隠れ聖女ですが、この度命の恩人の騎士様に惚れましたので、誠に勝手ながら、人知れず恩返しさせていただきます

あやむろ詩織

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1 隠れ聖女、はじめました

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 エヴァンデール王国。

 豊かな水脈と肥沃な土地を持つ、大陸でも有数の農業大国である。
 穏やかな気候とあいまって、国民の気質もどことなくのんびりとしている。

 他国からすれば、喉から手が出る程、欲しい土地だが、建国300年の間、容易に手出し出来ないのは、精霊に守られている国と広く認知されているからだ。

『作物も育たぬ枯れた土地に、一人の乙女あり。乙女は、来る日も、来る日も、土地の世話をし、作物を育てようとしたが、甲斐無く死んでいった。しかし、乙女の献身に感銘した精霊王が、慈悲を与えると、息を吹き返し、乙女は聖なる存在として生まれ変わっていた。聖女の加護により、豊穣になった土地に人々が集まり、そうして、エヴァンデール王国が建国された』

 建国史の冒頭の一節だ。

 建国以降、エヴァンデール王国には、どの時代にも一人、聖女が生まれる。
 同時代に一人しか生まれない聖女は、精霊に愛され、土地に加護を与える存在。
 大切にすれば繁栄を、逆に蔑ろにすると、精霊によって制裁という名の罰が与えられる。
 そのため、国は聖女を厚く保護することによって、国を富ませてきた。

 そういった事情が、国内外にも浸透した背景には、200年程前の大事件に対する畏怖があるらしい。
 国の恥として、歴史書に詳しく残されてはいないが、どうやら、時の政権で、聖女を害した者がいたという。
 その結果、国を巻き込み、とんでもない事態に陥り、他国にも飛び火したらしく、現在でも、手出しをしたら不味い国だと語り継がれているという。

**********

 確かに、聖女に害意を為したら大変なことになるだろう。

 私は、使い古された鉢で薬草をねりねりしながら、独り言ちた。
 精霊たちは、大変に、聖女思いの良い子たちだから。

「アリアー!湿布薬なくなったー」
「アリアー、お腹すいたー」
「クッキーほしいー!!」

 狭い小屋に、甲高い声音が幾重にも響く。
 仕事場兼リビングダイニングの唯一のテーブルで、額に汗しながら、回復薬を調合していた私の周りには、蝶々のような存在がいくつも舞っている。
 よく見ると、蝶々ではなく、羽を背中につけた掌サイズの人型精霊だ。

「はいはい」

 私は、精霊たちのいつもの様子に、おざなりに返答して、調合する手を止めない。今日はまだまだやりきってしまわなければならない仕事があるから。

「はい、は一回!」
「一回!!」

 キャハハと笑いながら、空中を舞う精霊たちは陽気だ。
 他所事に集中しながらも、ついつい笑みを誘われて、ほんわかした気持ちになる。

 私のもとには、いつも日替わりで、色々な精霊たちが顔を出す。
 それというのも、私がエヴァンデール王国の建国記で語られた、この時代の唯一の聖女だから。

 現在私がいるのは、王都から遠く離れた、辺境伯領の片隅にある小さな村。
 その一角、昔、薬師が暮らしていた古ぼけた小屋を、なんとかリフォームして暮らしている。

 最近、辺境の村に移住してきた、腕がいいと評判の薬師、それが私アリアです。
 肩書は聖女。故あって、家名を捨て、王都を出奔して参りました。
 現在隠れ聖女をしております。

「アリアー、仕事終わったー」
「終わったー!」

 村人のために処方したいくつもの薬を、麻布で作ったショルダーバッグにきちんと詰めて、今日の調合はおしまい。

 夜が明ける前から作業し続けていたので、さすがに体が強張っている。
 こきこきと首を鳴らしながら、軽くストレッチする私の周りに、精霊たちが集まってきた。

「ええ。お茶休憩しましょう」

 にっこり笑って、話しかける。部屋の隅っこにある、こじんまりとしたキッチンに向かうと、心得たとばかりに、一人の精霊が戸棚を開けてくれた。
 その戸棚の中には、事前に精霊たちのために作り置きしておいたクッキーが保管されている。
 体の小さい精霊たちが食べやすいように、一番小さい型で焼いたクッキーの中には、砕いた木の実がたっぷり入っていて、香ばしくて美味しくてくせになる、大人気なおやつだ。

 精霊たちが、先を争うようにクッキーにかじりつく姿を微笑ましく見守る。
 私が薬草茶を淹れている間に、大皿に山盛りだったクッキーの大半は消費されていた。
 
 普通の人は、精霊の存在を目視することが出来ないので、きっとクッキーが消えていると思うだろう。
 しかし、聖女の私には、色とりどりの小さな精霊たちが、透き通った羽を広げて、美しく舞う姿が見えるし、陽気で善良な彼らと言葉を交わすし、気持ちを通わせることができる。

 私は幸せ者ね。

 住み慣れた王都から遠く離れて、知り合いの一人もいない寒村で、楽しく過ごしていけるのも、精霊たちのおかげだわ。
 精霊王様には心から感謝をしなくては。
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