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第三章「天の国の御伽噺。」
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しおりを挟む水面が跳ねる。
その光景は本当に久しぶりのことで、彼女は目を見開いた。
「コウさん、コウさん!」
慌てて朱色の廊下をぱたぱたと走り、主人を呼ぶ。
彼は中央のやぐらの中で、ダイノジになって寝転がっていた。
そんな彼の肩に手をかけて揺さぶると、ようやくのこと、彼は黄金色の目を開いた。
「跳ねたのです、水面が!」
「水だからな。そういうこともあるだろうよ」
「いいえ、ありません。だって、跳ねたのは『あの池』なんです!」
言葉をきいて、彼はがばっと起き上がった。
ばたばたと音を立てて、彼女が言う『あの池』を目指す。
(そんなバカな)
そんなことはないはずだった。
あの池はすでに死んだ。そう入れ替えが決まっている。
だからこその手はずを整えた。
だからこそ、『終焉』を呼び起こしたのに。
「なんと──」
彼は、声を失った。
透き通った水の下。死に絶えていた金魚たちがぐるぐるとその中を泳いでいる。
不浄に濁っていたはずのそこは、心なしか透き通り。
確かに、水面が跳ねていた。
「だから言ったでしょう。言ったでしょう? 奇跡だわ、こんなこと!」
長い三つ編みを引きずるようにして歩いてきた彼女は、くすくすと微笑んだ。
彼女の手に持つ水晶には、銀髪の青年が映し出されていた。
「私の放った『希望』の光は、死んでいなかったのです」
うっとりと、愛おしそうに。
彼女は水晶を抱いた。
それは主人がつくった世界を覗くための望遠鏡だった。
彼は茫然と立ち尽くして、それから、呟いた。
「こんなこと、あるわけがないのに」
彼こそは創造主。
かの世界を七日間で造った方とはまた違う、とある島国の神。
他の存在をつくったあと、興味が失せて姿を隠し、もう一つの世界を作っていた気まぐれな神。
すなわち。
魔界をかたちづくった、張本人である。
「やはり何度繰り返しても、あの子は『終焉』を飲み込んで輝くのですね」
彼女の言葉を、ばかばかしい、と彼は一蹴した。
「ふん。そんなバカげたことは続かない。どうせ、どうしようもできなくなって前のような終わりがくる」
「それはどうでしょう。今度の彼なら、やってくれるかもしれません」
「我でさえなしえなかったことをか?」
「ええ」
不機嫌そうに視線を投げる彼に、彼女はにっこりと微笑んで見せた。
それがなんとも気にくわなくて、彼はまたすたすたと寝床へ戻っていった。
(あるわけない)
(終焉が目覚めた。だから、終わるだけのこと)
(そうして始まりが一時的に目覚め、時がくれば、彼女もまた眠りにつく)
それは世界のサイクルだ。
うまく文明を管理するために彼が編み出したシステムだった。
システムが、たかがいち創作物にどうにかできるはずがないのだ。
「では、賭けをしましょう」
「主人に対してずいぶんとぶしつけだ」
「いいではありませんか」
「ああ、お前も何かバグでもできているのかもしれないな」
作り直せばよかった。とつぶやく彼の頭をぺしりと叩く。
そうして再び寝転がった彼のそばに座って、彼女は言った。
「あの池がまた綺麗に元通りになったなら、私に一人、部下をください」
「我だけでは不満か」
「いえ、もう少しここもにぎやかにしたいと思いまして」
「そんなことは絶対にないと思うが……まあ、考えておこう」
面倒そうにつぶやいて、彼はまた目を閉じた。
──ここは、最果ての社。
誰にも見つかることのない、だれも訪れることのない、泡沫の夢。
造化の三神たる彼の、誰も知らない隠れ蓑だった。
ぱちゃり。
また、水面が跳ねる。
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