2 / 17
第2話 タッチ
しおりを挟む
掛け時計はちょうど16時半を指していた。カチカチという秒針の微かな音をかき消すように、屋上のカラスが騒がしく鳴く。耳を澄ますと軽音楽部のギターの演奏の音も聞こえる。あれは、ナンバーガールの『タッチ』か。掛け時計の隣には、世界遺産の写真がついたカレンダーが掛けられている。
「ちょうど一ヶ月前か」
カレンダーを見ながら、アカネは呟いた。今日は5月18日。平凡な水曜日だ。
「何が?」
本に目をやったまま、僕は尋ねた。
「岡田たちが屋上に侵入した日」
アカネは棚上に置かれた、ホコリを被った青い地球儀をクルクルと回しながら言った。岡田はクラスに数人いる問題児たちの中心人物だった。
僕は読んでいた本を机に置いた。『旅のラゴス』という本だ。
「どうやって?」
「ヨッシーの鍵を盗んだらしい」
ヨッシーとは、僕らの担任吉川先生のあだ名だった。緑の眼鏡をかけている、いかにも気弱そうな20代半ばの国語教師。吉川先生なら盗まれてもおかしくないと思ってしまった。
「で、岡田たちはどうなったの?」
「さあね。職員室でバケツでも持たされたんじゃない?」
いつの時代の話だ。僕は置いていた本をもう一度取り上げようとしたが、やめた。
「屋上に何があるんだろう?」
アカネは振り向き、僕の眼をじっと見つめた。人の眼をじっと見つめるのはアカネの癖だった。彼女のボブヘアが風で少し揺れた。
「さあね。貯水槽と…後は何だろう。落書きとか? まあ、大したものはないでしょうね」
「いい休憩場所にはなるんじゃないかな?」
「屋根が無いから、雨降ったらヤバイでしょ。それに、晴れでも直射日光で暑いし、休憩場所としても最悪よ。まあ、愛の告白なんかにはうってつけかもね」
「意外とロマンチストなんだね」
屋上での愛の告白とアカネとの間には、現世とあの世ぐらいの距離があると思うのだが……墓場で告白とかならまだ有り得そうだ。
アカネは地球儀で僕の頭を軽く叩いたか。けっこう痛い。
「失礼なこと考えてるからよ。ていうか、休憩場所なら教室で十分じゃない。例えば、こことか」
僕はあたりを見回した。第2多目的室。彩雅高校の南校舎3階、階段を上がった先に続く廊下を突き当たりまで進んだところに人知れず存在する教室。教室の中央にある机と壁際の棚、それ以外はほとんど何もない。まるで絶海の孤島だ。
一応、文芸部の部室ということになっているが、部員は僕とアカネだけだったし、僕らはまともに部員として活動していなかったから、実質ここは僕らの休憩場所だった。
「じゃあ、何で岡田たちは屋上になんて行ったんだろう?」
「さあね。学校に対する反抗心から、とか? 何にせよ、ろくな理由じゃないわね。反抗なんて、くだらない」
反抗なんて、くだらない。その通りだった。数十年前の学生たちは、屋上にバリケードを築いて立て籠もったり、拡声器を持って何かの決起集会を行ったりした。しかし、現代の学生たちはそんなことはほとんどしない。反抗とは、表を裏にひっくり返すだけの行為であり、何も生み出さないことをよく知っているからだ。仮に反抗をするとしても、それは屋上に侵入する程度の他愛のないものだ。
「まあ、でも、反抗することによって、ある種の『席』を得ることは出来るのかもね。何々に反抗しているグループの一員、みたいな。ちゃちな『席』だけど、まあ、無いよりはマシよ。『席』があるって、けっこう大事なことよ」
そう言って、アカネは僕の正面の席に腰を下ろした。アカネの眼が僕を見つめる。黒くて大きな眼だ。じっと見つめていると、何だか吸い込まれそうな気がする。
「ところでさ、文芸部、廃部になるんだって」
「はあ!?」
僕は持ち上げようとしていた本を床に落としてしまった。ガタっという音が教室全体に響いた。
「いや、なんで!?」
というか、そういう大事なことは先に言ってくれ。
「部員が一人足りないこと、活動目的がハッキリしないこと、そして、顧問の先生がいないこと、この3つがマズイんだって。今朝、生徒会の子に言われたのよ。」
僕は本を拾い上げた。よく考えれば、もっともな理由だ。文芸部ほど部活動と縁遠い部活はない。
「活動目的と顧問はともかく、部員が足りないって……文芸部に入りたい人なんているのかな?」
「さあね。気づいたらもう5月18日で、部活勧誘シーズは終わっているし、ほとんどいないんじゃない? そもそも文芸部の存在を知ってる子がいるかどうかすら怪しいし。それに勧誘するにしても、コーセーはともかく、私は、その……友達いないし」
僕は苦笑いするしかなかった。ギターの音が止み、教室は静寂に包まれた。まるで、学校に僕とアカネの2人だけしかいないみたいだった。アカネは顔を机に乗せ、じっと僕の眼を見た。彼女が僕の方に手を伸ばす。
突然、ガラっという音がした。教室の扉が開いたのだ。教室の前には、一人の少女が立っていた。腰まである長いポニーテールが大きく揺れる。胸元の赤いリボンから1年生だと分かった。訪問者は、はっきりとした声で言った。
「すいません。ここは文芸部ですか?」
僕とアカネは顔を見合わせた。
「部員、足りたわね」
「だね」
「ちょうど一ヶ月前か」
カレンダーを見ながら、アカネは呟いた。今日は5月18日。平凡な水曜日だ。
「何が?」
本に目をやったまま、僕は尋ねた。
「岡田たちが屋上に侵入した日」
アカネは棚上に置かれた、ホコリを被った青い地球儀をクルクルと回しながら言った。岡田はクラスに数人いる問題児たちの中心人物だった。
僕は読んでいた本を机に置いた。『旅のラゴス』という本だ。
「どうやって?」
「ヨッシーの鍵を盗んだらしい」
ヨッシーとは、僕らの担任吉川先生のあだ名だった。緑の眼鏡をかけている、いかにも気弱そうな20代半ばの国語教師。吉川先生なら盗まれてもおかしくないと思ってしまった。
「で、岡田たちはどうなったの?」
「さあね。職員室でバケツでも持たされたんじゃない?」
いつの時代の話だ。僕は置いていた本をもう一度取り上げようとしたが、やめた。
「屋上に何があるんだろう?」
アカネは振り向き、僕の眼をじっと見つめた。人の眼をじっと見つめるのはアカネの癖だった。彼女のボブヘアが風で少し揺れた。
「さあね。貯水槽と…後は何だろう。落書きとか? まあ、大したものはないでしょうね」
「いい休憩場所にはなるんじゃないかな?」
「屋根が無いから、雨降ったらヤバイでしょ。それに、晴れでも直射日光で暑いし、休憩場所としても最悪よ。まあ、愛の告白なんかにはうってつけかもね」
「意外とロマンチストなんだね」
屋上での愛の告白とアカネとの間には、現世とあの世ぐらいの距離があると思うのだが……墓場で告白とかならまだ有り得そうだ。
アカネは地球儀で僕の頭を軽く叩いたか。けっこう痛い。
「失礼なこと考えてるからよ。ていうか、休憩場所なら教室で十分じゃない。例えば、こことか」
僕はあたりを見回した。第2多目的室。彩雅高校の南校舎3階、階段を上がった先に続く廊下を突き当たりまで進んだところに人知れず存在する教室。教室の中央にある机と壁際の棚、それ以外はほとんど何もない。まるで絶海の孤島だ。
一応、文芸部の部室ということになっているが、部員は僕とアカネだけだったし、僕らはまともに部員として活動していなかったから、実質ここは僕らの休憩場所だった。
「じゃあ、何で岡田たちは屋上になんて行ったんだろう?」
「さあね。学校に対する反抗心から、とか? 何にせよ、ろくな理由じゃないわね。反抗なんて、くだらない」
反抗なんて、くだらない。その通りだった。数十年前の学生たちは、屋上にバリケードを築いて立て籠もったり、拡声器を持って何かの決起集会を行ったりした。しかし、現代の学生たちはそんなことはほとんどしない。反抗とは、表を裏にひっくり返すだけの行為であり、何も生み出さないことをよく知っているからだ。仮に反抗をするとしても、それは屋上に侵入する程度の他愛のないものだ。
「まあ、でも、反抗することによって、ある種の『席』を得ることは出来るのかもね。何々に反抗しているグループの一員、みたいな。ちゃちな『席』だけど、まあ、無いよりはマシよ。『席』があるって、けっこう大事なことよ」
そう言って、アカネは僕の正面の席に腰を下ろした。アカネの眼が僕を見つめる。黒くて大きな眼だ。じっと見つめていると、何だか吸い込まれそうな気がする。
「ところでさ、文芸部、廃部になるんだって」
「はあ!?」
僕は持ち上げようとしていた本を床に落としてしまった。ガタっという音が教室全体に響いた。
「いや、なんで!?」
というか、そういう大事なことは先に言ってくれ。
「部員が一人足りないこと、活動目的がハッキリしないこと、そして、顧問の先生がいないこと、この3つがマズイんだって。今朝、生徒会の子に言われたのよ。」
僕は本を拾い上げた。よく考えれば、もっともな理由だ。文芸部ほど部活動と縁遠い部活はない。
「活動目的と顧問はともかく、部員が足りないって……文芸部に入りたい人なんているのかな?」
「さあね。気づいたらもう5月18日で、部活勧誘シーズは終わっているし、ほとんどいないんじゃない? そもそも文芸部の存在を知ってる子がいるかどうかすら怪しいし。それに勧誘するにしても、コーセーはともかく、私は、その……友達いないし」
僕は苦笑いするしかなかった。ギターの音が止み、教室は静寂に包まれた。まるで、学校に僕とアカネの2人だけしかいないみたいだった。アカネは顔を机に乗せ、じっと僕の眼を見た。彼女が僕の方に手を伸ばす。
突然、ガラっという音がした。教室の扉が開いたのだ。教室の前には、一人の少女が立っていた。腰まである長いポニーテールが大きく揺れる。胸元の赤いリボンから1年生だと分かった。訪問者は、はっきりとした声で言った。
「すいません。ここは文芸部ですか?」
僕とアカネは顔を見合わせた。
「部員、足りたわね」
「だね」
0
あなたにおすすめの小説
美人生徒会長は、俺の料理の虜です!~二人きりで過ごす美味しい時間~
root-M
青春
高校一年生の三ツ瀬豪は、入学早々ぼっちになってしまい、昼休みは空き教室で一人寂しく弁当を食べる日々を過ごしていた。
そんなある日、豪の前に目を見張るほどの美人生徒が現れる。彼女は、生徒会長の巴あきら。豪のぼっちを察したあきらは、「一緒に昼食を食べよう」と豪を生徒会室へ誘う。
すると、あきらは豪の手作り弁当に強い興味を示し、卵焼きを食べたことで豪の料理にハマってしまう。一方の豪も、自分の料理を絶賛してもらえたことが嬉しくて仕方ない。
それから二人は、毎日生徒会室でお昼ご飯を食べながら、互いのことを語り合い、ゆっくり親交を深めていく。家庭の味に飢えているあきらは、豪の作るおかずを実に幸せそうに食べてくれるのだった。
やがて、あきらの要求はどんどん過激(?)になっていく。「わたしにもお弁当を作って欲しい」「お弁当以外の料理も食べてみたい」「ゴウくんのおうちに行ってもいい?」
美人生徒会長の頼み、断れるわけがない!
でも、この生徒会、なにかちょっとおかしいような……。
※時代設定は2018年頃。お米も卵も今よりずっと安価です。
※他のサイトにも投稿しています。
イラスト:siroma様
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
初恋♡リベンジャーズ
遊馬友仁
青春
【第五部開始】
高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。
眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。
転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?
◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!
第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる