死ぬほど退屈な日常で

猫枕

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相沢家で

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 家を出ることにしたヒサシだったが、問題はカイトのことだった。

 親権を持たないヒサシがカイトを連れて行くことはできない。

 市街地で飯を食ってゲーセンでカイトとマリオカートをやってからヒサシはリツコの病室を訪ねた。

 事情を話すとリツコは我が事のようにヒサシの今後について心配してくれたが、その目に涙を浮かべる姿に、

『他人でさえも同情してくれるというのにオレの親ときたらな』

 と諦めながらも情けなくなった。

「他に収入の道はあるから大丈夫なんですよ」

 ヒサシはリツコにパソコンがあれば生きていけることを簡単に説明した。


 リツコは自分が退院するまで相沢家にしばらく住んでくれないかと遠慮がちに提案してきた。

 ヒサシはリツコから鍵を受け取り、その日夜遅くまでかかって離れから自分の荷物を相沢家に移動させた。

 表に出てきたタモツが何か言いたげに何度かヒサシに話しかけてこようとしたが、ヒサシは無視した。

 
 許可を得ているとはいえ、他人の家に鍵を開けて入るのは緊張した。
 
 相沢家は家主不在で閉めきられていた淀んだ空気と他人の家独特の匂いがした。

  ヒサシが縁側の雨戸を開けて空気を入れ替えたりしていると、早速家に灯りがともったのに気付いた近所の奥さんが、

「リツコさん退院したの?」

 と様子を見に来て、ヒサシの姿を見るとそそくさと帰って行ったが、その表情には、

「なぜヒサシがカイトを連れて相沢家にいるのか」

 を詮索したくてたまらないのがありありとしていた。

 カイトは早速テレビの前を陣取り久しぶりのアニメチャンネルを堪能していた。


 翌朝カイトは黄色い長靴を履いて、

「ひーくん、畑に行こう」

 と言った。

「もう、畑には行かないんだよ」

 ヒサシが答えると、一瞬、どうして?という顔をしたがそれを口に出すことは無かった。

 ヒサシはリツコの家庭菜園の世話をしながらパソコンで受注した仕事をこなした。


 ヒサシはネトゲで知り合った友達から会社を手伝って欲しいと打診されていた。
 友達の会社は長野だし、今までは農業のこともあるから適当に流していたのだが、今回のことが決定打となってヒサシはこの話に乗ることにした。

 しかしカイトを連れては行けないので、正直に現状を相談したところ落ち着くまではリモートで仕事回すよ、ということになった。

 ヒサシが仕事をしている間、カイトはおとなしくアニメを見たりゲームをしたりしていたが、成長期の子供を一日中部屋に閉じ込めておくわけにはいかない。

 ヒサシは時間をやりくりして、車で遠くの公園にカイトを連れて行ったりした。

 そんな風に日々淡々と過ぎていたある日、相沢家に一人の女が現れた。


「どちらさん?」

 
 玄関のタタキに佇むワンピース姿の若い女にヒサシが問う。

「リツコさんはいないんだけど」

 すると女がしげしげとヒサシを見上げて、

「あの・・ヒサシさんですか?」

 急に名前を呼ばれて驚いたヒサシが女をまじまじと見る。

「・・・クミさん?」



 棒立ちの二人の間に沈黙が流れる。


「あがりますか?」


 自分のセリフに違和感を覚えつつもヒサシはクミを招き入れた。


 ぎこちなくサンダルを脱いで座敷に入ってきたクミに麦茶を出す。


 襖の間から様子を伺っているカイトをどうすればいいかヒサシには判断がつかなかった。

 クミがどういうつもりでここに来たのか不明な状態で、

『お前のママだよ』

 なんて言って、すぐまたクミがどっかに行ってしまったりしたら目も当てられない。

 「・・・えっと、・・リツコさんが入院してるのは知ってる?」

「はい・・・」


静かに答えたクミは、

「どうしてヒサシさんがここに・・」

 と逆に質問してきた。

 5年の月日が変えたのか、最後に会った時のギャル風なぞんざいな感じはなかった。

「えっと、カイトには聞かれたくないこともあるから、詳しい話は後で・・」

 ヒサシが声をひそめてそう言うと、

 クミは麦茶を一口飲んで、

「迷惑かけてごめんなさい」

 と弱々しく頭を下げた。

 元々華奢な子だったが、更に痩せているように見える。
 失踪中の生活は楽ではなかったのだろうか。

「ああ、終わったことだし。
 オレの生活にはほとんど影響なかったから」

クミは困ったようなホッとしたような顔をして、ちょっと笑った。


「図々しいんだけど、しばらくここに置いてもらえないかな」


クミが聞き取れないくらい小さな声で言った。

「・・まあ、君のおばあさんの家なんだし、どっちかっていうとオレの方が居候みたいなもんだからな」


 クミが戻って来たことを知ったら近所のオバチャン達がまた興味津々で探りに来るんだろうなぁ。


 そしたらまた、オバチャンたちがカイトにいらんこと言わないように気をつけなくちゃなあ、めんどくせぇな。


 
こうしてヒサシとカイトとクミの奇妙な三人の生活が始まった。








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