超絶クールな先輩は俺の前でふにゃふにゃのSubになる

おもちDX

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本編

33.

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 エレベーターを降り、受付の前で会員証さえ持ってきていないことに気付いた。本当になにも考えてなかった自分に嫌気がさす。
 父親が経営してるんだから中に入れろなんて横暴さを見せる御曹司になれるはずもなく、肩を落として踵を返そうとしたとき「アキくん!?」と雪さんの声に呼ばれた。

「びっくりしたよ! 会員証を忘れてしかも制服で来るなんて……マックじゃないんだから」
「あーー……すみません」

 学校帰りに立ち寄る場所じゃないと暗に言われて、素直に反省した。俺はここに来る資格を有しているものの、プレイバーは酒も提供する場所だ。
 受付の人が制服姿の俺を不審に思い、バックヤードにいた雪さんに連絡してくれた。おかげで彼に捕まり、いまはスタッフルームでお茶をごちそうになっている。

 迷惑ではないかと心配になったが、様子のおかしいDom――しかも高校生――を放っておくのは主義に反するらしい。

「そろそろ来るころかなって思ってたけど、ひとりとは思わなかったな。なに、喧嘩でもした?」

 背中を丸めて座る俺に投げかけられたのは、的確すぎる問いだった。

 手元のグラスに入ったウーロン茶が突然ウイスキーになったかのように、俺はぽろぽろと今しがたあったことを吐露してしまう。
 無意識に話を聞いてくれる大人を探してここまで来たのだと思う。身内以外で、俺と先輩の事情をあるていど分かっている人。文化祭の事件では犯人のことで雪さんも捜査に協力したらしく、話は早かった。

「――で、家を追い出されて……気づいたらここに」
「なるほどねー。見事にすれ違ってるね! そしてアキくんの分が悪い」
「ゔ」

 分かっていたけど耳が痛い。そもそも自分の決意が固まったからって、今日先輩に切りだすべき話ではなかった。でも、もしかしたら先輩は喜んでくれるんじゃないかと期待したのだ。
 
 ――結果として、知らないうちに地雷を踏み抜いて、怒らせてしまった。

「アキくんはさ、最初のカウンセリングで訊かれた内容って覚えてる?」
「あれですよね? 相手は男女どっちがいいか、みたいな……」

 唐突に尋ねられたのはもう忘れかけていた記憶についてだ。まだ二ヶ月ほどしか経っていないけど、初めてここで朔先輩と出会ったときの衝撃が鮮烈すぎて、その前のことはあいまいになっている。
 
 確かタブレットの問診票にさまざまな質問があった。相手の性別については『どちらでもない/どちらでもいい』にチェックを入れたと思う。あれも先輩と関わる前だったら迷いなく女にしたと思うんだけどな。

「そう。他にも、プレイのパートナーと恋人は同じ派か、別派か……とかね。君は別って回答してたね?」
「そう、でしたっけ……」
「家庭環境もあるんだろうね。君は無意識にそこは別だと判断してるってことだ。それ自体は別に悪いことじゃない。でも、違う考えを持つ人もいるってことを一度ちゃんと考えたほうがいい」
「それって……先輩は違う回答をしたってことですか?」
「んー、ごめん。こっちには守秘義務があるんだ」

 いやもう答えを言ったようなもんだろ……。そう突っ込みたかったけど、雪さんの立場もあると思ってやめた。
 バーの方では仕事帰りの客が増えてきたらしく、雪さんがスマホで連絡を受けていた。もう帰るように促されて、席を立つ。外ではすっかり日が落ちて暗くなっているはずだ。

 頭の中では答えが見えてきていた。先輩を怒らせてしまったショックで脳が思考停止していたけど、ここへきてようやくゆっくりと動き出したみたいだ。
 先輩の言ったこと。雪さんの助言。照らし合わせれば自然と答えは出てくる。

 こんなにも簡単なことなのに、俺は自分の作り上げた固定観念にぎりぎりと動きを制限されていたらしい。一度理解してしまえば、見えない枷を外されて身軽になった鳥のように、己の心があるところへ向かって飛んでゆくのを感じた。
 
 ビルの外は秋を思わせる涼しい風が吹いている。昼間は太陽が夏にしがみつくような暑さをもたらすが、季節は確実な歩みで進んでいる。
 俺が朔先輩の存在を認識したのは春。まだ二年にあがったばかりの頃だったな……最悪な第一印象だったのに、今は…………。
 
 問題は現在のこじれにこじれた関係だ。もう俺とはプレイしたくないとまで言われてしまったことを思い出し、唇を引き結ぶ。あれが致命的な決裂になっていないといい。

「俺は先輩に謝ってばっかだな……」

 ダメ男にもほどがある。それでも、なんとか赦してもらっていた過去に勇気をもらい、俺は一歩足を踏み出した。

 家に帰ってから食べたパウンドケーキは甘酸っぱいレモンの味がした。まるで俺が遅ればせながら気づいた先輩への気持ちみたいだ。
 薄くスライスされたレモンの皮がほろ苦さを運んできて、だいじにだいじに噛みしめる。こんな状況なのに先輩手作りのものを食べられる幸運に、俺は深く感謝した。
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