36 / 58
36.
しおりを挟む
結局ディムルドが主催した誕生日パーティーで渡すことができたプレゼントは、マフラーだ。日本ではそれが冬の贈り物の定番だったし、なんとなくそれも、人にアドバイスを求めずに自分で考えて選びたかった。
やはり文化の違いがあるようで、その場にいたみんなの新鮮な反応もよかった。僕としては、リアンが嬉しそうに口元を緩めていたから大成功だ。
仕事へ向かうリアンを見送るとき、僕が贈ったマフラーをつけてくれているのを見るたびに、胸がぎゅうっと締め付けられる。
――期待してもいいのかな?
勘違いかもしれないけど……でも。リアンも僕のことを好きかもしれない。
◇
突発的な予定がない限り、スパ・スポールへは欠かさず通っている。特に冬の時期は運動不足になりやすいし、広いお風呂でゆっくり温まれるのもあって、意外と賑わっていたりする。
みんな寒い寒いと言ってるけど、水は凍らないし雪も滅多に降らない。転移前より遥かに過ごしやすくて、僕はずっと徒歩で通っていた。
やっているのは相変わらず有酸素運動が中心だ。ターザと相談してウェイト・トレーニングを織り交ぜたりもするが、僕は筋肉がつきにくいらしい。なんなら筋肉の上に残る薄っすらとした脂肪はぜんぜんなくなる気配がなかった。
そりゃ、前よりはだいぶ痩せたけど……二の腕や腰回り、太ももが若干ぷにぷにしているのはもう仕様と思って諦めるしかない。
この世界に来たころ、運動や仕事を頑張って自分に自信を持てるようになりたい、と思っていたことを思い出す。そこにはキリトにもっと愛されたい、という気持ちも少なからず含まれていた。まぁ、関係は早々に破綻しちゃったけど……それがきっかけとなって、自ら前に進めたとも思える。
――新しい恋もできたし。そろそろ僕も、もう一歩踏み出してみてもいいかもしれない。
「それで、彼がさ~。なぁ、メグム聞いてる?」
「あ、ごめんごめん。オーエンの彼も研究所の人だったんだね」
「そう!だからこの後も待ち合わせてデートなんだぜ~」
僕があんなに悩んでいたのに、久しぶりに会ったオーエンは意気揚々と交際報告をしてくれた。なんと彼は異世界転移研究所に勤める人で、僕がこの世界にきて初めて会った人でもある。
あの『居酒屋によくいるやる気ない店員みたい』だった彼だ。あのときは何とも言えない印象だったけど、オーエンが夢中になるくらいだから良い人なんだろうな。
研究員自体は少ないものの、研究所に務める職員は多くいるらしい。転移してしまった人の身分証の登録や住むところの手配など、事務処理は基本的に研究員以外の職員が行う。講習もそうだ。
バース別で講習を受けたとき、キリトの講師がリアンだったのは偶然で、担当講師の都合が悪くなったから急遽引き受けたとリアンから聞いたことがある。
もうすぐ転移してきて半年。今のところ次の転移の動きはないようだ。
前回の転移で研究が進んで、もしかしたら転移阻止が可能になるかもしれない。僕はまだよかったけど、不本意な人のほうが多いだろうし、リアンたちの研究が報われてほしい。
運動して入浴も終えたあと外に出ると、もう真っ暗だった。この時期は一番日が短い。
さすがに空気が冷たくて背筋からブルッと震えが来る。僕は温まった身体から熱を逃さないようコートの前をしっかりと閉じて、家に向かって歩き出した。
大通り沿いは街灯も多く、夜でも不安はない。しかしスパ・スポールにいるあいだ雨が降っていたみたいで、大きな水たまりがたくさんあった。
ホリデー・マルシェが開催されている週末以外の大通りは、オートバスも含めて車がよく通る。そばを通った車が水たまりを跳ね、何度も水を被りそうになった僕は、何度か通り抜けたことのある脇道に入った。
(こっちなら水を掛けられることはないな……暗いけど)
その小道は細く、車輌の進入もできない。周囲の建物は住居でもないらしく、昼間と違って人通りも少なかった。閑散とした通りはどことなく不気味だ。
自然と小走りになって、あともう少しでまた大きな通りに出る、というところで人とぶつかってしまった。水たまりを避けようと足元ばかり見ていたからだ。
「わ!すみません!」
「…………」
「大丈夫ですか?――うわっ!?」
心配するのも変な気がするほど身体の大きな人だった。身長は僕より少し大きいくらいだが、かなりガタイがいい。
声を掛けたけど返事がないことを不思議に思って、見上げた瞬間――――僕は無人だと思っていた建物に連れ込まれてしまった。
やはり文化の違いがあるようで、その場にいたみんなの新鮮な反応もよかった。僕としては、リアンが嬉しそうに口元を緩めていたから大成功だ。
仕事へ向かうリアンを見送るとき、僕が贈ったマフラーをつけてくれているのを見るたびに、胸がぎゅうっと締め付けられる。
――期待してもいいのかな?
勘違いかもしれないけど……でも。リアンも僕のことを好きかもしれない。
◇
突発的な予定がない限り、スパ・スポールへは欠かさず通っている。特に冬の時期は運動不足になりやすいし、広いお風呂でゆっくり温まれるのもあって、意外と賑わっていたりする。
みんな寒い寒いと言ってるけど、水は凍らないし雪も滅多に降らない。転移前より遥かに過ごしやすくて、僕はずっと徒歩で通っていた。
やっているのは相変わらず有酸素運動が中心だ。ターザと相談してウェイト・トレーニングを織り交ぜたりもするが、僕は筋肉がつきにくいらしい。なんなら筋肉の上に残る薄っすらとした脂肪はぜんぜんなくなる気配がなかった。
そりゃ、前よりはだいぶ痩せたけど……二の腕や腰回り、太ももが若干ぷにぷにしているのはもう仕様と思って諦めるしかない。
この世界に来たころ、運動や仕事を頑張って自分に自信を持てるようになりたい、と思っていたことを思い出す。そこにはキリトにもっと愛されたい、という気持ちも少なからず含まれていた。まぁ、関係は早々に破綻しちゃったけど……それがきっかけとなって、自ら前に進めたとも思える。
――新しい恋もできたし。そろそろ僕も、もう一歩踏み出してみてもいいかもしれない。
「それで、彼がさ~。なぁ、メグム聞いてる?」
「あ、ごめんごめん。オーエンの彼も研究所の人だったんだね」
「そう!だからこの後も待ち合わせてデートなんだぜ~」
僕があんなに悩んでいたのに、久しぶりに会ったオーエンは意気揚々と交際報告をしてくれた。なんと彼は異世界転移研究所に勤める人で、僕がこの世界にきて初めて会った人でもある。
あの『居酒屋によくいるやる気ない店員みたい』だった彼だ。あのときは何とも言えない印象だったけど、オーエンが夢中になるくらいだから良い人なんだろうな。
研究員自体は少ないものの、研究所に務める職員は多くいるらしい。転移してしまった人の身分証の登録や住むところの手配など、事務処理は基本的に研究員以外の職員が行う。講習もそうだ。
バース別で講習を受けたとき、キリトの講師がリアンだったのは偶然で、担当講師の都合が悪くなったから急遽引き受けたとリアンから聞いたことがある。
もうすぐ転移してきて半年。今のところ次の転移の動きはないようだ。
前回の転移で研究が進んで、もしかしたら転移阻止が可能になるかもしれない。僕はまだよかったけど、不本意な人のほうが多いだろうし、リアンたちの研究が報われてほしい。
運動して入浴も終えたあと外に出ると、もう真っ暗だった。この時期は一番日が短い。
さすがに空気が冷たくて背筋からブルッと震えが来る。僕は温まった身体から熱を逃さないようコートの前をしっかりと閉じて、家に向かって歩き出した。
大通り沿いは街灯も多く、夜でも不安はない。しかしスパ・スポールにいるあいだ雨が降っていたみたいで、大きな水たまりがたくさんあった。
ホリデー・マルシェが開催されている週末以外の大通りは、オートバスも含めて車がよく通る。そばを通った車が水たまりを跳ね、何度も水を被りそうになった僕は、何度か通り抜けたことのある脇道に入った。
(こっちなら水を掛けられることはないな……暗いけど)
その小道は細く、車輌の進入もできない。周囲の建物は住居でもないらしく、昼間と違って人通りも少なかった。閑散とした通りはどことなく不気味だ。
自然と小走りになって、あともう少しでまた大きな通りに出る、というところで人とぶつかってしまった。水たまりを避けようと足元ばかり見ていたからだ。
「わ!すみません!」
「…………」
「大丈夫ですか?――うわっ!?」
心配するのも変な気がするほど身体の大きな人だった。身長は僕より少し大きいくらいだが、かなりガタイがいい。
声を掛けたけど返事がないことを不思議に思って、見上げた瞬間――――僕は無人だと思っていた建物に連れ込まれてしまった。
165
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界転移で落ちて来たイケメンからいきなり嫁認定された件
りゆき
BL
俺の部屋の天井から降って来た超絶美形の男。
そいつはいきなり俺の唇を奪った。
その男いわく俺は『運命の相手』なのだと。
いや、意味分からんわ!!
どうやら異世界からやって来たイケメン。
元の世界に戻るには運命の相手と結ばれないといけないらしい。
そんなこと俺には関係ねー!!と、思っていたのに…
平凡サラリーマンだった俺の人生、異世界人への嫁入りに!?
そんなことある!?俺は男ですが!?
イケメンたちとのわちゃわちゃに巻き込まれ、愛やら嫉妬やら友情やら…平凡生活からの一転!?
スパダリ超絶美形×平凡サラリーマンとの嫁入りラブコメ!!
メインの二人以外に、
・腹黒×俺様
・ワンコ×ツンデレインテリ眼鏡
が登場予定。
※R18シーンに印は入れていないのでお気をつけください。
※前半は日本舞台、後半は異世界が舞台になります。
※こちらの作品はムーンライトノベルズにも掲載中。
※完結保証。
※ムーンさん用に一話あたりの文字数が多いため分割して掲載。
初日のみ4話、毎日6話更新します。
本編56話×分割2話+おまけの1話、合計113話。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
異世界に転生したら竜騎士たちに愛されました
あいえだ
BL
俺は病気で逝ってから生まれ変わったらしい。ど田舎に生まれ、みんな俺のことを伝説の竜騎士って呼ぶんだけど…なんだそれ?俺は生まれたときから何故か一緒にいるドラゴンと、この大自然でゆるゆる暮らしたいのにみんな王宮に行けって言う…。王宮では竜騎士イケメン二人に愛されて…。
完結済みです。
7回BL大賞エントリーします。
表紙、本文中のイラストは自作。キャライラストなどはTwitterに順次上げてます(@aieda_kei)
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる