11 / 18
第二章「魔法使いの町。」
02
しおりを挟む列車から降りて、ホームへ。
その歯車がやたらと特徴的なスチームパンクの世界観を持つ町には、異様な香りが漂っていた。
どこか甘さと、ヨーロッパの香りを感じる風を肌に受けながら、ユキさんの背を追いかける。
街をゆく人々は、あのホームで見た人達よりも、もう一段階濃いような気がした。
誰もかれもが杖を持ち、優雅に道を闊歩する様はまるで異世界にでも来たかのようだ。
「なあ、ユキさん」
「うん?」
「あれもサラザールなんたらみたいに有名人なのか?」
駅舎の前の広場にあった銅像を指さす。
ローブに身を包んだ男とも女とも知れぬ体躯の銅像で、その指先はこの町で一番高い塔を指さしているようだった。
「ああ」
ユキさんは、それをちらりと一瞥して笑った。
「僕らの世界でまことしやかに囁かれる、『原初の魔法使い』だよ」
「原初?」
「そ。十人の弟子をとり、とある島を作り上げて眠りについたとされている強大な魔法使いさ」
「へえ……」
そもそも俺たちの世界ですら、『魔法使い』は都市伝説みたいなもんだ。
その世界ですら幻のように扱われているのなら、もはやどれだけ存在が希釈されているのかわからない。
あと魔法で島をつくるということの大変さも、いまいちピンと来なかった。
「ユキさんより凄いってことか? そいつ」
「あははっ、当然だよ。僕なんて彼女の足元にも及ばないさ」
吹き出すように笑って、ユキさんはまた前を向いた。
俺は一瞬、固まってしまった。
(……彼女、ねえ)
そんな幻で泡沫のような存在の性別を、ユキさんは知っている。
銅像ですら顔立ちもローブのしたもはっきりしないというのに。
(会ったことがあるのか)
言及はしなかったが、恐らくあるのだろう。
それがいつのことなのかは俺にはわからないし、別に大したことじゃあないけれど。
しばらくユキさんの少し後ろを歩いていると、ユキさんはとある建物の前で立ち止まった。
大きな真四角の建物で、入口の戸は今どき珍しい、アンティーク調の回転扉である。
「ここに絵を買い取ってくれるやつがいるのか」
「ウン。待ち合わせをここに指定してたから、よほどのことがない限りはいると思うよ」
ユキさんの肩を抱いて、そのまま二人そろって回転扉へ。
難なくそこを潜り抜け、建物の中に入る。
中には受付とかそういうものはなく、商業施設と企業の施設が複合しているビルのようだった。
左手にあるホールにはたくさん机と椅子が並べられていて、カフェのようだ。
「俺はどうしてたらいい。黙ったまま立ってた方がいいか」
「その方がラクでしょう? 僕がうまくやるから、キミはキミの思うまま振る舞ってくれて構わないよ」
「ン」
絵の買い取り手だという男が現れたのは、それから数分してからのことだった。
「いやあ、遅れてすまない!」
そんなふうに口にしながら、このビルの上の方から降りてきたようだった。
ユキさんはとくに怒る様子もなく、「うん」とただ頷いた。
(商人のくせに時間を守れないってのはどうなんだ)
頭にはシルクハット。
身に着けているのはえんじ色のスーツ。
手にはアンティーク調な杖と、古びた茶色のトランク。
……少し、胡散臭いひげ面がとても気になる。
「おや。君は弟子をとったりはしないと思ったのだが」
顎に手を当てて、男はそう呟いた。
俺をじろりと観察するように見つめている。
「弟子じゃあないよ。助手さ。僕の新しい片腕だよ」
「ああ、なるほど」
ユキさんの返答に、男は納得するように頷いた。
「義手代わりということか」
まあいい、というと、男はカフェの方へ促した。
「ここではなんだから、座って話そうじゃないか」
「絵を売るだけだよ。キミと話すことはそう多くないと思うけどね」
「邪険にするものではないよ。ささ、ほら」
「むう……」
結局、ユキさんは男の指示に従ったので、俺も続く。
丸いテーブルに椅子が三つ置かれた席の一つに、男は腰かけた。
俺とユキさんもそれに続くと、男は「さあ」と腕を広げた。
「早速だが絵を見せてくれるか」
待ちきれないようだった。
俺がトランクをそのテーブルの上に乗せると、ユキさんはパチン、と指をはじいた。
トランクがひとりでに開き、あの黒い布に包まれたキャンバスが飛び出してくる。
それは男目掛けて飛び込むようだった。
男はそれを片手で受け止めると、黒い布を丁寧に引きはがした。
「ああ、これは、また……」
うっとりとするような目で、男はそれをみた。
あの絵だ。
あの、気味の悪い女の絵。
針金細工のように細長く、長い髪の不気味な女。
それを男は、絶世の美女でも眺めるようにして見つめていた。
「……魔女かね、これは」
「そうだよ。魔女の怨念が籠っている」
「どうりで……」
男が何を感じ取っているのかはわからなかった。
が、舌なめずりする姿には少なくとも好感を覚えたりはしなかった。
「買おう。いくらがいい」
「七百」
「そんなものでいいのか。千でも、二千でも出す」
「じゃあ君の好きにしなよ。僕には生憎、興味がない」
「勿体ない……素晴らしい魔法で描かれた、魔女の怨念だというのに……」
すり、と頬ずりをして、男は懐からメモ帳のような束を取り出した。
胸ポケットから万年筆を取り出すと、それに何かを書き記して、ちぎる。
そうしてユキさんの方に差し出した。
「……確かに。これでそれは君のものだ。僕らはこれで失礼を……」
「待て」
立ち上がろうとしたユキさんを、男は片手で制した。
「何?」
少し不機嫌そうに、ユキさんが止まる。
怒るまでいかなくとも、そんな表情を浮かべるのはレアだ。
「あれだけもう依頼は受けないといったのに、どうしてまた」
「少し事情があって描いただけさ。これ以上はない」
「どうしてもか? 君のような魔法使いを、民は熱望しているのに」
「僕は神さまじゃない。熱望されても困るというものだよ」
溜息をつくように、ユキさんはそう呟いた。
「いこう」
いつものように、俺の名前を呼ばずにユキさんは俺を促した。
名前を知られたくないのだろう、と俺もそれに従って立ち上がる。
こちらに来ようとしていたウェイターが、その挙動をみて立ち止まったのが見えた。
「……日本の住み心地が気に入ったからか」
「!」
ぴくり。
ユキさんの足が止まる。
「それとも、その男が原因か?」
「……それ以上は聞かない方がいい」
男に対しての返答を、ユキさんは振り向かずに口にした。
必然的に俺もユキさんがどんな顔でそう言っているのかわからなかった。
けれど。
声音は、少し『怒っている』ような気がした。
(あの、ユキさんが)
ちらり。俺がかわりに振り返ると、男もまた、凄まじい目をしていた。
執着心の塊のような、ネバついた目線だ。
あの男が魔法使いなのか、ただの『商人』なのかは知らないが、おそらくは『ユキさん』という魔法使いが欲しいのだ。
コレクターのように、集めたいだけなのか、目的があるのかまでは計り知れないが、そんな目だった。
「キミだって、絵に閉じ込められたくはないでしょう」
やや間を空けてから、ユキさんはそういって笑顔で振り返った。
そして俺の腕を強く引く。
「ささ、いこう。お腹減った」
「え。列車内で食ったじゃねーかよ」
「いいでしょう。何か食べて帰ろう」
それきりユキさんは一度も振り返らないで、あの回転扉の中をくぐった。
俺も慌ててそれに続く。
トランクがガラスの扉にあたりそうになるのをギリギリ交わして、俺たちは建物の外へ逃げるように飛び出した。
……男は追ってはこなかった。
ただ、こちらをじ、と見つめているのはわかった。
「げ。まだ見てるし」
ユキさんもそれがわかったのか、少し嫌そうな顔をした。
「市場の方に行こう。どうせ換金もしたいし」
「その紙切れ、役に立つのか? ただのメモ帳にしか見えないけど」
「もちろん」
貰ったメモ帳の切れ端のようなそれに、ユキさんはちゅ、と口づけした。
「キミたちの世界にだって『小切手』はあるだろう。あれのようなものさ」
「じゃあ銀行もあるのか?」
「うん。そりゃあるさ。……え、もしかしてないとか思ってた?」
「うるせーうるせー! いいだろ別に! よくわかんねーんだから!」
大きな通りを二つ抜けて、細い道を二つ曲がって、再び大きな道へ出る。
通りの一番奥にはびっくりするくらい大きな塔が建っていて、それが町のシンボルのようになっているようだった。
その手前には大きく開けた広場があり、噴水が見える。
噴水のそばには、また、あの銅像が建っていた。
「あの塔の中に、銀行が?」
「うん」
俺が指さすと、ユキさんは頷いた。
「飲み食いする分以外は全部換金しちゃおうかな……」
「そんなに食費困ってないけどな」
「でも、ほら。キミはあの家より、もっとちゃんとした建物がいいって思ってるでしょう。それにはお金かかるし……」
「え」
唐突な言葉に、俺は立ち止まった。
そんなこと喋ったこと、一度だってないと思うのだが。
「喋らなくたってわかるさ。僕は気にしたことなかったけど、普通じゃないものね」
穴倉のようだし、とユキさんは少ししょげたようだった。
確かに穴倉だし、いつの時代だよ、とかゲームかよ、とは思うが……。
電気も水も通っていて、家賃がとられないというのは破格の待遇なのではないだろうか。
もちろん違法に通しているので、メーターとかないし電気代も水道代も払ってはいないから多少良心は痛んじゃいるが。
しかし。しかしである。
だからといって、マンションに引っ越したいかと言われると、それはまた違う。
ああいう暮らしが悪いわけじゃあないのだ。
「別に、俺は……」
「だからね、あそこに家を建てようと思って。そしたら、もう少しちゃんとできるでしょう?」
「……家?」
「うん。全部魔法でやると疲れるし、多少材料費はかかると思うんだよねえ」
うんうん、と頷くユキさん。
俺はその隣で、頭を抱えた。
このひと、大工に頼むとかじゃなく、マンションに移り住むとかではなく。
家なんていうものを、自分で建てようとしているらしい。……それも、俺のために。
「あー、ユキさん。別に俺はあのままでも……」
「阿久津くんは屋根の色とか何色がいい? 地下も作ったりする? 部屋は何部屋くらいあればいいかなあ」
「!」
にこっと笑いながら、ユキさんは俺の顔を仰ぎ見た。
なんか、まるで、新婚さんが家建てるときみたいな会話だ、と思った途端に一気に恥ずかしくなった。
顔が熱い。熱すぎる。
「? 阿久津くん?」
「……別に、何でもいい」
「そう?」
幸い、ユキさんにはバレていないようだった。
すぐにくるりと踵を返して、ユキさんはまた前を向く。
「さー、何食べようかなあ」
能天気なもんである。
0
あなたにおすすめの小説
俺の婚約者は小さな王子さま?!
大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」
そう言い放ったのはこの国の王子さま?!
同性婚の認められるパミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。
今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。
「年の差12歳なんてありえない!」
初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。
頑張り屋のアルミス王子と、諦め系自由人のカイルアが織り成す救済BL
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ラピスラズリの福音
東雲
BL
*異世界ファンタジーBL*
特別な世界観も、特殊な設定も、壮大な何かもありません。
幼馴染みの二人が遠回りをしながら、相思相愛の果てに結ばれるお話です。
金髪碧眼美形攻め×純朴一途筋肉受け
息をするように体の大きい子受けです。
珍しく年齢制限のないお話ですが、いつもの如く己の『好き』と性癖をたんと詰め込みました!
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
後宮に咲く美しき寵后
不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。
フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。
そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。
縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。
ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。
情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。
狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。
縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。
カフェ・コン・レーチェ
こうらい ゆあ
BL
小さな喫茶店 音雫には、今日も静かなオルゴール調のの曲が流れている。
背が高すぎるせいか、いつも肩をすぼめている常連の彼が来てくれるのを、僕は密かに楽しみにしていた。
苦いブラックが苦手なのに、毎日変わらずブラックを頼む彼が気になる。
今日はいつもより温度を下げてみようかな?香りだけ甘いものは苦手かな?どうすれば、喜んでくれる?
「君の淹れる珈琲が一番美味しい」
苦手なくせに、いつも僕が淹れた珈琲を褒めてくれる彼。
照れ臭そうに顔を赤ながらも褒めてくれる彼ともっと仲良くなりたい。
そんな、ささやかな想いを込めて、今日も丁寧に豆を挽く。
甘く、切なく、でも愛しくてたまらない――
珈琲の香りに包まれた、静かで優しい記憶の物語。
隊長さんとボク
ばたかっぷ
BL
ボクの名前はエナ。
エドリアーリアナ国の守護神獣だけど、斑色の毛並みのボクはいつもひとりぼっち。
そんなボクの前に現れたのは優しい隊長さんだった――。
王候騎士団隊長さんが大好きな小動物が頑張る、なんちゃってファンタジーです。
きゅ~きゅ~鳴くもふもふな小動物とそのもふもふを愛でる隊長さんで構成されています。
えろ皆無らぶ成分も極小ですσ(^◇^;)本格ファンタジーをお求めの方は回れ右でお願いします~m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる