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第10話 向日葵はまっすぐ咲かない

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 翌日、つまり5月20日土曜日に、私とコーセーはヒマリから彼女の家に来るよう頼まれた。月曜日にゆっくり話せばいいと思うのだが、居ても立ってもいられない、ということだろう。早朝、クローゼットの中を散々漁り、私が持っている中で最もマシな服であろう赤い花柄のワンピースを選んだ。家を出る前、鏡の前で櫛で髪を整えた。髪、もう少し伸ばそうかしら。
 私はヒマリから送られた住所を頼りに彼女の家に向かうと、約束の時間の20分も前に目的地に着いてしまった。ヒマリの家は閑静な住宅街の一角にある、ごく普通の一軒家だった。
 インターホンを鳴らすと、ヒマリのお母さんが扉を開けた。優しい眼をした人だった。
「貴女がアカネちゃんね。どうぞ中へ入って」
 「お邪魔します」と言いながら、中に入った。家の中はとても静かだった。ヒマリは外出しているのだろうか?
「ごめんなさいね。ヒマリは今、お菓子買いに行ってるのよ。何も無いと悪いだろうって。それにしてもよく来てくれたわね。あの子ったら、この頃、貴女たちの話ばっかりしてるのよ。アカネちゃんが、コーセーさんが、って」
 姉の自殺の真相を突き止めるためだけに仕方なく文芸部に入ったのだと思っていたが、案外文芸部のことを気に入っているらしい。それと、家では私のことを「中村先輩」ではなく、「アカネちゃん」って呼んでるのか。
「少し前、マシロにあんなことがあって、あの子とても沈んでたの。姉と一緒の高校に行けるって楽しみにしてたから……学校にも行かなくなるじゃないかって心配してたんだけど、文芸部に入ってすっかり元気を取り戻してね。最近は学校に行くのがすごく楽しそうで……だから、貴女たちには本当に感謝しているの。これからも、あの子をよろしくお願いします」
 お母さんは深々と頭を下げた。私も慌てて頭を下げた。
 ヒマリの部屋は二階にあった。部屋に入ると、大量の参考書が置かれた本棚が目についた。参考書が置かれた棚は、まさに生真面目なヒマリのイメージに合っていた。棚の片方には扉がついていた。興味本位で開けてみるよと、中には大量の音楽のアルバムが入っていた。Hi-Standard、ASIAN KUNG-FU GENERATION、ナンバーガール、銀杏BOYS、andymori、スピッツ、ゆらゆら帝国……アジカンとスピッツしか分からないが、全部邦ロックバンドのアルバムだろう。恐らくパンクロックやハードロックのものも何枚かある。参考書とは対照的に、ヒマリのイメージにそぐわない意外なものだった。この発見で火をつけられた私は、押入れに手を伸ばした。中を開けるとエレキギターが置いてあった。さらに、衣装ケースの上には昨夜剥がしたのか、ロックバンドのポスターが丸めて置いてある。広げてみると、黒スーツにサングラスをかけているいかつい男たちが4人並んでいた。こういうのが好きなのか。
 しばらくすると、コーセーとヒマリが部屋にやって来た。道中で会ったのだろう。コーセーは青のシャツに黒いジーンズというシンプルな出で立ち。ヒマリは普段と違い、髪を下ろしていた。白のニットに黄色のジャケット、水色のジーンズというスタイリッシュな格好からは、ファッションへのこだわりを感じる。
「中村先輩、お待たせしてすいません」
 ヒマリがそう言うと、私は少し意地悪な顔をして、
「 『アカネちゃん』じゃないの?」
 ヒマリは赤くなった。

 私たちははカーペットの上に座り、ヒマリが持ってきた小さな丸テーブルを囲った。テーブルにはヒマリが買ってきたお菓子が置かれた。
「コーセーさん、アカネちゃ……アカネさん、今日は来ていただきありがとうございます。休日に呼び出してしまい申し訳ありません。でも、どうしても、居ても立っても居られなくて。」
 ヒマリは申し訳無さそうな顔をした。アカネ「さん」か。まあ、悪くない。
「いや、全然いいよ。僕も早く昨日の話を聞きたかったんだ。」
 コーセーがそう言うと、私も頷いた。休日といっても特にすることもない。ただ退屈を感じながら一日が過ぎていくだけだ。ヒマリに一日付き合うのは、むしろいい暇つぶしになって有難かった。
「では、早速昨日の話を……」
 話し始めようとするヒマリを、私は手で制した。
「ところでさ、一つ聞きたいことがあるんだけど。」
 ヒマリは不思議そうな顔をした。
「『君と僕の第三次的恋愛革命』だっけ?すごいタイトルね。ヒマリってけっっこう激しいのも聞くんだー」
 ヒマリは一瞬ポカンとした表情を見せたと思ったら、何かに気づいたのかみるみるうちに顔が紅潮していった。人間あそこまで顔が赤くなるものなのか。
「アカネさん、まさか!?」
 私は意地悪な顔をしてヒマリの背後にある扉つきの棚を指さした。
「人の趣味を覗き見するなんて最低です!」
 ヒマリは涙目で叫んだ。
「ていうか、ヒマリってギター弾けるのね。真面目な優等生ってイメージだったから、意外だったわー」
「まさか押入れまで!?」
 話の意味を理解したコーセーが、げんこつで軽く叩いた。普通に痛い。
 ヒマリはしょんぼりしながら、
「優等生を演じるのもけっこう大変なんです……」
と呟いた。いつも勢いのままに行動する、明るさと正義感が取り柄の子だと思っていたが、そうでもないらしい。色々苦労がありそうだ。

 
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