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出会い
しおりを挟む高校の入学式の受付前は、百名を超える新入生たちでざわついていた。
ナオキは新入生の一人として胸に花をつけてもらうと、静かに辺りを見回した。
多くの者は期待と緊張の入り混じった顔つきだ。
落ち着かず真新しい制服をいじっていたり、ぎこちなく列に並んでいたり、知り合い同士でおしゃべりしていたり……。
特に代わり映えはなく、目を引く存在はいない。
「ねえねえ、あの人モデルみたい……!」
「スタイルも顔も良いよね……!」
熱い眼差しを注いでくる女子たちの存在も、ナオキにとっては中学時代から代わり映えしないものだった。
そのとき、ナオキはふと男子生徒の一人に目を留めた。
周囲よりも頭半分ほど身長が高く、ナオキよりも頭半分ほど低い。人生で一度きりの高校の入学式だというのに、期待も緊張もなく、感情の抜けたような横顔をしている。
それが散りゆく桜のように儚げに見えて、どうにも気になって視線が吸い寄せられる。
強く見つめ過ぎていたせいだろうか。二人の間にはたくさん人がいたけれど、不意に彼が視線を向けてきた。
瞬間、ドクン。と心臓が強く跳ねた。
彼の眼差しは、死を待つ狼のようだった。獰猛さと空虚さが繊細に入り混じっていて、そのアンバランスさがとても美しく思えた。
――このチャンスを逃してはならない。
咄嗟のことだったけれど、ナオキは彼に微笑みかけた。すると困惑を滲ませて、彼は小さく会釈を返してくれた。嬉しい。話かけようと口を開いたけれど、彼は先にするりと視線を逸らしてしまった。
その代わりに、彼の隣にいた女子たちが盛り上がり出した。
「ちょっ、今私たちに笑いかけてくれた……?!」
「だよね! 話しかけてみる?!」
「待って待って、緊張する。入学式終わってからにしとこ」
「すぐ教室に移動だし、タイミングがなくない?」
「そうだ、部活ってどこか入るのかな……?!」
「身長高いし、バスケ部じゃない?」
「バスケ部ってマネージャー募集してたよね。追いかけちゃう?!」
きゃーっと騒いでいて、今近づいたら集団に捕まるだろうと、ナオキは無意識に踏み出していた足を止めた。
バスケ部という予想は当たりだ。中学のときに始めて、高校でも続けるつもりだった。
心臓は今も早鐘を打っていて、掌がじんと痺れている。その手を固く握って、「彼を絶対にバスケ部に入れてやろう」と決めた。
◇
ナオキの行動は早かった。
入学式後、教室へ移動する途中でさっそく彼に声をかけた。
「ねえ、ちょっといい?」
すると彼は足を止めて、先ほどよりも警戒した眼を向けてきた。
「…………何?」
その姿からは、散りゆく桜のような儚さは消えている。
しかし野生の狼じみた獰猛な気配が色濃く出ていて、ナオキはワクワクとした。うっかり隙を見せれば噛みつかれてしまいそうだ。
「オレ、北川ナオキっていうんだけど」
「で?」
「名前、聞いても良い?」
「……藤原シュンヤ」
話したくないという意思がありありと伝わってくるけれど、ナオキはそれをあえて無視して、女子たちから格好いいと持て囃される完璧な微笑みを作った。
「シュンヤって呼んでいい?」
「……いいけど……」
「クラスは何組だった? オレは1組」
「2組」
「となりかー。残念だけど、まぁいいか。シュンヤって背が高いよね。部活はどこ入るか決めてる?」
「入る気ねーから」
「ならバスケ部に一緒に入らない? 運動神経良さそうだし」
「入る気ねえって言ってるだろ……」
かなり迷惑そうな態度をされるけれど、そういうところにナオキの心はますますくすぐられた。普段、ナオキが男子に話しかけると、相手は委縮するか女子のおこぼれを預かろうと媚びて来ることが多いのだ。
しかし、目の前のシュンヤは怯まない。
それに加えて、彼から漂ってくる甘い匂いも心地よかった。
脳髄がじんと痺れて、くらりと陶酔しそうになる。
オメガの人間がいたらこんな匂いなのだろうか。ナオキはそう思った。
といっても、ただの想像だ。オメガの割合はアルファよりも少なくて、千人に一人程度しかいないという。オメガの匂いを嗅いだことのある人間も稀だ。
それにシュンヤは、どこをどう見てもアルファだった。
アルファには『容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、カリスマ』という特徴があって、それにぴったり当てはまっている。顔は整っているし、口調は粗野だけれど物憂げな瞳が知的で、細身だけれど筋肉もしっかりついている。何より存在感が一線を画している。
ちなみにナオキもアルファなので、彼の姿には親近感を覚えた。同時に少しがっかりするような不思議な気分に駆られたけれど、交渉が優先なので流しておく。
「シュンヤって何かスポーツやってただろ? 身のこなしで分かるよ」
「……身のこなしって……」
怪訝な顔をされたので、笑顔で指摘する。
「動きに無駄がない。姿勢はだらけてるけど、体幹がぶれてない。今も重心が安定してる」
シュンヤが顔をしかめるのを見ながら、ナオヤは明るく尋ねた。
「ね。何のスポーツやってたの?」
「……バスケ」
「バスケ? なら経験者だ」
「もう辞めたけどな」
そう呟く声は暗く、「未練があります」と顔に如実に書いてある。
ナオキはここぞとばかりに完璧な微笑みを深めた。
「バスケ部、入ろうよ。オレは3ヶ月でエースになる。オレとおまえで点取ろう」
「…………入らないって」
断られてしまったけれど、それから二週間毎日熱心に勧誘しに行っていると、「いい加減にしろ」と言われつつ、ついに入部させることに成功したのだった。
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