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しおりを挟む「あいつが薄汚い男娼なんかを番にして、嫁に取るとか言い出したのはお前のせいだろう! 息子には王族の姫を降嫁させる予定なんだ。邪魔をしてくれるな!」
「閣下、私は公爵家に迷惑をかけようなんて微塵も考えておりません。イデアル様には、もう来なくていいと伝えてくださいな」
「偉そうに指図するな! あいつが私の言うことをちっとも聞かないのも、お前が誑かしたせいなんだろう。我が家の財産を奪おうとしていることくらい、わかってるんだからな! 警吏に突き出してやる。悪評がつけばこんな店、すぐに潰れるだろうな」
ネージュがなにを言っても公爵の怒りは収まらず、むしろヒートアップしていった。自分については何を言われても平気だが、店のことで脅されるとネージュの顔からも血の気が引く。
冤罪でも捕まれば取り調べを受けるし、歓楽街では噂なんてすぐに広がる。ひとりの花車と現公爵の言葉では、重みが異なるのだ。
公爵ほどの権力があれば、多くの貴族を顧客に持つシャルムなんて生かすも潰すも簡単なことだろう。
「違います。そんな……」
「口答えするな!」
「ぅ、ぐっ……」
襟元を掴み上げられて、苦しさに呻く。用心棒はまだなの……!?
ここにネージュを助けてくれる人なんて一人もいない。自分のせいだ。勝手に発情期を起こしてイデアルを、店を巻き込んでしまった。
意識が遠のきかけ、後悔の海に沈みかけたネージュを救ったのは――覚えのある香りだった。
「父上! 何をしているんですか!」
「お前ぇぇ! いつの間に戻ってきた!」
三ヶ月前の出会いを彷彿とさせる登場だった。
ネージュはふらついた体が背後の逞しい体に受け止められるのを、泣きたい気持ちで感じていた。
一度しか会ったことがないのに……途方もなく安心するのは、なぜなんだろう。
息子のことを「あいつ」や「お前」としか呼ばない父親との関係は想像以上に悪そうだ。ネージュが口を挟む隙もなく二人の口論が始まって、あたふたしてしまう。
イデアルの方が鍛えた体をしていて、公爵は明らかに弱そうだ。しかし父親に手を出すつもりはなさそうだった。
振り返って見上げると、少し瘦せて疲れを滲ませた表情のイデアルがいた。「戻ってきた」と公爵は言っていたし、どこかへ行かせられていたか騎士の任務で遠くへ行っていた可能性もある。
(もしかしたら、来たくても来られなかっただけなのかも……)
ほんのりと期待が生まれて、胸が熱くなる。ネージュは無意識に体を反転させ、イデアルの胴に抱きついた。
ここが人前であるとか、相手が親子喧嘩の最中だとか、そんなものは発情期の番への欲求を前にしては障壁にもならない。
ビクッと固まったイデアルは、恐る恐るという感じでゆっくりとネージュを見下ろしてきた。ネージュの乱れてはだけた胸元からは火照ってしっとりとした肌が見え、番だけを誘うフェロモンが体から発せられている。
「ん゙んっ」
「わっぁ……!」
大きな咳払いをしたイデアルにネージュは抱え上げられた。オメガの中では小柄でもない自覚があるのに、ほぼ片手で持ち上げられると自分が幼子になってしまったみたいだ。
イデアルが店の階段に向かって足を進めると、その背中に公爵の怒鳴り声がかかる。
「おいっ、下劣な男娼なんかに入れ込みやがって……それでも私の息子か!? お前には心底がっかりだ。騎士なんてやめて、家のために働け! おい、無視するな! 騎士団なんて辞めさせてやるからな!!」
「うるさい!」
公爵の言葉に反論したのは、抱えられてイデアルの肩口から見ていたネージュだった。まさか『男娼なんか』に言い返されると思っていなかったのか、公爵の顔は赤を通り越してどす黒くなった。
「な、なんだと!? お前如きが私に、直接口を聞くこと自体間違って……」
「イデアルのこと、道具みたいに言うな! 権力だけ振りかざすあんたより、騎士の方がよっぽど立派じゃんか!」
「ネージュ……」
ネージュは自身が子どもみたいな物言いをしていることに気づかなかった。落ち着いていた発情の熱はもはや耐え難いほどに高まっていて、理性なんて残っていないのだ。
現にイデアルに昂った腰を押し付けているのも無自覚で、公爵に好きなことを言ってから「ね、三階の奥が私の部屋だから。早く行こ?」と耳元で囁いて赤面させている。
公爵がその後どうしたのかはわからない。見えなくなってからまた喚いていた気もするが、寝台の上に投げるように押し倒され、すでに臨戦態勢になったものを充てがわれてしまうと他のことはどうでもよくなった。
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