隻腕の魔法使いとその助手の話。

黒谷

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第二章「魔法使いの町。」

02

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 列車から降りて、ホームへ。
 その歯車がやたらと特徴的なスチームパンクの世界観を持つ町には、異様な香りが漂っていた。
 どこか甘さと、ヨーロッパの香りを感じる風を肌に受けながら、ユキさんの背を追いかける。
 街をゆく人々は、あのホームで見た人達よりも、もう一段階濃いような気がした。
 誰もかれもが杖を持ち、優雅に道を闊歩する様はまるで異世界にでも来たかのようだ。


「なあ、ユキさん」

「うん?」

「あれもサラザールなんたらみたいに有名人なのか?」


 駅舎の前の広場にあった銅像を指さす。
 ローブに身を包んだ男とも女とも知れぬ体躯の銅像で、その指先はこの町で一番高い塔を指さしているようだった。


「ああ」


 ユキさんは、それをちらりと一瞥して笑った。


「僕らの世界でまことしやかに囁かれる、『原初の魔法使い』だよ」

「原初?」

「そ。十人の弟子をとり、とある島を作り上げて眠りについたとされている強大な魔法使いさ」

「へえ……」


 そもそも俺たちの世界ですら、『魔法使い』は都市伝説みたいなもんだ。
 その世界ですら幻のように扱われているのなら、もはやどれだけ存在が希釈されているのかわからない。
 あと魔法で島をつくるということの大変さも、いまいちピンと来なかった。


「ユキさんより凄いってことか? そいつ」

「あははっ、当然だよ。僕なんて彼女の足元にも及ばないさ」


 吹き出すように笑って、ユキさんはまた前を向いた。
 俺は一瞬、固まってしまった。

(……彼女、ねえ)

 そんな幻で泡沫のような存在の性別を、ユキさんは知っている。
 銅像ですら顔立ちもローブのしたもはっきりしないというのに。

(会ったことがあるのか)

 言及はしなかったが、恐らくあるのだろう。
 それがいつのことなのかは俺にはわからないし、別に大したことじゃあないけれど。
 しばらくユキさんの少し後ろを歩いていると、ユキさんはとある建物の前で立ち止まった。
 大きな真四角の建物で、入口の戸は今どき珍しい、アンティーク調の回転扉である。


「ここに絵を買い取ってくれるやつがいるのか」

「ウン。待ち合わせをここに指定してたから、よほどのことがない限りはいると思うよ」


 ユキさんの肩を抱いて、そのまま二人そろって回転扉へ。
 難なくそこを潜り抜け、建物の中に入る。
 中には受付とかそういうものはなく、商業施設と企業の施設が複合しているビルのようだった。
 左手にあるホールにはたくさん机と椅子が並べられていて、カフェのようだ。


「俺はどうしてたらいい。黙ったまま立ってた方がいいか」

「その方がラクでしょう? 僕がうまくやるから、キミはキミの思うまま振る舞ってくれて構わないよ」

「ン」


 絵の買い取り手だという男が現れたのは、それから数分してからのことだった。


「いやあ、遅れてすまない!」


 そんなふうに口にしながら、このビルの上の方から降りてきたようだった。
 ユキさんはとくに怒る様子もなく、「うん」とただ頷いた。

(商人のくせに時間を守れないってのはどうなんだ)

 頭にはシルクハット。
 身に着けているのはえんじ色のスーツ。
 手にはアンティーク調な杖と、古びた茶色のトランク。
 ……少し、胡散臭いひげ面がとても気になる。


「おや。君は弟子をとったりはしないと思ったのだが」


 顎に手を当てて、男はそう呟いた。
 俺をじろりと観察するように見つめている。


「弟子じゃあないよ。助手さ。僕の新しい片腕だよ」

「ああ、なるほど」


 ユキさんの返答に、男は納得するように頷いた。


「義手代わりということか」


 まあいい、というと、男はカフェの方へ促した。


「ここではなんだから、座って話そうじゃないか」

「絵を売るだけだよ。キミと話すことはそう多くないと思うけどね」

「邪険にするものではないよ。ささ、ほら」

「むう……」


 結局、ユキさんは男の指示に従ったので、俺も続く。
 丸いテーブルに椅子が三つ置かれた席の一つに、男は腰かけた。
 俺とユキさんもそれに続くと、男は「さあ」と腕を広げた。


「早速だが絵を見せてくれるか」


 待ちきれないようだった。
 俺がトランクをそのテーブルの上に乗せると、ユキさんはパチン、と指をはじいた。
 トランクがひとりでに開き、あの黒い布に包まれたキャンバスが飛び出してくる。
 それは男目掛けて飛び込むようだった。
 男はそれを片手で受け止めると、黒い布を丁寧に引きはがした。


「ああ、これは、また……」


 うっとりとするような目で、男はそれをみた。
 あの絵だ。
 あの、気味の悪い女の絵。
 針金細工のように細長く、長い髪の不気味な女。
 それを男は、絶世の美女でも眺めるようにして見つめていた。


「……魔女かね、これは」

「そうだよ。魔女の怨念が籠っている」

「どうりで……」


 男が何を感じ取っているのかはわからなかった。
 が、舌なめずりする姿には少なくとも好感を覚えたりはしなかった。


「買おう。いくらがいい」

「七百」

「そんなものでいいのか。千でも、二千でも出す」

「じゃあ君の好きにしなよ。僕には生憎、興味がない」

「勿体ない……素晴らしい魔法で描かれた、魔女の怨念だというのに……」


 すり、と頬ずりをして、男は懐からメモ帳のような束を取り出した。
 胸ポケットから万年筆を取り出すと、それに何かを書き記して、ちぎる。
 そうしてユキさんの方に差し出した。


「……確かに。これでそれは君のものだ。僕らはこれで失礼を……」

「待て」


 立ち上がろうとしたユキさんを、男は片手で制した。


「何?」


 少し不機嫌そうに、ユキさんが止まる。
 怒るまでいかなくとも、そんな表情を浮かべるのはレアだ。


「あれだけもう依頼は受けないといったのに、どうしてまた」

「少し事情があって描いただけさ。これ以上はない」

「どうしてもか? 君のような魔法使いを、民は熱望しているのに」

「僕は神さまじゃない。熱望されても困るというものだよ」


 溜息をつくように、ユキさんはそう呟いた。


「いこう」


 いつものように、俺の名前を呼ばずにユキさんは俺を促した。
 名前を知られたくないのだろう、と俺もそれに従って立ち上がる。
 こちらに来ようとしていたウェイターが、その挙動をみて立ち止まったのが見えた。


「……日本の住み心地が気に入ったからか」

「!」


 ぴくり。
 ユキさんの足が止まる。


「それとも、その男が原因か?」

「……それ以上は聞かない方がいい」


 男に対しての返答を、ユキさんは振り向かずに口にした。
 必然的に俺もユキさんがどんな顔でそう言っているのかわからなかった。
 けれど。
 声音は、少し『怒っている』ような気がした。

(あの、ユキさんが)

 ちらり。俺がかわりに振り返ると、男もまた、凄まじい目をしていた。
 執着心の塊のような、ネバついた目線だ。
 あの男が魔法使いなのか、ただの『商人』なのかは知らないが、おそらくは『ユキさん』という魔法使いが欲しいのだ。
 コレクターのように、集めたいだけなのか、目的があるのかまでは計り知れないが、そんな目だった。


「キミだって、絵に閉じ込められたくはないでしょう」


 やや間を空けてから、ユキさんはそういって笑顔で振り返った。
 そして俺の腕を強く引く。


「ささ、いこう。お腹減った」

「え。列車内で食ったじゃねーかよ」

「いいでしょう。何か食べて帰ろう」


 それきりユキさんは一度も振り返らないで、あの回転扉の中をくぐった。
 俺も慌ててそれに続く。
 トランクがガラスの扉にあたりそうになるのをギリギリ交わして、俺たちは建物の外へ逃げるように飛び出した。
 ……男は追ってはこなかった。
 ただ、こちらをじ、と見つめているのはわかった。


「げ。まだ見てるし」


 ユキさんもそれがわかったのか、少し嫌そうな顔をした。


「市場の方に行こう。どうせ換金もしたいし」

「その紙切れ、役に立つのか? ただのメモ帳にしか見えないけど」

「もちろん」


 貰ったメモ帳の切れ端のようなそれに、ユキさんはちゅ、と口づけした。


「キミたちの世界にだって『小切手』はあるだろう。あれのようなものさ」

「じゃあ銀行もあるのか?」

「うん。そりゃあるさ。……え、もしかしてないとか思ってた?」

「うるせーうるせー! いいだろ別に! よくわかんねーんだから!」


 大きな通りを二つ抜けて、細い道を二つ曲がって、再び大きな道へ出る。
 通りの一番奥にはびっくりするくらい大きな塔が建っていて、それが町のシンボルのようになっているようだった。
 その手前には大きく開けた広場があり、噴水が見える。
 噴水のそばには、また、あの銅像が建っていた。


「あの塔の中に、銀行が?」

「うん」


 俺が指さすと、ユキさんは頷いた。


「飲み食いする分以外は全部換金しちゃおうかな……」

「そんなに食費困ってないけどな」

「でも、ほら。キミはあの家より、もっとちゃんとした建物がいいって思ってるでしょう。それにはお金かかるし……」

「え」


 唐突な言葉に、俺は立ち止まった。
 そんなこと喋ったこと、一度だってないと思うのだが。


「喋らなくたってわかるさ。僕は気にしたことなかったけど、普通じゃないものね」


 穴倉のようだし、とユキさんは少ししょげたようだった。
 確かに穴倉だし、いつの時代だよ、とかゲームかよ、とは思うが……。
 電気も水も通っていて、家賃がとられないというのは破格の待遇なのではないだろうか。
 もちろん違法に通しているので、メーターとかないし電気代も水道代も払ってはいないから多少良心は痛んじゃいるが。
 しかし。しかしである。
 だからといって、マンションに引っ越したいかと言われると、それはまた違う。
 ああいう暮らしが悪いわけじゃあないのだ。


「別に、俺は……」

「だからね、あそこに家を建てようと思って。そしたら、もう少しちゃんとできるでしょう?」

「……家?」

「うん。全部魔法でやると疲れるし、多少材料費はかかると思うんだよねえ」


 うんうん、と頷くユキさん。
 俺はその隣で、頭を抱えた。
 このひと、大工に頼むとかじゃなく、マンションに移り住むとかではなく。
 家なんていうものを、自分で建てようとしているらしい。……それも、俺のために。


「あー、ユキさん。別に俺はあのままでも……」

「阿久津くんは屋根の色とか何色がいい? 地下も作ったりする? 部屋は何部屋くらいあればいいかなあ」

「!」


 にこっと笑いながら、ユキさんは俺の顔を仰ぎ見た。
 なんか、まるで、新婚さんが家建てるときみたいな会話だ、と思った途端に一気に恥ずかしくなった。
 顔が熱い。熱すぎる。


「? 阿久津くん?」

「……別に、何でもいい」

「そう?」


 幸い、ユキさんにはバレていないようだった。
 すぐにくるりと踵を返して、ユキさんはまた前を向く。


「さー、何食べようかなあ」


 能天気なもんである。



 
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