可愛い悪魔

猫枕

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 アドリアンが手洗いに行って戻って来るとアンバーの姿が無い。

 慌ててジャンバティストが座っていた茣蓙の当たりを見るが彼の姿も見えない。

 アドリアンは嫌な予感がした。

 アンバーを探し歩いていると、グラウンドに隣接している遊歩道の林の方から人の話し声が聞こえる。

 「後悔してるんだ」

 「過ぎたことだわ」

 アンバーの声だ。

 アドリアンは木の陰に隠れながら二人が見えるところまで近づく。

「酷いことを言って傷つけた」

「ま、本当のことだしね。気にしなくっていいよ」

「だけど君はあれから変わってしまった。
 まるでわざと非難されるようなことをして楽しんでるみたいだった」

「別にアンタとは関係無い」

「あれから僕も色々勉強して、僕が言ったことは真実から外れているって気づいたんだ。
 それで何度も君に謝りたいと思っていたけど、勇気がなくてできなかった。
 君は、ほらあのイルォウキャフェから来た留学生が差別されていた時もみんなに非難されても一人で戦っていたよね?」

「覚えてない」

「君は卑怯者なんかじゃない。それなのに僕は君とご家族のことを批判して、すごく失礼なことを言って君を傷つけた」

「忘れた」

「ドール家は鉱山労働者の労働環境と改善に我が国で一番最初に積極的に取り組んできたのに、僕は『君たちは搾取の上に君臨する悪魔だ』みたいなことを言ってしまった」

「まあ、実際そうだったんだろうから別にいいんじゃない?」

「僕は他人に吹き込まれた偏った情報だけを信じて、本当のことを知ろうともせずに一方的に君を批判して傷つけた」

「まあ、仕方ないんじゃない?子供だったんだし」

 覚えていない、忘れた、といいながらアンバーの顔は緊張を解いて少し柔和になっている。


「後悔しているんだ。他人の目なんか気にしないで堂々とやりたいことをやって、言いたいことを言って、プライドの高い連中の鼻をへし折る君を眩しく見ていた。
 だけど僕はくだらない自尊心が邪魔して、君に本当の気持ちを伝えられなかったんだ」

 無言のアンバーの頰が少し赤らんで見えた。

「一度だけ、一度だけチャンスをくれないか?
 今夜一緒に食事できないか?」

 アンバーが頷いたのが見えた。



『何日も部屋に閉じこもるくらいフラれてショックだった相手だもんな』

 アドリアンは目を伏せた。

『あのジャンバティストの奴もずっと子供の頃からアンバーへの気持ちを引きずってきたんだろう?

 そしてアンバーも。

 アンバーが幸せなら、その方がいいんだよな』

 アドリアンは静かに踵を返して戻って行った。



「アンバーったら、明日アドリアン様がお帰りだというのに急に友達と食事に行くってどういうことなのかしら?」

 グレナは困惑していた。

「まったく、あの子の気まぐれにも困ったもんだ」

 ロイもアドリアンに申し訳なさそうに言う。

「いいえ。私の方こそご家族の行事に無理を言って図々しく参加させていただいて」

「アドリアン様の大玉転がしは圧巻でしたわ」

「いや~、引き分けになってしまい面目ない」

 最後の夕飯はアンバー抜きだったが和やかに過ぎていった。

『この人たちと本物の家族になりたかったな』

 アドリアンはそんなことを考えながら客室に戻った。

 
 アドリアンは手紙を書いて家政婦に頼んでアンバーの部屋の机の上に置いてもらった。


~ アンバーへ

 君の幸せを願っている。

 明日の午前8時30分発の特急で帰ります。

 もしも君の未来の幸せが私と共にあるならば一緒に来てくれ。

 アドリアン ~


 手紙にはアンバーの分のチケットが同封されていた。



「まったくあの子は早朝から何処に行ったのかしら?」

 駅のホームにアンバーの姿は無かった。

 呆れるグレナの声には若干の怒りが混じっている。

「是非またお会いしましょう」

 エミールと握手をし、

「コライユも汽車に乗る~」

 とコライユは騒ぎ、

「次は妻にも会っていただきたいですな」

 とロイは言った。

 アドリアンは、

『次があるのだろうか・・・』

 と考えながらも、

「皆さん、お世話になりました。
 次は是非みなさんで私の家に来てください」

 と挨拶して列車に乗り込んだ。

 アドリアンは最期の望みを賭けて特等個室のドアを開けた。

 中は空っぽだった。

 アドリアンはフッと息を吐いて座席に腰を下ろした。

 泣き出したいような気分だったが、気を取り直して立ち上がるとカーテンと窓を開けてホームに立つドール家の面々と最後の挨拶をした。

 やがて列車は動き出し、アドリアンは無理に作った笑顔で手を振った。

 アドリアンは再び腰を下ろすと微笑した。

『これで元の日常に戻るだけ。

 頑張って仕事しよ!』

 アドリアンは両手でパンパンと2回頬を叩くと立ち上がって荷物の中から書類を出した。

 アドリアンが書類と首っ引きになっているとドアがノックされ、

「ご注文の品、お届けに参りました」

 と妙に高い声のウエイトレスが入って来た。

「?なにも頼んでないけど?」

 ウエイトレスは構わずズンズン入って来て、アドリアンの前にコーヒーを置いた。

「イルォウキャフェのG-1ブレンドでございます」

 ハッとしてアドリアンが顔を上げる。

「アンバー!!!」

 アンバーがウエイトレスの制服の裾を摘んでポーズを取った。

「どう?」

「どう?じゃないよ。なんだよその変な声」

 アドリアンの声は半分怒りながらも喜びに震えていた。

「・・・いいのか?」

「なにが?」

「・・・ジャンバティストは?」

 アンバーは一瞬『なんでジャンバティストのこと知ってるんだろう?』
 という顔をしてから、

「和解したわ。子供時代のわだかまりはさっぱり水に流すことにした」

 と清々しく笑った。

「彼は君を望んだんじゃないのか?」

「そんなの断るに決まってるでしょ?


 だって、私には好きな人がいるんだから」

 アンバーはキラキラした大きな目でじっとアドリアンを見つめてイタズラっぽく笑った。

 アドリアンは立ち上がると我を忘れてアンバーを抱きしめた。

 その時列車がガタンと揺れたのでアドリアンはアンバーをギュッときつく抱きしめた。

「そろそろ離してよ」

「ヤダ」

「コーヒーが冷めちゃうよ」




(終)


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