旧・透明少女(『文芸部』シリーズ)

Aoi

文字の大きさ
3 / 17

第3話 屋上侵入計画

しおりを挟む
 第2多目的室にやって来た客は、小柄で長い髪をポニーテールにした女の子だった。あどけない顔をしていたが、少し釣り上がった眼からは強い意志のようなものを感じることが出来る。背筋はピンとしていて、いかにも優等生という感じだ。
 僕は彼女に席に座るよう促した。彼女は扉の前の席に腰をおろした。
「僕は原田康青。クラスは2年2組。こっちは……」
「中村茜。同じく2年2組」
 アカネが頬杖をつきながら、小さく手を挙げた。
「私、1年3組の島﨑向葵です。ここは文芸部ですよね。あの、確認なんですけど、文芸部って何をするところなんですか? 部活紹介の冊子を見たら、活動目的のところが空欄になってて……」
 僕とアカネは顔を見合わせた。
「文芸部の活動目的は、屋上に侵入することよ」
 僕は本の背表紙でアカネの頭を軽く叩いた。初対面の後輩を困らせるな。案の定、ヒマリは眉をハの字にして困っている。
「実は今、活動目的がないせいで、文芸部が廃部になりかけてるんだ」
 ヒマリは不思議そうな顔をした。
「じゃあ、先輩方はいつも何をしているんですか?」
「何をって……」
 僕がアカネの顔を見ようとすると、アカネは顔をそらした。冗談は言うくせに、具合が悪いことがあるとすぐに顔をそらす。
「僕はこの通り、放課後にいつも本を読んでる。アカネは……何してるんだろう」
「さあね」
 アカネは髪先を触りながら、拗ねたように言った。アカネは、僕以外の人間と話すときはだいたい無愛想だ。本人曰く、無駄に人と関わりたくない、だそうだ。だから友達がいないんだが。
「その、文集とか作ってないんですか?」
「文集?」
 確かに、文芸部の活動として文集は定番どころだ。僕は、教室の隅ある、青い地球儀と空の花瓶を上に乗せた棚に目をやった。
「月刊文集ならあるよ。小説や詩なんかを原稿用紙に書いて、生徒会室の前にあ箱に提出すると、毎月発刊する月刊文集に載せてくれるんだ。まあ、ほとんどの部員が提出してないけど」
「そうですか」

 太陽が雲から顔を出し、強い夕陽がヒマリの顔を黄色に染めた。窓から涼しい風が吹き、彼女の前髪を揺らした。ずっと顔を横に向けていたアカネが、ヒマリの方を向き、彼女の眼をじっと見つめながら尋ねた。
「ていうか、貴女、なんでこんな活動目的も分からないようなところに入ろうと思ったのよ。もっとマシな部活あったでしょう?例えば……昼寝部とか」
 それはアカネが入りたい部活だろう。というか、そんな部活は存在しない。
 ヒマリは決まり悪そうに俯いた。ギターの音が止まり、窓を打つ風の音だけが教室に響いた。
「あの、私の姉、島﨑真白のことはご存知ですか?」
「マシロ先輩って、確か去年まで文芸部にいた人だよね? ほとんど会ったことないけど」
 アカネの方を見ると、彼女は小さく頷いた。
 するとヒマリは立ち上がり、両手の拳をギュッと握りしめながら叫んだ。
「私、自殺した姉に頼まれて来たんです!」
「自殺!?」
 僕とアカネは思わず叫んだ。ヒマリは当惑した様子で、
「えっ、先輩方知らないんですか? 姉は、5月7日に自殺したんです。一週間前から、学校中で話題になってるはずなんですけど……ご友人から聞いたりしなかったんですか?」
 僕とアカネは顔を見合わせた。アカネは拗ねたような言い方で、
「学校中の話題なんて知るか」
 僕は苦笑いをするしかなかった。
「それで、マシロ先輩から何を頼まれたの?」
「ある人にメッセージを伝えるよう頼まれたんです」
 そう言って、ヒマリはマシロ先輩の遺書を見せた。
「ある人って、私たち以外の誰かってことよね?」
 そうだ。しかし、アカネ先輩の知り合いで、僕とアカネが知っている人なんていただろうか?
「この教室に何かヒントがあるんでしょうか?」
「そうは言っても、この文芸部にあるものなんて月刊文集ぐらいしか……」
 僕は立ち上がり、棚から月刊文集の4月号を取り出した。文集を机の上に置き、目次のページを開くと、アカネとヒマリが覗き込んできた。
「マシロ先輩の作品はあるかな……」
 アカネがマシロ先輩の名前を見つけて指さした。
「ほら。やっぱり屋上じゃない」
 島﨑真白の名前の下には作品名が書かれていた。作品名は、『屋上の恋を乗り越えて』だった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~

藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。 戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。 お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。 仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。 しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。 そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。

もう一度、やり直せるなら

青サバ
恋愛
   テニス部の高校2年生・浅村駿には、密かに想いを寄せるクラスメイトがいる。  勇気を出して告白しようと決意した同じ頃、幼なじみの島内美生がいつものように彼の家を訪れる。 ――恋と友情。どちらも大切だからこそ、苦しくて、眩しい。 まっすぐで不器用な少年少女が織りなす、甘酸っぱい青春群像劇。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わり、転校してきたのは、初恋の相手だった——。 鬱々とした気分で二学期の初日を迎えた高須明希は、忘れかけていた記憶と向き合うことになる。 名前を変えて戻ってきたかつての幼馴染、立石麻美。そして、昔から気になっていたクラスメイト、河西栞。 親友の田中浩大が麻美に一目惚れしたことで、この再会が静かに波紋を広げていく。 性と欲の狭間で、歪み出す日常。 無邪気な笑顔の裏に隠された想いと、揺れ動く心。 そのすべてに触れたとき、明希は何を守り、何を選ぶのか。 青春の光と影を描く、"遅れてきた"ひと夏の物語。   前編 「恋愛譚」 : 序章〜第5章 後編 「青春譚」 : 第6章〜

処理中です...