようとした泉川を、男たちが再度抑え込む。
「ばっかみたい。そんなくだらない事で、樹さんの貴重な休みを邪魔しないでください。貴方が何もしないで遊んでいる間、ずっと彼は働いていたんです。やっと取れた休みなんです。樹さんにゆっくりと休んでもらうために一緒に計画したのに! なんで邪魔するんですか! 樹さんが許しても私が許しませんからね」
はぁっと息を吐き出す。慣れない暴行に疲れて、ゆっくりと樹の元に戻ると、それでもほんの少ししか顔が赤くなってない泉川と、真っ赤になっている自分の手を見て、非力さを心の中でひそかに嘆く。
「まあこの男が馬鹿で変態だっていう意見には全面的に賛同だが……。俺はその程度でこの男を許すつもりは全くないぞ。まあ……」
毒気を抜かれたような樹がそれでも言わずにいられない、という様子で泉川に言葉を向けた。
「愚かなお前に一つだけ教えてやる。どんな精度の低い噂を聞いたか知らないが、莉乃亜は結婚式のその夜まで、正真正銘の純潔だったぞ。……それは俺自身で確認しているからよく分かっている」
ふわりと莉乃亜を抱きしめて、そっと額にキスを落す。
「祖母の教育が行き届いているせいで、今時ありえないくらい、真面目でお堅いんだ。迫られても、結婚式をするまではそういうことはダメだって、許婚相手でも跳ね除けるくらいにな」
「……はあ? 今時そんなやつ、いるわけない」
あきれ果てた声が泉川から洩れて、樹は冷たい視線を取り戻し、改めて泉川を睨み付けた。
「お前が遊んでいるような女達とは違うんだよ。あの御厨宗一郎が選んだ女だぞ? 一緒にすんな」
それだけ言い放つと、樹は莉乃亜を連れて、部屋を出て行こうとする。
「……あ、あのぅ、警察を呼ばなくても?」
店の人間が咄嗟にそう尋ねると、樹は振り返り、眼鏡の奥の瞳をすぅっと細めて凍えそうな笑みを浮かべた。
「ああ、その男とルポライターの男は、この部屋で厳重に預かっていてもらおう。先ほど連絡したから泉川の伯父が今すぐ、すっ飛んでくるらしい。泉川の伯父は、『くだらない噂話は外には一切出さない。今後この男を御厨の名にかかわりのあるところに、半径十キロ四方近づかせない』と誓っていたからな……。さぁ、果たして日本に居場所があるのか疑問だが」
小さく肩を竦めて苦笑を漏らす。
「こちらとしては、泉川の家ごと一緒に処分してもいいんだが……伯父がいた方が、抑えが効くだろう。莉乃亜に警察の事情聴取を受けさせて、嫌な思いをさせる気もないしな。警察を呼ぶなんて、そんな生易しい対応するわけないだろう? 敵を叩く時は、二度とは起ち上がれないまで徹底的に潰す、というのが俺の信条だ」
樹の言葉に、ひっという恐怖に息を呑む泉川の声が聞こえたのを最後に、樹は泉川を完全に無視して、莉乃亜を連れて部屋を出ていく。
そのまま店を出るとハイヤーに乗せられた。隣に座った樹が、耳元でドスのきいた低い声で囁く。
「……予定は変更だ。あの男が触れた服なんて、莉乃亜も着ていたくないよな? それに……今すぐ消毒も必要そうだ。このまま宿に行くぞ。予定より少し早いが……俺が丹念に消毒してやる」
先ほどの剣呑な空気を身に纏ったまま告げた樹の言葉に、莉乃亜も、ひっと悲鳴を上げそうになったのだった。
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