とあるマカイのよくある話。

黒谷

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第六章「暴力と快楽と信仰。」

01

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 砂漠の地下から上へと戻ってきたハイゼット一行は、北魔界のはずれの町を訪れていた。
 東魔界の時と同様、そこからは大きくそびえる城が見える。
 違うところといえば、雪山が見えないこと。
 遠くに見えるのは森ばかりで、肝心の北魔界の地は荒野であるというところか。


「熱くもなく寒くもない……」

「良くも悪くも不毛の土地だ」


 吐き捨てるようにそういうデスの足はいつもより早い。
 ハイゼットはもちろん、新たに加わった仲間である竜人種の子供にとっては酷なものだ。


「デスはここ、来たことあるんだよね?」

「……まあ」

「ここはどういうとこなの? 俺、北魔界の印象ってあんまりなくて」


 だろうな、とデスは思った。
 彼の前で北魔界の話なんてしたことはない。
 共に幼少期を過ごした町でも、北魔界の話なんて出てはこなかった。
 そりゃそうだ。
 幼少期を過ごした町は比較的穏やかで治安がよく、北魔界から来たものなんてほとんどいなかった。
 それにそこを行き来する輩もいなかった。


「治安最悪の歓楽街」

「えーっと?」


 理解できなかったハイゼットが、戸惑ったように小首を傾げる。


「セルんところをもっと最悪にした感じ」

「あれより最悪ってあるの……?」

「あるある。だがまあ、さすがに見せたくねえからお前らは留守番。情報収集には俺ひとりでいく」

「え」


 すたすたと歩いていくデスの後ろ姿をみて、ハイゼットは固まった。
 そんな危ないところに一人で、と言いかけて、ぐっとこらえる。
 そもそも彼はそこを一人で歩いている。
 ここに一人できて、平然となじめているのだ。

(俺じゃ、役に立てない)

 少しは何かできるようになったつもりだった。
 けれどまだ足りない。
 どこへいくにも並んで歩くには、まだ、デスの方が強すぎる。


「勘違いすんなよ。物事には適任ってのがあるんだ。お前だと喧嘩して終わるか連中に襲われるかで終わりだ」

「うぐぐ」

「街のはずれで『不可視』になって待ってろ。ここが終わったら次だ。しらみつぶしに探せば、そのガキも満足するだろ」


 デスはため息をついて子供を見下ろした。
 むっとして彼が言い返すよりも先に、ハイゼットが彼をぎゅっと抱きしめてデスに抗議した。


「ちょっと! ガキじゃないよ、フォルテくんだよ!」


 フォルテとは、ハイゼットが彼につけた名前である。


「竜人種って本来はすっごく強くて、大人になるとドラゴンになれるんだって。だから強い子になるように、フォルテくん!」

「そんなお前、勝手に……」


 本人は了承したのかよ、と言いかけて、デスはぎょっとした。
 少し満足げなのだ。この子は。
 そうして子供、フォルテはぎゅ、とデスの服の裾を掴んだ。


「……おれ、は、あんたと、いっしょがいい」

「はあ?」

「いもうとを、さがすから」






***







 結局フォルテを振りほどけなかったデスは、ため息をつきながら街を闊歩した。
 その手の先には、彼があたりを見渡しながら歩く。
 町の誰もが異様なその光景に目を見開いた。
 中には、声をかける店主もいたほどである。


「だ、旦那? 死神の旦那ですよね? どうしたんです、いったい」


 彼の頭にはその角を隠すようにフードが深くかぶせられていて、竜人種だということはバレていないようだ。
 しかし、それはそれとしてデスの心は荒んでいた。
 知っている町を、出会ったばかりの子供と手をつないで歩く。もはやこれは一種のそういうプレイかもしれない。


「ああ、ちょうどいいところにいたな。お前奴隷市場とか詳しかったっけ」

「え? ええ、まあ」

「んじゃ竜人種の扱いがあるとことか、紹介してくれや」


 デスの言葉に、その店主は目を丸くした。


「旦那、そういうの興味ないって言ってたじゃないですか。……もしかして、お仕事ですか?」

「ばーか。機構とは縁切ったっていったろ。そういうのじゃねえよ」


 潰す可能性はあるが、とは言わなかった。
 いう必要もないだろう。この街には良識はおろか、仲間意識もありはしない。
 店主は少し唸ると、「ああ」と手をうった。


「グラフィンの旦那がやってたとこなら、あるんじゃないですかね。この街の地下にも一つ確か店が入ってたような」

「贄の館か。あいつの取り揃えイカレてるもんな」


 しれっというデスの顔を、フォルテは黙って見ていた。
 グラフィンがもうこの世に存在しないことは、確認した。
 何しろ彼は、最期、歓喜にむせび泣きながら、真っ白な灰になったのだから。


「でも最近北魔界にきた新顔の旦那がね、子供はじゃんじゃん連れ去ってるらしくて。もしかしたら残ってないかもしれませんよ」

「? 新顔?」

「ええ。金髪で、目つきが悪い方です」


 それには覚えがなかった。デスが小首を傾げると、店主はそっと近寄って耳打ちした。


「余所者みたいなんですよ、どうやら」

「……余所者? 今更か?」


 不自然だ、と思った。
 確かに今も外部からの移住は止まるところを知らないが、北魔界に来てすぐ、子供を買いあさる金があるのも奇妙だ。
 考えられるのは手を引いてるのがアルマロス、ということだが、彼もまだ魔王ではないはずだ。


「ええ。北魔王がね、呼び込んだらしくて。これが子供ばかりを買い取っては城に持ってく変態なんですよ」

「あいつが? わざわざ、外部から?」


 デスがそういうと、店主は「ああ」と頷いた。


「旦那、知らないんですか? 北魔王、交代したんですよ。アルマロスの旦那に」

「!」


 店主のその言葉に、デスは目を見開いた。
 北魔王は彼の知り合いだ。どうしようもない快楽主義者で自堕落的な男だったが、それだけに落とせる自信があった。
 けれど、アルマロスとなると話は別だ。

(まじかよ。いつだよ。あのバカ、寝首かかれてるんじゃねえよ)

 デスはため息をついた。
 これでは、話し合いすら無意味の可能性がある。


「で、旦那。一杯やってきますか?」

「あー……、いや、いいわ。今度シャルルと顔出しにくる。それまで生きてろよ」

「へへ」


 デスは店主のポケットに、セルの国で拾った宝石類を放り込んだ。
 情報料にはなるだろう。


「……あんた、どっちなんだ」


 歩き出したデスに、ぽつりと、フォルテが呟いた。


「どっちって?」


 そのつぶやきに、気まぐれのようにデスも返事をする。


「ていおーの、みかた、なのか。ちがう、のか」

「はは。俺はいつだってあいつの味方だよ。あいつだけの」

「…………」


 そのあとは、しばらく無言だった。
 デスはフォルテの手をひいて、路地裏の階段をすたすたと降りていった。







***







 ──ひっきりなしの痛みが、体を支配している。
 今この時ほど、自分の身体が他の種族よりも頑丈にできていることに感謝したことはない。


「う、ぐ」


 声が漏れる。
 自分の他には、もう誰もいない。
 みんなしんでしまった。
 あの日、買い取られたあの日には、五人も同じ境遇の子がいた。
 けれど、もういない。
 彼が与える試練の前に、その身を砕いてしまった。

(わたしは、まだ、だいじょうぶ)

 竜人種という種族は、体が頑丈だ。
 将来的にドラゴンへの変貌を遂げるせいなのか、皮一枚、肉や骨にしても、通常のナイフは刃を通さない。
 兄だってきっと大丈夫だ、と彼女には不思議な確信があった。
 二人で売られたあの日、兄と牢屋の中で約束をした。
 離れ離れになっても、いつかきっと、生きて再会するのだと。


「お。まだ生きてたか~」


 がちゃん。
 重い鉄のドアが開いて、再び彼が入ってくる。
 彼の目は喜びにあふれていて、心なしかほっとした。
 興味を失われてしまえば、きっと殺される。
 彼ほどの悪魔だ。きっと傷をつけることができるナイフだって持っているだろう。


「よっぽど兄貴に会いたいのか? はは、健気だな」

「う、うう」


 彼は手に鞭を握る。
 他の子の命を奪った鞭だ。


「お前の兄貴な、ちゃーんと探してやってるからな。俺の気が済むまで、死ぬんじゃねえぞ?」


 にっこりと微笑むと、彼は鞭でぱあん、と床を叩いた。
 調教師であるグラフィンが見せる笑顔とはまた違う笑顔だ。


「うう!」


 鞭が彼女の身体をえぐる。
 けれどこの痛みにはもう慣れてしまった。
 それよりも、彼女は彼の笑顔が不思議だった。
 他の誰もが快楽にその顔が歪むのに、彼は少し違う。
 罪悪感に身を焦がしているような、まるで自分に対して鞭をふるっているような。

(どうして、そんなに)

 泣きそうな顔を、しているのでしょう。


「!」


 べり、と叩き続けられた尻尾の一部、鱗が剥がれたのがわかった。
 とたんに段違いの痛みが彼女を襲った。


「あう、うう、うう!」

「はは! そうこなくちゃな!」


 まるで一撃ごとに電撃が走っているかのようだ。
 痛みに体はびくびくと痙攣し、意識が飛びそうになる。
 しかし彼女は落ちなかった。
 ぐっと歯を噛み締めて、兄の顔を思い浮かべて耐えた。
 もしかしたら兄も、同じくどこかで痛みに耐えているかもしれないのだ。


「アルシーくん」


 ここで、もう一人声が増えた。
 重い鉄の扉を従者に開けさせて、シルクハットの男が現れた。


「帝王とは会った? 銀髪の子なんだけど」

「しらね。何度か街に降りたけど、みてねえよ」

「そういう騒動も何もなし?」

「ああ」


 ふうん、と彼は呟いた。
 何か納得がいかないようだ。


「なんだよ。何かあったのか?」

「いやね、ゴルトから連絡があってさあ。帝王がうちにいるから、始末しろって」

「ああ、あのおっさんか」


 ぱし、と鞭を打つ手が止まる。


「部下でも差し向けてきたか?」

「うん。真っ黒な影が三人と、変な化け物一つ」


 拗ねるような口調だ。
 唇をとがらせて、まるで子供みたいだ、と彼女は思った。
 そんな男をなだめるように、彼は「あー」と唸った。


「お前はどっちを始末してほしいんだ?」


 男へ向き直って彼がそう問いかけると、男は、にんまりと笑った。



 
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