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17.ホリデー・マルシェ
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翌朝、たくさん寝てスッキリ起きた僕は、のうのうと家主の寝床を奪ってしまっていたことに改めて気づき青褪めた。
一階のリビングにあるソファで窮屈そうに寝ているリアンを見たときは、余計に罪悪感でどうにかなりそうだった。ソファも大きめなんだけど、リアンがもっと大きいのだ。
しかし初めてみたリアンの寝顔を、僕はついまじまじと見つめてしまった。
朝の柔らかい日差しに照らされているリアンは、目を閉じていても造形が美しい。長い黒髪は乱れてちょっとセクシーでもある。
でもそれと同時に、力の抜けている顔は年相応の少年のよう。いつも眉間に皺を寄せて難しい顔をしているから、年上みたいに見えるのだ。
こんなにもかっこいい人の元で働けることを、実はちょっとだけ嬉しく、誇らしく思っていた。僕って面食いだったのかもしれない。
ちらっと見たつもりだったのに、気づけばじっくりと観察していた。外から朝鳥の囀りが聞こえてきてハッとする。
僕は大慌てで朝ごはんに取り掛かった。最近は夕飯をつくる際、朝ごはん用のスープとかおかずも一緒に仕込んでおくようになったのだが、昨日はそのスープを自分が食べてしまった。
謝罪と感謝の意が込もった盛りだくさんの朝ごはんができた頃、リアンが起きた気配にあわてて駆け寄る。
「おはようございます。昨日はすみませんでした!」
「もう大丈夫なのか?」
「はい……体調管理もしっかりできないなんて、社会人失格ですよね」
「いや、知らない世界に飛ばされてまだ数か月なんだ。いつも予定の時間を過ぎるまでうちの家事をしてくれてるし、無理しすぎなんじゃないのか?」
「……ありがとうございます。だ、大丈夫ですから」
「え……おい!なんで泣くんだ!」
リアンの優しい言葉に、いつの間にか涙がぽろぽろと零れていた。溢れ出した涙は簡単には止まらなくて、焦ったリアンがガシガシと頭を撫でてくれる。
ひとの優しさが沁みわたる。身体は元気になったけど、心の傷が治るのには時間がかかりそうだ。
しばらく経ってからやっと落ち着いて、洗面所を借り顔を洗う。鏡に映った自分は、目が赤く腫れてすごくブサイクだった。うわ、早く帰らなきゃ。こんな顔、これ以上見せられない!
リアンの身支度が終わって、伏し目がちに食事を提供する。彼が食べているあいだに自分が使ってしまった寝具を洗おうと思っていた。なのに……
「えっ?僕はいいですって!」
「駄目だ。食っていけ」
僕がどれだけ拒否しても、リアンは許さなかった。今日は仕事の日じゃないし、洗濯くらい自分がすると言って聞かないから、諦めて一緒に朝ごはんを食べる。多めに作っておいてよかったー……
お腹は減っていたから、おかずやスープと一緒に、買い置きしてあったパンをもりもり食べる。前にリアンがサンドイッチを買ってきてくれたお店のパンは、どれも美味しいことに気づいてよく買いに行っているのだ。
たくさん作ってあった朝ごはんを平らげてしまってから、また僕は後悔する羽目になった。
「わ、またたくさん食べちゃった!ごめんなさい!」
「……ま、それだけ食べられるなら大丈夫そうだな」
「うーん、リアンと食べるとご飯が美味しくなるみたいです。誰かと一緒に食事をするって、いいですね」
「……そうか」
珍しくリアンは嬉しそうに笑った。グリーンの瞳が朝日を受けてイエローやブルー、複雑な色にきらめく。
ディムルドといるときは笑ったりしているけど、リアンが僕に笑顔を向けてくれることはあんまりない。数瞬の間、見惚れてしまった。
結局その日はそのまま帰ることになった。というか、今日は休みだというリアンが家まで送ると言って聞かなかったのだ。道で倒れたりするかもって、そんなにか弱くないんですが!このふくふくボディを前にしてそこまで心配できるのがすごい。
僕はそこまで人に気を遣われるのが初めてで、なんだかくすぐったい。ただ朝の散歩がてら二人で歩くのもおもしろいかも、と……思ってしまった。
リアンの家から自分の住むアパートまではだいたい二十分。オートバスに乗ることもできるけど、遠くない距離だからいつも歩くようにしている。
午前中だけれど、週末の街は人が多く出ていた。ホリデー・マルシェといって、週末だけ大通り沿いに市がたつのだ。
見栄えがするよう色とりどりの野菜や果物を並べたお店であったり、グラム単位で肉を量り売りしてくれる店もある。中には水槽で泳ぐ魚をその場で捌いてくれるようなお店もあって、見ているだけで楽しい。
花屋では鮮やかな花束を買ってパートナーにプレゼントする老夫婦を見かけて、荒んでいた心がほっこりした。
会話は少なかったけど、リアンは僕の歩くペースに合わせてくれる。でもなんか違和感があった。
……あ!妙に視線を感じるなと思ってやっと、隣に立つ人が有名人だったことを思い出す。スパ・スポールで頻繁に噂にのぼるほど、リアンは人気のアルファなのだ。
二次性を大っぴらにする人は多くないものの、多くのオメガたちには彼がアルファであると分かるらしい。リアンも隠す必要は感じていないようだった。
この視線はきっとこの世界に二割もいるオメガたちや、キラキラしたイケメンのプライベートを垣間見たい異性からのものだろう。
僕は自分が余計な視線を集めないように、心なしか歩くスピードを早めてリアンの前に出た。衆目の中でリアンの隣に立つほど自信なんて持てない。こういうときに堂々とできそうなのは――
一階のリビングにあるソファで窮屈そうに寝ているリアンを見たときは、余計に罪悪感でどうにかなりそうだった。ソファも大きめなんだけど、リアンがもっと大きいのだ。
しかし初めてみたリアンの寝顔を、僕はついまじまじと見つめてしまった。
朝の柔らかい日差しに照らされているリアンは、目を閉じていても造形が美しい。長い黒髪は乱れてちょっとセクシーでもある。
でもそれと同時に、力の抜けている顔は年相応の少年のよう。いつも眉間に皺を寄せて難しい顔をしているから、年上みたいに見えるのだ。
こんなにもかっこいい人の元で働けることを、実はちょっとだけ嬉しく、誇らしく思っていた。僕って面食いだったのかもしれない。
ちらっと見たつもりだったのに、気づけばじっくりと観察していた。外から朝鳥の囀りが聞こえてきてハッとする。
僕は大慌てで朝ごはんに取り掛かった。最近は夕飯をつくる際、朝ごはん用のスープとかおかずも一緒に仕込んでおくようになったのだが、昨日はそのスープを自分が食べてしまった。
謝罪と感謝の意が込もった盛りだくさんの朝ごはんができた頃、リアンが起きた気配にあわてて駆け寄る。
「おはようございます。昨日はすみませんでした!」
「もう大丈夫なのか?」
「はい……体調管理もしっかりできないなんて、社会人失格ですよね」
「いや、知らない世界に飛ばされてまだ数か月なんだ。いつも予定の時間を過ぎるまでうちの家事をしてくれてるし、無理しすぎなんじゃないのか?」
「……ありがとうございます。だ、大丈夫ですから」
「え……おい!なんで泣くんだ!」
リアンの優しい言葉に、いつの間にか涙がぽろぽろと零れていた。溢れ出した涙は簡単には止まらなくて、焦ったリアンがガシガシと頭を撫でてくれる。
ひとの優しさが沁みわたる。身体は元気になったけど、心の傷が治るのには時間がかかりそうだ。
しばらく経ってからやっと落ち着いて、洗面所を借り顔を洗う。鏡に映った自分は、目が赤く腫れてすごくブサイクだった。うわ、早く帰らなきゃ。こんな顔、これ以上見せられない!
リアンの身支度が終わって、伏し目がちに食事を提供する。彼が食べているあいだに自分が使ってしまった寝具を洗おうと思っていた。なのに……
「えっ?僕はいいですって!」
「駄目だ。食っていけ」
僕がどれだけ拒否しても、リアンは許さなかった。今日は仕事の日じゃないし、洗濯くらい自分がすると言って聞かないから、諦めて一緒に朝ごはんを食べる。多めに作っておいてよかったー……
お腹は減っていたから、おかずやスープと一緒に、買い置きしてあったパンをもりもり食べる。前にリアンがサンドイッチを買ってきてくれたお店のパンは、どれも美味しいことに気づいてよく買いに行っているのだ。
たくさん作ってあった朝ごはんを平らげてしまってから、また僕は後悔する羽目になった。
「わ、またたくさん食べちゃった!ごめんなさい!」
「……ま、それだけ食べられるなら大丈夫そうだな」
「うーん、リアンと食べるとご飯が美味しくなるみたいです。誰かと一緒に食事をするって、いいですね」
「……そうか」
珍しくリアンは嬉しそうに笑った。グリーンの瞳が朝日を受けてイエローやブルー、複雑な色にきらめく。
ディムルドといるときは笑ったりしているけど、リアンが僕に笑顔を向けてくれることはあんまりない。数瞬の間、見惚れてしまった。
結局その日はそのまま帰ることになった。というか、今日は休みだというリアンが家まで送ると言って聞かなかったのだ。道で倒れたりするかもって、そんなにか弱くないんですが!このふくふくボディを前にしてそこまで心配できるのがすごい。
僕はそこまで人に気を遣われるのが初めてで、なんだかくすぐったい。ただ朝の散歩がてら二人で歩くのもおもしろいかも、と……思ってしまった。
リアンの家から自分の住むアパートまではだいたい二十分。オートバスに乗ることもできるけど、遠くない距離だからいつも歩くようにしている。
午前中だけれど、週末の街は人が多く出ていた。ホリデー・マルシェといって、週末だけ大通り沿いに市がたつのだ。
見栄えがするよう色とりどりの野菜や果物を並べたお店であったり、グラム単位で肉を量り売りしてくれる店もある。中には水槽で泳ぐ魚をその場で捌いてくれるようなお店もあって、見ているだけで楽しい。
花屋では鮮やかな花束を買ってパートナーにプレゼントする老夫婦を見かけて、荒んでいた心がほっこりした。
会話は少なかったけど、リアンは僕の歩くペースに合わせてくれる。でもなんか違和感があった。
……あ!妙に視線を感じるなと思ってやっと、隣に立つ人が有名人だったことを思い出す。スパ・スポールで頻繁に噂にのぼるほど、リアンは人気のアルファなのだ。
二次性を大っぴらにする人は多くないものの、多くのオメガたちには彼がアルファであると分かるらしい。リアンも隠す必要は感じていないようだった。
この視線はきっとこの世界に二割もいるオメガたちや、キラキラしたイケメンのプライベートを垣間見たい異性からのものだろう。
僕は自分が余計な視線を集めないように、心なしか歩くスピードを早めてリアンの前に出た。衆目の中でリアンの隣に立つほど自信なんて持てない。こういうときに堂々とできそうなのは――
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