【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川

文字の大きさ
2 / 14
第1話 騎士と冒険者

しおりを挟む
 あれから4年が経ち、スナイデルは騎士試験に落ちて、王都で冒険者になった。今年で18歳になる。
 木製の古びた扉を開けば、むわりとした男くさい香りが漂ってくる。ごろつきじみた屈強な男たちが今日の成果を自慢したり、日暮れ前だというのに酒をあおったり、情報交換したりしている。

 しかしスナイデルが現れた瞬間。周囲の視線がざっと一斉に集まってきて、にぎわいがぴたりと止んだ。色素が薄いスナイデルがいるとそこだけ白く浮かび上がってしまい、薄暗い屋内では特に目立つのだ。
 けれども注目されたのは一瞬の間だけで、今度はまるで「目を合わせたくない」と言わんばかりにつぎつぎ視線はそらされていく。そして筋骨逞しい男たちが、会話はおろか、息さえも潜めていく。
 やがて歓迎されていない空気が広がり、スナイデルは内心で重くため息をついた。
 彼らにとって、スナイデルは厄介者なのである。

 居心地の悪さを隠すようにブーツを荒っぽく鳴らし、受付カウンターへ足を向ける。すると先客がおびえた様子で順番をゆずってくれたため、憂鬱になりながら先を行く。
 カウンターに立つと、今度は受付嬢が小さく飛び跳ねた。

「こ、こんにちは、スナイデルさん!」
「……ああ。報酬をくれるか」

 言いながらクエストの用紙と、魔物の角をがらんと置く。女性相手だというのにどうしても武骨な動作になってしまい、彼女の挙動はいつも通り、小動物のように落ち着きがなかった。

「は、はい。ブラッドベアの討伐報酬と、角の換金ですね!」

 金貨が5枚、受け皿に置かれる。怖がらせているとわかるけれど、何と受け答えしていいのかは不明だった。

「……ありがとう」

 手短に述べて、金貨をわし掴むと身をひるがえす。
 そして出口へ向けて足早に歩を進めると、今度はみるみる安心した空気が広がるのを感じ、寂しさと哀しさが合わさった気持ちになった。
 そのとき背後から、ぽつりと呟きが聞こえてきた。

「……あれが、『氷の麗人』か……」
「シッ」

 静かな空間でははっきり聞きとれてしまい、スナイデルはほとんど逃げるようにギルドの扉を開いた。
 スナイデルは魔法剣士で、氷魔法と回復魔法の使い手である。
 それなのに、魔法の制御がろくにできなかった。

 4年前、ユリウスに制御するための銀のペンダントを贈られ、それを肌身離さず身に着けている。
 しかし魔元を凍らせようとすれば周囲ごと凍らせていたり、つららだらけにしてしまったりする。そして回復魔法で治療しようとすれば低体温症にさせてしまう。
 そのたびに声をかけてくれる者は減って、やがて誰もいなくなっていった。

 単独では問題なく戦えたため、そのうち付いた二つ名が「氷の麗人」である。何もかも氷漬けにしてしまって、いつまでも女顔の自分にぴったりの不名誉なものだった。



「まあっ、ユリウス様よ!」
「横顔も素敵ね……!」

 ギルドを出ると熱のこもった声が届いてきて、スナイデルはつい街娘たちの視線を追っていた。騎士服をまとった二人組が歩いており、どうやら市街の見回りをしているようだ。
 ユリウスのとなりにいる騎士も物腰が良さそうだけれど、街娘たちの熱はユリウスひとりに向けられている。

 白い騎士服は彼のためにあつらえたようで、視線を遠くに投げる仕草ひとつ取っても美しく、そのふるまいは洗練されている。彼は高貴な貴族の血筋でありながら、いつまでも研鑽を怠ることなく、騎士とはこうあるべきなのだと尊敬されているという。
 こうして街で見かけるたび、スナイデルは手の届かない哀しさと焦燥に駆られた。4年前に救われてから、彼から剣技や魔法の手ほどきを受け、今も同じ屋敷で暮らしている。しかし、むしろ距離は遠のいているようだった。
 騎士を目指したけれど魔法の試験を乗りこえられず、騎士見習いになる年齢も越えてしまって、もう叶わないのだと諦めた。せめてもと冒険者になって魔物と戦っているけれど、冒険者は街の人々にどこか怖がられていて、頼りにされている騎士とはまるで違う。
 さらに自分は、その冒険者の中ですら厄介者なのだ。
 そのとき不意に、ドンッと肩に人がぶつかった。

「オイッ、よそ見してんじゃねえぞ」

 ちらりと見返せば、山賊まがいの風体の男と目が合った。恐らく田舎から来たばかりの冒険者だ。四人仲間だったようで、彼らはスナイデルの顔を見ると、下品に笑いながらぐるりと取り囲んできた。
 大した手合いではないと察するけれど、ここで問題を起こせばユリウスの迷惑になってしまうだろう。スナイデルは自分の容姿が揉めごとの種になると知っていたため、既に手遅れかもしれないけれど、伏せて謝った。

「……悪かった」
「なんだァ!? それで謝ってるつもりかよ」

 唾を飛ばされ、片目がひくついてしまう。
 冒険者というのは、どうしてこうも見苦しい者が多いのだろう。
 同族嫌悪を抑えきれず、つい睨み上げて口走ってしまう。

「……虫の居所が悪いんだ。失せろ」

 その瞬間、男たちは一斉に火が付いた様子になった。

「んだとッ、気取ってんじゃねえぞ!」
「お綺麗なツラしやがって、可愛がってやろうじゃねえか!」

 可愛がるという意味がわからないほど初心でもなく、「下衆どもが」と内心で吐き捨てる。性欲ばかりみなぎっていて、理性の欠片もない。

「無視してんじゃねえぞッ!」

 胸倉に手を伸ばされたので、手首を握って氷魔法を軽く発動する。同時にキィンと水色の光が洩れて、「ギャアッ!?」と男が叫び、後ずさった。
 手首を押さえる男に、スナイデルは冷ややかに忠告した。

「内部がどこまで凍っているかは俺にも解らない。さっさと溶かさないと腐り落ちるぞ」
「テメェッ、よくも!」

 男たちはさらに殺気だった様子になり、同時に周囲がざわざわと騒ぎ始めていた。
 そこでスナイデルは急速に冷静になり、己の愚行を後悔した。

「何をやっている!」

 予想通り、ユリウスの清涼な声が飛んでくる。
 柄の悪い男たちは「覚えてやがれ!」とこれまたお約束の台詞を吐いて駆けだし、騎士のひとりが「追いかけます!」と後を追っていく。

「スナイデル、大丈夫か」

 衆目の中でユリウスに真正面から見つめられ、居心地の悪さの極地にいるようだった。
 ユリウスは4年前から過保護のままで、未だに14歳の少年扱いされている気がする。しかしこうも問題を起こしていれば、それも致し方ないのかもしれなかった。

「ぶつかって少し絡まれただけだ、何とも無い……」

 引け目を感じながら答えると、ユリウスは難しい顔になった。

「きみは強いが……相手が格上ということもある」
「……わかっている。気を付ける……」
「ああ、いや……きみが悪くないことは知っているんだ」

 澄んだ青い瞳で見つめられ、スナイデルは一層居たたまれなくなった。感情を抑えられなかった自分にも非はあるのに、いつだって彼は全面的に信じて肯定してくれるのだ。
 無事を確かめた後、ユリウスは安心した顔で言った。

「もう屋敷に帰るのか?」
「……ああ……」
「そうか。私も定時に帰れそうだから、夕食は一緒にしよう」
「……わかった」

 答えると、慈愛に満ちた様子で目を細めてくる。
 いよいよ耐えられなくなり、スナイデルは「じゃあ後で」と足早に立ち去った。
 観衆からはきゃあきゃあと上ずった声がいくつも上がっている。
 本来なら淑女を助けるような存在になりたいのに、不甲斐なくてたまらなかった。冷静さを保つことすらできず、これではあの下衆な男たちとほとんど同次元だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。 両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。 故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!! 様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材! 僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX! ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。 うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか! 僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。 そうしてニ年後。 領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。 え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。 関係ここからやり直し?できる? Rには*ついてます。 後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。 ムーンライトにも同時投稿中

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

悪役の僕 何故か愛される

いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ 王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。 悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。 そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて… ファンタジーラブコメBL 不定期更新

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

処理中です...