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13 急転

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 ジュスト殿下死去の一報が隣国まで駆け巡ったのは、サフィニアがウィーキヌスに行って丸三年が経とうとしていた頃のことだった。

 この時ニールはセリーヌとの間で既に離婚が成立していた。

 サフィニアはこれから一体どうなるのだろうか。
 愛妾という立場では、そのままウィーキヌスに留まることは難しいだろう。
 かといって あの父親の元に帰れば、彼女は一切の希望を聞き入れられることなく、再びどこかに売られるだろう。

 ニールは今さら自分が関与できる立場ではないことは重々わかっていたが、サフィニアを思う気持ちを押さえきれなかった。






 ジュスト殿下は視察先で事故に巻き込まれ、即死だったという。

  過酷な戦乱を生き抜いた英雄が馬車の滑落事故であっけなく死んでしまった。

 サフィニアは自分もついて行かなかったことを悔やんだが、そもそも愛妾が王太子の公務に同行できるはずもなかった。


 愛妾にすぎないサフィニアは正式に葬家の一員として王家側の席で葬儀に参列することもできず、一般参拝者に混じって最期のお別れをした。

 葬儀の前夜、王宮から使いが来た。
 王太子妃マリアンナ様がお呼びとのことだった。

 初めて拝謁した王太子妃殿下はサフィニアにジュスト殿下との別れの時間を与えてくださったのだ。

 棺の中のジュスト殿下はいつもの美しい顔で眠っているようだった。
 悪戯好きの殿下がワーッ!と立ち上がって驚かせてくるんじゃないかとすら思えた。

 「お顔だけでも綺麗なままで良かったです」

 と従者が体の方は損傷が酷かったことを教えてくれた。

 サフィニアがそっと触れたジュスト殿下の頬は冷たく、もう二度とその目が開くことも、サフィニアに優しく微笑むことも、愛を囁くこともないのだと思うと涙が溢れてきた。

 どうして、どうして、

 やっと巡り合った最愛の人。

 初めて味わった温かい生活。
 
 私を置いていかないで。


 泣き崩れるサフィニアの背中に、そっと温かい手が添えられた。

 マリアンナ様だった。

 「・・・お心遣い感謝します」   

 サフィニアが礼を執ると、マリアンナ様が沈痛な面持ちで無言で頷いた。

 「・・・私・・・もう、生きていたくないです。
 ジュスト殿下のいない世界は意味が
無いから・・・」

 するとマリアンナ様が、

「あなたのお気持ちは痛いほどよく分かります」

 とサフィニアの両手を包み込んだ。

 ああ、そうか。

 この人も愛する人を亡くしたのだったか。

 二人は抱き合って泣いて泣いて泣いて・・・。

 「ジュストは貴女のことを心から愛していたわ。
 いつも貴女の幸せを願っていたの。
 だから死にたいなんて言わないで」

 サフィニアは再び声を上げて泣いた。

「私もね、婚約者を亡くした時、貴女と同じ気持ちだったわ。
 全てが空虚で無意味で・・・。
 その時に励ましてくれたのは、生きろって言ってくれたのはジュストだったの」


サフィニアはジュスト殿下が微笑みながら

「全てのことに意味がある」
 
と言っていたのを思い出す。
 
 「君がニールと婚約してなければ舞踏会にも来なかった。
 私達は出逢うことさえなかったんだよ」

 だから、君はつらい思いをしたけど、それは私と幸せになる為だったと思えば耐えられるだろ?

 とジュスト殿下は笑った。

  ならばジュスト様、この心臓が引きちぎられそうな痛みと苦しみにも、何か意味があると仰るのですか?




「ね、ちゃんとお別れしてあげましょう?」

 
サフィニアはジュスト殿下に最期のキスをした。

 マリアンナ様が小さな鋏を渡してくれた。

 
サフィニアはそれでジュスト殿下の髪を一房切り取った。



 灯りにかざすと虹色に輝いた。





 
 葬儀が終わって何日も経たないうちに、王弟殿下からサフィニアに愛妾にならないかとの打診が来た。

 「ジュスト殿下が亡くなられて日も浅く、今後のことはまだ考えられません」

 との返事をしたものの、日に日に圧力は強まっていき、他にもサフィニアを狙っている者がいて、身の危険を感じたサフィニアは早急に離宮を離れることにした。

「ご実家に戻られるのですか?」

 心配そうなマルグリットに、実家へは帰れない旨を伝える。


 マルグリットも何日も泣きはらしたような疲れた顔をしていて、ここ数日で一気に老け込んだように見える。

 「とりあえず国境を越えて、田舎の町で仕事を探すつもりです」 
   
 幸いジュスト殿下が「何があるかわからないから」と渡してくれていたお金と貴金属類がある。
 それを持って出れば数年は生活に困らないはずだ。
 というか、どこかで野垂れ死ぬなら、それはそれで本望なのだが。


 そんな話をしていると、急に吐き気に襲われる。

 このところ疲労が溜まっていたからなあ、と洗面所から出てくると、神妙な顔をしたマルグリットが、

「サフィニア様、もしや」

 と言った。






 
 離宮を出る準備だと言って町に来た。
 マルグリットが手配してくれた町医者で診察を受ける。
 間違いなく妊娠していると告げられ、喜びよりも戸惑いが先にくる。

 「ジュスト様の血を繋ぐお子の存在が知られると危険だ」

 とマルグリットは言う。

 サフィニアも同意見だった。

 ジュスト殿下が亡くなると同時に国内の覇権争いが表面化してきている。

 お腹の子の存在が明らかになれば、利用されたり命の危険に曝される可能性が高い。

 マルグリットは絶対に信用できる人物として、夫と死別して出戻ってきているというマルグリットの姪とかつて王宮騎士団に所属していた従兄弟を呼び寄せた。

  サフィニアは離宮に戻ると急いで荷物をまとめ、自国の実家に帰ると挨拶をして出てきた。

 そしてマルグリットの姪アンヌと従兄弟ハンスが待機している宿へ入り、髪を短く切り揃え目立たない茶色に染め、だて眼鏡を掛けた。

 そして翌朝早々に、三人は二度と帰るつもりはなかった自国パートリアムに向けて列車に乗り込んだ。

 

 来るときはジュスト殿下と一緒の豪華列車だったが帰りは二等客車だった。

 

 




 
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