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真理が車で市街地まで送ってくれると言うので、甘えついでに市営墓地まで連れて行ってもらうことにした。
雑草の生えた寂れた墓地の片隅に無縁仏供養塔があった。
何の用意も無く思いつきで来てしまったので、花も線香もない。
修司は膝をついて長い時間祈っていた。
少し後ろに離れたところで町子も手を合わせた。
駅前まで乗せてもらって、そこで真理とは別れた。
「私のことなんか思い出したくもないだろうけど、それでも少しは血の繋がったあなたの伯母さんなんだから、いつでも頼ってくれていいんだからね」
真理は遠慮がちにそう言って、修司と手を振り合って別れた。
「少し歩こう」
修司がそう言って、町子はコインロッカーに荷物を預けた。
「ラーメン食べないか?」
町子が無言で頷いて店に入る。
ほんの数日前に武藤と食べたのが遠い昔のことのように思える。
二人は向かい合って黙ってラーメンをすすった。
店を出ると歩きだした修司の後ろを町子はついていった。
修司はふいに立ち止まると町子の手を握って、二人は手を繋いで坂道を上がった。
上がった先には刑場跡が祈念公園になっている。
ここでたくさんの人が磔になって火炙りにされた。
そこから先日二人で乗った遊覧船が見える。
修司はずっと町子の手を離さなかった。
「・・・ごめん町子」
「え?」
「・・・オレ、ずっと町子と一緒にいるつもりだった。
全部決着つけたら一緒に生きていけるって思ってた。
だけど、やっぱり無理だ。
そんなに簡単じゃないって分かった。
オレと町子が一緒にいたら、町子は家族と二度と和解できないだろうし、皆がそれぞれ胸に大きな杭を撃ち込まれたみたいに苦しみながら生きていかなきゃいけない。
そんなのは、オレも辛いし、町子にそんな思いを一生させていくのは耐えられそうにないんだ。
だから、ゴメン。
オレ達は一緒にはいられない」
町子は一言だけ、
「うん」
と言って俯いた。
繋いだ手は震えていて、修司も町子も涙をこらえていた。
「これからどうする?」
「・・今から高速バスに乗れば、まだ新幹線あるし、今日中に東京に戻れるから」
「そうか。オレは友達の所に泊まって明日帰るよ」
「・・・じゃ、元気で」
「町子もな」
二人はバイバイと手を振って別れた。
これで最後だな、と町子は思った。
町子が東京に戻ってきてから2ヶ月が経った。
基本、職場とアパートを往復するだけの単調な生活が続いていた。
こんな時こそ暇潰しに付き合って欲しい武藤は生意気にも学会とやらでアメリカに出張しているらしく、肝心な時には役に立たないのだった。
『明日の休みも食料品の買い出しで終わるんだろうな』
ファ~と伸びをした午後10時過ぎ、呼び鈴が鳴った。
誰だろう?と出てみると修司だった。
「オレ、大型免許取ったから転職することになったんだ」
修司は東北の大都市の運送会社で勤めることになったそうだ。
「目標が一つ叶ったね。頑張ってね」
修司はニコッと笑って、ありがとう、と言った。
「あ、・・・あのさ、カレー残ってるけど食べる?」
「いいの?」
久しぶりに修司が部屋に来て、テレビでトレンディドラマを見ながらカレーを食べて。
修司は独り言みたいに、何度も「うまいな」と呟いた。
まるで何も無かったかのように、こんな生活が再び続いていくように錯覚してしまう。
「町子のカレーはオレにとっての家庭の味だよ。
・・・・これで食べおさめかな」
修司がへへっと寂しそうに笑って、
「これ、オレの気持ち」
とカセットテープをテーブルに置いた。
「元気でな。幸せにな」
そう言って修司は夜の住宅街に消えていった。
余計な事を考えないように、仕事に集中しようとしても、言い様のない喪失感が町子の毎日を苛んだ。
「ま~ちこちゃん!ご飯食べに行こうよ」
退勤時間に待ち伏せしていた武藤が『個室ビデオ』の立て看板の陰から飛び出して来たのを見て、町子の目から涙が溢れてきた。
驚いた武藤は大慌てでゴメンゴメンと気の毒なくらい謝り続けた。
町子のメンタルが不安定だったので、ドライブスルーでフライドチキンを買って外で食べることにした。
運動公園の駐車場に車を停めてモソモソ食べる。
「私、フライドチキン東京に来て初めて食べたんです。
東京にはこんなに美味しいものがあるんだなって感動しました」
「N市にはなかったの?全国区でしょ」
「ありました。あったけど知らなかったんです」
ハハハと笑うとようやく武藤が安心したような顔になった。
「そうそう、お土産あんのよ」
武藤は後部座席から紙袋を引っ張りだした。
「・・・なんですか?コレ」
「自由の女神よ」
「・・・・不恰好なんですけど」
「でしょ?」
「なんか妊婦さんみたいにお腹出ちゃってるし」
「頭んとこなんかバリがあるでしょ?削れよって思わない?
なんか人形焼きの端っこみたいだよね」
「何でこれなんですか?」
「ここ見て」
武藤は不細工女神をひっくり返す。
「made in USA!」
次に武藤は出来の良い美しい女神を二体出してきた。
「made in Japan!アーンド made in China!」
「・・・・」
「どっちが良い?アメリカ土産」
「・・・made in ・・・アメリカ・・で」
「やっぱそうなるよな?じゃ、こっちの美人な女神様は修司くんにあげて」
「・・・・・」
「どうした?」
「もう修司はいないんです」
町子はキョトンとする武藤に武藤が修司と入れ違いで帰った後のことを話した。
武藤は途中で口を挟むことなく最後まで真剣に町子の話を聞いてくれた。
「だから、先生には悪いんですけど、K地区のことは雑誌とか何かに書いたりしないで知らないふりしてくれたら嬉しいなって・・・」
「わかったよ約束する」
不安に揺れる町子の瞳を見ていると、武藤にはそれ以外の答えは出せなかった。
ホッとしたように息をついた町子は思い出したようにバッグからカセットテープを取り出した。
「これ、修司がくれたんですけど私ラジカセ持ってなくて。
先生のカーステレオで聴けますか?」
再生されたテープにはイギリスの有名なロックバンドの曲が一曲だけ入っていた。
その曲を聴いていると、町子はどうしようもなく泣けてきて、武藤はただ黙って前を向いて車を走らせた。
ガキの頃は生きるのは簡単だった
君の望む物を買ってやった
運の悪い女性よ
オレの両手の指の間から君が滑り落ちていくなんて
耐えられやしない
わかるだろ?
オレを引き剥がすなんて
できやしない
絶対に
できやしない
鈍く疼く痛みに苦しむ君を看ていたオレに
同じ苦しみを味あわせようってんだね
立ち去ろうとも 酷い言葉を投げつけようとも
君を恨んだり冷たくしたりはできないよ
オレを引き剥がすことはできない
絶対にできないんだ
オレは君を夢見た
それが罪で嘘だと知っていても
自由にはなったが、時間が残されていないんだ
信仰は破れ去り、涙が流された
オレたちが死んだら
一緒に暮らそう
いつか
いつか 二人で行くんだ
あの野生の馬に乗って
雑草の生えた寂れた墓地の片隅に無縁仏供養塔があった。
何の用意も無く思いつきで来てしまったので、花も線香もない。
修司は膝をついて長い時間祈っていた。
少し後ろに離れたところで町子も手を合わせた。
駅前まで乗せてもらって、そこで真理とは別れた。
「私のことなんか思い出したくもないだろうけど、それでも少しは血の繋がったあなたの伯母さんなんだから、いつでも頼ってくれていいんだからね」
真理は遠慮がちにそう言って、修司と手を振り合って別れた。
「少し歩こう」
修司がそう言って、町子はコインロッカーに荷物を預けた。
「ラーメン食べないか?」
町子が無言で頷いて店に入る。
ほんの数日前に武藤と食べたのが遠い昔のことのように思える。
二人は向かい合って黙ってラーメンをすすった。
店を出ると歩きだした修司の後ろを町子はついていった。
修司はふいに立ち止まると町子の手を握って、二人は手を繋いで坂道を上がった。
上がった先には刑場跡が祈念公園になっている。
ここでたくさんの人が磔になって火炙りにされた。
そこから先日二人で乗った遊覧船が見える。
修司はずっと町子の手を離さなかった。
「・・・ごめん町子」
「え?」
「・・・オレ、ずっと町子と一緒にいるつもりだった。
全部決着つけたら一緒に生きていけるって思ってた。
だけど、やっぱり無理だ。
そんなに簡単じゃないって分かった。
オレと町子が一緒にいたら、町子は家族と二度と和解できないだろうし、皆がそれぞれ胸に大きな杭を撃ち込まれたみたいに苦しみながら生きていかなきゃいけない。
そんなのは、オレも辛いし、町子にそんな思いを一生させていくのは耐えられそうにないんだ。
だから、ゴメン。
オレ達は一緒にはいられない」
町子は一言だけ、
「うん」
と言って俯いた。
繋いだ手は震えていて、修司も町子も涙をこらえていた。
「これからどうする?」
「・・今から高速バスに乗れば、まだ新幹線あるし、今日中に東京に戻れるから」
「そうか。オレは友達の所に泊まって明日帰るよ」
「・・・じゃ、元気で」
「町子もな」
二人はバイバイと手を振って別れた。
これで最後だな、と町子は思った。
町子が東京に戻ってきてから2ヶ月が経った。
基本、職場とアパートを往復するだけの単調な生活が続いていた。
こんな時こそ暇潰しに付き合って欲しい武藤は生意気にも学会とやらでアメリカに出張しているらしく、肝心な時には役に立たないのだった。
『明日の休みも食料品の買い出しで終わるんだろうな』
ファ~と伸びをした午後10時過ぎ、呼び鈴が鳴った。
誰だろう?と出てみると修司だった。
「オレ、大型免許取ったから転職することになったんだ」
修司は東北の大都市の運送会社で勤めることになったそうだ。
「目標が一つ叶ったね。頑張ってね」
修司はニコッと笑って、ありがとう、と言った。
「あ、・・・あのさ、カレー残ってるけど食べる?」
「いいの?」
久しぶりに修司が部屋に来て、テレビでトレンディドラマを見ながらカレーを食べて。
修司は独り言みたいに、何度も「うまいな」と呟いた。
まるで何も無かったかのように、こんな生活が再び続いていくように錯覚してしまう。
「町子のカレーはオレにとっての家庭の味だよ。
・・・・これで食べおさめかな」
修司がへへっと寂しそうに笑って、
「これ、オレの気持ち」
とカセットテープをテーブルに置いた。
「元気でな。幸せにな」
そう言って修司は夜の住宅街に消えていった。
余計な事を考えないように、仕事に集中しようとしても、言い様のない喪失感が町子の毎日を苛んだ。
「ま~ちこちゃん!ご飯食べに行こうよ」
退勤時間に待ち伏せしていた武藤が『個室ビデオ』の立て看板の陰から飛び出して来たのを見て、町子の目から涙が溢れてきた。
驚いた武藤は大慌てでゴメンゴメンと気の毒なくらい謝り続けた。
町子のメンタルが不安定だったので、ドライブスルーでフライドチキンを買って外で食べることにした。
運動公園の駐車場に車を停めてモソモソ食べる。
「私、フライドチキン東京に来て初めて食べたんです。
東京にはこんなに美味しいものがあるんだなって感動しました」
「N市にはなかったの?全国区でしょ」
「ありました。あったけど知らなかったんです」
ハハハと笑うとようやく武藤が安心したような顔になった。
「そうそう、お土産あんのよ」
武藤は後部座席から紙袋を引っ張りだした。
「・・・なんですか?コレ」
「自由の女神よ」
「・・・・不恰好なんですけど」
「でしょ?」
「なんか妊婦さんみたいにお腹出ちゃってるし」
「頭んとこなんかバリがあるでしょ?削れよって思わない?
なんか人形焼きの端っこみたいだよね」
「何でこれなんですか?」
「ここ見て」
武藤は不細工女神をひっくり返す。
「made in USA!」
次に武藤は出来の良い美しい女神を二体出してきた。
「made in Japan!アーンド made in China!」
「・・・・」
「どっちが良い?アメリカ土産」
「・・・made in ・・・アメリカ・・で」
「やっぱそうなるよな?じゃ、こっちの美人な女神様は修司くんにあげて」
「・・・・・」
「どうした?」
「もう修司はいないんです」
町子はキョトンとする武藤に武藤が修司と入れ違いで帰った後のことを話した。
武藤は途中で口を挟むことなく最後まで真剣に町子の話を聞いてくれた。
「だから、先生には悪いんですけど、K地区のことは雑誌とか何かに書いたりしないで知らないふりしてくれたら嬉しいなって・・・」
「わかったよ約束する」
不安に揺れる町子の瞳を見ていると、武藤にはそれ以外の答えは出せなかった。
ホッとしたように息をついた町子は思い出したようにバッグからカセットテープを取り出した。
「これ、修司がくれたんですけど私ラジカセ持ってなくて。
先生のカーステレオで聴けますか?」
再生されたテープにはイギリスの有名なロックバンドの曲が一曲だけ入っていた。
その曲を聴いていると、町子はどうしようもなく泣けてきて、武藤はただ黙って前を向いて車を走らせた。
ガキの頃は生きるのは簡単だった
君の望む物を買ってやった
運の悪い女性よ
オレの両手の指の間から君が滑り落ちていくなんて
耐えられやしない
わかるだろ?
オレを引き剥がすなんて
できやしない
絶対に
できやしない
鈍く疼く痛みに苦しむ君を看ていたオレに
同じ苦しみを味あわせようってんだね
立ち去ろうとも 酷い言葉を投げつけようとも
君を恨んだり冷たくしたりはできないよ
オレを引き剥がすことはできない
絶対にできないんだ
オレは君を夢見た
それが罪で嘘だと知っていても
自由にはなったが、時間が残されていないんだ
信仰は破れ去り、涙が流された
オレたちが死んだら
一緒に暮らそう
いつか
いつか 二人で行くんだ
あの野生の馬に乗って
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