隻腕の魔法使いとその助手の話。

黒谷

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第一章「とある雪の日の邂逅」

05

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 ぱりん、と食器が割れる音でハッとした。
 がたがたと傍らで震える幽々子と、俺たちを守るように前に出るユキさん。
 そうして、俺たちと対峙する『黒い影』を模した魔女。
 彼女は顔に大きな目玉が一つ。裂けたように大きな弧を描く口。
 体躯は小学生ほどで、その舌ったらずなしゃべり方も年相応といえばそうだ。


「わたしはただ、そこのわるーいおんなを、けしたいだけなのに」


 細い首に支えられた大きめの頭が、こくり、と傾く。


「どうして、じゃまをするのかしら」

「その『わるーいおんな』の子をね、僕らは助けたいからさ」

「じゃあ、あなたは、わるいまほうつかいなのね」


 影は両手を広げる。
 ずず、と広がった暗闇から、また髪の毛がたくさんあふれ出てきた。


「さんにんまとめてころして、せんせいを、まもる」


 背筋がぞっとした。
 彼女からは確かに、『殺気』というものが溢れ出していた。


「おい、幽々子。先生って誰だよ。なんかやったのか?」

「な、なにもしてない、けど……直希、学校の先生だから……」

「じゃあお前の恋人の生徒ってことか」


 ごき、と拳を鳴らす。
 相手が子供だと思ったら『恐怖』が『怒り』を下回った。
 一歩前に踏み出すと、足元の光もまた、俺に合わせて移動した。


「ユキさん」

「うん?」

「あのガキ、一発殴らせてくれ」


 俺の言葉に、ユキさんはちょっと目を丸くした。


「いいけど……あれもまた本体じゃないよ。使い魔のようなものだろうね」

「ちょうどいいわ。だったら思い切りぶん殴れる」


 こうしている間にも、黒い影は部屋を侵食していた。
 壁、床、天井。
 ありとあらゆる場所に髪の毛が這っている。
 俺とユキさん、幽々子の足元だけはユキさんのおかげで無事だが、それ以外はもうほぼすべて埋め尽くされていた。


「ふむ。まあ、キミは僕の眷属だからね」


 ユキさんは、ぱちん、と指を弾いた。
 目の前がチカチカした。
 俺の周りで足元の光がきらきらと瞬いている。


「キミは僕の剣。キミは僕の盾。キミは僕の、失われた片腕だ」


 光は俺の周りで定着したようだった。
 体の周りをなぞるように、張り付いているようだ。
 不思議な感覚だった。
 いつも以上に体が軽い。いつも以上に、力が湧いてくる。
 これもきっとユキさんの魔法なのだろう。
 ユキさんは、とん、と俺の背中を押した。


「さあ、いっておいで」

「──おう」


 一歩踏み出す。
 辺りを覆う髪の毛が、一斉に動き出して、棘のような形を象り始めた。
 その矛先は俺に向いているようだ。


「やばんなおとこのひとはきらぁい」


 彼女は、両手を胸の前に当ててぶりっ子のようにすると、ぱちり、とその大きな目玉をウインクさせた。


「!」


 途端に上からその棘たちが俺めがけて降り注いだ。
 しかし見えないほど早いわけじゃない。
 掴んで握りつぶすと、それはあっけなくハラハラと消えていった。

(ユキさんの魔法を纏ってるみたいだ)

 走るでもなく、ただ歩いて、距離を詰める。
 降り注いできたそれらを全部防いで、その前に立つ。


「な、なによ、なんで、そんなに」

「おいたが過ぎたな、クソガキ」


 はー、と息を吐きだす。
 それから思い切り、その頭に拳を振り落とした。
 いわゆる、ゲンコツである。


「ギャッ!」


 真っ黒な影はそんな小さな悲鳴と共に、バツンと消え去った。
 そのあまりのあっけなさに、俺は思わず茫然としてしまった。
 みるみるうちに、髪の毛が消えていく。
 ずる、ずる、と退いていく。
 ──そうして、それは隣の部屋へと消えていくようだった。


「ユキさん」

「うん、隣にきっと何かあるね」


 思いっきり振りかぶる。
 そうして、それから、壁をぶち抜くように、拳を振り下ろす!




ドッ




 生前は鍛えたって出来る自信はないが、今はユキさんのおかげだろう。
 壁はあっけなくガラガラと崩れ、隣の部屋があらわになった。


「ちょ、え、そんな!」


 慌てて幽々子が駆け寄ってくる。
 しかし彼女が口にしたのは、壁を壊したことへの反応ではなかった。


「どうして……空き家のはず、なのに!」


 崩れた壁からは、その質素な部屋があらわになっていた。
 誰も住んでいないはずのその部屋には、小さな寝袋と、ランタンがある。
 それから、どこから手に入れたのか燭台と、真っ黒な蝋燭が二本、真っ赤な蝋燭が一本。
 床の真ん中には絵の具で描いたような魔法陣があり、その真ん中には幽々子の写真が置かれていた。


「ふむ、ここに寝泊まりして呪術を仕込んでいたのか。相当な手練れだな」


 子供とは思えない、とユキさんがぽつり呟いた。
 確かに子供とは思えない所業だ。
 けれど、置かれた寝袋はまぎれもなく子供サイズで、とてもじゃないが成人女性が寝れる代物じゃない。


「……ええ、そうよ。わたし、ほんとうはこどもじゃないもの」

「!」


 押し入れから声がした。
 バッと視線をそちらに向ける。
 ぎぎ、と音がして、そこから小さな女の子が出てきた。


「ああ、なるほど。転生した魔女だったか」

「転生って、最近よくフィクションにある……?」

「それはよくしらないが、魔女は永久を生きるためにたまに転生するんだ。知識や記憶を持ったまま転生し、また人生を繰り返す」


 その蝋燭の灯に照らされた四肢は色白で、細い。
 満足にものを食っているのかどうかすら怪しい。


「現代では子供一人で生きていくというと、厳しいからね。よくぞ生き抜いてきたものだよ」

「ふふふ。それは、どうもありがとう」


 彼女は小さく会釈した。
 幽々子はまだ、目を丸くしている。
 今日一日で彼女の人生には大きな影響を及ぼしていることだろう。


「じゃ、じゃあ、この子は、親もなく、一人でここに……?」

「そうだろうね」


 幽々子のつぶやきに、ユキさんは頷いた。
 それに、彼女もだ。


「みよりのないわたしに、せんせいはとてもやさしくしてくれた。だからたくさん、まほうをかけた。わたしのものになってほしくって」


 少女はその小さな手のひらをぼうと見つめていた。


「でも、だめだった。せんせい、うまれながらにまほうのきかないひとだったから」

「霊感がない人間にはたまにあることだね」

「だから、きくほうをけそうっておもったの」


 じろり。
 少女の青色の目が、幽々子を見つめた。
 見つめられた幽々子は、びくっと震えて崩れ落ちる。
 これが普通の人間の反応なのだろう。顔色がひどく悪い。
 俺も背筋にぞくりと冷たいものは感じるが、崩れ落ちるほどじゃない。


「それで? わたしをどうなさるおつもりかしら」


 悪びれる様子が、彼女にはまるでなかった。
 床の上に足を横にして座るさまは、とてもじゃないが小学生にはみえない。


「ユキさん、どうすんだこれ」

「そうだね……力を一つ削いでも強力だったしね。本当は殺してしまうのが王道なんだろうけど……」


 ちらり。ユキさんの視線が幽々子に向く。


「こ、ころすのは、ちょっと。直希の生徒だし……」


 そんなお前は殺されかけたんだぞ、とは言わなかった。
 それを言うのは俺の役目じゃない。
 たぶん、これは──


「幽々子!」

「えっ……」


 隣室のドアを蹴破って現れたのは、身長一七〇はありそうな女だった。
 いや短い髪とその端正な顔立ちは男のようにも思えるが、胸がある。
 名前は聞かずともすぐにわかった。


「直希……どうして……」

「せんせい……」


 二人がこう、呟いたからである。
 俺は目を丸くしていた。
 ぴちっとスーツに身を包んだ彼女は、足早に室内を見渡しながら入ってくる。
 そうして、俺を見るなり「キッ」と文字が浮かびそうなほど睨みつけた。


「お前があんなメッセージをくれるから、予定を何日も繰り上げて帰ってきてしまった」


 声も低めだ。
 女にしては珍しいかもしれない。


「よく無事で……」

「直希……」


 ぎゅっと抱き合う二人をみて、ユキさんはなぜか俺の腕辺りを掴んでいた。
 何だろう。何かやるせなくなったのだろうか。

(にしても、まさか女とは)

 名前の響きや、幽々子のイメージからまさか同性と付き合っているとは思わなかった。
 いやそこに対して何かネガティブなイメージを持っていたりはしないのだが。
 そういうのは人それぞれで、たぶん誰かが口を出していい範囲なんかじゃないのだ。


「お前をこんなにしたのは誰だ? そこの男か?」

「えっ、俺?」


 思わず身構えてしまった。
 それほど濃い殺気が、彼女からは滲み出ている。


「ち、違うよ直希。信じられないかもしれないけど、その……」


 慌てて幽々子が彼女をぐいと引っ張った。
 そうして、


「わたしよ。せんせい」


 少女が、自分を指さしてそう告げた。


「……カティ……」

「これでしんじてくれるかしら。わたしが、まじょだって」


 どこか切なげな微笑みに、彼女は何とも言えない顔をした。
 滲み出ていた殺気が揺らいで、どこかへと消えていく。
 さすがの彼女も、教え子にそんな感情は向けられないのだろう。


「まあ、積もる話もあるだろうし、とりあえずは皆落ち着いて……」


 しんと静まり返った空間を切り開いたのは、何でかユキさんだった。


「僕の阿久津くんの入れてくれたコーヒーでも飲みながら、今後のことを話し合おうじゃないか」

「……何で! 俺が! いれるんだよ!」


 それも他人、いや知り合いの家で!
 勝手がわからないにもほどがある。
 こういうのは普通、家主である幽々子か直希とやらがいれるべきなのでは!
 あとさりげない『マウント』はなんなのだろう。


「ちなみに僕は疲れたからお砂糖たくさんいれてね」

「ならわたし、さとうとみるくがたくさんはいったやつがいいわ」

「ええ、どうせならココアが飲みたいな私は」

「……自分は紅茶で」


「自由かお前ら!」


 
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