24 / 57
本編
23.混乱の文化祭
しおりを挟む「あのっ風谷暁斗くんですよね? きゃー本物! 一緒に写真いいですか!?」
「あーすいません。事務所からNG出てて」
「きゃぁーっ!!」
明らかな冗談にもきゃあきゃあはしゃぐ女性たちは、大人っぽいから近隣の大学生かもしれない。
このまえ街で雑誌のストリートスナップを撮られたから、自分の高校以外の人にも顔が知られてしまっている感はある。地方紙だし、小さい写真だったのになー……
あれこれ聞き出そうとする質問を適当にいなして、関係者以外立入禁止の階段を上る。ひと気のない廊下の窓から校門と前庭を見下ろすと、白い模擬店の屋根以外は人、人、人だった。
文化祭日和といえる快晴のなか、生徒の家族を中心に祭りを楽しみたい近隣の人々がうちの高校を訪れている。今回も圧倒されるほどの盛況だ。
生徒の中にはクラスでお揃いのTシャツを作って着ている人や、宣伝で衣装らしきものを着ている人もいて目立っている。
俺のクラスは、冷凍のクロワッサン生地をワッフルの機械で焼くクロッフルを提供している。見た目が映えるようトッピングには凝っていて、流行りの最新スイーツだからか現時点でもなかなかに行列ができていた。模擬店は昼からもっと混んでくるだろう。
目を凝らし怪しげな人がいないか確認するものの、あまりにも人が多く判断は難しかった。Domとして感じるものも今のところない。
そのとき、スマホがポケットの中で震えた。着信を示す長いバイブレーションだ。
「アキちゃ~ん緊急事態! クロッフルの材料が足りねぇ! なんで!?」
「すぐそっち行く」
ヤスのでかい声が聞こえた瞬間から自分のブースに向けて駆け出す。事前に計算して準備しているつもりでも、何かしらのトラブルが起きるのはこういうイベントの定めかもしれない。
「ヤス、すぐに買い出し行ってくれるか? 先生、よろしくお願いします」
「任せとけ! 木谷、行くぞ!」
戻る途中で担任を捕まえ、車を出してもらえるよう伝えた。近くにコンビニはあるが、文化祭開始早々に足りなくなるということは大量に材料を買う必要があるはずだ。コンビニでは足りるかわからないし、買い占めは避けたい。
「鈴木さん、足りないもののリストアップと数量計算をお願い。ヤスに連絡入れてやって。いま作れる分は全て提供して、足りない分はお客さんに整理券を渡そう。なにか意見は?」
「整理券はこの前のくじ引きが使えるかも!」
「じゃあ探してきてくれる? 見つかんなかったときのために、山本さんは厚紙切っておいて」
「「はーい!」」
思いつく限りの対応を指示すると、ふうっとひと息つく。パニックに陥っていたクラスメイトも落ち着きを取り戻したようで、てきぱきと各自の仕事に戻っていった。
そういえば、朔先輩のクラスの作品上映がそろそろ始まる時間だ。二時間に一度上映するらしく、行けるうちに見に行ってしまいたい。石田先輩にも一言連絡入れて……
「アキく~ん、スマホ鳴ってるよ?」
「ああ、ありがと」
長机の上に置きっぱなしだったスマホが震えている。着信の相手を見れば、母だった。
母たちを連れて教室に入ると、ちょうど後ろの方に三席空いていた。校門に到着したという母と合流し、俺が今から先輩クラスの映像作品を観に行くことを伝えると「男女逆転!? おもしろそう!」と付いてきたのだ。
教室で案内や上映の準備をする人のなかに、朔先輩はいない。まぁ来るなと言われているし、観に来たことがバレたら絶対に怒られるだろう。少しガッカリしつつ、やっぱりいなくてよかったと安堵した。
カーテンの閉ざされた教室で照明が落とされると、思ったよりも深い暗闇に包まれる。文化祭の喧騒も遠のいた気がしている間に、プロジェクターが前方のロールスクリーンに映像を投影し始めた。
「……!」
冒頭から美少女が映し出され、息を呑む。白い肌に憂いのある瞳。あどけない顔立ちなのに赤く色づく小さな唇は、少女にひと匙の色気を加えている。
(朔先輩……完成度高すぎますって……)
俺も見たことのある映画のパロディで、朔先輩は脇役だが明らかにクローズアップされていた。そこまで中性的とも思っていなかったのに、映像の中の先輩は男とも女ともつかない不思議な魅力に溢れている。
眼鏡はなく、横分けされた前髪は魅力的な顔を見せつつチラチラと目元を隠す。他の女装男子は付け毛やカツラを被っていたけど、朔先輩はありのままだった。それなのに、細い首筋やスカートから見える脚が艶かしく見えてしまう。
途中ギャグっぽいパートも挟まれくすくす観客が笑う場面もあったが、俺はずっと先輩を目で追うことに必死だった。
決して演技が上手いとは言えない。けれど、抑揚の薄い声は先輩のミステリアスな雰囲気を高める役割を担っているだけだった。
「おもしろかったわねー。特にあのヒロインの友人役の子? デビュー作で助演女優賞取りそうな感じ」
エンドロールの最後に二次元コードが表示される。アンケートのお願いがアナウンスされるなか、母はスゥさんときゃっきゃと話している。周囲で囁き合われている感想も、朔先輩に言及しているものが多いように感じた。
「はぁ……」
頭を抱えたい。こんなの、絶対に注目されるじゃんか。映像編集した人も狙ってやったに違いない。先輩は……無自覚だろうなぁ。
まぁこんな女装じゃなくいつもの先輩なら、眼鏡で顔も隠してるしバレないか……? 朔先輩を知っている人なら分かるだろうけど、そうでなければすれ違っても同一人物だと気づかれないはずだ。
(うん、無駄な心配したな。先輩が自ら目立つことするはずないし……)
自分を納得させ、教室を出る。そろそろ巡回に戻らないといけないと考えていたとき、男女五人ほどのグループとすれ違った。
「……?」
どこか違和感を感じ振り向くも、特に変わったところはない。何人かは髪の色が明るかったから外部からの客だろう。既視感を感じたが、後ろ姿ではよく分からなかった。
「暁、午後になったらクロッフル食べに行くね」
「おー了解」
話しかけられて、思考が霧散する。母たちとはそこで別れ、俺はとりあえず校内を一周することにした。
86
あなたにおすすめの小説
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
隠れSubは大好きなDomに跪きたい
みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。
更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
世界で一番優しいKNEELをあなたに
珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。
Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。
抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。
しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。
※Dom/Subユニバース独自設定有り
※やんわりモブレ有り
※Usual✕Sub
※ダイナミクスの変異あり
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件
ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。
せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。
クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom ×
(自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。
『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。
(全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390
サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。
同人誌版と同じ表紙に差し替えました。
表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる