可哀想な私が好き

猫枕

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 ローレンシアの両親が離婚したのは彼女が8才の冬だった。

 それぞれに新しいパートナーのいる彼等は、どっちもローレンシアを引き取りたがらず互いに押し付け合った。

 ローレンシアは両親が彼女の処遇を巡って夜毎言い争う声をまるで他人事みたいにやり過ごした。

「まったく、ご自分たちのお嬢様のことが心配じゃないんでしょうかね?」

 ローレンシアより5才年上でお世話係兼遊び相手のマリーは、眉間にシワを寄せていかにも気の毒そうな声色でローレンシアに寄り添う素振りを見せたが、明らかにこの状況を楽しんでいた。

 マリーは裕福な家庭の一人娘ローレンシアが自分には決して手の届かない最新流行のドレスを日常着にしていることも、海外で流行っているゲームや玩具もいち早く手に入れて、しかもそれを大して有難がりもしなければすぐに飽きてぞんざいに扱うことにも面白くなかった。

 どうして生まれた境遇が違うだけで一生働かずとも贅沢な生活ができる人間とろくに学校にも行けずに幼いうちから働かされる人間がいるんだろう。

 不公平だ。
 
「ローレンシアお嬢様はお可哀想ですわ。
 立派なお洋服や贅沢な玩具や高級なお菓子があれば幸せってもんじゃないんですね。

 私の家は裕福ではないけれど、お父さんもお母さんも私が大切だっていつも言ってくれるもの」

 自分に言い聞かせるみたいにそう言ったマリーの精一杯の嫌味にローレンシアは口の端をわずかに持ち上げることで応えた。



 いつまでたっても行き先の決まらないローレンシアは母方の祖母によって養育されることになった。

 遠方にある母の生家には少なくともローレンシアが物心ついてから行った覚えはなく、シンシンと底冷えのする車の中で将来に対する漠然とした不安を抱えながらローレンシアは雪道を進んで行った。


 到着したベルクホーフ家は都会の生家とは比べ物にならない広大な敷地を持っていたが、その見上げるような白亜の御殿を前にしてもローレンシアの気分が浮上することはなかった。

 車から降りると祖母だという50絡みの背筋の伸びた凛とした感じの女性が近づいて来て、

「貴方のお婆ちゃまのエーデルよ」

 と微笑んだ。

 「はじめまして、おばあさま。
 ローレンシアです」

 自分の扱いがどうなっているのか、今ひとつ理解していなかったローレンシアは家名を省いて名乗った。

 エーデルは前に会ったことがあるけど赤ちゃんだったら覚えてないのよね、とか、大きくなったわね、とか愛想の良い笑みを浮かべて暫く立ち話を続けた。

 祖母がローレンシアの不安と緊張を解きほぐそうと気を使ってくれていることは8歳の彼女にも理解できた。
 しかし体の芯まで冷えそうなローレンシアは、どうでもいいから早く部屋に入れて欲しい、とか、この地域の人達は寒さに強いんだな、とか考えながら年寄りの長話が終わるのをじっと待った。

 
 それからエーデルに促されて漸くベルクホーフ家の大きなエントランスに入った。

 エーデルの後をついて長い廊下を進むと、激しく言い争う大人の声が次第に大きく近づいてきた。


「どうして私達が面倒見なきゃいけないのよ!!」

 応接室から女の金切り声が響いていた。

「仕方無いだろう。母上が決めたんだから」

「母上、母上って、この家の当主はあなたでしょう?!」

「他に引き取り手が無いんだから仕方ないだろう」

「孤児院だってどこだって入れればいいのよ!」

「お前なあ!」


 予想はしていたが歓迎はされていないようだ。

 どうやらここでも彼女は厄介者らしい。



 







 
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