10 / 52
第二章「記憶奪還。帝都潜入騒動。」
03
しおりを挟む暗くて恐ろしいそこを抜けると、見慣れた倉庫に出た。
ここは知っている。確か、城の内部にある第三武器庫だ。
「うへ、埃っぽい」
空気が悪い。と思った。
肺に悪いものがどんどんと入っていくような、そんな錯覚さえおぼえる。
見ればファイナルも口を自分の腕で抑えていて、フェニックスらも同じようにしていた。
デスだけは平気なようで、平然としていた。
「確かこの外は空き部屋だったよね?」
「ああ。しばらく来てないから確証はないが……ま、誰かいりゃあ寝てもらうだけだ」
第二武器庫や第一武器庫と違って、第三武器庫は本当に倉庫のような扱いだ。
あるいは、ゴミ捨て場、と呼んだ方がいい。
乱雑に積み上げられた廃棄予定の武器や、薬莢、ぐしゃぐしゃに曲がった鉄パイプなどが置かれているだけだった。
段ボールに詰められて一応槍の先端部の替刃や、手入れ用の研ぎ石なんかは置かれているものの、どれも埃をかぶっている。
「そもそもここは空き部屋についてる物置部屋みたいなもんだからな。武器庫だなんて大層な名前、つけてる意味あるんだか」
「でもどうしてここだけゴルトに見つからないの? 触れたものの構造をすぐに理解する、ていうならすぐにわかりそうだけど」
ハイゼットは後ろを振り返った。
すると、さっきまで確かにあったはずの、入ってきたドアが跡形もなく消滅していた。
「え、あれ?」
「後戻りならできねえぞ。一方通行だからな、アレ」
「一方通行!?」
「そ。出口はドアノブを握ったヤツが指定できるし、通った痕は残らない。まさに秘密の通路ってわけだ」
「で、でもそれじゃあ、帰りはどうするの?」
「もう一個、隠し種がある。そっちでここからの脱出は可能だ」
ケラケラと笑って、デスはドアノブを回した。
ハイゼットは目を丸くした。
デスが有能な死神であることは理解していたが、こんなに凄いとは思っていなかった。
敵の本山に突っ込んで、帰ってこれるだけの手段を持ち合わせる。
ゴルトが彼を気に入っていたのも、どこか頷ける。
(デスが作ったのかな、アレ。それに、もう一個の隠し種ってやつも)
簡易的に傷を癒す魔法を、デスにかけてもらったことを思い出す。
凄まじい魔法攻撃も、彼は片手で薙ぎ払う。
そうかと思えば物理攻撃は防壁を張って防いでしまうし、そんなことをしなくても体一つでどうにか戦いきれてしまうサマも知っている。
(それに比べて、俺はなあ)
昔は使えていたという魔法もさっぱり。
ゴルトに何度か指導されたが、うまくはいかなかった。
(記憶が戻れば、何とかなるんだろうか)
脳に何かをされた、という自覚はない。
何か制限をかけられている、という自覚もない。
これから起こす行動が、うまくいけば。
彼と相棒として対等になれるだろうか。
「いいか? 城の中にいることはもうすでにバレてるって思った方がいい」
「時間との闘いだな。長引けば長引くほど、奴は罠を張るだろう」
ファイナルは柄に手をかけた。
敵がいるかもしれないと想定してのことだろう。
ハイゼットも慌てて二人に並んだ。
「その通りだ。いくぞ」
デスがその鉄でできた重いドアをゆっくりと開くと、そこには。
「うひゃー! 最高! セキュリティが甘すぎて機密情報見放題! ゴルトっち甘すぎ~!」
暗い室内で、ゴーグルをつけて。
そんなふうにはしゃぐ、白衣を着た小さな女の子がソファに座っていた。
「…………え」
デスとファイナルがピシリと固まる。
「さーて、大本命の情報はどこかな~! デスの現在地は~っと」
名前を呼ばれた本人は、すたすたと彼女に歩み寄った。
そうして、とんとん、と彼女の小さな肩を叩く。
「んもう、なんだよお父様! 忙しいから後にして! 後でとっておきの情報リークしてあげるから!」
「いや、俺、お前の父になった覚えはねえし」
「……ふえ?」
デスの声をきくと、彼女はぴたりと固まった。
そうして、少し震える手でゴーグルを外す。
「……デス?」
その真っ赤で大きな瞳が、すぐにその死神の姿をとらえた。
ぽかん、と口が大きく開く。
彼女の瞳には、じわじわと涙が溜まっていく。
「おう。久しぶりだな、ゼノン」
「デス~!」
目元のダムが決壊したのはそれからすぐのことだった。
ボロボロと泣きながら、彼女はデスにぴったりと抱き着いた。
「俺だけじゃないんだぜ、あっち見てみろよ」
デスに促されて、彼女、ゼノンは彼の体越しにいるものをみた。
再びの決壊。頬をたくさんの涙が流れ落ちていく。
そんなゼノンに、ファイナルが歩み寄った。
「ゼノン」
「ファイナルちゃん……! ファイナルちゃんだ……!」
「また会えて本当に嬉しい」
ゼノンは、デスからがばっと離れると今度はファイナルに抱き着いた。
それから彼女越しにハイゼットを見る。
その赤い瞳に嬉しそうに見つめられて、ハイゼットはドキリとした。
何しろ自分には、彼女との記憶がない。
一体どういう関係だったのかもわからないのだ。
「へへ、キミは記憶を盗られてもぜんっぜん変わらない間抜け面だね!」
「ま、間抜け面じゃないよ! 失礼だなあ!」
がく、と肩透かしをくらった気分になった。
どんな再会の言葉がくるかと思っていたら、これである。
「そのへんはゴルトも嘆いてたよな」
「生まれつきなんだから仕方ないでしょー!?」
むっとハイゼットは頬を膨らませた。
そうしてその隣では、同じようにフェニックスが頬を膨らませていた。
彼女の場合は、見知らぬ少女への嫉妬である。
「でもびっくりしたー、突然出てくるんだもん」
べったりとファイナルに抱き着いたまま、ゼノンは呟いた。
「ファイナルちゃんたちは一回天の方にいったはずだし、デスとハイゼットは別の任務についてたんじゃないの? 機密情報的にはそうなってたけど」
「色々事情があってだな……あんまり長居してらんねえんだ」
「ふーん?」
ファイナルに頭を撫でられながら、ゼノンはデスの方を向いた。
「僕はねえ、ここで人質になってるの。お父様が変な事しないようにっていう人質」
人質にしては、破格の待遇だ、とハイゼットは思った。
とくに不自由は見当たらない。
ふかふかそうなベッドには天蓋がついているし、天井も特殊な魔術が施されているようで、まるで本物のような星空が広がっている。
監視カメラはとくになさそうだし、見張りもない。
「なんだそりゃ。アイツ、ゴルトにずいぶんと信用がねえな」
「教えてくれないけど、何かやらかしたんじゃないかな」
「それで? お前は俺たちにどうしてほしいって?」
にたにたと意地悪そうに笑うと、ゼノンはぷう、と頬を膨らませた。
「わかるでしょー! 僕も連れてってよー!」
大きな荷物が一つ増えた瞬間である。
***
一人メンバーを増やすことになった一行は、ゼノンの案内でとある部屋へ向かっていた。
「にゃはは、ハッキングが役に立つとは思わなかったよ」
「俺は暇だからってお前が城の重要機密に触れてると思わなかったよ」
にたにたと笑うゼノンに、デスは呆れた表情を浮かべていた。
この魔界で生まれる悪魔には、それぞれ固有の能力が備わっていた。
ある者は炎を完全に掌握し、ある者は重力を操る。またある者は触れたものを完全に支配し、ある者は、内部構造を完全に掌握する。
「僕の能力は『Hack』だからね。機密情報を覗くのなんて朝飯前さ」
「えーと、どこかに不正にアクセスするってこと?」
「いいや。無意識の海にアクセスするんだよ」
ハイゼットは目を丸くした。
聞いたことのない単語である。
「いや、僕もその呼称があってるのかは知らないけど。少なくとも僕はそう呼んでる」
「あるんだとよ。こいつがいうには、そういうトコが」
俺もみたことはない、とデスが続ける。
ファイナルもとなりで頷いた。
つまりは、ゼノンだけが知っている場所のようだ。
「いろんなヤツの無意識がね、そこにはあるんだ。で、僕はそこから誰にも気づかれずに機密情報を覗き見るってわけ」
「そこってどんなとこなの? 真っ暗とか、迷路みたい、とか」
「夜空みたいなとこだよ。誰かがいるわけじゃない。みんな星になって輝いてる、みたいな」
「ふうん……すごいねえ。想像もつかないや」
こんな小さい子でも、そんな凄いことができる。
そう思うと、なんだか少し情けなくなった。
「で、そこで見かけたんだよね。ハイゼットに施術したってはしゃいでたヤツが。もう一人いたんだけど、そっちはセキュリティが高くて名前がわかんなかった」
ふあ、とゼノンは欠伸を漏らす。
彼女の首からは重そうなゴーグルが下がっていた。
ぶかぶかの白衣のポケットからは、乱雑に詰め込まれた駄菓子が見える。
「一人いれば十分だろ。そのはしゃいでる阿呆を叩きのめせば何とかなりそうだ」
「だめだった時はどうするの?」
「そのもう一人の所在を吐いてもらう。ま、拷問にゃ慣れてるから安心しろ」
ぽんぽんと、デスはハイゼットの肩を叩いた。
それからゼノンの欠伸がうつったかのように、ふあ、と空気を噛み殺す。
しかしすぐにハイゼットはその手をとった。
続けて背後からフェニックスがつかつかと歩いてきて、もう片方の手を取る。
「んあ?」
「ぜんっぜん安心できないんだけど! ちょっと、俺の知らない間にそんな仕事してたの!?」
「そうですよ! そんな非道に手を染めさせられていたんですか!?」
「お、落ち着けよ……」
目を見開いて、デスはファイナルの肩をぐいとつかんで前に引き寄せた。
まるで盾である。
本人はとくに気にしていないようで、「む」と声をあげただけだった。
「妹として落ち着いてはいられません。多少の交友関係の独特さには目を瞑りましたけど、これはダメです!」
「ダメっていわれてもなあ」
「そうだよ! 俺も相棒兼親友(自称)として認められないな! あとファイナル返して! ダメだよ、それ俺のファイナル(自称)だもん!」
「お前は自信ないからって自称をつけるんじゃねえよ」
「だ、だってまだ告白の返事貰ってないし……」
いわゆる、茶番である。
「さて。無駄話はそこまでかな。この階段降りた先に、ドクトールの執務室があるはずだよ」
「階段って……行き止まりじゃないの? 何もないよ?」
ハイゼットは石壁をぺたぺたと触った。
ぐぐ、と押しても壊れる様子はない。
「うん、何もしなければね」
ゼノンは石壁の一部をがこ、と押し込んだ。
するとただの行き止まりに見えたそこの景色が、ほんの一瞬だが、まるで投影された映像のように薄らいだ。
ハイゼットはごしごしと目をこすったが、壁には何の異変も見当たらない。
「もっかい押してごらん」
「う、うん」
ぐ、と恐る恐る伸ばされたハイゼットの腕は、
「うわ!」
壁へと入り込んでいた。
確かにその先に、別の空間がある。
「構造把握は何もゴルトだけの特権じゃないもんねえ」
にしし、と笑うと、ゼノンは固まるハイゼットの隣をすり抜けて壁の中へと入っていった。
ハイゼットも真似すると、確かに体は壁をすり抜けて、その奥にある空間へとたどり着いた。
中は薄暗い、石畳の空間だった。
壁には古めかしいランプがいくつかついているが、ほかに明かりはない。
階段はらせん状に続き、まるで塔の内部のようだった。
「基本的には自己防衛意識が高いな、こいつ」
「へ?」
後からやってきたデスが、ハイゼットの隣で呟いた。
「こりゃ帝王城の内部じゃなくて敷地内に建ってる塔の一つだ。空間を繋ぎ合わせる特殊な魔術を使ってるな」
「そんなの建ってたっけ?」
「お前の部屋から全貌見えなかったもんな。帝王になってから確認するこった」
すたすたと、デスは階段を下へ進んでいく。
「え、降りちゃうの? 塔なんだから上じゃない?」
「ううん、下で正解。相当ひねくれてるみたいで、塔の真下に研究施設持ってる」
てくてくと、ゼノンもデスに続いて降りていった。
上の方は明かりが強く、明るいように見えるが下の方は真っ暗だ。
(なんだろ。俺、真っ暗なとこそんなに好きじゃないんだな)
通ってきたあの真っ黒な廊下を思い出す。
立ち止まったハイゼットの手を、今度はファイナルがやんわりと引いた。
「ゼノンは情報を持ってても、戦闘能力は皆無なんだ。早くいかないとデスだけでは危険だ」
「う、うん」
ファイナルに手を引かれるようにして、ハイゼットも階段を降り始めた。
そうしてそのすぐあとを、フェニックスがまたエターナルを抱えて続いた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる