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二章_本編
十四話
しおりを挟む「兄上がなにも思って下さらないのは私がまだ子供だからですか?」
「ヴィン…。」
そう言うヴィンセントの顔は何故か悲しそうな顔をしていた。
俺はその言葉を聞き頭を傾げながらも答える。
「思うもなにもこれは君なりの親睦の深め方なのだろう。」
当然のように答える俺はその言葉を聞きポカン、とするヴィンセントの頭を撫でる。
なにかおかしな事言っただろうか。
アランに言われ俺なりに考えた結果なのだが。
そう思いながら未だに固まっているヴィンセントの顔に、覗き込んだ俺の髪がパラパラと頬を掠める。
「ヴィン…、どうしたのだ。」
「いえ…。意識されるされない以前の問題に少しショックを受けていただけです。」
「……は?」
「なんでもありませんっ! それよりも兄上、寒くはありませんか? 先程震えていらっしゃいましたので。」
俺の髪を手で取り、不安気な表情を浮かべるヴィンセント。
前半の言葉の意味は良く分からないが先程とは雰囲気が違う感じを見るに普段のヴィンセントだ。
自分の保身の安堵に表情を少し緩めると髪を持っていた手に頬を寄せる。
「なっ…! あ、兄上?! な、なにを。」
プシューという音とともに顔が赤くなるヴィンセント。
不思議に思いながらもあたふたしているヴィンセントの手から頬を離す。
それにしても二人して池に落ちた後だ。
服は濡れ、しわで透けているところもあってみっともない。
ヴィンセントの行動に疑問を抱きつつも着崩れていた自分の服を直す。
「…ヴィン。」
「なんでしょう。」
「寒い。」
「え、えぇほんとに。 私があんな事してしまったばっかりに…。」
でも後悔はありません。と続けるヴィンセント。
じゃあなんで言った??
別に言わなくてもいいだろうに。
そう思っているのが顔に出ていたのかヴィンセントは苦笑いをしていた。
「ハハハ、、本当にすみません。」
本当に悪いと思っているのか……。
内心呆れで立ち上がる。
「…まぁ過ぎたものは仕方がない。気にするな。」
それよりも染みた水のせいで体が重い。
ぎゅっと服の裾の水を絞りながら飛んでいる鳥に目がいく。
そこでふと違和感に気付いた。
「ヴィン、あの方角。少しおかしくないか。」
「ん、おかしい?」
服を絞りながら答えるヴィンセントに俺は草むらの方に指を指す。
「動物があそこの草むらから逃げるように動いている。」
「確かに……。 少し見に行ってきます。兄上はそこでゆっくりしていてください。」
「あぁ。」
そう言い、草むらの方へ走っていくヴィンセントを見つめた。
慎重に進んでいくヴィンセントを横目で見ながら荒れた髪に巻いている紐を取り、ハーフアップではなく一つで纏め括り直す。
「…兄上。」
すると神妙な顔をしたヴィンセントが此方に呼びかける。
「何かあったのか。」
「いえ、なんというべきか。」
「おかしなものでも落ちていたのか。」
そう言いながら言葉を濁らせるヴィンセントに違和感を覚え、俺は首を傾げる。
何かあったのだろうか、とそんな不安な気持ちを胸に草むらの方へと歩いていくと知らない女性の声が聞こえた。
「そこに誰かいるのか。」
「兄上。その……どうしましょう。これ」
そう言いながらヴィンセントの足にしがみつく女性を指さす。
「…この女性は誰だ。」
「私にも分かりません。 さっき私が声を掛けた途端にこれですから……」
鬱陶しいと、溜息をつきながら答えるヴィンセントに、呆れたように見つめ頭を抱える。
どうにもヴィンセントは俺とアラン以外には態度があまり良くない。
母上と父上ですら大きくなってから、俺絡みでなければ自分から話しかけに行くこともまず無い。
これも俺に申し訳ないとかそういう理由だったら流石に俺も心が痛い。
遠くから見つめるだけだが最近、母上の様子がおかしいのも確かだ。
ヴィンセントにまで支障が出るとは……。
やはり両親との仲をどうにかしなくてはならないな。
そんな事を考えながらヴィンセントに手を伸ばした時、這い蹲る女性から声が聞こえた。
「お願いっ! 誰でもいいの、私を助けて!」
ゆっくりと立ち上がり、ヴィンセントの胸に抱きついたかと思うと涙ぐみながら此方をみる女性。
女性は俺とヴィンセントに縋り付くように服を掴む。
その行動にヴィンセントは呆気に取られていた。
「…は?」
「お願い、助けてッ! このままじゃあの人に殺されちゃうのっ! それに私と話した貴方達だって危ない、こんな所あの人に見られたらって考えたら……、」
異常な程に震えながら泣き叫ぶ見知らぬ女性に
俺はヴィンセントと目を見合わせおそるおそる話しかけた。
「まず弟から手を離せ。話はそれからだ。」
掴む手を睨むと瞬時に地面に手を下ろす姿にまた、俺は話始める。
「あの人とは一体誰か知らないが私達に君を助けるギリなどない。それとも助ければ何か私達に得になることでもあるのか。」
「兄上の言う通り。見知らぬお前を助けるギリなど俺達にはない。 それに信用出来ない。まさか騙そうとしてるのではないな。」
冷たく告げるヴィンセントに女性は素早く首を横に振る。
「一つ……一つだけ貴方達の得になるかもしれない事を私は知ってるっ! だからお願い、話を聞くだけでいいの! お願いだから私を安全な場所に連れて行ってっ!」
「平民であるお前が何を知っているという? 兄上も忙しいのだ。 くだらぬ戯言にいちいち耳を傾けてられるか。」
ヴィンセントの言う言葉に可哀想だと思いながらも手は貸さずその場をじっと見つめる。
いちいち平民の戯言など聞いていたら時間などいくらあっても足りないし、大半は貴族の気を引くための嘘ばかり。
前世の俺なら助けていたかもしれないが今世では違う。 平民に殺される事案など少なくないのだ。
だからこそ俺やヴィンセントも警戒し、一つ一つ行動を見極める。
暫くして何も言えず唇を噛んでいた女性の手に目がいく。
手の震え。
この震え方は尋常ではない。俺達を騙そうとする気があったとしても手を見るに何かに怯えているのは嘘じゃなさそうだな。
そう思うと、横にいるヴィンセントに視線を向ける。
ヴィンセントも手の震えには気づいていたようで決心した俺は溜息をつき屋敷の馬車のことを考える。
確か家にある馬車なら四人程乗れるだろうと。
二人の元から少し離れ、魔法陣を地面に書く。
すると、ボンッと可愛らしい音と共に現れる白く丸々としたコウモリにアラン宛に手紙を渡すように伝える。
羽ばたく使い魔を見つめ、
とにかくこれで大丈夫だろうと。
まぁ、女性のこのボロボロの姿だと街に着いてから目立つが……仕方ないか。
その様子を見ていたヴィンセントが焦ったように話しかけてくる。
「兄上……。本当によろしいのですか? あの女。嘘はついてないようですがいつ裏切るか分かりませんよ。なにせ平民。そういう演技に長けているでしょうから。」
「ヴィン、平民を見下してはいけない。同じ人間なのは確かだ。 それに何か起きれば責任を負うのはあの女性だ。 好きにさせればいい。」
「それはそうですが……。では一体何故あの女を助けたので?」
「彼女が言っていた事が少々気になる。」
「……あぁ、私達にとって”得”になる事ですよね。けどその言葉嘘の可能性もあるのでは?」
俺は頷き、一人花を見つめる女性に視線を向ける。
「確かに。 その可能性は十分にあるし私も理解している。けれど怯える姿を見てそれもいいかな、と思ってしまったんだ。」
「納得できないか?」
多分、俺は今困った表情をしているだろう。
けれど何故そう思ったのかは俺の前世の良心が関係しているのだろう。
困っている女性を少なくとも今の俺は見過ごせなかった。
「いや、納得は出来ます。ただ…。」
困ったように言うヴィンセント。
「ただ……どうしたのだ。」
「……納得はしましたし慈悲深い兄上に感動も致しましたが……なにせせっかく二人きりになれる時間が少なくなるな、と。」
そう言われ俺は目を見開く。
「まさかそんな理由で言葉を濁していたのか……。」
「すみません。けれどその事がずっと引っかかってしまっていて。」
その言葉を聞き、
俺はあまりの可愛さに少し頬が上がるのを感じた。
「安心しなさい、 例え四人になったとして君と私の時間が少なくなるとは限らない。それに少なくなったとしても作ればいい話だろう。」
「……ですが!何か面倒な事に巻き込まれている気がしてならないのです。」
「それは私も薄々気がついている。だが私が決めた以上放っておく訳にもいかない。それにこの問題が解決したとして私達は元より別の目的がある。 それを終わらせるまで二人きりなど今まで以上には取れないだろう。」
「……すみません、わがままを言ってしまって。」
「いや、気にするな。仕事とは言っても自由の時間くらいはある。 その時に二人で何処か行くのでも良いだろう。」
「…ッ! つまりそれってデートって事ですか?!」
やけに食い気味にくる姿に驚くものの、子供のようにはしゃぐ様子を見て段々可愛く見え、右手でヴィンセントの頭を撫でる。
そういえば前世を思い出してから主人公には頭を撫でてばかりだ。
「私達は血は繋がっていないにしろ兄弟だ。デートでは無い。」
「ですがデートって言うのは好きな人とお出かけすることを指すのでは?」
「確かにそうだが……。」
「ではやはりデートですね。兄上のこと大好きなので。」
そう言いながら眩しい笑みを浮かべるヴィンセントに俺は恥ずかしさと嬉しさで何も答えることが出来なかった。
兄弟愛ではデートと言えないだろうに……。
けれどそんな俺に期待した瞳で見つめてくるのが照れくさくて
「……お前がそれで満足するなら構わない。」
そう答えると嬉しそうに撫でていた俺の手を握ってきたので何故か俺もその笑顔をみて嬉しくなりアランが来るまでその状態で待っていた。
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