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第六章「暴力と快楽と信仰。」
02
しおりを挟む「んー、ここもだめか」
地下街から出る階段を登りながら、デスは溜息をついた。
もとより望みのない話ではある。
しらみつぶしに町の奴隷市場を回ってみてはいるが、一向に功績はない。
(可能性として高いのは、新顔だっつー金髪か)
よほど子供への興味・関心が高いらしい。
彼のせいで出回る子供の数が激減していると噂が立つほどだ。よほどのものだろう。
(となると、生きてるかどうか)
大勢を集めて何かをする嗜好の持ち主なのか。
はたまた、『消費』が早い嗜好の持ち主なのか。
前者ならばまだ生きてはいるだろうが、後者の場合は望みが薄そうだ。
「あんた、みんなと、しりあい、なんだな」
ぽつり、呟くようにフォルテが言う。
「みんな、あんたに、わるいかお、しない」
フォルテは町で出会ったバーの店主や近寄ってきた客引きの悪魔たちを思い出していた。
だれもかれも、デスには好意的だった。
自分のほうをみる目は冷たかったが、デスにはそういう目をしなかった。
もちろん町をゆく全員がそうじゃない。
恐れるような目線、疑うような目線、訝しがるような目線。
いろんな目線があったが、少なくとも嫌悪するものはひとつもなかった。
「そりゃま、ここで生きてりゃいろいろあるんだよ」
この世界は、良くも悪くも弱肉強食だ。
強さはそのまま何者にも変えがたい武器になる。
どんな感情を腹にもっていようと、どんな性格の悪魔であろうと、基本的には強いものに従順なのである。
そうしてデスは、その強さに傲慢だ。
見せびらかすような真似はしないが、自分の持っている武器をよく理解していた。
階段を登り終えて、町のはずれへ。
すっかり多種多様な魔法を扱えるようになったハイゼットが、不可視の魔法を解いてデスに駆けてきた。
「どうだった!」
デスは首を横にふった。
そっか、とハイゼットは肩を落とす。
「真っ直ぐ城に向かった方がいいかもしれないな」
「? 諦めるってこと?」
「いや、北魔界の魔王城に、新顔がいるらしい。そいつが子供を買い漁ってるんだとよ」
デスは城へと目を向けた。
あと三つも町を経由すれば、城へとたどりつくだろう。
「このへんの町は全部やられてる。だとしたら、残りも全部空っぽの可能性が高い」
新顔の金髪。
それも、余所者ときた。
アルマロスが連れてきた悪魔。
おそらくはろくなものではないのだろう。
戦闘にこと向かない彼のことだ。自分のボディガードでも雇ったつもりなのかもしれないが。
「あとな、北魔王がどうやら新しくなったらしい。俺も知ってる顔だが、あいつがお前の説得に応じるかは正直わからん」
「……それは、最悪殺し合いになる、てこと?」
「可能性はあるぜ。何考えてるかわかんねえから、俺もどう転ぶか予測がつかないが」
「……そっか……」
ハイゼットも、デスと同じように城を見上げた。
城の真上には赤と黒の、よりいっそう濃い空が渦巻いている。
「じゃあ、このまま城へ──」
「お? おお? おおお!」
──ハイゼットの言葉をさえぎって、頭上から声が響いた。
ハッと一同が顔をあげると、そこに。
金髪の悪魔が、黒い羽を広げてこちらを見下ろしていた。
彼の視線は、ハイゼット、ではなく、フォルテへと向けられている。
「それ! そいつ! 竜人種だな!」
「だったらなんだよ?」
フォルテをかばうようにデスが前に出ると、フォルテはデスにぎゅっと抱きついた。
彼の目は少しの恐怖に歪んでいた。
「欲しいんだよ、それ。譲ってくれねえかなあ?」
デスが何かいうよりもはやく、ハイゼットはたまらず割り込んだ。
「この子は『もの』じゃない!」
「あん?」
彼の視線が、フォルテからハイゼットへ移る。
上から下まで嘗め回すように見つめて、それから、「ああ!」と頷いた。
「お前が『帝王』ってやつか」
とっさにファイナルが刀を抜いた。
ゼノンも彼女の後ろに隠れるように身を潜める。
そういう殺気にも似た何かが、空中の彼からは解き放たれていた。
「一回は遊んで来いって言われたっけ。はは、ま、ちょうどいいや」
「……?」
「あの面倒な監視連中はいねえし、俺もちと試運転といくか」
彼の手からバリバリと黒い雷が放出された。
それは黒い光の塊となって大きくなっていき、やがて、彼の手の中で真っ黒な大鎌へと変貌を遂げた。
「ハイゼット!」
「うん!」
ハイゼットがフォルテを抱き上げると同時に、デスが地面を蹴り上げた。
彼の体が真っ直ぐ、弾丸のように空へと放たれる。
振り上げた彼の手の中には、同じく大鎌が出現していた。
そうしてそれは、彼の大鎌と激突して火花を上げた。
「お前が噂にきく『死神』か! いい顔してんな、お前!」
「ハッ! お前こそいい赤色じゃねえか。前髪切ったほうがいいんじゃねえのか!」
デスの大鎌と彼の大鎌は幾度か大きく『ガンッ』という音を立ててぶつかったあと、お互い距離をとるように弾けとんだ。
「悪くねえな。アルマロスが執着するのもわかる気ィする」
彼は大鎌を撫で付けると、真下のハイゼットへ視線を落とした。
ハイゼットはデスと彼との戦いを見守るように、フォルテを抱きかかえて上空へ視線を向けていた。
「だがわからねーな。あんた、なんでそんな強いのにあんなヘタレに従ってんだ? ここじゃ『弱肉強食』なんだろ?」
「むっ」
彼は視線をデスに戻した。
ハイゼットは何か言おうと口を開いたが、それよりも先にデスが再びガンッと鎌を振り下ろした。
「おっ……!」
より重い衝撃に、彼は思わずぐぐ、と下へ下がった。
目の前の深い青の目が、じろり、と彼を見下ろす形となる。
その深い青は、先ほどと変わって冷たく彼を見つめていた。
「言っとくが、あいつは俺より強いぜ」
まるで囁くような声だった。
彼は、それを跳ね返そうと力をいれたが、体勢が悪いのかいまいち押し切れない。
それどころか、デスの鎌はどんどんと彼へ迫ってきている。
「弱肉強食って大原則知ってるならわかるよな? お前、俺に負けたら『いうこと』聞かなきゃならねえんだぜ?」
「……ッく、ぐう……ッ」
「いいのか? お前いわくの『ヘタレ』とやりあう前に、『俺』に負けちゃうぜ? いいのか?」
にたにたと笑いながら、デスは彼を容赦なく地面へ叩き落した。
それから自らも、しゅたっとハイゼットの隣に華麗に着地した。
「デス、あの」
「そこで待ってろ、ガキについて聞き出してくる」
何か言いかけたハイゼットを制止して、デスはすたすたと地面に落ちた彼へ歩み寄った。
クレーターが出来た地面の真ん中に、彼は大の字になって寝そべっていた。
「おい」
「…………」
「死んでねえだろ、返事くらいしろよ」
「……ふ、ふふ」
彼は、肩を震わせた。
額からはわずかに赤い液体が流れ落ちていたが、それを全く気にする様子もなく、彼は大鎌を握り締めて笑った。
「はは、ははは! はははははは! いい! すげえいいな、お前!」
デスは足を止めた。
地面から叩き落したくらいでは、やはりさして応えてはいないようだ。
「ここの連中、よわっちくて退屈だったが、お前なら楽しめそうだ!」
「そりゃ光栄だ」
彼は地面から立ち上がると、改めて鎌を構えた。
「俺の名はアルシエルだ。ゲヘナにおける黒い太陽と信仰されたかつての魔王の成れの果てだ、覚えておけ」
長い前髪から覗く赤い目が、らんらんと輝いた。
やる気は満々のようだ。
デスは溜息をついた。
名乗りをあげる以上、自分の強さには自信があるのだろう。
きいたことのない余所者の名ではあるが、一度でも信仰されたことのある存在は、総じて強い。
「ハイゼット、ここは俺に任せて先にいけ」
「で、でも」
「いいからいけって」
デスは、ハイゼットに近づくとこっそりと囁いた。
「こいつが例の新顔だ。ここでこいつを引き止めておけば、ガキを探しやすいだろ」
そういわれて、ハイゼットは城を見上げた。
確かに不可視の魔法はどうやら完璧に作用するようだ。
潜入は可能だろう。魔王との謁見の前に、フォルテの妹を探せるかもしれない。
理にはかなっている。そちらの方が効率的だろう。
(だから、こんな気持ちになるのは、きっと)
ハイゼットはぎゅっと拳を握り締めた。
常にそばにいてくれたデスと分かれて、魔王を説得する。
それが少し、怖いのだ。
東魔界でも、南魔界でも、そもそもデスが『知り合い』だった。
開幕から敵対視されることもなく、攻撃されることもなかったのは、おそらくデスがいたからだ。
「ハイゼット、いこう」
刀をしまったファイナルが、ハイゼットの手を引いた。
傍らには、少し不安げなゼノンがいる。
そうしてハイゼットの片腕に抱かれたままのフォルテが、ぐい、とハイゼットの腕を引っ張った。
「いこう」
「……そうだね」
ハイゼットは指をはじいた。
不可視の魔法を、全体にかけて皆と走る。
「デス、ここは任せたからね!」
「おう!」
振り返りはしなかった。
デスもこちらをみていなかった。
彼の声と同時に、アルシエルの怒声と、また激しく鎌がぶつかり合う音がした。
***
目が覚めたら、珍しく『子供』ではないものが傍にあった。
傍にあるとはいっても、とても頑丈な檻にいれられていて、彼女とは少し環境が違っていた。
「う、うう」
体を起こす。
拘束具はない。
彼は彼女に拘束具をはめなかった。
彼女が逃げないと知っていたからだ。
(けっこう、ねた、と、おもうんだけど)
見渡しても彼はいなかった。
気配もしない。どこかへ出かけてしまっているらしい。
珍しい、と思った。
いつもならそろそろ帰ってきて、ドアを開き、試練が与えられるはずだ。
「お邪魔するよ~」
「!」
がちゃり、と鉄のドアが開く。
この声は、と視線を送ると、やはりシルクハットの男がいた。
彼と対等にみえて対等じゃない、不思議な関係性を持った男だ。
「ああ、キミに用事じゃないんだ。そっちの子。黒いのがいない今がチャンスだと思って」
にっこりと微笑むと、彼はすたすたと檻の方へ歩いていった。
「みてごらん? この子はね、あらゆる種族の集合体だ。キメラっていうのかな、今は」
「き、めら……」
檻の方へ視線を向ける。
中にいるのは、どろどろとした黒い液体のようなものだ。
とてもじゃないが、『子』と呼ばれるようなものにはみえなかった。
「元はキミと一緒なんだよ。頑丈な竜人種の子を、改造したんだ」
「……!」
「もちろん誰かは知らないけどね。少年だったって話を開発者からきいただけさ」
彼女がハッとした瞳を向けると、彼は「ああ」と悪い顔をした。
「ごめんよ、キミにはお兄さんがいるんだったね」
声が出ない。
もし、万が一、これが。
(あに、だったら)
黒くうごめくそれに、もはや顔はない。
手はない。足はない。角はない。尻尾はない。
だから、確証はない。
「あに、は、しなない」
震える声で呟く彼女に、ゆっくりと、彼は歩み寄った。
「そうだといいねえ」
「う、うう、う……」
耳元で囁かれ、顔をあげると、その琥珀色の瞳が歪んでいた。
グラフィンの笑顔ともまた少し違う、悪い顔。
時折『彼』が浮かべるそれとも違う、悪意に満ちた、悪魔の顔。
「でも、もしお兄さんだったなら、感動の再会だったのにね」
心が折れてしまいそうだった。
うろこが剥がれた尻尾が痛い。
今まで耐えてきた傷が、一気に痛み出したみたいに、全身が痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
「──ころしてあげようか? 二人とも、いっぺんに」
悪魔の囁きだ。これは。
安らぎに似た何かをちらつかせる、悪魔の囁き。
「ほら、今ならアルシーくんもいないし」
「…………」
「僕は優しいんだよ、ふふ。苦しむキミをこれ以上みたくないんだ」
す、と彼がその手を差し出した。
彼女は、その手と彼の琥珀色の瞳を交互に見つめた。
どうしていいかわからなかった。
この苦しみに、痛みに、終わりがくるのならそれ以上にありがたいことはない。
けれど、本当にこの化け物が、そうなのかどうかは、わからないのだ。
「さあ、僕の手をとって──」
彼女の意に反して、その言葉に従うように、手が動く。
困惑し、引っ込めようとしたが、まるで彼女のものではなくなったかのように、腕は動かない。
真っ直ぐに、彼の手へと伸ばされていく。
「いも、うと!」
「!」
唐突に響き渡った声に、彼は慌てて頭上を見上げた。
高い天井の上から、唐突に現れた少年が、彼めがけてまっしぐらに落ちてくる!
「うわ!」
彼は思わず飛びのいた。
がしゃん、という音を立てて落ちてきた彼は、しかし傷ひとつ負っていなかった。
「キミは……」
見知らぬ子だ。
こんな子がどうやって城の内部まで入り込んだというのだろう。
そんなこと、奇跡がおきたってありえはしないというのに。
(──まさか!)
彼、アルマロスはハッとした。
もう一度頭上を見上げると、そこに。
「お邪魔してます!」
と、声をあげて、銀髪の青年が、舞い降りた。
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