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第1話 騎士と冒険者

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 あれから4年が経ち、スナイデルは騎士試験に落ちて、王都で冒険者になった。今年で18歳になる。
 木製の古びた扉を開けば、むわりとした男くさい香りが漂ってくる。ごろつきじみた屈強な男たちが今日の成果を自慢したり、日暮れ前だというのに酒をあおったり、情報交換したりしている。

 しかしスナイデルが現れた瞬間。周囲の視線がざっと一斉に集まってきて、にぎわいがぴたりと止んだ。色素が薄いスナイデルがいるとそこだけ白く浮かび上がってしまい、薄暗い屋内では特に目立つのだ。
 けれども注目されたのは一瞬の間だけで、今度はまるで「目を合わせたくない」と言わんばかりにつぎつぎ視線はそらされていく。そして筋骨逞しい男たちが、会話はおろか、息さえも潜めていく。
 やがて歓迎されていない空気が広がり、スナイデルは内心で重くため息をついた。
 彼らにとって、スナイデルは厄介者なのである。

 居心地の悪さを隠すようにブーツを荒っぽく鳴らし、受付カウンターへ足を向ける。すると先客がおびえた様子で順番をゆずってくれたため、憂鬱になりながら先を行く。
 カウンターに立つと、今度は受付嬢が小さく飛び跳ねた。

「こ、こんにちは、スナイデルさん!」
「……ああ。報酬をくれるか」

 言いながらクエストの用紙と、魔物の角をがらんと置く。女性相手だというのにどうしても武骨な動作になってしまい、彼女の挙動はいつも通り、小動物のように落ち着きがなかった。

「は、はい。ブラッドベアの討伐報酬と、角の換金ですね!」

 金貨が5枚、受け皿に置かれる。怖がらせているとわかるけれど、何と受け答えしていいのかは不明だった。

「……ありがとう」

 手短に述べて、金貨をわし掴むと身をひるがえす。
 そして出口へ向けて足早に歩を進めると、今度はみるみる安心した空気が広がるのを感じ、寂しさと哀しさが合わさった気持ちになった。
 そのとき背後から、ぽつりと呟きが聞こえてきた。

「……あれが、『氷の麗人』か……」
「シッ」

 静かな空間でははっきり聞きとれてしまい、スナイデルはほとんど逃げるようにギルドの扉を開いた。
 スナイデルは魔法剣士で、氷魔法と回復魔法の使い手である。
 それなのに、魔法の制御がろくにできなかった。

 4年前、ユリウスに制御するための銀のペンダントを贈られ、それを肌身離さず身に着けている。
 しかし魔元を凍らせようとすれば周囲ごと凍らせていたり、つららだらけにしてしまったりする。そして回復魔法で治療しようとすれば低体温症にさせてしまう。
 そのたびに声をかけてくれる者は減って、やがて誰もいなくなっていった。

 単独では問題なく戦えたため、そのうち付いた二つ名が「氷の麗人」である。何もかも氷漬けにしてしまって、いつまでも女顔の自分にぴったりの不名誉なものだった。



「まあっ、ユリウス様よ!」
「横顔も素敵ね……!」

 ギルドを出ると熱のこもった声が届いてきて、スナイデルはつい街娘たちの視線を追っていた。騎士服をまとった二人組が歩いており、どうやら市街の見回りをしているようだ。
 ユリウスのとなりにいる騎士も物腰が良さそうだけれど、街娘たちの熱はユリウスひとりに向けられている。

 白い騎士服は彼のためにあつらえたようで、視線を遠くに投げる仕草ひとつ取っても美しく、そのふるまいは洗練されている。彼は高貴な貴族の血筋でありながら、いつまでも研鑽を怠ることなく、騎士とはこうあるべきなのだと尊敬されているという。
 こうして街で見かけるたび、スナイデルは手の届かない哀しさと焦燥に駆られた。4年前に救われてから、彼から剣技や魔法の手ほどきを受け、今も同じ屋敷で暮らしている。しかし、むしろ距離は遠のいているようだった。
 騎士を目指したけれど魔法の試験を乗りこえられず、騎士見習いになる年齢も越えてしまって、もう叶わないのだと諦めた。せめてもと冒険者になって魔物と戦っているけれど、冒険者は街の人々にどこか怖がられていて、頼りにされている騎士とはまるで違う。
 さらに自分は、その冒険者の中ですら厄介者なのだ。
 そのとき不意に、ドンッと肩に人がぶつかった。

「オイッ、よそ見してんじゃねえぞ」

 ちらりと見返せば、山賊まがいの風体の男と目が合った。恐らく田舎から来たばかりの冒険者だ。四人仲間だったようで、彼らはスナイデルの顔を見ると、下品に笑いながらぐるりと取り囲んできた。
 大した手合いではないと察するけれど、ここで問題を起こせばユリウスの迷惑になってしまうだろう。スナイデルは自分の容姿が揉めごとの種になると知っていたため、既に手遅れかもしれないけれど、伏せて謝った。

「……悪かった」
「なんだァ!? それで謝ってるつもりかよ」

 唾を飛ばされ、片目がひくついてしまう。
 冒険者というのは、どうしてこうも見苦しい者が多いのだろう。
 同族嫌悪を抑えきれず、つい睨み上げて口走ってしまう。

「……虫の居所が悪いんだ。失せろ」

 その瞬間、男たちは一斉に火が付いた様子になった。

「んだとッ、気取ってんじゃねえぞ!」
「お綺麗なツラしやがって、可愛がってやろうじゃねえか!」

 可愛がるという意味がわからないほど初心でもなく、「下衆どもが」と内心で吐き捨てる。性欲ばかりみなぎっていて、理性の欠片もない。

「無視してんじゃねえぞッ!」

 胸倉に手を伸ばされたので、手首を握って氷魔法を軽く発動する。同時にキィンと水色の光が洩れて、「ギャアッ!?」と男が叫び、後ずさった。
 手首を押さえる男に、スナイデルは冷ややかに忠告した。

「内部がどこまで凍っているかは俺にも解らない。さっさと溶かさないと腐り落ちるぞ」
「テメェッ、よくも!」

 男たちはさらに殺気だった様子になり、同時に周囲がざわざわと騒ぎ始めていた。
 そこでスナイデルは急速に冷静になり、己の愚行を後悔した。

「何をやっている!」

 予想通り、ユリウスの清涼な声が飛んでくる。
 柄の悪い男たちは「覚えてやがれ!」とこれまたお約束の台詞を吐いて駆けだし、騎士のひとりが「追いかけます!」と後を追っていく。

「スナイデル、大丈夫か」

 衆目の中でユリウスに真正面から見つめられ、居心地の悪さの極地にいるようだった。
 ユリウスは4年前から過保護のままで、未だに14歳の少年扱いされている気がする。しかしこうも問題を起こしていれば、それも致し方ないのかもしれなかった。

「ぶつかって少し絡まれただけだ、何とも無い……」

 引け目を感じながら答えると、ユリウスは難しい顔になった。

「きみは強いが……相手が格上ということもある」
「……わかっている。気を付ける……」
「ああ、いや……きみが悪くないことは知っているんだ」

 澄んだ青い瞳で見つめられ、スナイデルは一層居たたまれなくなった。感情を抑えられなかった自分にも非はあるのに、いつだって彼は全面的に信じて肯定してくれるのだ。
 無事を確かめた後、ユリウスは安心した顔で言った。

「もう屋敷に帰るのか?」
「……ああ……」
「そうか。私も定時に帰れそうだから、夕食は一緒にしよう」
「……わかった」

 答えると、慈愛に満ちた様子で目を細めてくる。
 いよいよ耐えられなくなり、スナイデルは「じゃあ後で」と足早に立ち去った。
 観衆からはきゃあきゃあと上ずった声がいくつも上がっている。
 本来なら淑女を助けるような存在になりたいのに、不甲斐なくてたまらなかった。冷静さを保つことすらできず、これではあの下衆な男たちとほとんど同次元だった。

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