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本編
3.氷から陽へ
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「はぁ……いってぇ~……」
白いティーシャツに紺ジャージのパンツ。まさに体育の授業を抜け出してきました、という格好で廊下を歩いている。授業中の廊下はとても静かで、俺の足音だけが響く。
バスケのチーム戦で、ヤスの繰り出したノールックパスを受け取りそこねた。まじダセぇ。右手の指、付け根が赤くなっている。
犯人のヤスは『アキちゃんごめ~ん!』とふざけた感じで謝ってきたが、顔はガチで焦っていた。
保健室へ一緒に行くと言われたのは断った。大袈裟にされるとよけい恥ずかしいんだよ。
教師も見慣れた様子で『突き指だね』と何でもないように告げた。
普段はこんな凡ミスしないのだ。一年のとき、あらゆる運動部から勧誘を受けたくらいには運動神経にも自信がある。
入学して以来場所だけ知っていた保健室へ到着し、ガラッとドアを開けた。
「センセ~、頭痛薬くださーい」
理由はこれ。さいきん頻繁に頭が痛くなる。
体育の授業がはじまる時点ではちょっと痛いかも程度だったのに、途中からガンガン響くような痛みに変化した。おかげで試合に集中できず、こんなダサい怪我をする羽目になったのだ。
「きみ。いま寝てる子いるから、静かにね。頭痛いの? いつから? ――そう……ごめんね、保健室で薬は出せないの」
「え……そーなんすか。知りませんでした」
まじか。申し訳なさそうに告げた養護教諭の言葉に、俺は素直に驚いた声を出した。
昔から保健室にはあまり縁がなかったし、頭痛みたいな不調だってここ最近始まった。それならまっすぐ教室へ向かえばよかったな。
後悔しながら、はーっとため息を吐きつつ椅子に座る。教室にある自分の鞄には市販の頭痛薬が入っているものの、今から取りに行く気力もなかった。
「ちょっと横になってたら? 目を閉じるだけで楽になることもあるから。あんまり酷かったら親御さんに連絡して、病院に連れて行ってもらいなさい」
「はーい……あ」
「あ! 保健だより配布しなきゃいけないんだったー! ちょっと出るけど、きみは勝手にベッド使っていいから。飛鳥井くんも、良くなるまで寝ててねー!」
「…………」
手の処置をしてもらおうと思ったのに、それを伝える前に養護教諭はあわてて部屋を出ていってしまった。ずっと保健室にいるだけの仕事だと思っていたが、意外に忙しそうだ。
そんなことより……
俺はふり向いて保健室の一角を見た。春の日差しが生成りのカーテンを通りぬけ、柔らかく室内を照らしている。手前のベッド二つは無人で佇んでいるが――奥のベッドを囲うよう、薄緑色のカーテンが引かれている。
あそこに、あの人がいるのか。
(いや……だからなんだってんだ)
会話になるほど話したこともない。それどころか頑なに無視してくる男が保健室で寝てるからって、なんなんだ?
どうしてもベッドの方へ意識が向かうのを無理やり引きはがし、俺は自分で手の応急処置をすることにした。湿布は消毒や絆創膏と一緒に置かれているのを見つけたし、使って事後報告でも多分大丈夫だろ。
(つーか冷やした方がいいんだろうなー……氷嚢とかあるかな。あー。頭いてー)
怪我したのが利き手じゃなかったのは不幸中の幸いだ。それでも片手で貼った湿布はかなり皺が寄ってしまった。
とにかく手より頭の痛みが酷くて、そこで限界だった。少し横になろうと、ふらふら空いているベッドの方へ向かう。
しかし、半分目を閉じていたせいで――俺はパイプベッドの脚を思いきり蹴飛ばしてしまった。ガァーン!と大きな音が室内に鳴り響き、「やべ」と小さく呟く。
足は無事だけど、これはまた……ウザがられる案件じゃ……。
飛鳥井って名字のやつは他にもいるかも……なんて淡い期待は打ち砕かれ。そっと開けられたカーテンの向こうから怪訝な表情で顔を覗かせたのは、あの飛鳥井先輩だった。
「…………」
「すいません、煩くして……」
自分が圧倒的に悪い状況に、若干血の気が引いた。この人も体調が悪くてここで寝ていたはずなのに、バカでかい音で起こしてしまったのだ。
先輩は何も言わずに立ち上がり、そのまま保健室の出入り口に向かう。その行動にも、俺は胸の内を引っ掻かれたような心地になった。
謝罪さえ無視される。同じ空間にも居たくないのか……。
そのまま背中を見送ろうとして、小さな違和感に気づく。あれ、なんかいつもと違った?
顔色は良くなかったように思う。保健室で休むほど体調が優れないのだから当然だろう。いつも白いけど、今日は紙のようで。ただそれだけじゃなくて、なんか顔が幼く見えたというか……
「あ」
先輩がいたベッドのカーテンが半分開いている。その枕元に、眼鏡が置いてあった。俺はとっさにそれを取り、ドアを開けようとしている先輩を呼び止めた。
「先輩っ」
「…………」
呼んでも振り向かない。また無視かよ……。頭痛で気が短くなっているのを感じながら、理由があるのをいいことに俺は先輩の肩を掴んだ。あ、突き指が痛ぇ。
肩を掴んだ手はしかし、全く手応えがなかった。
「ちょっ、先輩!」
その瞬間、ドアに縋りつくように――先輩が倒れた。
白いティーシャツに紺ジャージのパンツ。まさに体育の授業を抜け出してきました、という格好で廊下を歩いている。授業中の廊下はとても静かで、俺の足音だけが響く。
バスケのチーム戦で、ヤスの繰り出したノールックパスを受け取りそこねた。まじダセぇ。右手の指、付け根が赤くなっている。
犯人のヤスは『アキちゃんごめ~ん!』とふざけた感じで謝ってきたが、顔はガチで焦っていた。
保健室へ一緒に行くと言われたのは断った。大袈裟にされるとよけい恥ずかしいんだよ。
教師も見慣れた様子で『突き指だね』と何でもないように告げた。
普段はこんな凡ミスしないのだ。一年のとき、あらゆる運動部から勧誘を受けたくらいには運動神経にも自信がある。
入学して以来場所だけ知っていた保健室へ到着し、ガラッとドアを開けた。
「センセ~、頭痛薬くださーい」
理由はこれ。さいきん頻繁に頭が痛くなる。
体育の授業がはじまる時点ではちょっと痛いかも程度だったのに、途中からガンガン響くような痛みに変化した。おかげで試合に集中できず、こんなダサい怪我をする羽目になったのだ。
「きみ。いま寝てる子いるから、静かにね。頭痛いの? いつから? ――そう……ごめんね、保健室で薬は出せないの」
「え……そーなんすか。知りませんでした」
まじか。申し訳なさそうに告げた養護教諭の言葉に、俺は素直に驚いた声を出した。
昔から保健室にはあまり縁がなかったし、頭痛みたいな不調だってここ最近始まった。それならまっすぐ教室へ向かえばよかったな。
後悔しながら、はーっとため息を吐きつつ椅子に座る。教室にある自分の鞄には市販の頭痛薬が入っているものの、今から取りに行く気力もなかった。
「ちょっと横になってたら? 目を閉じるだけで楽になることもあるから。あんまり酷かったら親御さんに連絡して、病院に連れて行ってもらいなさい」
「はーい……あ」
「あ! 保健だより配布しなきゃいけないんだったー! ちょっと出るけど、きみは勝手にベッド使っていいから。飛鳥井くんも、良くなるまで寝ててねー!」
「…………」
手の処置をしてもらおうと思ったのに、それを伝える前に養護教諭はあわてて部屋を出ていってしまった。ずっと保健室にいるだけの仕事だと思っていたが、意外に忙しそうだ。
そんなことより……
俺はふり向いて保健室の一角を見た。春の日差しが生成りのカーテンを通りぬけ、柔らかく室内を照らしている。手前のベッド二つは無人で佇んでいるが――奥のベッドを囲うよう、薄緑色のカーテンが引かれている。
あそこに、あの人がいるのか。
(いや……だからなんだってんだ)
会話になるほど話したこともない。それどころか頑なに無視してくる男が保健室で寝てるからって、なんなんだ?
どうしてもベッドの方へ意識が向かうのを無理やり引きはがし、俺は自分で手の応急処置をすることにした。湿布は消毒や絆創膏と一緒に置かれているのを見つけたし、使って事後報告でも多分大丈夫だろ。
(つーか冷やした方がいいんだろうなー……氷嚢とかあるかな。あー。頭いてー)
怪我したのが利き手じゃなかったのは不幸中の幸いだ。それでも片手で貼った湿布はかなり皺が寄ってしまった。
とにかく手より頭の痛みが酷くて、そこで限界だった。少し横になろうと、ふらふら空いているベッドの方へ向かう。
しかし、半分目を閉じていたせいで――俺はパイプベッドの脚を思いきり蹴飛ばしてしまった。ガァーン!と大きな音が室内に鳴り響き、「やべ」と小さく呟く。
足は無事だけど、これはまた……ウザがられる案件じゃ……。
飛鳥井って名字のやつは他にもいるかも……なんて淡い期待は打ち砕かれ。そっと開けられたカーテンの向こうから怪訝な表情で顔を覗かせたのは、あの飛鳥井先輩だった。
「…………」
「すいません、煩くして……」
自分が圧倒的に悪い状況に、若干血の気が引いた。この人も体調が悪くてここで寝ていたはずなのに、バカでかい音で起こしてしまったのだ。
先輩は何も言わずに立ち上がり、そのまま保健室の出入り口に向かう。その行動にも、俺は胸の内を引っ掻かれたような心地になった。
謝罪さえ無視される。同じ空間にも居たくないのか……。
そのまま背中を見送ろうとして、小さな違和感に気づく。あれ、なんかいつもと違った?
顔色は良くなかったように思う。保健室で休むほど体調が優れないのだから当然だろう。いつも白いけど、今日は紙のようで。ただそれだけじゃなくて、なんか顔が幼く見えたというか……
「あ」
先輩がいたベッドのカーテンが半分開いている。その枕元に、眼鏡が置いてあった。俺はとっさにそれを取り、ドアを開けようとしている先輩を呼び止めた。
「先輩っ」
「…………」
呼んでも振り向かない。また無視かよ……。頭痛で気が短くなっているのを感じながら、理由があるのをいいことに俺は先輩の肩を掴んだ。あ、突き指が痛ぇ。
肩を掴んだ手はしかし、全く手応えがなかった。
「ちょっ、先輩!」
その瞬間、ドアに縋りつくように――先輩が倒れた。
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