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しおりを挟む人生におけるピンチに陥ったとしても、そこに運良く、お決まりのように助っ人など現れるわけがない。
誰かを頼るよりは、自分を信頼していた方がいい。
そんなことを父親だと名乗っていた男から言われたことを―――、ぼくはなんとなく思い出した。
じゃあ物語には何故ピンチがあって、必ず誰かが助けてくれるの?と尋ねたら、それは誰かが作った物語だから、と言われて、理解が出来なかったことを覚えている。
どんな人生だって、それは一つの物語に違いないのに。
思い出して、――目を開ける。
「……う」
目を開けた先にあったのは、顔だ。
「うん? あ、目ぇ開いた」
「う、うわわっ!」
ぼやけた視界で唐突だったせいか、びっくりして声をあげる。
よくよくみればそれは、少女の顔だった。
まだあどけない――少女の顔。
金髪ロングウェーブに、紅い瞳の。
……誰かに似ている。
「くすくす――おはよう、ニアちゃんだっけ? ボクは帝王城に常駐している闇医者の『ゼノン』だよ」
「……あ、う、はい、おはようございます」
ゼノンちゃん――というらしい闇医者さんは、白衣の中にゴスロリ服を着た美少女だった。
ぼくよりも遙かに身長が低い。
というよりも――あれ。
ぼくは一体――どうなったんだ?
確かリュガと共に殴り込みにいって――ええと?
「ニアッ!」
バンッと扉が開いて――聞き覚えのある、いや、聞きたかった声がした。同時にゴンッといういつかみたコメディ番組できいた音もする。
「ぐおっ! ぐ、ぐぐぐ……」
視線をやると、メルが――メルが、頭を押さえてうずくまっていた。
足元には、黄金色のたらい。
「あのねえ。ここ病室。普通叫んで入ってくる? 扉、叩き付けるように開ける?」
「……す、すみませんでした」
「わかればいいよ」
ほとんど涙目の状態で、メルはぼくに歩み寄る。
一瞬安堵したような表情をみせて――それから。
思い切り、怒鳴った。
「お前なあッ! なんでああやって考えもナシに無鉄砲に行動するんだッ!」
びっくりして――声も出ない。
こんなメル、初めて見た。
「お前らはいっつもそうだ! 俺がどんだけ苦労してると思ってるんだ! 無鉄砲に飛び出した後に必死に勝利への算段たててるんだぞ!」
いやいや、ぼくはその前に今回が初めての実戦なんだけど、とも思ったがとてもじゃないが口には出せない。
メルは烈火のごとく、怒っている。
一体何に怒っているのか、ぼくにはわからない。
「どれだけ――どれだけ、心配したと思ってんだ!」
「――!」
しかしメルは、そんなぼくなど気にもせずに、気にもとめずに、烈火のごとく怒って――泣いていた。
メガネ越しに見える涙。
ぼくの両肩を掴む。
「お前は自覚ないかもしれないけどな、俺たちにとっては、七日間も一緒にいたらもう『家族』と何ら変わらねーんだよ、正直!」
とくん。
どくんではなく――鼓動が跳ねる。
「俺だって、ローズだって、ロゼだって、ギルドだって! 全員、家族とは無縁みたいな状況下で生きてきたから――それこそかしらに、家族を作ってもらったから、だから、誰一人として――失うわけにはいかねーんだよ!」
「………」
「どれだけ俺が怖かったと思ってんだ! お前を失うかもしれないと思ったら、計算もうまくいかねーし、炎の海を突っ切らなきゃいけねーし!」
「……」
「だから、だからもう」
勝手にいなくなろうと、するなよ。
ささやきのように――メルはそんなことをいって、ぼくを抱きしめた。
心臓の鼓動が早い。
ぽんっと羽根が姿を現わす。
だけれど――今回は。
火照るように、熱い。
「……メル」
名前を呼んで――ぼくは、いや、ぼくもメルにしがみついた。
「ごめんなさい」
ぽつり、謝罪を呟く。
「――ありがとう、ございます」
結局、救われたのはメルではなくて。
救ったのはぼくではなくて。
救われたのは、助けられたのはぼくで――。
助けてくれたのは、あの日、出会った日と変わらず、メルだった。
だけれど――あの時とは明らかに違った。
あからさまに――違った。
「えーっと、ラブラブ中に失礼ですけど」
コホン。咳払いが響いて、慌ててメルが顔を真っ赤にして離れる。
うん、この声には聞き覚えがある。
「このへんで、僕からもお礼を言わせていください」
東魔神の――バティンだった。
くそ、こいつ蔵に置いてくればよかったとちょっぴり思う。
せっかく良い雰囲気だったのに。
「何のお礼ですか」
だからぼくは、素っ気なく呟く。
しかしバティンは無表情ではなく、今度は笑って、ぼくに告げた。
「助けていただきましたからね、一応」
「……いや、ぼくは」
ぼくは、結局、何もしていない――と、思う。
二人に打ち出の小槌を振るおうとしたところで――意識が途切れたのだから。
しかしバティンは続ける。
「いいえ。アナタが僕らを助けようと思わなければ――奇跡は訪れなかったでしょう、この場を」
「は?」
「アナタが奇跡を呼び込んだのですよ――無意識に」
ぽかんとするぼくを放っておいて、バティンは自分だけ納得して笑う。
いや、ぼくは納得もしてないし、理解もしてないよ。
「加えて謝罪も致しましょう。ひどいことをして、すみませんでした」
「――それは、ぼくには必要ないですよ」
頭を下げるバティンに――ぼくは呟く。
「リュガにでも、いってください」
ちらりと視線をそらす。
この病室内に――リュガはいない。
代わりにいるのは、本当、どういう神経をしているのかわからないけれど――ぼくと、バティンと、金髪の悪魔だけだった。
普通、殺し合った三人を一緒にするのかな。
「……ぼくは、ぼくも、バティンに悪いことしました。お互い様というやつです」
「……そうですか」
それきり会話は途切れて――沈黙。
メルが気まずそうにしている。
もう、これじゃラブラブできないじゃないか。
ぼくは密かに頬をふくらませた。
「――小娘」
ここで、唐突に低い声。
金髪の悪魔だ。
名前はきいたはずなのだけれど――イマイチ思い出せない。きっと出血量が多かったせいだ。
記憶があやふやなのだ。
「――まだ、貴様の『過去』を、知りたいか」
「!」
どくんと、ぼくの心臓が大きく跳ねる。
動揺――これは、動揺だ。
ぼくの全てがひっくり返るかもしれない出来事を、彼は知っていて――そうだ。それとぼくの翼をかけて――勝負した――ような気がする。
あくまで、気がするだけ。
「………」
ぼくは、沈黙した。
知りたいかと言われれば、知りたいけれど。
それを知って――ぼくは、今までのように居られるのだろうか。一人で――受け止められるのだろうか。
……怖い。
知るのが――怖い。
「ちょっと、お父様」
ゴン、と、再び鈍い音が響いた。
ぐ、と金髪の悪魔の、唸る声。
その真横には、先程の――ゼノンちゃん。
手には金槌。大きめの。
……怪我、悪化したんじゃないだろうか。
「復活したての患者に対して、そういう精神的に参りそうな話題は避けてもらえる? また全身複雑骨折になりたいの?」
「なっ、私がそんなことになるわけないだろう!」
「なってたからいってんでしょ。お母様との『戦争』以来だよねあんなの」
「ぐっ」
再び、悪魔が唸る。
いや、それよりも。
――お父様?
「あの、もしかして」
ぼくは口を開く。
全身複雑骨折という単語も気になるけれど、患者さんを気遣いはするのにその患者の一人を金槌で叩いていたことも気になるけれど、それこそまさかその全身複雑骨折とやらをぼくがやったこととは考えたくもないけれど――それよりも。それよりも、まずは。
「お父様って、お父様?」
「そ。お父様」
「……そのひと、お父様なの?」
「そだよ。似てるでしょ」
くすくす笑って、ゼノンちゃんは悪魔の隣に並んだ。
うん、似ている。似ているというか、そっくりだ。
まあ、ゼノンちゃんはそもそも美少女だから――顔の作りという点ではあまり似ていないけれど。
「あはは、ボクからも謝罪しなきゃねえー。お父様とバカバティンのせいで、ほんっとに」
ギロリ。
紅い瞳が、悪魔とバティンを睨み付ける。
それだけでひるむ二人。
――本当の城主が、なんとなくわかった気がする。
「……ニア」
メルの、か細い声。
「お前――真実、知りたいか」
「……」
ぼくは沈黙する。
メルはだけど、ぼくの目をしっかりと見る。
「いえよ。正直にでいい。過去がどうであれ――お前は南魔界の一員であることに、変わりはない」
「!」
ああ、これほどまでに。
メルの言葉が――力強かったことがあるだろうか。
ぼくは、ぎゅっと拳を握った。
決意をする。
「――知りたい、ですよ。そりゃ」
ぽつりとした呟き。
独白のような――独り言のような。
「でも、長い話ならまた今度がいいです。機会があったら、話をしてもらった方が、実感わきますし」
「――は?」
その場にいた全員が、破顔した。
ぽかんとした表情が揃っていて、ぼくは思わず吹き出しそうになって――止まる。
「それに、もういいんです。家族ならみつけました。――こんなに頼もしくて、強くて、優しい家族。欲しかった、家族」
ぼくは、メルを見つめる。
頬があったかい。
きっと朱色に染まっていることだろう。
でもメルの頬も――朱色に染まっている。
「愛しいひとも、みつけました」
ここで、メルはぷいと目をそらした。
だけどぼくは気にせず――言う。
「メル――愛してます。ぼくと、結婚して、本当に家族になりましょう」
奇しくも。
これがメルへ向けた、ぼくの告白。
第七号だった。
シアワセの、ラッキーセブン。
ていうか、そうか。ぼく、七回も告白しているんだ。メルが正面から受け止めてくれていなかっただけで。
耳まで真っ赤にして、目の下のクマまで真っ赤にして、卒倒しそうなメルと――同じくこういうことに不慣れとみえた金髪の悪魔――サタンだったっけ。彼も顔を真っ赤にして煙を上げていて――バティンもやんわり頬を染めている――そんな状況の中。
ぱあんと鳴り響くクラッカー。
華やかに開く、扉の向こう側から。
「おめでとう、メルくんっ!」
誰よりも笑顔で、誰よりも幸せそうで、誰よりも楽しそうな――銀髪の青年が、入ってきたのだった。
その後ろから、南魔界の見慣れた面々。
ついでに不機嫌そうなリュガも、胸にオオカミの子供を抱きかかえて――混ざっている。
「おおおお、お前らっ! 盗み聞きとはいい度胸じゃあねえかよッ!」
完璧にどもって、完全に動揺して、メルは叫ぶ。
「なあにいってんだい。そもそもこの一部始終をそこの闇医者に盗撮されてるってのに」
「なにぃ!?」
シェリルさんのそんな声に、動揺も行き過ぎて――メルは声を裏返した。
ガバッと振り返ってゼノンちゃんを睨むも、ゼノンちゃんはくすくす笑うばかりだ。
「いやあ、俺は嬉しいよー。まさかあのメルくんにお嫁さんができるだなんて……ぐすん」
「さすがの俺もまさかと思ったけどよ……ま、こういうのは成り行きだ。よかったな、メル」
銀髪の青年は涙ぐみ、何故かきているお頭さんはニヤニヤと笑う。
でもお頭さんの顔は、本当に祝福している顔だった。
ここで、「あ」と声をあげて、青年はぼくに歩み寄る。
「そういえば、初めましてだよね。実はさっき出会ってるだけど、覚えてないでしょ?」
「――ええ、まあ」
どこかで、意識の薄れている時に聞いたような声だとは思うのだけれど――しかし。
その姿形には――見覚えがない。
「じゃあ、初めまして――ニアちゃん。俺はハイゼット。ここ、魔界でちょっと帝王ってのをやらせてもらってるんだ」
「……は?」
それが、ぼくと帝王さんとの――出会いだった。
差し出された手に、反応できない。
確かにお人好しそうだけれど。確かに人間っぽいけれど。あまりにイメージの枠を飛び出していて――理解できないぼくがいる。
大体なんだ、その、ちょっとアルバイトさせてもらってますみたいなノリは。
「あ、あなたが、帝王さん」
「うん。で、こっちが俺の愛娘のリュガ」
ついでに青年、帝王さんは笑って、リュガを示す。
「……俺は認めないけどな」
「もー、素直じゃないなあ」
……はい?
娘? ……リュガが、帝王さんの、娘?
ああ!
ぼくは心の中で納得する。
これでシェリルさんの、怒鳴っていた台詞の意味がわかった。
やっぱりリュガも帝王家だから――なんだ。
不機嫌な顔のまま、リュガはぽつりと呟いて、それから帝王さんの側を離れて、ぼくの隣にやってくる。
その目は帝王さんを終始睨んでいたけれど――、だけれどそれでも、リュガは抱えていたオオカミの子供を差し出した。
「……ん。お前、もふもふしたかったんだろ」
「えっ、いいんですか!」
そんな台詞に、ぼくの思考は掻き消された。
ぼくはおそるおそる子供を受け取って、もふもふしてみる。いや、本当に触り心地がいい。
それよりも驚いたことに、オオカミの子供はぼくが抱きかかえても唸るどころか、噛みつきも、吠えもしなかった。
うんうん、偉いコだ。
「そいつも、お前に感謝してる――と思う」
照れたように、リュガはそんなことを呟いて、ぼくのベッドに腰掛けた。
帝王さんの側にはいたくないらしい。
「え、えーと。それで? メルとの結婚はわかったけど」
「いや、俺まだ何もいってなッ」
「俺に、用があったんだって? 南のコたちから話はきいたよ、ニアちゃん」
メルの言葉を遮って、帝王さんは笑う。
「……」
ぼくは、静かに深呼吸。
オオカミを抱きしめながら――帝王さんを見上げる。
「ぼくを――この魔界の、仲間にいれてください」
登録がどうだとか、そういう難しいことはぼくにはわからない。だから、ぼくなりに。
南魔界の一員であって――魔界の一員であれるように、帝王さんに、頭を下げる。
いつかお頭さんに、そうしたように。
ふっと、帝王さんが笑った。
「うん、もちろん!」
ぼくの肩を掴んで、言う。
「リュガを助けてくれた時点で、もう君は俺の家族であって、友人であって、仲間だよ!」
ぎゅうと。
あからさまな体格差で抱きしめられて――ぼくはぼんやりと思う。
おとうさんだ。
このひとは――おとうさんだ。
「おい待て貴様、ハイゼット! そう簡単にだな――」
ここで、サタンさんが声を荒げた。
が、その声をぴしゃりと、シェリルさんが遮る。
「あんた。――このあたしの前で、帝王家に反論をするつもりかい」
シェリルさんの瞳は、いつかみた時のように――悪魔的に光っていた。ギロリと。
うん、怖い。
「帝王の決定は絶対! 魔界でおいて、ルールではなくそれは約束!」
よくみればシェリルさんは特攻服のままだった。
身体中埃はついているものの――傷は一つもついていない。また、もはやローズに寝ながらひきずられているギルドもそうである。
「約束は、守るもんだよ」
「……ぐ。仕方ない、従おう」
ややあってから、シェリルさんの言葉に、サタンさんは返答した。
そんなサタンに追い打ちをかけるかのように、悪意をもって、お頭さんが呟く。
「つーかそうしないと、シェリルがな、今すぐ西魔界に行って、魔王を呼んでくるっていってたぞ」
「! じょ、冗談でもそういうことをいうのは止めろ!」
途端に血相を変えて叫んだところをみると、サタンさんは西魔界にいる魔王が苦手のようだった。
苦手があるとは思えなかったので――なんだか意外である。
「あー、ニアには驚いたな、しかし」
いつの間にかギルドを別のベッドに放り投げたローズが、ぼくの隣にたたずんでいた。
ついでにいつ魔界に戻ってきたのか、ロゼさんも一緒だ。
「まさかサタンに勝つなんてな」
「……俺も、びっくりしたぞ、ニア」
呆れ顔の二人が、ぼくを見下ろす。
「お前は案外、戦闘タイプなのかもな。メルと同じ知将タイプなのかと思ったけど……ほら、お前、飲み込み早かったから」
ローズの手が、ぼくの頭を撫でる。
それが、心地良い。
オマケに、褒められている。
「だが、無鉄砲は感心しないぞ」
「はう」
若干有頂天になりかけていたところで、ロゼさんの呟きが耳に入る。
目を細めて、ロゼさんは言う。
「お前の無鉄砲はハウルや、リュガに似ている。――こっちの心臓がいくらあっても足りない無鉄砲さだ」
「……?」
ハウル……?
きいたことのない名前なのに――どうしてだろう。
記憶の片隅が、痛い。
「メルにも説教されたと思うが、忘れるなよ。お前の無鉄砲でこっちは心臓を破壊されるんだからな」
しれっとした顔で、ロゼさんはちらりとリュガをもみた。
みられたリュガの方は、「うぐっ」と痛いところをつかれたようで、じとーっとロゼさんを見上げている。
や、それよりも。
ハウル?
「あの、あのあの、ハウルって」
「あーそのうちわかる。絶対。アイツとメル、仲悪いから絶対すぐわかる」
説明が面倒なのか、ロゼさんの代わりにローズがそう吐き捨てた。
「うー……」
メルと、仲が悪い。
でも、ぼくと似ている。
……なんだか、複雑な気分。
「いよぉーし! アルシー! 帰って酒盛りだ!」
「ああ? お前どーせ、途中で酔っぱらって帰れなくなって、旦那に迎えにきてもらうんだろうよ! 面倒かけるからぜーったいお断りだ!」
「つれねーこというなあ、お前……。じゃあ、ここでやろーぜ、ここで! 帝王城での酒盛りッ!」
「何でだよッ! 俺は帰るからな! 紅葉が待ってんだよバカヤロウ!」
「連れてこいやバカヤロウ! 奥さん城に残すんじゃねえよ危なっかしい!」
「いいんだよフォラスがいるんだから!」
「よかねーって! おう、メル、真っ赤になったまま固まってんじゃねえぞコラ! お前は完璧に酒盛りメンバーだからな!」
「…………」
「そこの薔薇兄弟もだぞ!」
「誰が薔薇兄弟だッ! 誤解を招くような言い方はよせこのクソアマ!」
「誰がクソアマだとローズゥゥッ!」
「ちょ、まて、今のは言葉のあやというか――ぎゃああああああッ!」
……うっとうしいほど、騒がしくてぼくは思考一つできなかった。
ため息をつく。
「どう? 良い場所でしょ。ここ」
唐突に、帝王さんが、呟いた。
いつの間に傍らに立っていたのか――騒ぐ、ぼくの新しい家族をみて――笑っている。
「俺の自慢なんだ。こういうの。あったかくて、楽しくて、いかにもシアワセって感じでしょ」
ぼくを見下ろす、その顔が。
あまりに幸せそうで――ぼくは。
「……はい」
と、ぼくまでシアワセのお裾分けを貰って――微笑む。
「はいはいそこまでそこまで! いいじゃない、今日は結婚式の前祝いってことで、ここで飲もうよ! どうせならみんな呼んで、あ、客間も用意するし!」
ぼくの返答を受けて、帝王さんは騒ぎを沈静化にいく。
その後ろ姿は、やっぱり、お父さんだった。
でもぼくの知るお父さんじゃなくて――ぼくの、理想の、お父さん。
そうして騒がしさは頂点を迎える。
「みんなだと? おい、まて。それにはまさか西の連中も混ざっているのではないだろうな帝王! ならば私は即刻城に帰って――」
「何言ってるのお父様。その状態で帰れると思ってるの?」
「うぐっ」
「そうだそうだ! 諦めてお前も酒盛りに強制参加しやがれってんだ!」
「いやいやシェリルちゃん? ボク今いったよね? ひどい怪我だっていったよね?」
「よーっし! ちょっとあたし、旦那にいい酒もってこさせるわ! 日本酒!」
「なー、やっぱ俺としてはよ、アルマロスも誘いてーんだけど、ダメか」
「はあ? あのド変態を呼ぶっていってんの、アルシー? やめときなよ、あんたどこまでお馬鹿なの」
「や、俺はアルマロスと一応、友人だしなあ。アイツ、わりとこういうの好きなんだぜ?」
「いいんじゃない? 北のみんなも呼んでみようよ!」
「ちょ、待てよ帝王! 北のみんなって――俺らの弟も混ざってないか!?」
「まあ、みんなだからねえ。当然じゃない? ダメ?」
「だめっていうか――あいつ、俺らのこと嫌いだろうし!」
「まあまあ、いいじゃない。お酒の席だし、無礼講だったらみんなもっと仲良くなれるかもだよ!」
「てめっ、そのキラッやめろ! 胸くそ悪い!」
「ローズゥゥゥ! アンタ帝王にその口の利き方ッ、どうなってんだこのやろぉぉおぉお!」
「ぎゃああああああああッ!」
「あ、メールきた。みんなでくるってよ」
「かしらあああああ! なんで先にメールしてんですかああああ!」
「だってよお。やっぱ同盟国(?)同士、仲良くした方がいいだろうよ。帝王もいいっつってるし」
「ま――帝王がいいっていうなら、しゃあないよねえ」
「シェリル! てめえもさっきまで反対だったじゃねえか!」
「帝王が右っていったら左でも右を向く! それがハインリッヒ家なんだよ!」
「ぐふぉおお!」
「あはは、賑やかですねえ」
「……ここ、病室なんだけど」
「すまない――弟が一番うるさいな」
ぼくは、ぼうっとこのやりとりを見つめる。
みんな楽しそうで、そこに悪魔だなんて概念は、微塵もなくて。
さっきまでお互いに殺し合いをしていたのに。
さっきまであんなに敵同士だったのに。
昨日の敵は今日の友、というよりは。
五分前までの敵も、今は友、みたいな。
殺し合いじゃなくて――ただの。
喧嘩だった、みたいな。
意外というか――予想外というか、想定外というか。
いや――それよりも。
この場所が――この時間が、意外だった。
ぼくの、居場所が確かにある。
確かにあるのに――温かくて、賑やかで、騒がしい。
どれだけ願っても叶わなかった、十五年間祈っても、望んでも与えられなかった――こんな場所が。
こんなに早く――願いが叶ってしまうなんて。
短冊に書いて、神頼みでもしてみるものだ、とぼくは静かに笑った。
「……おい」
と、ここでずっと無言だったリュガがぼくの肩を叩く。
お互い黙っているしかない、子供組。
なんだかわいちゃう仲間意識。あ、仲魔かもしれない。
「お前、大丈夫なのかよ」
「何がですか?」
「その……怪我、とか。俺、入ってすぐに眠っちまって、何が起きたのかぜんっぜんわかんなくて……、目ぇ覚めたら親父がいたから」
「ふふ、ぜんっぜん平気です。あ、みてくださいほら。リュガとおそろいの翼生えたんですよっ」
「うわっ、マジだ! え、すげえ!」
「でしょう! でしょう!」
「やー、すっげーなあ……。ニアには才能あるんじゃね? サタンのバカも倒したわけだし」
「無我夢中でしたけどね」
「俺の姉貴たちの中に、フォードっているんだけど、そいつもサタンに勝っちまうんだよな。余裕で」
「うわ、余裕で、ですか!」
「そ。すげー強くてさ、ニアにちょっと似てる。多分そのうち、会いに来ると思うけどな」
「リュガって、姉妹たくさんいるんですか?」
「一番上は義理の兄貴だから――兄妹か、でも何番目かには男も混ざってるから――姉弟っつーのかな。義理の兄貴いれなきゃ、大姉貴がさいきょー」
「大姉貴さん?」
「薬物中毒のドラッガ―で、テンションの浮き沈み激しいから俺はあまり近づかないけど」
「す、すさまじいですね……」
「でも一番下は、妹なんだよな。妹。こっちも多分いつか会うと思うけど――親父そっくり。なんかよくわかんねーけど昔っからモテるな」
「何かよくわからないじゃないですよ、リュガさん!」
と、ここで。
何故だかバティンが身を乗り出して抗議した。
ぼくとリュガはキョトンとする。
「めちゃくちゃ可愛いんですよ、マックスは! あのつぶらで大きい瞳に、整った顔立ち――透けるような白い肌! なんていうかもう天使! そう、天使――」
言いながら、バティンは懐からぼくらに何かのカード、会員証とかかれたそのカードを差し出して――差し出したところで、前のめりに倒れた。
「――!」
一陣の風と共に現れた――真っ赤な髪の、女性が、刀の鍔をちんと鳴らす。
その音は、病室を静寂に導く音だった。
先程までどんちゃん騒ぎ一歩手前まできていた病室内が――物音一つしなくなる。
「――貴様ら、静かにしないか。ここは病室だぞ」
その中性的な声音。
整った顔立ち。
真っ赤な瞳。
ぼくは思わずリュガをみる。
なんて――そっくりな。
「か、母さん!」
「ファイナルっ!」
リュガの声と、帝王さんの声は同時に響いた。
ついでにシェリルさんがバッと片膝をついて、頭を下げる。
お頭さんとサタンさんを除いたほぼ全員が――同じように、頭を下げた。
さて、ぼくは脳内で処理を開始。
……母さん。ファイナル。
「……お母さん?」
「そう、母さん!」
ぼくの問いかけに、リュガは心底嬉しそうに、返答した。
「ふむ、リュガか。元気にしていたか? あまり顔をみないものだから、心配していたぞ」
「うん、元気だった! 母さんは?」
「むろん、俺はいつでも元気だ」
ふっと、先程まで厳しかった女性の表情が緩む。
と、いうことは。
この帝王の、奥さん。
名前は――ファイナル、ということか。
「ん?」
「あ、う」
ぼくがぼうっとみていたことに気づいたらしい女性は、ぼくへと視線を移す。
が、さっき帝王さんにはちゃんと挨拶できたのに――、この女性には、なんだか圧倒感と緊張感があって――うまくできない。どもってしまう。
「母さん、紹介する! 俺の友達の、ニアだ!」
「ほほう、ニアか。実にいい服を着ているな」
彼女にいわれて、ぼくは自分の服をみて――気づいた。
そういえばシェリルさんに進められるがままに着て、そのままだったんだ。
なんだか、微妙な気持ち。
「あう、あの、は、初めまして。ニアです。あの、南魔界に、おかせてもらってます」
「俺はファイナルだ。そこのバカの妻だが――なに、気にせず友人のように接してくれ」
とりあえずいいたい。
無理です。
「ファイナルぅう! バカってなにさ! 確かに俺はファイナルバカだけど――ごふッ!」
刹那、そんな声のあと、帝王さんは天井に頭を埋めた。
首以下がぶらーんとぶら下がっている。
うわあ……あんなの漫画以外で初めてみたよ。
「黙っていろ」
そしてええと、ファイナルさん……の頬は朱色に染まっていて、ぼくは思った。
なるほど。
そういう照れている表情とか、乱暴な口調とか、一人称とか――リュガのは、お母さんゆずりなんだ。お父さんゆずりかと思ってたや。
「とはいえ――この騒ぎは一体なんだ? サタン、お前もどうしたというのだ」
「………」
サタンさんは無言で答える。
「奥方様。サタンはそこのニアにちょっかいかけて、そのニアにこんなにされたんですよ」
「なっ、貴様、シェリル!」
そんなサタンを見かねてか――嫌がらせか、シェリルさんがそんなことを呟いて、再びサタンが激高。
が、全身複雑骨折の彼には何も出来ない。
「……ふむ。なるほど」
ファイナルさんは何がなるほどなのかよくわからないけれど、頷く。
それからシェリルさんに向き直る。
「しかし、シェリル。何故お前は俺に対して奥方様、なんだ。その、恥ずかしいから止せといってるだろう」
「だって事実ですよ? じゃあじゃあ、ファイナル様がいいんですか?」
「ば、ばかいうな! それに俺よりもお前は年上だろう!」
「えー」
「えーじゃない! とにかく! 俺のことは呼び捨てで構わん! それにだな! 敬語もよせ!」
「無茶いわんでくださいよ! あたし、アナタ様を尊敬してるんですよ!?」
「尊敬しているというのならばもっと友好的に接してくれ! 俺が気を遣うではないか!」
……うん。
おそらくいつものやりとりだろうやりとりを繰り広げて、ファイナルさんはぷうと頬をふくらませた。
こういうところも、どことなくリュガに似ている。
そしてシェリルさんの異常な尊敬心、忠義心にはぼくも驚きだった。
そういえば、メルは卒倒したままだ。
「うー、じゃあ……すんませんけど。ファイナルさ……、ファイナル。メルがこのニアと結婚するそうで、あたしらはここでみんなを呼んで酒盛りしようって騒いでたんだよ」
「何! メルと!」
一際大きく叫んで、その大きな目をぱちぱちさせてから、ファイナルさんはぼくの方へ振り返る。
「その若さで、正気かニア! メルは俺がいうのもなんだか、ガッツもファイトもあるくせしてネットなどというものにうつつを抜かす男だぞ!」
「え、あ、はい……」
「何故だ! もっといい男がいるだろう! ローズとか!」
戸惑うぼくの肩をファイナルさんは両腕で掴んで、身体をがくがくと揺らす。
「あ、あううう」
「いやまてまて! なんでそこで俺の名前が出てくるんだよ!」
「いいではないか。お前は兄のロゼと違って、まだ結婚してないだろう」
「いやよくねーよ! メルと比べられたらなんか複雑な気持ちになるじゃねえか!」
「あ、あの、あの、ぼくは、メルが……」
メルが、よくて……と言葉が続かない。
「ちょっと、ちょっと。ファイナルちゃん。君もそうだったじゃないの」
「む、何がだ」
ここでニヤニヤしながら、ゼノンちゃんが会話に参入。
口ぶりからするに、なんだか仲が良さそうだとぼんやり思うも――目が回っていてよくわからなあい。
「ハイゼットよりもいい男なんて、いっぱいいたでしょ?」
「――っ!」
くすくすと、意地悪そうに笑うゼノンちゃん。
ファイナルさんは顔を真っ赤にする。
「な、なななな、お、俺の話は関係ないだろう!」
「だって男女の話だし、関連くらいはあるんじゃない?」
「うぐっ」
言い負かされてしまったようで、ファイナルさんはじろりとゼノンちゃんをみつめた。
それから実にふてくされた顔で、ぼくをみる。
口をとがらせて、告げる。
「まあ男女のことだ。俺が言うことでもない。――しかし、一度決意したのならば、ニア。投げ出すことは俺が許さないぞ、いいな」
「は、はいい……」
きゅるきゅる目を回すぼくの返答に満足したのか、ファイナルさんはやっと手を離した。
まるで子供のようだなんて言っていたら、きっともっと揺すられたんだろうと恐怖が若干、こみ上げる。
ふとゼノンちゃんをみたら、こちらをみてぱちっとウィンクした。
……助けてくれた、ということなのだろうか。
ぼくが小首を傾げている間に、ファイナルさんは次の行動に移っていた。
近くで卒倒していたメルを片手で持ち上げて、すう、と息を吸う。
それから耳元に口を近づけ、そして。
「こらメルッ起きろ!」
と、思い切り怒鳴りつけた。
そんな乱暴なモーニングコールで起きたメルは動揺と混乱の最中、おそらくテキトウにだとは思うのだけれど、半ば脅されるカタチでぼくへの愛を誓い――、
かくして、ぼくらは実に悪魔敵に、結ばれたのであった。
うん、めでたしめでたし。
「めでたくねええええ! 俺の意志! 俺の意志はいずこへ消えたの!?」
と叫ぶのは、もうちょっと先。
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