とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第三章「天の国の御伽噺。」

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「なあ、きいた? ゴルト宰相が斬られたって」

「ああ。しかもやったのは『あの』帝王候補だって」

「俺、その現場みたよ。本当に、すごかった。本当に、本当に、帝王みたいで──」


 帝王城の衛兵たちの噂話を遮るように、雷が落ちる。
 彼らは身をすくめて城の外を見た。
 近い。城の敷地内に落ちたようだ。


「失礼」


 そんな彼らを押しのけて、サタンは廊下を急いだ。
 彼がこの一件の報告を受けたのは、つい先ほどのことだ。
 預けていた愛娘が消えた。
 それも、ゴルトの目の前で。死神たちと共に。

(やられた。甘く見ていた)

 ぎり、と奥歯をかみしめる。
 まさかこんなに早く、死神が動き出すとは思っていなかった。
 もう少しゆっくりと、事態は進行していく予定だった。


「ゴルトなら面会謝絶だとさ。呆れるよ、ほんと」

「……シェリル・ハインリッヒ」


 特別医務室と掲げられたそこに、シェリルは立っていた。
 文句でもつけにきたのか、その顔は不満げだ。


「あんたも災難だね。娘が誘拐されたんだって?」


 じろり、とサタンはシェリルを睨みつけた。


「言葉を慎め。今の私は、ぶしつけな発言を許せるほど余裕はないぞ」

「だろうね。私も別に、あんたに喧嘩を売りにきたわけじゃあない」


 ぐい、とシェリルはサタンの胸倉をつかんだ。
 そうして、その顔をきつく睨みつける。


「帝王の件」


 彼女の目には、純粋に怒りに満ち溢れていた。


「あんたは何か知ってるはずだ」

「…………」

「不在だった数年。それにその後の正式な失踪。ひょっと現れた『帝王候補』の子」


 彼女のもう片方の腕には、槍がきつく握られていた。
 今にもその手の中で割れてしまいそうなほど、ぎりぎりと音を立てていた。


「その帝王候補の子が、あんたの娘を誘拐。あの死神も一緒に、仲睦まじい姿を生き残った兵士が目撃してる」


 兵士らの噂話をきいたシェリルは、息をのんだ。
 シェリルは先代の帝王を知らない。今いる新参者の兵士たち、つまりは下っ端たちも同様だ。
 けれども、そんな彼らが。
 不出来だと噂のたっていたあの帝王候補の少年が、『帝王』のようだったと。
 そう、口にしたのだ。


「あんた、何を企んでるんだ? 何を知ってるんだ? ゴルトの味方なのか、帝王の味方なのか。場合によっちゃ、ここでハインリッヒの名のもとに切り捨てる」


 サタンはちらりとシェリルの奥のドアを見た。
 この壁一枚向こう側に、ゴルトはいる。
 今も聞き耳を立てていることだろう。それが罠にはまる瞬間を、刻一刻と待ちわびているはずだ。


「冗談はそのへんにしておけ」

「!」


 パシッとシェリルの手を払って、サタンはくい、と顎でドアを示した。


「くだらない戯言に付き合う暇の持ち合わせはない。今の発言も聞かなかったことにしておこう。──失礼する」

「サタン!」


 くるり、と踵を返したサタンを、シェリルは思い切り睨みつけて、それから壁を力いっぱい殴りつけた。


「……不義者め……!」







***






 ハイゼットと別れて数時間が経つ。
 しんと静まり返った室内では、フェニックスらが寝息を立て始めていた。
 フェニックスに抱かれるようにしてエターナルが眠り、その背にはぴったりとゼノンがくっついている。
 まるで三姉妹のようだ。そんな様子を、ファイナルは壁に背を預けながらじっと見つめていた。


「……お前も休んだ方がいいんじゃねえのか」

「デス。起きたのか」


 おう、と返事をして、ベッドに寝転がっていたデスは起き上がった。
 ぐっと体を伸ばす。その動きに重さは見られない。


「だいぶ寝てたか?」

「数時間程度は。お前が寝入っている姿は、珍しかった」

「だろうな。俺お前らの前であんまり寝ないもんな」


 そういわれれば、とファイナルを記憶を探る。
 確かに、かなり長い間一緒に過ごしているが、彼が夜寝ている姿をあまり見たことがない。


「お前……、もしかして寝なくても平気なのか……?」

「そんなわけねえだろ」


 真顔になって固まるファイナルを一蹴して、デスは欠伸を漏らす。


「死なねえってだけでそういうのはお前らと一緒だよ。多少タフなだけだ。眠気は俺にだってある」

「そう、だよな。……いや、お前はタフすぎるんだ。だから俺もハイゼットも頼り切ってしまう」

「ははは。そりゃいい。存分に頼れよ。俺はそうされる分の対価をちゃーんと貰ってるぜ」


 対価、とファイナルはつぶやいた。
 そういわれるものに、心当たりは全くない。
 むしろ助けられてばかりた、と思った。

(今も、昔も)

 ハイゼットが、連れ去られたあの日も。
 絶望から涙が、震えが、止まらなかった彼女を立ち上がらせたのはデスだった。

(お前があの日、あの時。ハイゼットを連れ戻す、と約束してくれなかったら)

(俺は自暴自棄になって、きっと城に突っ込んだ)

(こんなふうには、きっとならなかった)

 ゴルトが最初に狙ったのはファイナルだった。
 いつもの日常の帰り道で、あの男に命を狙われたところを、偶然にハイゼットが通りかかった。
 そうして、ハイゼットはゴルトに負け。
 連れ去られたあとに、デスが駆け付けた。
 いつも余裕そうで、焦りなんてまるで見せない彼が初めてファイナルに見せたのは、青ざめた顔だった。
 しかしそれも一瞬のことで、すぐに彼はいつもの笑顔に戻った。

(俺が必ず連れ戻すから、妹を連れてアマテラスのところへ逃げてほしい。……なんて、今考えればなんと無謀だったことか)

 そういって彼は単身、敵の居城となった帝王城へ乗り込んだ。
 そのあと、彼にどんなことがあったのか、ファイナルは知らない。
 きいても教えてはくれないだろう。
 どれだけの犠牲を払ったのだろう。
 どれだけの傷を負ったのだろう。
 どれだけの対価を払ったのだろう。
 彼の身体には、傷が残らない。だから、それがわからない。推し量ることはとてもじゃないができやしない。


「デス」

「あん?」

「ありがとう。……約束を、守ってくれて」

「……そりゃお互い様だろ」


 少し照れたように笑って、デスはそっぽを向いた。
 そんな所作が、なんだか可愛らしい、とファイナルは思った。
 そうして、ふと、思い出したようにつぶやいた。


「それにしてもお前は男女問わず、交友関係が広いんだな。好かれ方が常軌を逸していた」

「ぶふ!」


 デスは盛大にむせた。
 そうして慌ててファイナルの方を振り返る。


「ハイゼットからも好かれてはいたが、あのシャルル? だったか。あの男からもだし、妹たちもそうだし、ゼノンもだろう。それにアマテラスも、お前をみる目線が何やら違うような──」

「待て待て待て! そりゃ勘違いだ! おま、そんな言い方したら俺が『たらし』みたいじゃねえか!」

「? そうではないのか。ふむ……恋愛というのは奥深いな」

「悪意なしかよ! これだから天然は!」


 がりがりと、デスは頭をかいた。
 正直なところ、彼はファイナルが苦手だ。
 ハイゼットから柔らかさをとったような、同じ部類の天然のくせして堅物なところが、怒り切れなくて調子が狂う。

(そういう意味ではお似合いだよホント)

 いまだキョトンと小首をかしげるファイナルにため息をつく。
 ──鋭いんだか、鈍いんだか。


「お前だってゼノンから好かれてるし、俺の妹からも好かれてるだろ」

「む。それは友情というものでは?」

「俺のもおんなじです」

「そういう、ものなのか」


 ふむ、とファイナルはますます考えこんだようだった。

(死神が好かれる、とか妄言かよ)

 魔界では死神だというだけで恐れられるか、憎まれるかだ。
 小さいころからそういうことには慣れている。死神機構の誘いを断り切ったその日から、そういう扱いを覚悟している。
 そんなものに所属していても、親友は救えないのだ。
 だからどんなに奇異の目に晒されても、どんなに好奇心の目を向けられても。
 それは、そういうものだ、と割り切っていた。


「お前、覚悟しておけよ。ハイゼットだって相当な『たらし』だぞ。あいつの奥さんなんて大変そうだ」

「お、奥さ……」


 ぼしゅ、とファイナルの顔が茹で上がった。
 そうしてすぐに彼女の顔は、不安に曇った。


「本当にあるのだろうか。俺が生きたまま、この世界が終わらない方法なんて」


 自分が死ねば、他の存在が目覚め、世界をもう一度あるべき姿に戻すのだと。
 そうきいたのはずいぶん幼いころだった。
 だから終わりを意味する名前をつけたのだと、酒によった両親から聞いた。
 いつかは死ぬことになる、と聞かされて育った。
 彼女は、死ぬために生きてきたのだ。


「あいつがあるっていうならあるんだろ」


 デスはそんなことをさらりとつぶやいた。
 その目は、出入り口の襖へとむけられている。


「な……ずいぶん軽くいってくれる」

「事実なのはお前も承知の上だろうが」

「お前こそ、わかっているだろう。『終焉』は、先代ですら手を焼いた案件だ」


 もしこのまま成長すれば、彼女は自分の意志とは関係なく世界を終焉へと導く。
 今この瞬間も、『そうではない』とは言い切れない。


「先代は『終焉』も『始まり』も眠らせることで世界を守った。つまりは、当時の帝王が、そうするしかなかったんだ」


 ぎゅ、と思わず手のひらを握りしめる。


「でもそれは『あいつ』じゃない」

「!」

「あくまでもあいつの『父親』の話だ」


 デスもファイナルも、その人物を知っている。
 当初はそうだとは知らなかった。
 ハイゼットが連れ去られたあの日まで、彼が『失踪した』とされる存在だとは知らなかった。
 執務から逃げ出し、家族をとった一人の父親だと、知らなかった。


「子は親を超えるもんだろ」


 もっとも、聞かされたのはゴルトを通じてだ。
 その後彼らがどうなったのかは、正直なところわからない。
 ただ翌日彼らの家は燃え盛っていて、いや、彼らの家だけではなく、街一つが戦火に沈むことになったことは知っている。


「どうあっても、俺らはあのバカを信じるしかねえ。それがどういう道でも、ま、最後まで隣にはいてやらねえとな」

「そう、だな」

「いいじゃねえか。俺たちらしいだろ。誰もやったことねえことをやるって言うんだ。ガキくさくてよ」


 ニッとデスに笑われて、ファイナルもつられて微笑んだ。

(ああ、確かにそうだ)

 昔からそうだった。
 一緒ならなんでもできる、と魔王の一人娘らしいゼノンを連れて城まで送り。
 明くる日は城まで迎えにいって遊びに連れ出し。
 また別の日には、迷子だと言い張るアマテラスと一緒に山を冒険した。
 そのたびにハイゼットの姉であったアデルからはこっぴどく怒られたものだ。
 ガキなんだから、ガキらしくもっと無茶してこい、と。


「僕もさんせーい。キミたちの遊びに最後まで付き合うよーん」

「ゼノン」


 むくりと起き上がって、ゼノンがにぱっと笑った。
 その目はまだ眠そうで、寝ぼけたようにぼんやりとファイナルを見つめている。


「だから、平和になったら僕も城に住まわせてよねえ。やっぱ四人でいるのが楽しいしさあ」

「はは、それはいいな。みんなで住めば、なんだってできそうだ」

「でしょ~?」


 笑っていたら、いつの間にか手のひらの握りこぶしは開いていた。
 なんだかこの瞬間が愛おしくて、ファイナルは少し瞼が熱くなるのを感じていた。


 ──そうして。


 ほどなくして、ばたばたとけたたましい足音が響き。
 勢いよく、まさに壊れそうなほど、すぱーん! と襖が開くのである。




「ハイゼット! ふっかーつ!」




 昔のように無邪気にはしゃぎ。
 ピースサインに満面の笑顔で、とてつもない元気を引っ提げて、ハイゼットは登場した。


「もうばっちり全部思い出した! 家族のことも何があったかもね! ばっちりすぎてやばい! 魔法も完璧に使えるよ!」


 先ほどまでどことなくただよっていたシリアスで真面目な空気は完璧に消え失せた。
 うざいまでにハイテンションで元気いっぱいの彼をみるのはあまりに久しぶりのことで、反応の仕方を忘れた面々は口をあんぐりと開けて茫然と固まるのだった。


「あれえ!? もっと喜んでほしかったんだけどな!?」

 
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