嫌われ者のオメガ領主は今日も夫に片想い

おもちDX

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 約一年前に依頼したタペストリーは通常の生産もあるため数年はかかっても仕方がないと思っていたのだ。順調にみんなの技術が育っているからというのもあるし、シェリールに報いようと頑張ってくれたのだと思う。
 それはぜひともすぐに見に行って、労うべきだろう。今回は子どもたちだけじゃなく大人にもおやつを持っていこうかな。

「必ず若手を護衛に連れて行ってくださいませ。騎士団の巡回は続いているとはいえ、ルイ様も近くにいらっしゃらないのですから」
「はいはい、わかってるってぇ……」

 もとより視察の際は一人で出かけることがないシェリールだ。馬にも乗れるが、プライベートでもふらっと一人で出ないのは、やはり二次性のせいで厳しく育てられたからだろう。実のところただのインドアかもしれない。

 シャンス村くらい近いところだと、馬車も使わず徒歩で行く。オメガの侍女やベリエと行くのが基本だったけれど、彼らではいざというときに戦えない。
 とはいえシェリールは護衛など雇っていないため、若くて力のありそうなベータの使用人を連れて行くよう言われている。

 ベリエがワゴンを下げに出ていったあと、執務室の扉がノックされた。すぐに返事をすると入ってきたのはルイだ。もはや条件反射で、シェリールはぴくっと身体を強張らせる。

 ルイの表情からは感情が読み取れない。ただ、少し前まで垣間見せてくれるようになっていた柔らかさは一切感じられなかった。
 シェリールは手元の書類に目を落とし、何気ない風を装って声を掛けた。

「ルイ、どうしたの?」
「任務で、今日から数日家を空ける」
「そう、わかった」

 普段避けているくせにどうしてわざわざ言いに来たんだろう、と思う。結婚当初は使用人から報告を受けて、しばらくいないらしいと知ったものだ。
 そっけない声で返答すると、ルイは一歩シェリールの執務机に近づいてきた。手元に影が落ちる。

「シェリ、なるべく外には出るな」
「……っ。命令しないでよ! 僕が何しようとルイには関係ないでしょう?」

 自分でも神経質になっていたのだと思う。ルイの命令口調に、アルファが他者を従わせようとする威圧的な空気を感じて、顔を上げ反射的に言い返す。
 シェリールが「関係ない」と言った瞬間ルイの目に浮かんだ悲哀の色には気づいたが、おもんぱかることまではできなかった。

「俺は、お前になにかあったら……」
「騎士団の人たちにまた何か言われるって? ……今まで申し訳なかったって思ってる。ルイに迷惑を掛けないよう、しばらく領地の外にも出ないから」
「……は? どういうことだ。誰かに何か言われたのか」
「僕のことを、無理して心配しなくていいんだ。もういいから……出てってよ。仕事中なんだ」

 誰か僕の口を塞いで、と言いたかった。心は涙を流しているのに、ルイを見上げる目は嫌味なほど乾いている。

 エヴェックと話してから自分の中で渦巻いていたものが棘を孕んで口から飛び出し、ルイを攻撃してしまう。離れることでしかこのひどい応酬を止めるすべが思いつかず、シェリールは突き放すようにルイとの会話を打ち切った。

「……役立たずで悪かったよ」
「っ違……!」
 
 役立たずだなんて考えたこともないのに……勘違いさせてしまったのは自分の発言のせいだ。
 けれど反論する前に、ルイは出ていってしまった。バタン!と大きな音を立てて閉まった扉が、二人の関係の終わりを告げたように感じた。

 シェリールは肘をつき、両手で顔を覆った。今さらになって目の奥が熱くなってくる。

(ルイが、帰ってきたら……ちゃんと謝ろう。嫌われ者に婿入りしたせいで、彼が一番迷惑を被ってる……)

 ルイの任務が無事に終わることを祈ったあと、シェリールは顔を上げた。今の自分にできるのは、領主としての仕事を真っ当にやるだけだ。



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