糠味噌の唄

猫枕

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  翌日は朝から忙しかった。

 喪服の用意の無い町子は一旦は母親のお古を借りようとしたのだが身長差がありすぎて丈が短かったので、急いで市街地まで買いに行くことにした。

  大型量販店で一番オーソドックスな半袖ワンピースにボレロ型の上着がついてるのをさっさと買って、帰りに武藤の宿泊先に寄る。

 呼び出してもらうとロビーに現れた武藤はいつものおちゃらけファッションだった。

 通夜の開始時間と乗車するバスの行き先と停留所からの道順などを教えて帰ろうとすると、

「昼飯食べようよ」

 と武藤が誘う。

 駅前のラーメン店に入る。

「なんだこれ旨いな」

「東京でも最近は豚骨ラーメン時々見かけますけど、味がちょっと違うんですよね」

 ここは昔からやっている有名店で、町子も弟達と一緒に父に連れて来てもらったことがある。

 「今からお葬式なのにこんなの食べてていいんですかね?」

 町子が分厚いチャーシューを箸で持ち上げて呟いた。

「子供の頃、K地区の者は葬式に刺身を食べるって悪口言われたことあって」

「・・・昔は四十九日の法要が済むまでは生臭物は食べないって習慣があったみたいだけど、最近では通夜とか葬式の会食で寿司とか普通に出るよ」

「そうなんですか?私、お葬式って物心ついてから経験なくて」

「昔みたいに親戚や知り合いが皆同じ集落に住んでるわけじゃないでしょ?
 遠方から来た弔問客をもてなす意味もあるんじゃない?
 むしろ故人が生前好きだったメニューを出す家もあるよ。
 
時代も習慣も変わっていくのよ」

 そういうもんなんですね~と町子はとろけるチャーシューを口に入れる。

「ん~。私、豚肉食べちゃダメな宗教とか絶対無理です」



 
 路線バスで小一時間かけて実家に戻ると、祖父の家には近所の人達が手伝いに来ていた。

 「町子ちゃん久しぶりね」

「すっかりキレイなお姉さんになって」

 と次々に声を掛けられる。

 勝手が分からず右往左往しながら、とりあえず手伝いに来てくれたことにお礼を言った。

 久しぶりに見た祖母は安らかな顔で眠っているようだったが、最後に話した時より一回り小さく見えた。

 全身が白い布でくるまれていて、世間で言う死装束とはちょっと違うように見えた。

「ミイラみてえだよな」

 上の弟の政信が棺を覗きこんでボソッと言った。

 「昔は棺に入れないで布に巻いた状態で土葬にしてたんだってよ」

 そんな風に話かけてきた近所のおばさんが、土葬が禁止になって火葬になっていくときも最後まで抵抗していた地域の一つがこのK地区だった、と教えてくれた。

「棺は松の木で作るって決まってんのよ」

「どうしてですか?」

「さあ?よく燃えるからじゃないの?」

 大した話には思えなかったが、あとで武藤に教えてやろうと町子は思った。



「姉ちゃん、東京どう?」

「あー、まあ」

「いいな、俺も東京行きたい。
 だけど最近景気が悪くなってるから父ちゃんも母ちゃんも地元の国立行って県庁か市役所に入れってうるさいんだよね」

「・・・博信は?」

「・・・アイツは地元が好きなんじゃねぇの?
 よくタカシさん達とつるんでるよ」

「・・・タカシと?」

「ふん!なんか尊敬っていうか心酔?してる感じ。なんか気味悪いんだよな」

 町子はなんだか嫌な感じがした。



 通夜だ葬式だといっても来るのは内々の集落の人間がほとんどで、町子がこれといった働きをする間もなく準備は整っていった。

 夕方になってポツリポツリと集落の男達が集まってきた。
 年寄りはみんな紋付を着ている。

 そこへ玄関から聞き覚えのある声が聞こえる。
 慌てて出ると喪服姿の武藤が立っていた。

 両親に武藤を『 東京でとてもお世話になっている方』だと紹介すると、武藤は『都市伝説』じゃなくて真面目な方の『T大文学部 講師』の名刺を出して挨拶した。

 有名大学の先生の登場に、顔を蒸気させた両親は『追い払われるのでは』という町子達の不安をよそに、

「わざわざこんな辺鄙な田舎までご足労いただいて」

 と武藤に媚びへつらう勢いで座敷に案内して座布団を勧めた。

 友香子から『町子の彼氏』の存在を仄めかされていた両親は勝手に武藤をそれと勘違いしているらしいことがその後の言動から推測できたが、面倒なのとむしろ都合が良いので訂正することもなく放っておいた。

 やがてお坊さんが来て、短いお経を上げてくれた。

 「宗派は何ですか?」

 何の気なしを装って聞いた武藤に隣のおじさんは、

「この地区の者は全員日蓮宗だよ」

 とニヤついた顔で答えた。

 読経の後で飲食を勧められた坊さんは形ばかり盃に口をつけると一瞬何か言いたげな顔をしたが早々に帰っていった。

 坊さんが帰ると男達が数人で棺の位置を逆向きに変えた。

 そして世話役の男が中心になって不思議な節回しで祈り始めた。

 非常に早口で、何を言っているのか聞き取れなかった。

 そのあと世話役が供えられていた大きな白い饅頭を手で裂いて、一口大くらいずつ参列者に配った。

 皆がそれを口に入れたので町子たちも倣ったが、

「絶対に噛んだらいけないからな」

 と直後におじさんに言われてビクッとした。

  通夜の儀式はそんなもので終了し、寝ずの番をする親族を残して他の人達は帰って行った。

 「明日はどうするんですか?」

武藤が聞くと、

「明日は野辺の送りをする」

 と母が答えた。

 「最近ではなかなか見られなくなった風習ですね」

 興味津々を隠しきれていない武藤が

「是非、明日も参加させてください」

 と言うと、両親は戸惑い気味に

「あ、ああ、宜しくお願いします」

 と言った。
 


 







 

 
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