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本編
38.素直になりたい
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急いで救急車の元へ向かうと、開いた門の向こうで担架を持った救急隊員が家の中に入っていく。さすが豪邸だ。門から玄関までも広い空間があった。
「アキは? てかアキなのか?」
「まだ見えない」
いきなり家の中に押しかけるのは混乱のもとだろう。僕たちが様子を見ていると担架に人が乗せられて出てきた。
長い脚がはみ出している。――やっぱり、風谷だ。
苦しんでいるというより、意識もなく眠っているように見えた。僕はすぐにでも駆け寄りたい衝動を抑える。
どうしよう、怖い。大丈夫なんだろうか?
担架について家から出てきたのは男性が二人。風谷によく似た父親らしき人と、制服を着た少年……弟か?
気になるが、割り込んで事情を訊くこともできない。家族は心配そうな表情をしているけど、取り乱してはいないのが唯一の救いだ。一刻をも争う状態ではないことがわかる。
父親と思われる人は僕たちの方を一瞬ちらりと見て驚いた顔をする。しかし救急隊員になにかを尋ねられてそのまま救急車に乗ってしまった。
目的地は決まっているのか、すぐにサイレンを鳴らし救急車は走り去ってしまう。
「碧斗くんに聞こう。アキの弟だ」
先立つ木谷の背を追いかけ、救急車を見送ったまま呆然としている少年に声をかけるのを見守った。
風谷の弟は、少し幼い顔立ちをしているものの僕と同じくらい身長がある。あいつの兄弟なら、この子もまだまだ成長しそうだ。
顔のパーツは男前というより綺麗めで、あまり風谷に似ていない。もっとも、途方に暮れた表情はどこか風谷を想起させるし、美形家族であることは間違いないが。
木谷とは面識があるらしい碧斗ははじめこそ気安く応対したが、なにが起きたのかという問いには頑なに口を割らなかった。
「これは家の問題なんです。大丈夫なんで……今日は帰ってください」
「なんでだよ。おれだって親友なんだから知る権利はある!」
木谷くん、強引すぎる理論である。病気だとしたら繊細な問題だし、簡単に第三者へ教えていいものではない。
でも僕にはひとつだけ心当たりがあった。一縷の望みを賭けて、横から口を出す。
「Domの不安症じゃないのか……?」
「え、なんで知って……」
「病院はどこ!」
それさえ分かれば充分だった。Domにはサブドロップに匹敵する言葉はないものの、不安症が重症化することは大いに考えられる。
自分が行ったって意味がないかもしれない。風谷を拒否したのは僕自身なのだ。それを分かっていても、じっとしてなんていられなかった。
僕を真っ暗闇な世界から何度も救ってくれたあいつを、できるなら……今度は俺が助けたい。
病院は予想どおり自分も数日入院したところだった。ダイナミクス専門で入院施設のある総合病院は市内でそこしかない。
(自力で行ける距離か? ……いや、車でも距離があった気がする。タクシーにするか? 財布にいくら入ってたっけ……)
「碧~! じゃあお母さんも行ってくるから! 戸締りだけちゃんと……って、え! 息子くん!?」
病院名を聞いたとたん考え込んでいた僕の耳に、少し離れたところから女性の声が届いた。顔を上げると、開いた車庫の中で車に乗り込もうとする女性の姿がある。
お姉さん……はいないか。ずいぶん若く見えるが、母親らしい。弟はお母さん似だな。
『息子くん』が誰を指すのか疑問だったけど、その目は僕を見ている気がする。僕たちはお互いに駆け寄った。
「あの……僕、飛鳥井っていいます。もし病院に行くなら、一緒に行ってもいいですか!」
「朔くんね! 元気になってよかった……!」
「え?」
「病院で会ったことあるのよ、お母様にもね。さ、悪いけど急ぐわよ。乗って乗って!」
車に乗り込もうとすると、彼女は慌てて助手席から後部座席に荷物を移動してくれた。服ばかりに見える大荷物は、入院することになる息子のためだろう。
内装まで高級感のあるセダン車が、家の敷地を抜けて走り出す。母親の口調は明るいものだったが、ハンドルを掴む手や運転する横顔には焦燥が見えた。
勢いで乗ってしまったけど、家族から見れば僕は部外者だ。余計なことをしてしまったかもしれない。
「すみません、いきなりついてきて」
「朔くんは不安症、大丈夫なの?」
「あ、僕はぜんぜん……」
突然訊かれて、素直になりきれない返事をした。プレイをしていなかったら身体はボロボロになるし、雪さんのお世話になっていても絶好調とは言いがたい。
パートナーのいる人や、薬を継続的に買える余裕のある人が羨ましかった。
「暁はね、不安症の薬が合わないみたいなのよ」
「え……」
「パパの店に行くのも嫌だって突っぱねて、病院でもらった薬を飲みはじめたとたんに体調崩して……不安症とどっちが悪いのかわかんないくらい。それでも薬を飲んでいればDomの欲求は抑えられるし、グレアもちゃんと制御できるようになるらしいんだけど」
パパの店というのは、父親の経営するプレイバーのことらしい。まさかとは思うが、あの店のことだろう。
体調不良の原因が不安症の薬だとは思わなかった。単純に不安性で体調を崩しているだけだと思い込んでいたのだ。薬が駄目だったら、選択肢は実質なくなる。
「いろんな新薬を試したんだけどね、良くなったり悪くなったりで。私やパパのパートナーとプレイさせようとしても、今度は拒否反応で吐くのよ? 信じられないほど頑固というか、潔癖だわ。誰に似たのかしら……私かな」
「……じゃあ、いま運ばれたのは」
「海外で出回ってる薬を試してみたら、倒れちゃって……。いつも冷静なパパが応急処置してくれたから、大丈夫だって、信じてる……」
「…………」
僕のせいだ、という言葉が頭の中を埋めつくす。薬の合わない人がいるなんて、今の今まで考えたこともなかった。
良かれと思って行動したことがぜんぶ裏目に出ている。いや……結局いままでの行動は自分のためでしかなかったのだと、認めざるを得ない。
「アキは? てかアキなのか?」
「まだ見えない」
いきなり家の中に押しかけるのは混乱のもとだろう。僕たちが様子を見ていると担架に人が乗せられて出てきた。
長い脚がはみ出している。――やっぱり、風谷だ。
苦しんでいるというより、意識もなく眠っているように見えた。僕はすぐにでも駆け寄りたい衝動を抑える。
どうしよう、怖い。大丈夫なんだろうか?
担架について家から出てきたのは男性が二人。風谷によく似た父親らしき人と、制服を着た少年……弟か?
気になるが、割り込んで事情を訊くこともできない。家族は心配そうな表情をしているけど、取り乱してはいないのが唯一の救いだ。一刻をも争う状態ではないことがわかる。
父親と思われる人は僕たちの方を一瞬ちらりと見て驚いた顔をする。しかし救急隊員になにかを尋ねられてそのまま救急車に乗ってしまった。
目的地は決まっているのか、すぐにサイレンを鳴らし救急車は走り去ってしまう。
「碧斗くんに聞こう。アキの弟だ」
先立つ木谷の背を追いかけ、救急車を見送ったまま呆然としている少年に声をかけるのを見守った。
風谷の弟は、少し幼い顔立ちをしているものの僕と同じくらい身長がある。あいつの兄弟なら、この子もまだまだ成長しそうだ。
顔のパーツは男前というより綺麗めで、あまり風谷に似ていない。もっとも、途方に暮れた表情はどこか風谷を想起させるし、美形家族であることは間違いないが。
木谷とは面識があるらしい碧斗ははじめこそ気安く応対したが、なにが起きたのかという問いには頑なに口を割らなかった。
「これは家の問題なんです。大丈夫なんで……今日は帰ってください」
「なんでだよ。おれだって親友なんだから知る権利はある!」
木谷くん、強引すぎる理論である。病気だとしたら繊細な問題だし、簡単に第三者へ教えていいものではない。
でも僕にはひとつだけ心当たりがあった。一縷の望みを賭けて、横から口を出す。
「Domの不安症じゃないのか……?」
「え、なんで知って……」
「病院はどこ!」
それさえ分かれば充分だった。Domにはサブドロップに匹敵する言葉はないものの、不安症が重症化することは大いに考えられる。
自分が行ったって意味がないかもしれない。風谷を拒否したのは僕自身なのだ。それを分かっていても、じっとしてなんていられなかった。
僕を真っ暗闇な世界から何度も救ってくれたあいつを、できるなら……今度は俺が助けたい。
病院は予想どおり自分も数日入院したところだった。ダイナミクス専門で入院施設のある総合病院は市内でそこしかない。
(自力で行ける距離か? ……いや、車でも距離があった気がする。タクシーにするか? 財布にいくら入ってたっけ……)
「碧~! じゃあお母さんも行ってくるから! 戸締りだけちゃんと……って、え! 息子くん!?」
病院名を聞いたとたん考え込んでいた僕の耳に、少し離れたところから女性の声が届いた。顔を上げると、開いた車庫の中で車に乗り込もうとする女性の姿がある。
お姉さん……はいないか。ずいぶん若く見えるが、母親らしい。弟はお母さん似だな。
『息子くん』が誰を指すのか疑問だったけど、その目は僕を見ている気がする。僕たちはお互いに駆け寄った。
「あの……僕、飛鳥井っていいます。もし病院に行くなら、一緒に行ってもいいですか!」
「朔くんね! 元気になってよかった……!」
「え?」
「病院で会ったことあるのよ、お母様にもね。さ、悪いけど急ぐわよ。乗って乗って!」
車に乗り込もうとすると、彼女は慌てて助手席から後部座席に荷物を移動してくれた。服ばかりに見える大荷物は、入院することになる息子のためだろう。
内装まで高級感のあるセダン車が、家の敷地を抜けて走り出す。母親の口調は明るいものだったが、ハンドルを掴む手や運転する横顔には焦燥が見えた。
勢いで乗ってしまったけど、家族から見れば僕は部外者だ。余計なことをしてしまったかもしれない。
「すみません、いきなりついてきて」
「朔くんは不安症、大丈夫なの?」
「あ、僕はぜんぜん……」
突然訊かれて、素直になりきれない返事をした。プレイをしていなかったら身体はボロボロになるし、雪さんのお世話になっていても絶好調とは言いがたい。
パートナーのいる人や、薬を継続的に買える余裕のある人が羨ましかった。
「暁はね、不安症の薬が合わないみたいなのよ」
「え……」
「パパの店に行くのも嫌だって突っぱねて、病院でもらった薬を飲みはじめたとたんに体調崩して……不安症とどっちが悪いのかわかんないくらい。それでも薬を飲んでいればDomの欲求は抑えられるし、グレアもちゃんと制御できるようになるらしいんだけど」
パパの店というのは、父親の経営するプレイバーのことらしい。まさかとは思うが、あの店のことだろう。
体調不良の原因が不安症の薬だとは思わなかった。単純に不安性で体調を崩しているだけだと思い込んでいたのだ。薬が駄目だったら、選択肢は実質なくなる。
「いろんな新薬を試したんだけどね、良くなったり悪くなったりで。私やパパのパートナーとプレイさせようとしても、今度は拒否反応で吐くのよ? 信じられないほど頑固というか、潔癖だわ。誰に似たのかしら……私かな」
「……じゃあ、いま運ばれたのは」
「海外で出回ってる薬を試してみたら、倒れちゃって……。いつも冷静なパパが応急処置してくれたから、大丈夫だって、信じてる……」
「…………」
僕のせいだ、という言葉が頭の中を埋めつくす。薬の合わない人がいるなんて、今の今まで考えたこともなかった。
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