とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第二章「記憶奪還。帝都潜入騒動。」

03

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 暗くて恐ろしいそこを抜けると、見慣れた倉庫に出た。
 ここは知っている。確か、城の内部にある第三武器庫だ。


「うへ、埃っぽい」


 空気が悪い。と思った。
 肺に悪いものがどんどんと入っていくような、そんな錯覚さえおぼえる。
 見ればファイナルも口を自分の腕で抑えていて、フェニックスらも同じようにしていた。
 デスだけは平気なようで、平然としていた。


「確かこの外は空き部屋だったよね?」

「ああ。しばらく来てないから確証はないが……ま、誰かいりゃあ寝てもらうだけだ」


 第二武器庫や第一武器庫と違って、第三武器庫は本当に倉庫のような扱いだ。
 あるいは、ゴミ捨て場、と呼んだ方がいい。
 乱雑に積み上げられた廃棄予定の武器や、薬莢、ぐしゃぐしゃに曲がった鉄パイプなどが置かれているだけだった。
 段ボールに詰められて一応槍の先端部の替刃や、手入れ用の研ぎ石なんかは置かれているものの、どれも埃をかぶっている。


「そもそもここは空き部屋についてる物置部屋みたいなもんだからな。武器庫だなんて大層な名前、つけてる意味あるんだか」

「でもどうしてここだけゴルトに見つからないの? 触れたものの構造をすぐに理解する、ていうならすぐにわかりそうだけど」


 ハイゼットは後ろを振り返った。
 すると、さっきまで確かにあったはずの、入ってきたドアが跡形もなく消滅していた。


「え、あれ?」

「後戻りならできねえぞ。一方通行だからな、アレ」

「一方通行!?」

「そ。出口はドアノブを握ったヤツが指定できるし、通った痕は残らない。まさに秘密の通路ってわけだ」

「で、でもそれじゃあ、帰りはどうするの?」

「もう一個、隠し種がある。そっちでここからの脱出は可能だ」


 ケラケラと笑って、デスはドアノブを回した。
 ハイゼットは目を丸くした。
 デスが有能な死神であることは理解していたが、こんなに凄いとは思っていなかった。
 敵の本山に突っ込んで、帰ってこれるだけの手段を持ち合わせる。
 ゴルトが彼を気に入っていたのも、どこか頷ける。

(デスが作ったのかな、アレ。それに、もう一個の隠し種ってやつも)

 簡易的に傷を癒す魔法を、デスにかけてもらったことを思い出す。
 凄まじい魔法攻撃も、彼は片手で薙ぎ払う。
 そうかと思えば物理攻撃は防壁を張って防いでしまうし、そんなことをしなくても体一つでどうにか戦いきれてしまうサマも知っている。

(それに比べて、俺はなあ)

 昔は使えていたという魔法もさっぱり。
 ゴルトに何度か指導されたが、うまくはいかなかった。

(記憶が戻れば、何とかなるんだろうか)

 脳に何かをされた、という自覚はない。
 何か制限をかけられている、という自覚もない。
 これから起こす行動が、うまくいけば。
 彼と相棒として対等になれるだろうか。


「いいか? 城の中にいることはもうすでにバレてるって思った方がいい」

「時間との闘いだな。長引けば長引くほど、奴は罠を張るだろう」


 ファイナルは柄に手をかけた。
 敵がいるかもしれないと想定してのことだろう。
 ハイゼットも慌てて二人に並んだ。


「その通りだ。いくぞ」


 デスがその鉄でできた重いドアをゆっくりと開くと、そこには。



「うひゃー! 最高! セキュリティが甘すぎて機密情報見放題! ゴルトっち甘すぎ~!」



 暗い室内で、ゴーグルをつけて。
 そんなふうにはしゃぐ、白衣を着た小さな女の子がソファに座っていた。


「…………え」


 デスとファイナルがピシリと固まる。


「さーて、大本命の情報はどこかな~! デスの現在地は~っと」


 名前を呼ばれた本人は、すたすたと彼女に歩み寄った。
 そうして、とんとん、と彼女の小さな肩を叩く。


「んもう、なんだよお父様! 忙しいから後にして! 後でとっておきの情報リークしてあげるから!」

「いや、俺、お前の父になった覚えはねえし」

「……ふえ?」


 デスの声をきくと、彼女はぴたりと固まった。
 そうして、少し震える手でゴーグルを外す。


「……デス?」


 その真っ赤で大きな瞳が、すぐにその死神の姿をとらえた。
 ぽかん、と口が大きく開く。
 彼女の瞳には、じわじわと涙が溜まっていく。


「おう。久しぶりだな、ゼノン」

「デス~!」


 目元のダムが決壊したのはそれからすぐのことだった。
 ボロボロと泣きながら、彼女はデスにぴったりと抱き着いた。


「俺だけじゃないんだぜ、あっち見てみろよ」


 デスに促されて、彼女、ゼノンは彼の体越しにいるものをみた。
 再びの決壊。頬をたくさんの涙が流れ落ちていく。
 そんなゼノンに、ファイナルが歩み寄った。


「ゼノン」

「ファイナルちゃん……! ファイナルちゃんだ……!」

「また会えて本当に嬉しい」


 ゼノンは、デスからがばっと離れると今度はファイナルに抱き着いた。
 それから彼女越しにハイゼットを見る。
 その赤い瞳に嬉しそうに見つめられて、ハイゼットはドキリとした。
 何しろ自分には、彼女との記憶がない。
 一体どういう関係だったのかもわからないのだ。


「へへ、キミは記憶を盗られてもぜんっぜん変わらない間抜け面だね!」

「ま、間抜け面じゃないよ! 失礼だなあ!」


 がく、と肩透かしをくらった気分になった。
 どんな再会の言葉がくるかと思っていたら、これである。


「そのへんはゴルトも嘆いてたよな」

「生まれつきなんだから仕方ないでしょー!?」


 むっとハイゼットは頬を膨らませた。
 そうしてその隣では、同じようにフェニックスが頬を膨らませていた。
 彼女の場合は、見知らぬ少女への嫉妬である。


「でもびっくりしたー、突然出てくるんだもん」


 べったりとファイナルに抱き着いたまま、ゼノンは呟いた。


「ファイナルちゃんたちは一回天の方にいったはずだし、デスとハイゼットは別の任務についてたんじゃないの? 機密情報的にはそうなってたけど」

「色々事情があってだな……あんまり長居してらんねえんだ」

「ふーん?」


 ファイナルに頭を撫でられながら、ゼノンはデスの方を向いた。


「僕はねえ、ここで人質になってるの。お父様が変な事しないようにっていう人質」


 人質にしては、破格の待遇だ、とハイゼットは思った。
 とくに不自由は見当たらない。
 ふかふかそうなベッドには天蓋がついているし、天井も特殊な魔術が施されているようで、まるで本物のような星空が広がっている。
 監視カメラはとくになさそうだし、見張りもない。


「なんだそりゃ。アイツ、ゴルトにずいぶんと信用がねえな」

「教えてくれないけど、何かやらかしたんじゃないかな」

「それで? お前は俺たちにどうしてほしいって?」


 にたにたと意地悪そうに笑うと、ゼノンはぷう、と頬を膨らませた。


「わかるでしょー! 僕も連れてってよー!」


 大きな荷物が一つ増えた瞬間である。





***





 一人メンバーを増やすことになった一行は、ゼノンの案内でとある部屋へ向かっていた。


「にゃはは、ハッキングが役に立つとは思わなかったよ」

「俺は暇だからってお前が城の重要機密に触れてると思わなかったよ」


 にたにたと笑うゼノンに、デスは呆れた表情を浮かべていた。
 この魔界で生まれる悪魔には、それぞれ固有の能力が備わっていた。
 ある者は炎を完全に掌握し、ある者は重力を操る。またある者は触れたものを完全に支配し、ある者は、内部構造を完全に掌握する。


「僕の能力は『Hack』だからね。機密情報を覗くのなんて朝飯前さ」

「えーと、どこかに不正にアクセスするってこと?」

「いいや。無意識の海にアクセスするんだよ」


 ハイゼットは目を丸くした。
 聞いたことのない単語である。


「いや、僕もその呼称があってるのかは知らないけど。少なくとも僕はそう呼んでる」

「あるんだとよ。こいつがいうには、そういうトコが」


 俺もみたことはない、とデスが続ける。
 ファイナルもとなりで頷いた。
 つまりは、ゼノンだけが知っている場所のようだ。


「いろんなヤツの無意識がね、そこにはあるんだ。で、僕はそこから誰にも気づかれずに機密情報を覗き見るってわけ」

「そこってどんなとこなの? 真っ暗とか、迷路みたい、とか」

「夜空みたいなとこだよ。誰かがいるわけじゃない。みんな星になって輝いてる、みたいな」

「ふうん……すごいねえ。想像もつかないや」


 こんな小さい子でも、そんな凄いことができる。
 そう思うと、なんだか少し情けなくなった。


「で、そこで見かけたんだよね。ハイゼットに施術したってはしゃいでたヤツが。もう一人いたんだけど、そっちはセキュリティが高くて名前がわかんなかった」


 ふあ、とゼノンは欠伸を漏らす。
 彼女の首からは重そうなゴーグルが下がっていた。
 ぶかぶかの白衣のポケットからは、乱雑に詰め込まれた駄菓子が見える。


「一人いれば十分だろ。そのはしゃいでる阿呆を叩きのめせば何とかなりそうだ」

「だめだった時はどうするの?」

「そのもう一人の所在を吐いてもらう。ま、拷問にゃ慣れてるから安心しろ」


 ぽんぽんと、デスはハイゼットの肩を叩いた。
 それからゼノンの欠伸がうつったかのように、ふあ、と空気を噛み殺す。
 しかしすぐにハイゼットはその手をとった。
 続けて背後からフェニックスがつかつかと歩いてきて、もう片方の手を取る。


「んあ?」

「ぜんっぜん安心できないんだけど! ちょっと、俺の知らない間にそんな仕事してたの!?」

「そうですよ! そんな非道に手を染めさせられていたんですか!?」

「お、落ち着けよ……」


 目を見開いて、デスはファイナルの肩をぐいとつかんで前に引き寄せた。
 まるで盾である。
 本人はとくに気にしていないようで、「む」と声をあげただけだった。


「妹として落ち着いてはいられません。多少の交友関係の独特さには目を瞑りましたけど、これはダメです!」

「ダメっていわれてもなあ」

「そうだよ! 俺も相棒兼親友(自称)として認められないな! あとファイナル返して! ダメだよ、それ俺のファイナル(自称)だもん!」

「お前は自信ないからって自称をつけるんじゃねえよ」

「だ、だってまだ告白の返事貰ってないし……」


 いわゆる、茶番である。


「さて。無駄話はそこまでかな。この階段降りた先に、ドクトールの執務室があるはずだよ」

「階段って……行き止まりじゃないの? 何もないよ?」


 ハイゼットは石壁をぺたぺたと触った。
 ぐぐ、と押しても壊れる様子はない。


「うん、何もしなければね」


 ゼノンは石壁の一部をがこ、と押し込んだ。
 するとただの行き止まりに見えたそこの景色が、ほんの一瞬だが、まるで投影された映像のように薄らいだ。
 ハイゼットはごしごしと目をこすったが、壁には何の異変も見当たらない。


「もっかい押してごらん」

「う、うん」


 ぐ、と恐る恐る伸ばされたハイゼットの腕は、


「うわ!」


 壁へと入り込んでいた。
 確かにその先に、別の空間がある。


「構造把握は何もゴルトだけの特権じゃないもんねえ」


 にしし、と笑うと、ゼノンは固まるハイゼットの隣をすり抜けて壁の中へと入っていった。
 ハイゼットも真似すると、確かに体は壁をすり抜けて、その奥にある空間へとたどり着いた。
 中は薄暗い、石畳の空間だった。
 壁には古めかしいランプがいくつかついているが、ほかに明かりはない。
 階段はらせん状に続き、まるで塔の内部のようだった。


「基本的には自己防衛意識が高いな、こいつ」

「へ?」


 後からやってきたデスが、ハイゼットの隣で呟いた。


「こりゃ帝王城の内部じゃなくて敷地内に建ってる塔の一つだ。空間を繋ぎ合わせる特殊な魔術を使ってるな」

「そんなの建ってたっけ?」

「お前の部屋から全貌見えなかったもんな。帝王になってから確認するこった」


 すたすたと、デスは階段を下へ進んでいく。


「え、降りちゃうの? 塔なんだから上じゃない?」

「ううん、下で正解。相当ひねくれてるみたいで、塔の真下に研究施設持ってる」


 てくてくと、ゼノンもデスに続いて降りていった。
 上の方は明かりが強く、明るいように見えるが下の方は真っ暗だ。

(なんだろ。俺、真っ暗なとこそんなに好きじゃないんだな)

 通ってきたあの真っ黒な廊下を思い出す。
 立ち止まったハイゼットの手を、今度はファイナルがやんわりと引いた。


「ゼノンは情報を持ってても、戦闘能力は皆無なんだ。早くいかないとデスだけでは危険だ」

「う、うん」


 ファイナルに手を引かれるようにして、ハイゼットも階段を降り始めた。
 そうしてそのすぐあとを、フェニックスがまたエターナルを抱えて続いた。

 

 
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