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第一章「とある雪の日の邂逅」
06
しおりを挟むカティ・エトワール。
それが少女の名前らしい。
幽々子の恋人である、崎守直希(さきもり なおき。苗字をようやく聞けた)が言うには、学校では大人しい生徒で、日本人の父と外国人の父がいるハーフということになっていたのだとか。
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「いいえ、それはごかいよ。まほうつかいのけんぞくさん」
ずず、とお望み通りの砂糖・ミルクたっぷりのコーヒーを啜って、少女、カティは言う。
「てんせいするまえに、ジャパニーズのとのがたとかんけいをもったのはじじつですから」
「え。じゃあ……」
「そのかたのみょうじはすててしまったけれど、こせきがあるのはたしかよ」
うふふ、と少女はそんなことを呟いて微笑んだ。
なんだかぞっとした。
その男、生きてるんだろうか。
「……僕は頭が痛いな。こんな話、信じられない」
ぐりぐりと眉間を抑える崎守。
そりゃそうだ。俺だってそう思う。
もしユキさんに会ってなくて、俺が崎守の立場だったら理解したくもなかったと思う。
「幽々子がひどい目にあってたのはわかるんだが……その、なんていうか……」
「目の前に魔法使いと、魔女がいるんだ。そうしてその眷属もね。それでもかい?」
「ああ。正直、子供が二人と変な男が一人にしかみえない」
けど、と崎守は言った。
「信じよう。何しろ我が家の壁に穴があり、ベランダの窓は壊されている状況だからな」
そこでようやく、室内の被害がすごいことに俺も気が付いた。
そりゃそうだ。空き部屋だという隣もさることながら、その壁をぶち抜き、ベランダの窓は壊れ、ドアも破壊されている。
被害額というと結構なものになりそうだ。二人、払えるのだろうか。
「そのへん、当然直すか修理費はいただけるんだろうな?」
じろり。
視線はどういうわけか、俺に向く。
「待て待て。何で俺だ」
「お前がぶち抜いたという話はきいた」
「いやだとしてもドアはあんただろ。全部背負わせるなよ」
こっちにだって金はないのだ。
それでなくとも、高級なオーブントースター買ったばかりだし。
電子レンジも買ったし。四つ切りのパンも、鍋でつくるココアも奮発しちまったし。
「では僕とカティでそこは何とかしよう」
ユキさんが、こと、とカップをテーブルに置いて立ち上がった。
カティもそれに続く。
「そうね。ころさないというやさしさにめんじて、ちからをかしましょう」
こいつはどこまでも上から目線である。
いや、実際ユキさん同様、高齢といえば高齢なのだから当然か。
ユキさんがその指先をベランダに向ける。
キラキラと輝くその光は、ぱつんと弾けてベランダへと放たれた。
「輝ける『乙女たち(アダーラ)』、その壊れたものを直しておくれ」
光は無数に分かれて、ベランダへと張り付き、また床に散らばったガラスへと張り付いて、それを元あった場所に戻していく。
それはまるで小さな妖精がたくさんいるようにみえた。
いつみても鮮やかなものだ。
「でも、カティ……ちゃん、は、住む場所ないんでしょ? どこか、家とか、家族とか……」
「殺されかけたやつのセリフか、それ」
幽々子にそう言ったのは、崎守だった。
「お前は本当にお人よしだな。そんなだから、呪いの人形とか、そういうものを拾ってくるんだ」
「だ、だって可哀想なんだもん! 私は、直希がいるからいいけど、他の人はそうじゃないんだし」
「ふふ。それもそうだ」
二人だけの世界がそこにはあるようだった。
なんか多少聞き捨てならない単語はあったけれど、それは無視しよう。
「はあ。なんだか、さめちゃったわ」
カティは、隣の部屋のものをどこかへと消しながら、ぽつり呟いた。
それについては俺もよくわかる気がした。
なんだかほんの少しだけ、彼女が不憫に思えてきた。
何しろ、到底かないそうにないものに、挑もうとしていたのだから。
「運命の番なんてそうそう出会えるものじゃないさ。キミもまた探せばいい」
「……あなたはもうみつけた、といわんばかりね」
「そうだよ。僕にはもう、阿久津くんがいるからね」
こちらもこちらで、俺にはよくわからない話をしているようだ。
一人取り残されたようになった俺は、自分のいれたコーヒーを啜った。
時刻は深夜零時を回ろうとしていて、程よい眠気と疲れが、体を支配しかけていた。
結局カティはこちら側で預かることとなった。
学校には箒で飛んでいくからどれだけ離れても問題はないらしい。
いや俺たちには十分問題があったのだが、カティが向かいの大木の中に住むといったので決着がついた。
魔女としてそういうことができるらしい。
「これからはおむかいさんとしてよろしくね」
そんなことをいって、彼女は木の幹へと消えていった。
不思議なことに、そこにはじわ、と扉が浮き出てきて、俺は魔女の家というものを初めてみることとなった。
中はどうなっているのだろう。
ユキさん同様、家電とかがない部屋なのだろうか。
今度何か機会があれば、覗いてみたいものだ。
「最初からこうすれば、こいつ、あんな空き部屋に住むことなかったんじゃねえの」
「僕らはどこでも住めるわけじゃないんだよ、阿久津くん。所詮はこの島国の異分子、許された場所にしか身を置けないんだ」
家に入る前に、ユキさんはそんなことをいって崖の壁を撫でた。
もちろん壁というよりは土だ。
綺麗に断層が見える。
「ここら一帯は僕が土地神に許可をとったのさ。だから安心して住めるというだけのことだよ」
「ふうん……俺にはよくわかんねーわ」
「もう。せっかく説明してあげたのに」
ユキさんは唇を尖らせていたが、その首根っこを掴んで、俺は家の中に足早に入った。
もうだいぶ眠い。明日の朝ごはんのこともある。
はやく寝て、早く起きて、究極のトースターとやらを試さなきゃならないのだ。
ユキさんに約束してしまった手前、それなりのものを用意してやりたい。
「……そういや、あの魔女。ごはんとか、金とか、大丈夫なのか?」
ふと気になった俺は、上着を脱ぎ棄てながら、ぴたりと止まった。
もしそうならば明日の朝はもう一人分追加になる。
「大丈夫でしょ。彼女、人間の中に紛れ込んで住んでるようだったし」
「ユキさんは大丈夫じゃなかっただろ」
「僕は別さ。だって長らく眠っていたからね」
「え」
ふあ、と欠伸を漏らすユキさんが、ベッドの横をぽんぽんと叩く。
「だからおいで」
優しい声音に、俺の身体はまた沈むこむように、そこへ。
彼の片腕しかない沼の中へと、ずぶずぶ浸かっていく。
「キミも疲れたろう。何しろ魔法を纏わせたのは初めてだったし」
まどろんでいく意識の中で、ユキさんはそんな言葉を吐いた。
やはりあの身体を包んでいたキラキラは、魔法だったらしい。
今頃は幽々子も、あの崎守と二人でこうしてベッドにいるんだろうか。
あの、ピンク色のベッドで。
「……ユキさんさあ」
「うん?」
「俺が、幽々子のことまだ好きだって言ってたら、あの時、止めてたか?」
ユキさんは少し黙った。
それから、「ふふ」と笑った。
「いいや。ただ、胸が痛くて、泣いてたかも」
「なんだよそれ、まるで……」
まるで、と口にして、そこから先は言えなかった。
意識が急にすとんと真っ暗闇へ落ちてしまった。
ぼんやりした虚無の中、ユキさんの声が聞こえた気がしたけど、何を言っているのかわからなかった。
「……そうだよ。すきなんだよ、阿久津くん。初めてみたときから、ずうっとね」
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