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本編
31.見えない枷
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石田先輩に頼み込んで、朔先輩の家を教えてもらった。――たっぷりの嫌味を添えて。
身近なSubに対する過保護は、石田先輩の親族にもSubがいるかららしい。Subに関連した差別や事件は日々世界中で起こっている。もしかして家族を巻き込むほどつらい目に、あったことがあるのかもしれない。
少しでもいい方向に動く可能性があるのなら、と俺に託してくれたことに感謝した。
朔先輩はいま、俺だけじゃなく誰からのメッセージにも反応しないらしい。
ただし担任は親御さんと連絡が取れているようで、しばらく休んだら学校に来るつもりであることは確認済みだという。出席日数とかあるもんな……
「……ここか」
どこにでもあるような一軒家を見上げて、緊張に跳ねる心臓を服の上から押さえる。いまは制服だ。学校が終わって、母親に教えてもらった店で手土産を買い、まっすぐにここまで来た。
登校拒否しているのに俺にいきなり訪問されたら先輩は嫌だろうな、と思うけど……。一度会ったお母さんがいれば、追い返されずに済むのではないかという打算がある。
俺がなにかした訳じゃないし……してないよな? 話くらいは聞いてもらえないだろうか。今日は……ひとつの決意を持って会いに来たのだ。
インターホンを押すと、機械ごしでなく直接「はーい!」と家の方から聞こえた。女の子の声で、朔先輩に電話を掛けたとき勝手に出てしまった子かもしれない。たしか、名前は……
「みそか! お願いだからモニターでお客さん確認してからにして~!」
「うわすっごいイケメン」
ガチャッと開いた扉の向こうにいたのは、おそらく朔先輩の妹ミソカちゃんと、それを追いかけてきたお母さんだった。いきなりドアを開けるのは危ないと思うよ。
「暁斗くん! え~どうしたの……って当然朔に会いにきたのね!? わ~とにかく入って入って!」
「あ……お邪魔します」
お母さんの雰囲気が家だとぜんぜん違うな。まぁ病院で会った日は落ち込んで恐縮してるって感じだったし当然か。ポカンと口を開け「これがアキト……」と俺を見上げている妹を置いて、お母さんは俺を家の中へと誘う。
片付いてなくて恥ずかし~! と言いながら案内されたリビングは、こぢんまりとしていて家族写真ややりかけの宿題などがあちこちに置かれている。適度に雑然としているのが、温かみを感じた。大きな窓から日の光がたくさん入る部屋だ。
しかしすぐに部屋の様子よりキッチンに目が吸い寄せられる。そこには花柄のエプロンを着て前髪を上げた朔先輩がいた。オーブンからなにかを取り出していて、目つきは真剣だ。キッチンからは甘い香りが漂っている。まさかとは思うが……お菓子を作って……?
「朔~お客さんっ」
「え゙。まさかむさ、し……ッ!?」
「アキトだよ~。ねぇ、朔の彼氏なの?」
ミトンをつけ四角い型のようなものを持っていた先輩はそれを落としかけ、慌てて台に置く。俺の名前を訂正したのはミソカちゃんだった。ついでに爆弾発言をかます。
内心激しく動揺していたものの、俺は聞かなかったことにしてお母さんに手土産の箱を渡した。中身はフルーツたっぷりのロールケーキだ。
「あの……これよかったらみなさんで食べてください。甘いものは、足りてるかもしれませんが……」
「レスールのケーキ! わたしこれ大好きなの~~っありがとう! あとで朔の部屋に運ぶわね」
朔の部屋……に行っていいのだろうか? それが目的だったが、いざとなるとためらいが出る。
だがいつの間にか先輩はエプロンを脱いでいて、「行くぞ」と俺に声を掛けた。両手にお茶をいれたグラスを持っている。ふわっと喜びが胸の中に広がり、浮ついた足取りで先輩のあとを追った。
先輩の部屋は二階にあった。六畳ほどの空間で、ベッドと学習机以外にあまり物はない。近づいたときに感じる、先輩の匂いがしてドキドキする。
机の上には広げた赤本があり、それを押しのけてグラスを置いた先輩はクローゼットから低い折りたたみテーブルを出した。慌てて手伝う。
俺の勝手な行動に怒っているのだろう、先輩の表情は終始むすっとしていて、全く喋らない。俺もどうしたものかと考えながら身体を動かすが、テーブルのセッティングは一瞬にして終わってしまった。
お母さんがカットしたロールケーキを持ってきてくれて、そのあとは痛いほどの沈黙に包まれる。他の姉弟は今いないのか、二階はとても静かだ。
「エプロン……脱いじゃったんですね」
「あ゙ぁ?」
「アッ、ナンデモナイデス……」
うっかり導入を間違えてしまったせいで、先輩が怖い。けど思ったよりいつも通りで安心した。ホッとした表情に気付いたのか、先輩は気まずそうに視線を逸らす。
「怪我は……大丈夫か?」
「はい! 明日には抜糸なんです。先輩こそ……大丈夫ですか?」
先輩だって殴られていたし、一番心配なのは精神面だ。見た目にはもう、傷もなく元気に見える。ただすぐ頷いた先輩に、それ以上のことを訊く勇気も出てこない。
ごまかしにロールケーキを食べ、他愛のないことを聞いた。お菓子作りは無心になれるからたまにやるらしい。
二人で話していても以前のようなくすぐったい空気にはならず、先輩の態度はどこか固い。邪険にされている感じは消えたが、ぴくりとも笑わないのだ。
身近なSubに対する過保護は、石田先輩の親族にもSubがいるかららしい。Subに関連した差別や事件は日々世界中で起こっている。もしかして家族を巻き込むほどつらい目に、あったことがあるのかもしれない。
少しでもいい方向に動く可能性があるのなら、と俺に託してくれたことに感謝した。
朔先輩はいま、俺だけじゃなく誰からのメッセージにも反応しないらしい。
ただし担任は親御さんと連絡が取れているようで、しばらく休んだら学校に来るつもりであることは確認済みだという。出席日数とかあるもんな……
「……ここか」
どこにでもあるような一軒家を見上げて、緊張に跳ねる心臓を服の上から押さえる。いまは制服だ。学校が終わって、母親に教えてもらった店で手土産を買い、まっすぐにここまで来た。
登校拒否しているのに俺にいきなり訪問されたら先輩は嫌だろうな、と思うけど……。一度会ったお母さんがいれば、追い返されずに済むのではないかという打算がある。
俺がなにかした訳じゃないし……してないよな? 話くらいは聞いてもらえないだろうか。今日は……ひとつの決意を持って会いに来たのだ。
インターホンを押すと、機械ごしでなく直接「はーい!」と家の方から聞こえた。女の子の声で、朔先輩に電話を掛けたとき勝手に出てしまった子かもしれない。たしか、名前は……
「みそか! お願いだからモニターでお客さん確認してからにして~!」
「うわすっごいイケメン」
ガチャッと開いた扉の向こうにいたのは、おそらく朔先輩の妹ミソカちゃんと、それを追いかけてきたお母さんだった。いきなりドアを開けるのは危ないと思うよ。
「暁斗くん! え~どうしたの……って当然朔に会いにきたのね!? わ~とにかく入って入って!」
「あ……お邪魔します」
お母さんの雰囲気が家だとぜんぜん違うな。まぁ病院で会った日は落ち込んで恐縮してるって感じだったし当然か。ポカンと口を開け「これがアキト……」と俺を見上げている妹を置いて、お母さんは俺を家の中へと誘う。
片付いてなくて恥ずかし~! と言いながら案内されたリビングは、こぢんまりとしていて家族写真ややりかけの宿題などがあちこちに置かれている。適度に雑然としているのが、温かみを感じた。大きな窓から日の光がたくさん入る部屋だ。
しかしすぐに部屋の様子よりキッチンに目が吸い寄せられる。そこには花柄のエプロンを着て前髪を上げた朔先輩がいた。オーブンからなにかを取り出していて、目つきは真剣だ。キッチンからは甘い香りが漂っている。まさかとは思うが……お菓子を作って……?
「朔~お客さんっ」
「え゙。まさかむさ、し……ッ!?」
「アキトだよ~。ねぇ、朔の彼氏なの?」
ミトンをつけ四角い型のようなものを持っていた先輩はそれを落としかけ、慌てて台に置く。俺の名前を訂正したのはミソカちゃんだった。ついでに爆弾発言をかます。
内心激しく動揺していたものの、俺は聞かなかったことにしてお母さんに手土産の箱を渡した。中身はフルーツたっぷりのロールケーキだ。
「あの……これよかったらみなさんで食べてください。甘いものは、足りてるかもしれませんが……」
「レスールのケーキ! わたしこれ大好きなの~~っありがとう! あとで朔の部屋に運ぶわね」
朔の部屋……に行っていいのだろうか? それが目的だったが、いざとなるとためらいが出る。
だがいつの間にか先輩はエプロンを脱いでいて、「行くぞ」と俺に声を掛けた。両手にお茶をいれたグラスを持っている。ふわっと喜びが胸の中に広がり、浮ついた足取りで先輩のあとを追った。
先輩の部屋は二階にあった。六畳ほどの空間で、ベッドと学習机以外にあまり物はない。近づいたときに感じる、先輩の匂いがしてドキドキする。
机の上には広げた赤本があり、それを押しのけてグラスを置いた先輩はクローゼットから低い折りたたみテーブルを出した。慌てて手伝う。
俺の勝手な行動に怒っているのだろう、先輩の表情は終始むすっとしていて、全く喋らない。俺もどうしたものかと考えながら身体を動かすが、テーブルのセッティングは一瞬にして終わってしまった。
お母さんがカットしたロールケーキを持ってきてくれて、そのあとは痛いほどの沈黙に包まれる。他の姉弟は今いないのか、二階はとても静かだ。
「エプロン……脱いじゃったんですね」
「あ゙ぁ?」
「アッ、ナンデモナイデス……」
うっかり導入を間違えてしまったせいで、先輩が怖い。けど思ったよりいつも通りで安心した。ホッとした表情に気付いたのか、先輩は気まずそうに視線を逸らす。
「怪我は……大丈夫か?」
「はい! 明日には抜糸なんです。先輩こそ……大丈夫ですか?」
先輩だって殴られていたし、一番心配なのは精神面だ。見た目にはもう、傷もなく元気に見える。ただすぐ頷いた先輩に、それ以上のことを訊く勇気も出てこない。
ごまかしにロールケーキを食べ、他愛のないことを聞いた。お菓子作りは無心になれるからたまにやるらしい。
二人で話していても以前のようなくすぐったい空気にはならず、先輩の態度はどこか固い。邪険にされている感じは消えたが、ぴくりとも笑わないのだ。
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