隠れ聖女ですが、この度命の恩人の騎士様に惚れましたので、誠に勝手ながら、人知れず恩返しさせていただきます

あやむろ詩織

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  完全に油断していた。

  ここ数ヶ月で、行き慣れている森への薬草採取。
  村を出たところで、ローブの胸元の部分が破れていることに気付いたが、大したことないと過信して、森に入ってしまった。

  そのせいで今、生命の危機に瀕している。

  恐怖で足がガクガク震えるのを、必死で抑えながら後ずさる。
  鼓動が激しく音をたてて、外に漏れ出してしまいそうだ。

  目の前に、訳あって天敵の巨獣がいた。

  名をハウンド・ベアーという。身の丈は成人男性の二倍くらいで、まるで棘のような毛が全身を覆っている。剥き出しの牙から涎がダラダラと垂れているのが遠目に見える。

  凶悪で残忍。理性を持たない四足歩行の熊型魔獣。

  最悪なのが、この魔獣には物理攻撃しか効かないことだ。

  ーーどうしよう‥‥‥!

  咄嗟に防御結界を張った。ハウンド・ベアー相手だと、二回くらいしか攻撃を防げない。まだ気付かれてはいないが、見つかるのも時間の問題だろう。

  ーー自由に生き始めたところだったのに、こんなところで終わってしまうの⁉︎そんなの絶対にいやっ‼︎

  ガサリ。

  ーーしまった‼︎

  逃げるのに気が急いて、足元の草木を踏みしめてしまった。

  魔獣が背後の存在に気付く。
  醜悪な顔に、愉悦を滲ませて、振り返る。

  ーー終わった‥‥‥。

  瞬間、閃光が走った。
  死を悟り、瞬きすら出来ない私の前で、魔獣がスローモーションで崩れ落ちる。

  ーーなに?なにが起こったの⁉︎

  「怪我はないか?」

  重低音の、耳馴染みの良い声音が、静かに響く。
  声がした方に顔を向けると、大剣を手にした偉丈夫が居た。

  詰襟の黒い軍服に、揃いのマント。
  マントには辺境砦所属の紋章が刻まれている。
  左胸にある金細工の徽章は、何度も間近で見たことがある。彼が辺境伯領の兵士ではなく、王国から配属された騎士であることが伺える。

  騎士様は、剣の血糊を払って、私の元に向かってくる。

  厳しい表情をしているが、あれは私を心配してくれているのだろうか。

  硬そうなアッシュグレイの髪、琥珀色の瞳。
  服ごしでもわかる鍛え抜かれた体。
  長いリーチで、飛ぶように私のところまで近づいてくる。

  その姿は、キラキラと後光が差していて、眩しく、尊い。

  騎士様が、がっしりとした腕を私に差し伸べた。

  「声が出ないのか?」

  腰が砕けた。
  あまりの格好良さに‥‥‥。

  崩折れて、アホみたいに口を開け、見惚れる私に、騎士様が不安そうに眉根を寄せる。

  ーーそんな表情も素敵っっっ‼︎

  ズキューンときました。
  春です。
  恋です。
  運命です!

  どうか、あなたの側に置いてください‼︎
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