とあるマカイのよくある話。

黒谷

文字の大きさ
39 / 52
第六章「暴力と快楽と信仰。」

07

しおりを挟む



 真上から光が降り注ぐのを、茫然と見た。
 その先でファイナルが連れ去られるのも、茫然と見た。
 ぐ、と奥歯をかみしめるしかなかった。
 目の前にいた。
 走ればいい距離だった。
 魔法さえ使えれば、どうとでもなることだった。


「ハイゼット!」

「!」


 泣き叫ぶようなゼノンの悲鳴と、腰あたりの衝撃にハッとした。
 ゼノン、フォルテとその妹が、ハイゼットを守るように抱き着いている。
 目の前の影はもうない。
 グリードの撤退と共に、みんな跡形もなく消えてしまった。

(そうだ、今は)

 デスが動けない今、この光を、まずは、何とかしなければ──!


「う、く!」


 痛む腕で、落とした剣を拾い上げる。
 何とかそれを構えて、空へとむける。
 魔法が使えなくても、なんとか。
 なんとかしなければ、皆を救えない!


「まあまあ、肩の力抜いて」

「……アルマロスくん……」


 ぽん、と肩に手を置いたのはアルマロスだった。
 彼の傍らに佇むアルシエルの腕には、デスが担がれている。


「これなら僕でなんとかなる。できれば僕の後ろに隠れてくれるかい」

「で、でも」

「大丈夫だよ。キミ一人でなんとかしなくてもいいんでしょ? ふふ、僕も一応、『魔王』だからね」


 くすくすと笑うと、アルマロスは何気なく、すっと空へ手を向けた。
 ほどなくして、光が、彼の手の先に触れ──バツンッ、と、消えた。


「え」


 ハイゼットは目を丸くした。
 確かに今、強大な光が空から落ちてきたはずだ。
 それを、指先一つで、アルマロスは消して見せた。


「無効化、というんだけどね。こういうのなら僕、どれだけでも消せるよ」

「そのかわり攻撃手段はゼロだ」

「ゼロじゃないよ、失礼だな」


 むっとして言い返すアルマロスにはとりあわず、アルシエルはデスをハイゼットに差し出した。


「それよりこれ。こいつ。なんとかしねえとあんたの戦力ガタ落ちだろ」


 デスはぐったりとしていて、まるで反応がない。
 こんなデスをみるのは初めてで、ハイゼットはアルシエルからデスを受け取ると、ぎゅっと抱きしめた。
 ……わずかに、まだ温かい。
 けれど、心臓の音があまりに聞こえない。
 みるみるうちにハイゼットは青ざめた。
 こんな状況もまた、初めてだった。


「どうしよう、デスが、ええと、休ませるとこを」


 ぱちん、とゼノンの手がハイゼットの頬をひっぱたいた。


「落ち着いて! こいつの言うとおりでしょ! ハイゼットは一人じゃないんだよ!」

「ゼノン……」

「キミ一人で決めなくていいし、キミ一人で背負い込まなくたっていい! ここからならセルのとこが近いし、助けてもらおうよ!」


 ゼノンは背伸びして、大きな目で精一杯ハイゼットを睨みつけながらそう叫んだ。


「反省するのはそのあとでしょ! この場でファイナルちゃん殺してないんだから、まだ奪い返すチャンスはある!」

「……うん、うん! そうだね、そうしよう」


 ぐし、とあふれ出しそうになる涙を拭って、ハイゼットはぐっと前を見た。
 デスを抱え上げて、アルシエルとアルマロスを振り返る。


「セルくんとこね。ま、僕も知り合いだし、久しぶりにお邪魔するとしよう」


 アルマロスは、す、と地面に手を当てた。
 ぶわっと魔法陣が広がると、彼はそれに手を埋めた。
 そうして、ずるずると扉を取り出した。


「確か、このドアがセルくんとこに繋がってたはず」

「ド、ドアってそんなふうにしまえるんだ……」

「うん。これも魔法の一種だよ。キミもコツさえつかめば同じことできると思うけど」


 ドアノブをがちゃりと回して、アルマロスはドアを開けた。
 開けた先に見えたのは、壁の穴に見覚えのある部屋だった。







***







「えーと? 何、なんだって?」


 セルは小首を傾げた。
 目の前で元気なくしょげる帝王と、ニコニコする取引相手(北魔王)と、見たことのない金髪をみて怪訝な顔を浮かべた。
 この前見たときは死にそうになかった死神は死にかけていて、それを必死に金髪の少女が治療していた。
 そうしてその光景を、大蛇は少し心配そうに見下ろしていた。


「だからね、ちょっとだけここにいさせてほしいんだよ」

「いやそれはわかったけど……」


 セルはハイゼットを見た。
 あの時元気いっぱいに笑っていた彼の面影はない。
 とてつもなくしょげていて、小突いただけでも大泣きしそうだ。


「あんだけゴルトを倒すって息巻いてたそれは、どうしたわけ?」

「ちょっと魔法使えなくなってしょげてるんだよ」

「魔法使えなくなったって……なんで? 俺の毒すら効かなかったお前が?」


 とてもじゃないが信じられなかった。
 何しろ、セルもこの街も魔界も救った時のハイゼットは、まさしく帝王だった。
 できないことなど何もないというような、自信にあふれていたのだ。


「へー……なんか意外だな。お前、もっとなんでもできるやつなのかと思ってた」

「…………」

「それとも何、恋人も親友もやられて意気消沈って感じなのか?」

「……それは……」

「変なやつ。やり返せばいいじゃねえか、俺の時みたいに」


 セルはケロッとそんなことを呟いた。


「俺があの女奪った時には血相変えて怒ったじゃん。マグマのときも、諦めないで飛び込んできたじゃん」


 じ、とセルの目がハイゼットを映す。
 ハイゼットの銀の目も、またセルを映した。


「いいのかよお前、このままで」


 銀の瞳が、揺れる。


「とられたんなら奪い返そうぜ。仕方ねえから俺も一緒にいってやるからよ」

「! セルくん……」

「いちか百か、選べないっていっただろ。どっちも欲しいって。どっちもとられたなら、どっちも奪い返すまでだろ」

「い、いいの?」

「当然だろ。俺のこと『友達だ』とかいったのお前だぞ」


 呆れたようにため息をつくセルに、ハイゼットは少し震えて、それからボロボロと泣いて、抱き着いた。


「うおっ」


 突然の行動に、セルは大きくよろめいた。
 そんな光景を、少しあきれるような目でアルマロスが見つめていた。
 アルシエルに至っては、もはや見てすらいない。


「あり、ありがと、ありがとお、セルくうん」

「わかったから俺で涙を拭くな! 金とるぞ!」


 もはや服はびしゃびしゃのぐしゃぐしゃである。


「にしても、魔法なあ」


 セルは何かを思い返すように、うーん、と唸った。
 ゴルトのことはセルもよく知っている。
 オスカー家という魔界にある六大家の一つの出身で、野心家の悪魔だ。
 けれどそんな能力は聞いたことがなかった。
 そんな制限をかけられる魔法が使えるなら、彼はもっと手早く魔界を掌握していたはずだ。


「お前、魔法以外に戦う手段ねえの? その剣とか」

「……使える、けど、その」


 ハイゼットは口ごもった。
 ちらり、と自分の腰に視線を落とす。


「殺したくねえとか言うんだろ」

「! デス!」


 その先を喋ったのは、むくりと起き上がった死神だった。
 慌ててゼノンがその体を抑えるが、彼はそれをやんわりと片手で制した。


「剣で斬れば最悪は死ぬ。手加減できるかわからないから、自分からは極力振り下ろしたくない」

「デス……」

「いいぜ、お前はそれで。後は俺がやってやる」


 その真っ白な肌は、いまだ血色がよくない。


「お前が背負いたくないってんなら、俺が背負ってやる。恨みも憎しみも俺が貰う。お前はただ、ファイナルを奪い返すことだけ考えてろ」

「…………」

「誰も殺したくねえなんていって、お前が殺されちゃ話にならねえ。それなら俺がお前を殺すやつを殺す。それでいいだろ」


 ハイゼットは、セルから離れると、デスに歩み寄った。
 その目にはたくさんの涙があふれていて、口を開いても言葉が出てくるのには時間がかかりそうだ。
 彼はそっと、その包帯に赤がにじむ体に抱き着いた。
 先ほどよりは、はっきりと心臓の音が聞こえる。
 それに、ほんのりと温かい。


「言っただろ。お前ら二人が笑ってられる世界を奪い取るためなら、俺はなんだってしてやるって」


 ケラケラと笑うと、ハイゼットはより強くデスを抱きしめた。
 じわ、と包帯にさらに血がにじむ。

(見たくなかった)

 こんなデスをみるのは、幼い頃以来だ、と思った。
 街のはずれにたまたま立ち寄ったらしい盗賊と戦った時に、デスは同じく胸をえぐられた。
 その時も平気だといって、彼は一人で盗賊たちを打ち倒した。

(もう、見ないって誓ったのに)

 死なないから別にいいんだ、泣くな。
 そういった彼の顔を、ハイゼットは目に焼き付けて、それを糧に魔法も剣術も頑張った。
 姉からつけてもらう稽古に頑張って励めたのは、彼の隣に並んで戦うためだ。
 自分の守りたいものを、守れるように、なるためだ。


「……ハイゼット?」

「……ごめんね、デス。もう大丈夫」


 ぐっと下唇を噛む。
 何処までも甘い自分が、心底嫌になった。
 こんなんだから、ファイナルを奪われる。
 こんなんだから、デスを傷つけられる。
 こんなんだから、こんな目に合う。

(でも)

 その程度では、諦められない。
 どうしたって、彼はファイナルが欲しいのだ。
 隣にいて、笑ってくれる未来が欲しいのだ。
 そうしてその反対には、デスがいてほしい。
 今まで得たみんなが、それぞれ楽しい毎日を送ってほしい。
 魔法を阻害された程度で、それは諦められない。


「大丈夫」


 言葉を口に出す。
 自分に信じ込ませるように、身体に言葉をしみ込ませる。


「俺なら、できる」

「そうだ」


 顔をあげると、デスがニッと白い歯を見せて、笑っていた。


「お前ならできる」


 ──何か、胸のつかえがとれるような、そんな感覚がした。
 こつん、と彼の額に、ハイゼットは額をぶつけた。
 温かい何かが、額を通じて流れ込んでくるようだ。
 それは、体の中にある違和感を丸ごと拭い去るような、そんな感覚だった。


「……うん! 俺なら、できる! デスがいれば、何でもできる!」

「当然だ」


 もうそこにはしょげるハイゼットはいなかった。
 まるで失った輝きを取り戻すかのように、明るい顔で前を見る彼がいた。
 セルはそれを眩しそうに見つめて、ゼノンは二人の傍らでため息をついた。
 アルマロスはニタニタとどこか呆れたように笑い、アルシエルは、そんな光景をじ、と黙って見ていた。


「なあ」

「なに?」


 アルシエルの問いかけに、アルマロスは視線を彼に向けた。


「あれで付き合ってねえのか?」

「ぶふっ」


 アルマロスは吹き出した。
 真顔でそんなことをきく彼に、デリカシーというものが備わっていないことを再度認識しなおした。
 幸い彼らには聞こえていないようだ。


「アルシーくん」

「あ?」

「ああいうのもまた、『友情』というんだよ」

「ユウジョー」


 片言である。
 聞き覚えがない単語だったのだろう。


「そう。友達同士はね、ああやって落ち込んだものを慰めるんだ」

「へーえ」


 本当はそんなこともないのだけれど。とは言わなかった。
 あれは特殊だ、とも付け加えなかった。
 しかしとくに疑問を抱くこともなく、アルシエルは頷いた。
 そうして、初めて目にするものをみるように、物珍しそうに、二人を見つめていた。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

処理中です...