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6 お局様ラウラ
しおりを挟むイライラする。
何かヒドイことをされたわけでもない。
むしろ館長はいつも優しい良い上司だ。
逆恨みなのは分かっているけど、それでもラウラは苛立ちを隠せなかった。
ラウラは鼻歌を歌いながら幸せそうに仕事をしている館長を忌々しく眺めていた。
館長は最近髪型を変えて前髪を下ろして若作りしていた。
金縁のメガネをセルロイドの洒落たフレームに変えたり、白いシャツしか着なかったのに柄物になったり、ネクタイも派手になった。
それらをみんなラウラは自分の年齢に合わせようとやっているんだと思っていた。
ラウラと館長の楽しいランチの時間にナンシーも入れてあげているつもりになっていた。
だけど邪魔者は自分だったなんて。
館長の鞄にぶら下がっているクマのマスコット。
投げ出して座る足の裏にナンシーのNが刺繍してある。
ラウラの視線に気づいた館長が
「あ、コレ?可愛いでしょ。
ボンド ベアって言ってね、若い子達の間で流行ってるんだよ。友達とか恋人同士でお互いのベアを交換すると絆ができるの」
はいはい。その若い子達、に私は入っていませんよ。
「なんか無理して若者に迎合しようとしてるみたいで痛々しいですよ」
私ったら、まるでランディーじゃないの。
自己嫌悪に陥るラウラの嫌味など気にする素振りもなく館長は、
「最初は合わせるのが大変だったんだよ。
訳もわからないまま あっちこっち引っ張り回されてついていくだけで必死って感じだったんだけどね、だんだん楽しくなってきて、やっぱり若い人って良いよね。元気がもらえる」
ニコニコしながら顔の汗を押さえているハンカチには人気キャラクター バターマンがプリントしてある。
「先輩~ランチ行きましょ~」
昨日と何も変わらない屈託のないナンシーの笑顔。
「私はご遠慮するわ」
「なんでですかぁ~?」
「・・・・館長とお付き合いしてるんなら教えてくれれば良かったのに。
毎日ランチ一緒にしてるのに水くさいわ」
ラウラはできるだけ優しい口調で言った。
「館長が、ちゃんと報告できるまで秘密にしといてって言ったんですぅ。
なんか~、館長のお父様が私のこと気に入らなかったみたいでぇ~」
ナンシーは顔を顰めて眉間にシワを作る。
「こ~んな顔して私を見るんですよぉ~。
ヒドくないですかぁ?」
まあ、ナンシーは可愛いけど息子の嫁としては心配なのは分かる気がする。
「それで、赤ちゃんができれば反対できないだろうってことになったんですぅ~。
赤ちゃんできたって言ったら、お義母様が大喜びしてくれてぇ、それで結婚オッケーになったんですぅ。
お義母様は優しいからボンド ベアあげたけど、お義父様にはあげないの。
意地悪ジジィだから」
「わ、分かったわ。事情は分かったけど、そういう事をペラペラ喋らない方がいいわ」
ラウラは自分で聞いといて慌てた。
「は~い」
なんだかスゴく疲れた。
ラウラは業務終了時間と同時にさっさと帰ろうと席を立つ。
廊下を歩いていると資料室から声が漏れてくる。
「いやぁ、館長。ビックリしましたよ。
ボクはてっきり館長はラウラ・ヘミングさんとお付き合いされているのかと思ってました」
「私もね、ヘミングさんのことは好ましく思ってましたよ。彼女美人だししっかりしてるしね」
思わず足を止めるラウラ。
「なんでナンシーちゃんにしたんですか?」
ちょっとの間を置いて館長が答える。
「それはやっぱり、若い方がいいじゃない?」
はあ~??
私アンタより遥かに若いですけどォ?
話相手の男も、そうですよねぇ~、とか言っている。
アイツ会計担当のハリー・バロウズだわね。
覚えてなさいよ。
ムカムカしながら家に帰ったラウラは着替えると、
「カリスの所に行ってくる。泊めてもらうつもりだから帰らないと思うわ」
と再び出ていった。
従姉妹のカリスは同い年でありながら人生ラウラの2周先を走る女だ。
19才で結婚。20才で出産。21才でダンナの浮気で離婚。
現在は実家の手を借りながら5才の一人娘を育てつつ、慰謝料を元手に作った
~大人の隠れ家的ショットバー panic~
を経営している。
時間が早かったので他に客もいなくてラウラは思う存分、館長のことを愚痴った。
「そんなに傷つくほど館長さんのことが好きだったの?」
「・・・そこまでじゃないけど。結婚するならこんな人いいな、くらいは」
「大体さ、結婚願望とかあんまりなかったじゃない」
言われてみると確かにそうかも。
「・・・いよいよ生涯独身かもって年齢になってきて焦ってるのかも」
「大して好きでもない相手が自分じゃない女を選んだのが気にくわないだけじゃないの?
失恋して傷ついてるんじゃなくて、自尊心を傷つけられて腹を立ててるだけよ」
そうかもしれない。
「まあさ、パーッと飲んで騒いで忘れっちまいなさいよ。
週明けからは元通りわだかまりを捨てて働かなくちゃ、ラウラ益々今の職場を辞めるワケにはいかないんだから。
一時の感情で人間関係がおかしくなるような馬鹿な言動はしないことね」
「そうね。定年まで居座ることになるかもしれないしね」
自嘲気味に言ったラウラにカリスは、カンパーイ!と明るくグラスを寄せてきた。
カウンターの雑誌に目を遣ると、かつてラウラも夢中になったアイドルグループ「ベルクホーフ」が載っている。
「昔、好きだったなーベルクホーフ」
「今も人気あるみたいよ」
「一昨年だったかな、カミラおばさんに付き合ってラジオの公開収録に行ったのよ。
確かにベルクホーフは国民的アイドルだったわよ。だけどさ、みんなとっくに40越えてるじゃない?
いくらカッコいいったってオジサンじゃない。
なのにさ、今人気の10代とか20代前半の女の子の歌手とか女優がゲストで来たら、『この5人の中で、彼氏にするなら誰が良い?』とかいちいち聞くの!
もうさ、全女性が自分達に恋してるって信じて疑ってないんだろうな、って。
オイオイ、あんたら既にオッサンだから、そんな若い子達の守備範囲から外れてるから。なんならお父さんだから、ってツッコミたくなったよ。
なんか気持ち悪くなって、それからベルクホーフはもういいやってなった」
カリスはゲラゲラ笑ってから真面目な顔になって、じっとラウラを見た。
「男ってね。全員そうよ」
「え?そうなの?」
「そうよ。もうね、歯も髪も抜けてるようなジジイでも、自分はイケてるって思ってんのよ。それで平気で若い女の子を食事に誘ったりするのよ。
なにあのポジティブ」
二人はゲラゲラ笑ってグラスを開けた。
そして悪口のターゲットはランディーに移っていった。
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