とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第四章「東の戦争。」

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 こぽ、とお湯が沸いたのをみて、ファイナルはケトルを手に取った。
 フェニックスがたまにお茶を淹れるのは見ていた。大丈夫、自分にもできるはずだ。

(確か、このてぃーぱっくとやらを入れれば、簡単だと言っていた)

 宿部屋に備え付けられていたソレはすでにカップの中だ。
 あとはこれに湯を注いで少し待てば、お茶が出来上がる。はずだ。
 こぽこぽこぽ……。
 ファイナルは、五つ並べたコップにお湯を注ぐ。


「…………」


 じ、とそれを見つめる。
 確かフェニックスがやったときは、じわ、と色が滲み出てきたはずだ。
 しかし、今回はそうならない。
 どういうわけか、無色透明。それどころか匂いすらしない。

(何故だ……これをいれ、お湯を注ぐだけだと言われていたはずだが……)

 ファイナルはコップを睨みつけた。
 もしや。
 もしや、これはティーパックではないのかもしれない。
 例えば、それを模しただけの飾りだったとか。


「……どうした?」


 異変に気付いたデスが、そっとファイナルのそばに来る。
 ハイゼットはというとシャクスとゼノン、三人で今後を話し合っていて、こちらには気づいていない。
 そうして彼は。
 それを、みた。


「……待て。どうして、こうなった」

「わからん……前はこうしておけばよかった、と記憶しているのだが」


 彼は困惑していた。
 コップの中に入っているのは、外袋に入ったままのティーパックである。
 ティーパックとしての本体は見えない。
 茶葉の姿が、見えない。


「あー……まずな、これ、とれるんだわ」

「! そう、なのか」

「そう。んで、これをとってから、お湯いれんの」


 デスはお湯の中からパックを取り出すと、そっと外袋をとって、中身をカップの中に放り込んだ。
 じわ、と色が滲み出てくる。


「おお……!」


 一つ、また一つと作業を重ねていくと、すべてのカップに鮮やかな赤色がにじみ出た。


「紅茶か」

「ああ。それしかなかった」

「? あっちは?」

「あれは、その。煎茶なのだが、茶葉だったから……フェニックスから触らないようにと言われていてな……」


 真剣な顔で茶葉の入った筒と急須を見つめるファイナルの隣で、デスは怪訝な顔をした。
 茶葉を入れる杯数さえ間違えなければ、そうひどい結末にはならないはずだ。
 はずなのだが……。

(あいつがそうまでして止めるってことは、何か壊すんだろうな)

 掃除をしようとした際、ファイナルのことをフェニックスが止めていたことを思い出す。


「ま、紅茶でもいいだろ。シャクスって紅茶顔だし」


 そういって、デスはコップを一つ手に取った。
 多少冷めてしまっているが、まあ、熱々よりはいいだろう。


「む。ああいうのを紅茶顔というのか」


 危うく噴き出すところである。


「ほら、持って行ってやれよ。そのために淹れたんだろ」

「ああ。ありがとう」


 お盆にカップをのせると、ファイナルはテーブルの方へ歩いて行った。
 デスは、一歩引いたところからテーブルを眺めた。
 真剣な顔をしてシャクスと言葉を交わすハイゼットの姿はなんだか感慨深いものがある。
 あんなにおっちょこちょいで、へたれで、いつも自分の名を呼んでは頼り切りだったというのに。
 今は、自らの手で、仲間というものを守ろうとしている。

(あとはゴルトの動きが『何も』ないっつーのが気になるよな)

 彼は他の悪魔とは少し違う。
 通常であれば御伽噺程度にしか思わない魔界の成り立ちを、おそらく完璧に理解している。

(だからこそハイゼットを傀儡にして魔界を掌握しようとしたはずだ。今も、喉から手が出るほど、この二人を欲しているはず)

 何を待っているのか。
 何を期待しているのか。
 それがわからない。
 今こうしているときに、シャクスのように部下を使って攻め込んでくることも彼には可能だ。
 しかしその片鱗すら、見当たらない。
 窓からちらりと覗く町並みに目立った変化はなく、空もいつもの赤と黒のままだ。


「デスー」


 と、ここでハイゼットからお呼びがかかった。


「あん?」


 カップの紅茶を飲み干して、テーブルへ足を向ける。
 テーブルの上には魔界の地図が置かれていた。
 シャクスが持参したもののようだ。


「今がここで、帝王城がここでしょ? 東を後回しにするとしたら、次どこがいいかなあ?」

「そりゃ南だろ」


 デスは即答した。


「北は最後の方がいい。それに、西には今魔王はいねえよ」

「西魔王がいない?」

「ああ。ずいぶん前に死んだ。それっきりそこには誰も名乗りをあげてねえ」

「じゃあ、誰が……」

「さてな。そこまでは知らねーよ。俺も城にいたときに小耳にはさんだ程度だ」


 うーん、とハイゼットは唸った。
 だとすると、東への面会を後回しにしてもたいした時間稼ぎにはならない。


「ゼノンのお母さんがちょっと体調崩してるって話だったよね?」

「ええ。娘がいなくなったとのことで大変気を病んでおりまして」

「だったら早く安心させてあげた方がよくない? 手っ取り早く解決しそうだし」


 ゼノンはこれに強くうなずいた。
 それはそうだろう。自分の母親が、自分のことで気に病んでいる。
 そう聞けば誰だって不安になるはずだ。
 実際、彼女の顔には少し不安げな表情が見え隠れしている。
 どこか、怯えるような、そんな表情にも見えるが、おそらくは心配なのだろう、とハイゼットは目を伏せた。

(だってもし、俺だったら心配だもん)

 脳裏に優しかった母の顔が浮かぶ。
 多少怒ると怖いところもあったが、自慢の母だったと自負している。


「いえ、それは、その……」


 ここで、シャクスは言葉を濁した。
 何か不都合があるらしい。


「それって俺たちがゼノンを連れて帰ることと何か関係してる?」

「…………」


 今度は完全に沈黙である。
 図星なのだろう。笑顔には少し困った表情がにじみだしていた。


「で、でも、お母様がそんな状態なら、本当に早く帰らないと、やばいと思う、ていうか」


 ここでようやく、ゼノンが口を挟んだ。
 もういてもたってもいられないのだろう、とハイゼットは口を閉じる。


「お父様の部下ならわかるでしょ? 僕のいってることが」


 じ、とゼノンに見つめられて、シャクスはさらに困り眉になった。


「もちろん理解できますが、すでに奥様は『病んで』いらっしゃるのです。何か刺激があれば、『激昂』しかねないほど」

「……そんなに?」

「ええ。そうなれば、どうなるかわかるでしょう」


 ごくり。
 ゼノンの喉が鳴った。
 それは、彼女にも覚えがあった。
 まだ幼いころの記憶だが、それは凄まじいものだった。


「あの、『激昂』って……?」

「お母様って普段はとても優しくて穏やかなんだけど……怒ると、その……」


 ゼノンが言葉を濁す。
 かわりに続けたのは、シャクスだった。


「敵味方、関係なく暴れる状態になるのです。いわば、『暴走』です」

「ぼ、暴走!?」

「ええ。夫も娘も城さえも、壊滅状態に陥れるでしょう」


 溜め込んだ分、吐き出すんです。と、シャクスは続けた。


「だいぶ溜め込んでいらっしゃるので、今回の反動は相当かもしれません」

「でもそれって、誰かが受け止めてあげないとダメってことでしょ?」

「ええ。今は眠っていただいておりますが……このままずっとというわけにもいきませんからね」

「じゃあ、やっぱり根本的な解決にはならないんだね」


 うーん、とハイゼットは唸った。
 どうするべきなのか。
 どうすることが、正解なのか。

(みんなを傷つけるように暴れる、となると、皆を遠ざけて……いや、でも俺一人でなんとかなる……? デスと二人だったとしても……)

 ぐるぐるぐるぐると思考がめぐる。
 ゴルトを打ち倒すことの方が遥かに簡単に思えてきた。


「おい」

「いだあ!?」


 ごん、とハイゼットの頭に手刀が降る。


「馬鹿なりに悩んでるところ悪いが、手っ取り早く答えを言わせてもらうぜ」

「何か案でもあるの?」

「ああ。とっておきの作戦がある」


 にたりと怪しく笑うデスに、ハイゼットは頷いた。






***






 ぞろぞろと黒服が押し寄せてくるのを、サタンは執務室の窓から見つめていた。
 ゴルトの部下たちであることは知っている。
 妻のことは眠らせたが、娘を連れてくるといった部下はあれきり戻ってこない。
 先ほど、奇妙な魔力を感知した。
 まさに帝王、というそれを、感知できた。
 もしかしたら部下はもう二度と戻らない可能性もある。比較的有能だったが、まあ、致し方なし、とサタンはため息をついた。

(ハイゼットらがいることはゴルトも感知したか。)

 恐らくは領地内での戦闘・捜索行為の了承を得にくるのだろう。
 むろん、そうせざるを得ない。
 何しろまだ、まだゴルトに背をそむけるのは時期尚早すぎる。
 仮にハイゼットが自らの足で帝王として立つ覚悟ができていたとしても、だ。


「ジル」

「はっ」


 しゅた、と何処からともなく鬼が現れた。
 黒いサングラスで目元はよくみえないが、その頭からは確かに一本の角が見える。
 彼は着流しをぴしっと着こなし、その手には金属製の長い棒を携えていた。


「夜叉の様子はどうだ」

「今は落ち着いております。ただ、力の感知はしたでしょう。いつ目覚めてもおかしくはありません」

「そうか」


 妻とは、何度か喧嘩をしたことがある。
 もちろん他愛無い痴話喧嘩というものも経験があるが、それ以上にもっと暴力的なものを経験している。
 城はおろか、東魔界の領地内すべてを焼き払うような、そんな凄まじい怒りを、彼女はその身に内包しているのだ。
 ある意味では『終焉』と同じといえるだろう。
 普段はそうではなくても、いつかはいつの間にか溜め込んでいた何かを爆発させる。


「シャクスが戻る気配はあるか?」

「死んではなさそうですよ。気配はきちんとあります。──ただ、強奪には失敗したようですが」

「だろうな。戻りが遅すぎる」

「彼は彼なりに『話術』でどうにかしようとしている可能性もあります。あるいは、貴方の思惑に感づいた可能性もございますが」


 ふん、とサタンは鼻を鳴らした。
 黒服たちが城の門を通りすぎる。
 もうまもなく、従者が彼を訪ねるだろう。


「ジル、お前はハイゼットらと戦って南魔界へ連中を押しやってこい」

「は? ──正気ですか?」


 鬼、ジルは固まった。
 経験の差はあれど、向こうには死神がいる。


「勝つ必要はない。ただ、東魔界を諦めるよう説得すればいい」


 彼は窓に手を添えた。
 視線は帝王城のある方向へと向いている。

(再びあのような悲劇を繰り返すつもりはない)

 先代の帝王のことは、今もよく覚えている。
 他の悪魔にひどく優しい悪魔で、それでいて、強い悪魔だった。
 しかし彼をもってしても、魔界に長らくの平穏はもたらされなかった。
 しばしの平穏のあと、彼は凶刃に倒れることになったのだから。

(だから、私は)

 ポリシーを曲げてまで、他のものと協力関係を結んでいるのだ。
 もう二度と、今回のようなことを起こさないために。


「いずれにしろあれらと私、お前たちを足しても夜叉を止めるなど不可能だろう。であれば被害はゴルトの部下にも被ってもらおう」

「ああ、なるほど──ふふ。貴方、性格が相変わらず悪いですね」

「お前ほどではないさ。アレはきちんと暴れさえすれば、元通りに戻る。何、私は少なくとも一度も殺されたことはないからな」

「そうですね。貴方の敵意を無意識に感じ取って攻撃するような素振りさえありますから、やはり奥様はさすがです」


 くつくつと二人笑いあう声は、とんとん、というドアのノック音でかき消された。
 それを合図に、ジルは再びしゅた、とわずかな音をたててそこから消える。


「失礼致します。魔王様、お客様がお見えですが」

「通せ」


 ぎい、と重い扉が開く。
 黒い影がぞろぞろと流れ込んでくるのを、サタンは魔王らしく、不敵な笑みで迎えた。



「ようこそ、東魔界へ。歓迎しよう、客人共」


 
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