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5 ラウラ気が遠くなる
しおりを挟む「その後、例の彼は大丈夫ですか?」
カールトン館長がラウラに穏やかな笑みを向ける。
「あ、・・・はい」
本当はあれからしょっちゅうランディーが通勤や退勤の時間を見計らって待ち伏せしてくる。
ランディーの家は斜向かいなので、動向を見張られているのではないかと思うと気分が悪い。
本当は追い出されるまでは実家に居座って将来のために貯金を増やしたいところだが、さっさと家を出て一人暮らししようかとも思っている。
するとナンシーが甘えた声をだして突進してくる。
「館長~!今日は私はお弁当が無いんですぅ。ランチ連れてってくださいよぉ~」
「ハハ・・・じゃ、三人で行きますか」
「私ベジャメルソースっぽい何かが食べたぁ~い」
館長は最近話題のカジュアルレストラン「ドッヂライン」に二人を連れて来た。
「ムーン・シャインじゃないんですかぁ~?」
「若い子にはこういう所の方がウケると思ったんだけどなあ」
「こらこら、連れてきていただいて文句言わないの」
薄暗い店内は現代アーティスト達の手によるオブジェや家具が配置されており、さながらちょっとした美術館だった。
途端に気に入ったナンシーは貸し切りにした部屋の中をうろついてドーム型のソファーに座ったり骸骨のオブジェと握手をしたりしてはしゃいでいた。
運ばれてきたのはいわゆる創作料理というジャンルで奇抜な食器に派手な色彩の食材が盛り付けられていた。
見栄え重視かと思いきや、どれも存外に美味しかった。
「うわぁ~、ピンクのスープなんて初めて!まるで妖精が夢を溶かし込んで作ったみたい!」
目をまん丸にして感動を顕にするナンシー。
『可愛いな。こういう娘にはご馳走のしがいがあるってもんよね。私に足りないのはこういうところなんだろうな』
ラウラは思う。
『私も言ってみようかな。
このサラダのドレッシング、まるで天ノ川の星屑を集めて作ったみたいですね
!』
その瞬間ラウラの頭に浮かんだのはランディーの「必死だな!」という腹立たしい嘲笑だった。
『私が言ったら痛いからヤメよう』
「どうしました、ヘミングさん」
ボンヤリしたラウラを心配して館長が声を掛ける。
「あ、いえ。ちょっとどこかに部屋を借りて一人暮らしでも始めてみようかと思ってまして」
「え~、先輩一人暮らしするんですかぁ?
い~な、い~な、お泊まり行ってもいいですか?」
「いや、まだ決めてはいないから。そうなったらいいな、くらいで」
「一人暮らしって憧れますよね!私、一人暮らしするなら、全~部っピンクで揃えるの。絨毯もカーテンもお鍋も全部よ」
「そうよね、インテリアとか全部自分好みにするとかテンション上がるわよね!
全部ピンクの部屋はクラクラしそうだけど」
キャッキャッする二人を温かい目で見守る館長はお父ちゃんのようだった。
その日を境になんとなく昼食は三人で取ることが多くなった。
いつも奢ってもらうのは気が引けるので、週三日くらいはラウラが持ってきた弁当を芝生に広げる。
「ナンシー、アンタもいつも館長にご馳走にばかりなってないでたまには弁当を持ってくるとか何かお礼したらどうなの?」
「そんなもんですかねぇ~?」
キョトンとしていたナンシーだったが、元来素直な性格の彼女が翌日もってきた弁当は、もはや危険物だった。
「弁当持って来たら?とは言ったけど、ナンシーに作れとは言ってないんだけど」
肉も海老も野菜も、どれもこれも強烈に甘い!
一度口に入れてしまったものを吐き出すこともできずに悶絶する館長に、
「だって、女の子はお砂糖で出来てるんですもの~」
と上目遣い。
慌ててラウラが三人分のサンドイッチとコーヒーを買いに走る。
戻ってくると館長とナンシーは楽しそうにお喋りしていた。
そんな日々が数ヶ月続いたある日。
職員が一堂に会した朝礼で、恥ずかしそうに頬を染めた館長が、
「今日は皆さんにお知らせがあります」
手招きでナンシーを呼び寄せる館長。
「実は、私達、婚約しました」
どよめく一同。
「えっとぉ。年明けには赤ちゃんも産まれまっす」
クネクネするナンシーの肩を抱く館長。
ええーーーっ!!驚きに続いて拍手が起こり、皆が口々に「おめでとう!おめでとう!おめでとう!」
ラウラは目の前が白んでいく感覚をおぼえた。
おめでとう、が遠くから聴こえる。
そりゃあさ、「好きです」って言われたわけでも「お付き合いしましょう」って言われたわけでもないけど。
だけど、あれはそういう流れだったじゃない?
君は嫁き遅れなんかじゃないよ。
魅力的な女性だよ。
って言ってくれたじゃない。
好きでもない女にそんなこと言う?
私の都合の良い勘違いだったの?
「今月いっぱいお仕事はするので、もうちょっとの間 宜しくお願いしま~っすぅ」
ラウラは引きつりそうな顔を必死で笑顔に矯正して、
「おめでとう」
と言った。
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