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第二章「記憶奪還。帝都潜入騒動。」
02
しおりを挟む──夢を見た。
おそらくは鎖された記憶が、わずかに揺らいだのではないか、と思う。
「………」
居ても立っても居られず、外に出た。
珍しく黒と赤の空はなく、青空が顔を出そうとしていた。
朝日を浴びるのは久しぶりだ。
帝都にいる頃はこんなことはなかった。
いつ起きても赤と黒がとぐろを巻く空で、遠くの方には戦火があがっていた。
「なんだ。もう起きてたのか」
「デス……」
振り返ると、欠伸を漏らしながら親友が歩いてきていた。
いつもよりだいぶ眠そうだ。
いや、当然だろう。彼は宣言通り、夜通し番をしていたのだから。
「寝てていいよ。俺、もう眠れそうにないし」
えへへ、と頬をかく。
しかしそれには取り合わず、デスはハイゼットの隣に並んだ。
「よくもまあ、こんな眩しいモン見てられるな」
「そう? 綺麗だから、俺はずうっと浴びてたくなるよ」
朝日に向かって体を伸ばす。
たったそれだけで、全身の疲れが消えていくようだ。
デスは、おもむろにハイゼットの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「わ、わ、なに」
無言である。
ただじっと朝日を眺めて、眩しそうに目を細めるばかりだった。
「どんな夢みたのか知らねえし聞く気もねえが」
「聞く気ないのかよ!」
「二度とお前をゴルトの手には渡さない」
誓ってもいいぜ。と、デスは続けた。
「あいつに二度目のチャンスはこない。あの頃は俺もガキだった。だからああするしかなかったが──今は違う」
ハイゼットはじ、とデスを見た。
彼の顔には明らかな後悔がある。それも、あまりに大きなものだ。
そうしてそれにはあからさまに自分が絡んでいるのだ。
(俺も)
そんな顔を見ていると、胸がぎゅっと縮まるような思いした。
二度と、そんな顔はさせたくない。
「うん」
こく、と静かにうなずくと、デスも「よし」と頷いた。
ハイゼットは、それを言葉にはしなかった。
それを言ってはいけない気がした。
「もどろっか。今日はたくさん歩くんだよね?」
「空飛んでったらバレやすいし、ファイナルは飛べないからなあ」
「え。天使なのに?」
「おう、あいつ小さい頃にに羽根なくしてるから」
本人はあんまり気にしてないけどな、とデスは続けた。
ハイゼットは胸のあたりをぎゅっとつかんだ。
なんだかちく、と痛む。
「幸い、いい抜け道は知ってる」
「そんなのあるの? ゴルト、前にそういうのは全部手に取るようにわかるっていってたけど」
教育の一環として、帝王城をあれこれ説明されたとき。
これだけ広ければ抜け道の一つがあってもわからないね、といったときに、ゴルトは呆けたような顔をしていた。
あらゆる路を把握してある、とか。
どこを壊されても手に取るようにわかる、とか。
内部の動きは把握してある、とか。
一度試しに抜け出そうとして、彼の部下につかまったことだってあった。
「まるで頭の中にマップがあるんじゃないかって、そう思ったくらい凄かったよ」
「そりゃアイツの能力のせいだ。触れたモンの構造を瞬時に理解する、そういう能力持ちなんだよ」
「何ソレ。強いの?」
「強いだろ。構造さえわかってれば、殺すも生かすも改造するのも簡単だ」
さ、もう中に入るぞ。そういってデスはハイゼットの腕を引く。
風が少し冷たかった。
手をひくデスの背中を見ながら、ハイゼットはぼんやりと今聞かされた話を頭の中で反復していた。
(触れるだけで構造を理解する。あとは、殺すも生かすも、改造するも、自由)
彼には幾度も触れたし触れられた。
一度は彼の手に捕らわれていたのだ。当然のことだ。
記憶のことも、改造の一端なのかもしれない。
(何か、不安が、あるような気がしたんだけど)
頭の中がもやもやとした。
何がそうなのかわからないことが、なんだか気持ち悪かった。
民家を出て、森の中をしばらく歩くと、建物が見えてきた。
廃れた町で、町の名を示す看板もアーチもない。
町に着くころには空もすっかり赤と黒に戻り、その廃墟のような建物群は赤黒く染まっていた。
「こ、これ、町なの?」
たまらず、ハイゼットはデスの腕に抱き着いた。
基本的に帝都の外にはあまり出ず、ほかの町にいくこともなかった彼にとっては、初めての町だった。
ファイナルもフェニックスもエターナルも、それぞれボロボロのマントをかぶり、身を隠して歩いていた。
フェニックスとエターナルはおびえるようにお互いの手を取り合っている。
「そ。ここが町」
デスは頷いた。
しかし見渡す限り廃墟であり、とてもじゃないが人影は見えない。
その廃墟と化した建物に、デスはずんずんと入っていく。
「ま、待ってよ! もう!」
慌ててハイゼットはその後ろを追いかけた。
それに続いて、ファイナルたちもぱたぱたと中へ入る。
屋内はやはり塵やほこり、瓦礫なんかにまみれていて、とてもじゃないが誰かが住んでいるようにはみえなかった。
それに所々黒く残るこれは、恐らく焼け焦げた跡だ。
(つまり、ここも、戦火に)
ゴルトが宰相を名乗るようになってから、各地では戦火が絶えないのだという。
城からもよく煙と火が上がっているのをみた。
そうなる前は、どんな町だったのだろう。
どんな悪魔が、住んでいたのだろう。
壁に貼られて、わずかにしか残っていないポスター。
割られてしまって何も映さない鏡。
放置されたままの、割れた瓶。
「おーい、いくぞー」
デスの声が屋内に響く。
気が付けば彼等はずいぶんと先まで足を進めていて、階段を下りようとしていた。
「ここ、大丈夫なの? 崩れたりとか」
「しないしない。存外丈夫なんだぜ、ここ」
ハイゼットの不安げな声を一蹴して、デスはケラケラと笑った。
真っ暗な階段を降り、さらに奥へ。
何度か階段を下りると、そのうちに外装は青白く光る石へと変化していった。
廃墟、にしてはまだ新しいような。
そんな階段を二つほど降りると、そこには。
「わあ……」
青い光があちこちを照らす、アンダーグラウンドの世界が広がっていた。
地上とはうってかわって、往来をゆく悪魔が多い。
多いといっても数えるほどではあるし、皆一様に人相が悪かったが。
「地上じゃ戦火に飲まれるからな。地下に町作るのが最近の流行りなんだ」
見惚れているのはハイゼットだけではなかった。
ファイナルもフェニックスもエターナルも、同様に目を見開いていた。
「じゃあ、上はフェイクなのか」
関心するように、ファイナルが呟くとデスは頷く。
「ここの連中は権力だとかそういうことに興味ねえからな。ただ自分らが楽しく生きたいだけの、享楽の町だ」
「デスはここによく来るの?」
「あ? まあ、知り合いもいるから多少はな」
ハイゼットは改めて町のネオンに目を向けた。
どこもかしこも青白い石材で出来た建物ばかりで、それを照らす炎は青白いものばかりだ。
どこか冷たい感じはするが、それでもきちんとした町、というのはわくわくした。
「観光しにきたわけじゃねえんだ。とっとと行くぞ」
しびれをきらしたように、デスは階段状になった町の中をずんずんと進んでいく。
ハイゼットらもそれに少し遅れて後を追いかけた。
「ファイナルのいたところも、こういう町があるの?」
辺りをきょろきょろと見渡しながら、ハイゼットは呟いた。
「いや。天の国には町はなかった。国のあちこちに独立した神々が住んでいたし、中央では会議をすることもあったが町はない」
「ふうん……じゃあ神さま以外は、皆どれかの神さまのとこにいるってこと?」
「そういうことだ。俺たちは三人とも、太陽神の下にいた」
何度か曲がり角を曲がると、少し大きめの階段がある通りに出た。
そこを、デスはすたすたと上がっていく。
そうして、中段くらいにあった戸の前に止まると、おもむろにドアを叩いた。
「おい、おーい、シャルル。起きてるだろ、おーい」
乱暴なノックである。
「ちょ、ちょっと、デス、あんまりやると迷惑じゃ」
「いいんだよ。こいつはこうでもしなきゃ起きねえんだ」
止めようとするハイゼットを一蹴し、デスはさらにドンドンとドアをノックする。
ほどなくして、戸の奥から物音がした。
何かをぼやくような声が聞こえたあと、ぎい、と音を立てて、戸が開いた。
「なんだよお……こんな朝っぱらから起こしやがって……犯されたいのか、って、うわ。デスだ!」
ごしごしと目をこすって出てきたのは、ミルクティ色の髪色をした悪魔だった。
紅茶のような赤い色をした目には、大きな隈がある。
彼はデスをみて、ぱあ、と顔色を明るくした。
「うわー本物だ! デスじゃん! 何々、どったの? 忙しいんじゃなかったの?」
「はいはい落ち着けよ。お前んとこの通路使いたいだけ」
抱き着いてきた彼を抱き留めて、デスはくい、と親指で後ろを示した。
彼、シャルルは「うげ」と声を漏らす。
それからずるずるとデスから離れると、玄関脇にかけてあった白衣をまとうと、その胸ポケットから眼鏡を取り出した。
すちゃ。眼鏡をかける。そうして不機嫌そうに、ハイゼットたちへ視線を投げた。
「ははあ、なるほどねえ」
「あ、あの、俺は……」
「いい。知ってるから。新しい帝王サンだろ」
デスに対する態度とは打って変わって、冷たいものである。
シャルルはデスに再び視線を戻すと、腕組をして呟いた。
「奪還に成功したわけだ。で、何でもっかい向こうにいくわけ? 自殺?」
「そんなわけねえだろ。こいつの記憶がどうやら向こうにあるっぽいんでな。奪いに行く」
「お荷物たくさん連れて?」
視線をファイナルたちに向けようとしたシャルルは、べし、とデスに叩かれた。
おのずと、視線はデスに戻る。
「ここに置くよりは手元にあった方がなんとかできる」
「んーいや、まあ、たしかに」
安全な場所なんてないもんなあ、とシャルルはクツクツと笑った。
「使ってもいいけど、気ィつけろよ? 仮にもあのオッサン、オスカーなんだから」
「ああ、わかってるよ」
「あと俺サマは、いつも通り無関係だからな。俺の持ってるモンを、お前が無理矢理使っただけ」
「はいはい」
ぐい、とデスはハイゼットの手を引いた。
「行くぞ」
「う、うん」
ちら、とハイゼットが背後を振り返ると、きちんとファイナルたちがついてきていた。
デスは部屋をずかずかと横切ると、部屋の奥にある戸を開けた。
そこにあったのは、階段だ。
「また階段?」
「階段の多い町なんだよ」
それを下りきると、長い廊下に出た。
青白い石材は消えてしまって、床は大理石へと変貌した。
かつん。かつん。足音が響く。
「さっきのやつって」
「腐れ縁。昔働いてたとこの同僚だよ」
「そっか」
嫌なヤツだ、と思ったわけではない。
ただ一方的に嫌われているのは感じられた。
もしかしたら、ただの嫉妬だったのかもしれないが。
しばらくすると再びドアが見えた。
木製のドアで、円形の不思議な模様が描かれている。
「こっから先、壁には触れるなよ」
「どうして?」
聞いたのはエターナルだった。
彼女の手は、いまだフェニックスのローブを掴んでぴったりとくっついている。
「在るように見えて、無ェからだ」
「?」
「手を触れたらその瞬間に『外側』に落ちるぞ。そんで落ちたら『底』から戻ってくるのはかなり厳しい。これもまあ、防衛手段の一種なんだよ」
エターナルはまだ小首を傾げたままだったが、フェニックスが彼女を抱きかかえた。
「でしたら、エタちゃんは私が抱っこしましょう」
「それがいい」
ぎい。ドアを、ゆっくりとデスが開く。
隙間から、冷たい風が吹き込んできた。
中は真っ暗で、床が本当にあるのかも確認できない。壁だって、在るような、ないような、だ。
長い廊下のような。深い穴のような。はたまた、沼のような。
底知れぬ寒気に、ハイゼットはびくりと肩を震わせた。
そうして、デスとファイナルの手をぎゅ、とつかんだ。
「じゃあ俺も両手をデスとファイナルに繋いでもらおうかな」
しかし、その手はすぐに二人から離されることとなった。
それも一瞬、同時にである。
「いやお前は別にいいだろ」
「お前はいつまで子供のつもりなんだ」
呆れたような視線を受けて、ハイゼットは涙目になった。
ずかずかと進んでいくデスとファイナルの背を見ながら、どうしたものかと唇を一の字に引き締めた。
(落ちたら帰れないってのも怖いし)
(床が見えないのも怖いし)
(触っちゃだめだっていう壁が見えないのも普通に怖いんですけど!)
デスの背を睨む。
どんどんと進んでいく二人の後を追わないといけないのだが、どうにも足がすくむ。
「ハイゼットさん」
と、突然、ハイゼットの手に温もりが戻ってきた。
フェニックスである。
「い、いいの?」
「ええ。私でよければですが」
結局、ハイゼットは片手でエターナルを抱くフェニックスに手を引かれて、その長い廊下を渡った。
出口で待っていた二人は、少し冷たい目線でハイゼットを出迎えたのだった。
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