19 / 19
第19話 投げKISSをあげるよ
しおりを挟む
掛け時計はちょうど16時59分を指していた。カチカチという秒針の微かな音が静かな第2多目的室に響いている。耳を澄ますと軽音楽部のギターの演奏の音も聞こえる。あれは、andymoriの『投げKISSをあげるよ』か。掛け時計の隣には、世界遺産の写真がついたカレンダーが掛けられている。
「文化祭から2週間かぁ」
カレンダーを見ながら、ヒマリは呟いた。今日は9月22日。退屈な木曜日だ。
「そうね」
アカネがカードを出しながら言った。あがりのようだ。僕たちはいま大富豪をしている。もちろん発案はアカネ。
僕もカードを出しながら言った。
「でも、長い二週間だったなぁ」
そう。文化祭後の1週間は本当に長かった。クラスでは目立たぬ存在だった僕たちは、一躍学校中の有名人になってしまったのだ。
ヒマリはライブを見たクラスメイトたちから毎日のようにカラオケに誘われているらしい。今日も少し声が枯れているような気がする。カラオケでクラスメイトたちと前より仲良くなったようで、たまにヒマリの様子を覗きに行くアカネ曰く、「少し口が悪かった」らしい。素が出始めているのだろう。
一方、僕とアカネはライブのときにキスしていたところをクラスメイトに目撃されていたようで、あの日からまるで夫婦のような扱いを受けている。アカネはクラスメイトの女子たちに僕の好きなところをしつこく聞かれたらしく、いかにも迷惑そうにしていたが、表情を見る限り満更でもないようだ。少しずつクラスメイトと話す機会も増えてきているような気がする。そんなアカネの様子を嬉しそうに眺めていると、近くのクラスメイトたちが僕のことをニヤニヤしながらイジってくる。中にはアカネをどう口説いたのか教えてくれないかと恋愛相談を持ちかけてくる者までいた。
そんなこんなで、クラス内での僕たちの生活は一変したのだが、この第2多目的室での過ごし方は何ら変わらない。そしてやっぱりこの場所が一番落ち着くのだ。
「有名人って面倒くさいんだね。初めて知ったよ。私、死んでも芸能人にはなりたくないな」
ヒマリは少し枯れた声で呟いた。萎れているヒマリを見てアカネは笑いながら言った。
「有名であっても、そうじゃなくても私たちは私たちよ。堂々としてればいいわ。それこそ、投げKISSをあげるようなつもりでね」
「そういえば二人とも、月刊文集に出す作品はもう書いた?」
ヒマリが尋ねた。月刊文集? 僕とアカネは顔を見合わせる。
「忘れたの? 部の活動内容がはっきりしてないって話だったから、一人一作ぐらいは何か書こうって話したじゃん」
そういえばそうだった。ヒマリが入部届を出したときに、部の活動内容を月刊文集への作品提供としたことを生徒会に伝えたんだった。すっかり忘れていた。
「そういうヒマリは何か書いたの?」
アカネが尋ねるとヒマリは今日刊行されたばかりの月刊文集を机のうえに出した。開いて見ると、確かに目次に島﨑向葵とある。作品名は……『優等生ヒマリの憂鬱』。少し読んでみると、その名の通り読んでいる側が憂鬱になりそうな文章から始まっている。何ていうか、苦労してるんだな……
「っていうか私たちも出てきてるじゃない!? 出演料払いなさいよ、出演料」
「別に出演料はいらないから自由に書いていいわよって言ってたけど?」
「誰よそんなこと言ったのは!?」
「アカネちゃんだよ」
「誰よアカネちゃんってのは!?」
お前だよ。っていうか勝手に僕の出演料もタダにしたのか。まあ、元々請求するつもりはないけど。
「とにかく、二人とも、ちゃんと何か書いてよ」
「はーい」
僕とアカネは小学生みたいに返事をした。
「ところでアカネちゃん、それは何?」
ヒマリはアカネの側に置いてある旅行雑誌を指さした。
「福井。今度コーセーと行くつもりなの」
発案は僕だ。僕が一緒にどこかに遠出したいと言ったらアカネは喜んで了承してくれた。それどころか自分で観光雑誌を買って、当日どこに行くか毎日のように考えている。大阪旅行も楽しんでいたし、自分から行こうとしないだけで、意外と旅行好きのようだ。
「そうだ。ヒマリも一緒にいかない?」
僕が言うと、ヒマリがブンブン首を振った。一秒間に10回は振ってる。そんなに振ったら首痛めるよ。
「二人のデートの邪魔はできないよ」
「別に気にしないわよ。デートならいつでも出来るし。それに、賑やかになっていいじゃない」
僕も頷く。ヒマリは少し悩んだ後、妙に自信あり気な顔で、
「じゃあこのゲームに負けたら行くね」
そう言ってヒマリはカードを出した。手札によほど自信があるのか。
僕はカードを出すまでの一瞬、あの夏休みを思い出した。僕は思う。生きるということは、とても辛いことだ。居場所を失ったり、自信を失ったり、親友を失ったり、僕らは多くの物を失い、その度に明日を信じられなくなる。もういっそ、夜が明けなければと思う。だけど、親友や恋人、そして家族。側にいる人たちの言葉が、想いが、僕たちの心に風を吹かし、太陽が煌めく明日へと導いてくれる。諦めかけた人生が、一瞬にして希望に満ち溢れる。
これは友情とか愛とか、そんな大したものではない。小さなきっかけから自分自身を変革する、そういう地球上の片隅で行われる些細な営みだ。しかし、この営みに、もし名前をつけるなら、僕は少しばかり奮発して、大袈裟な名前をつけてやろうと思うのだ。
僕は同じ数字のカードを4枚同時に出した。ヒマリの顔が歪む。僕は明るい声で宣言した。
「革命」
「文化祭から2週間かぁ」
カレンダーを見ながら、ヒマリは呟いた。今日は9月22日。退屈な木曜日だ。
「そうね」
アカネがカードを出しながら言った。あがりのようだ。僕たちはいま大富豪をしている。もちろん発案はアカネ。
僕もカードを出しながら言った。
「でも、長い二週間だったなぁ」
そう。文化祭後の1週間は本当に長かった。クラスでは目立たぬ存在だった僕たちは、一躍学校中の有名人になってしまったのだ。
ヒマリはライブを見たクラスメイトたちから毎日のようにカラオケに誘われているらしい。今日も少し声が枯れているような気がする。カラオケでクラスメイトたちと前より仲良くなったようで、たまにヒマリの様子を覗きに行くアカネ曰く、「少し口が悪かった」らしい。素が出始めているのだろう。
一方、僕とアカネはライブのときにキスしていたところをクラスメイトに目撃されていたようで、あの日からまるで夫婦のような扱いを受けている。アカネはクラスメイトの女子たちに僕の好きなところをしつこく聞かれたらしく、いかにも迷惑そうにしていたが、表情を見る限り満更でもないようだ。少しずつクラスメイトと話す機会も増えてきているような気がする。そんなアカネの様子を嬉しそうに眺めていると、近くのクラスメイトたちが僕のことをニヤニヤしながらイジってくる。中にはアカネをどう口説いたのか教えてくれないかと恋愛相談を持ちかけてくる者までいた。
そんなこんなで、クラス内での僕たちの生活は一変したのだが、この第2多目的室での過ごし方は何ら変わらない。そしてやっぱりこの場所が一番落ち着くのだ。
「有名人って面倒くさいんだね。初めて知ったよ。私、死んでも芸能人にはなりたくないな」
ヒマリは少し枯れた声で呟いた。萎れているヒマリを見てアカネは笑いながら言った。
「有名であっても、そうじゃなくても私たちは私たちよ。堂々としてればいいわ。それこそ、投げKISSをあげるようなつもりでね」
「そういえば二人とも、月刊文集に出す作品はもう書いた?」
ヒマリが尋ねた。月刊文集? 僕とアカネは顔を見合わせる。
「忘れたの? 部の活動内容がはっきりしてないって話だったから、一人一作ぐらいは何か書こうって話したじゃん」
そういえばそうだった。ヒマリが入部届を出したときに、部の活動内容を月刊文集への作品提供としたことを生徒会に伝えたんだった。すっかり忘れていた。
「そういうヒマリは何か書いたの?」
アカネが尋ねるとヒマリは今日刊行されたばかりの月刊文集を机のうえに出した。開いて見ると、確かに目次に島﨑向葵とある。作品名は……『優等生ヒマリの憂鬱』。少し読んでみると、その名の通り読んでいる側が憂鬱になりそうな文章から始まっている。何ていうか、苦労してるんだな……
「っていうか私たちも出てきてるじゃない!? 出演料払いなさいよ、出演料」
「別に出演料はいらないから自由に書いていいわよって言ってたけど?」
「誰よそんなこと言ったのは!?」
「アカネちゃんだよ」
「誰よアカネちゃんってのは!?」
お前だよ。っていうか勝手に僕の出演料もタダにしたのか。まあ、元々請求するつもりはないけど。
「とにかく、二人とも、ちゃんと何か書いてよ」
「はーい」
僕とアカネは小学生みたいに返事をした。
「ところでアカネちゃん、それは何?」
ヒマリはアカネの側に置いてある旅行雑誌を指さした。
「福井。今度コーセーと行くつもりなの」
発案は僕だ。僕が一緒にどこかに遠出したいと言ったらアカネは喜んで了承してくれた。それどころか自分で観光雑誌を買って、当日どこに行くか毎日のように考えている。大阪旅行も楽しんでいたし、自分から行こうとしないだけで、意外と旅行好きのようだ。
「そうだ。ヒマリも一緒にいかない?」
僕が言うと、ヒマリがブンブン首を振った。一秒間に10回は振ってる。そんなに振ったら首痛めるよ。
「二人のデートの邪魔はできないよ」
「別に気にしないわよ。デートならいつでも出来るし。それに、賑やかになっていいじゃない」
僕も頷く。ヒマリは少し悩んだ後、妙に自信あり気な顔で、
「じゃあこのゲームに負けたら行くね」
そう言ってヒマリはカードを出した。手札によほど自信があるのか。
僕はカードを出すまでの一瞬、あの夏休みを思い出した。僕は思う。生きるということは、とても辛いことだ。居場所を失ったり、自信を失ったり、親友を失ったり、僕らは多くの物を失い、その度に明日を信じられなくなる。もういっそ、夜が明けなければと思う。だけど、親友や恋人、そして家族。側にいる人たちの言葉が、想いが、僕たちの心に風を吹かし、太陽が煌めく明日へと導いてくれる。諦めかけた人生が、一瞬にして希望に満ち溢れる。
これは友情とか愛とか、そんな大したものではない。小さなきっかけから自分自身を変革する、そういう地球上の片隅で行われる些細な営みだ。しかし、この営みに、もし名前をつけるなら、僕は少しばかり奮発して、大袈裟な名前をつけてやろうと思うのだ。
僕は同じ数字のカードを4枚同時に出した。ヒマリの顔が歪む。僕は明るい声で宣言した。
「革命」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
初恋♡リベンジャーズ
遊馬友仁
青春
【第五部開始】
高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。
眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。
転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?
◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!
第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について
古野ジョン
青春
記憶をなくすほど飲み過ぎた翌日、俺は二日酔いで慌てて駅を駆けていた。
すると、たまたまコンコースでぶつかった相手が――大学でも有名な美少女!?
「また飲みに誘ってくれれば」って……何の話だ?
俺、君と話したことも無いんだけど……?
カクヨム・小説家になろう・ハーメルンにも投稿しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる