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第六章「暴力と快楽と信仰。」
06
しおりを挟む青い炎が、城を包んでいくのを、──見た。
鮮やかで、見事なものだ。
それをきちんと見るのは久しぶりで、アルマロスはそれに見惚れてしまった。
「すげえ……」
傍らで、そんなふうに呟くアルシエルの声がした。
彼がこれを見るのは初めてだった。
(あんなに魔力を使ったあとでも、こんな炎が出せるのかよ)
城の一部に手を置いて、彼は全身から炎を噴出させていた。
黒い化け物の、軋むような叫び声が空へと響き渡る。
一つの声ではないように聞こえた。
複数名の、アルシエルにとっては聞きなれた悲鳴だ。
──すなわち、子供の声だ。
「…………」
「だい、じょうぶ」
フォルテの手をぎゅっと握る少女に、フォルテは微笑みかけた。
「あの、ひとは、いたく、しないから」
恨むような声も。
憎しみを叫ぶ声も。
つらさを嘆く声も。
理不尽を怒る声も。
等しく、等しく、その青い炎に包まれて消えていく。
やがて、城の形は崩れていき、真っ白な灰がはらはらと舞った。
雪のようなそれは、ふわっと吹いた風に巻き上げられて、空の果てへと消えていく。
「……終わったぜー」
なんてことないように、デスは振り返ってハイゼットを見た。
少し不安そうだったハイゼットの顔が、ぱあ、と明るくなった。
それから、ぱたぱたと彼に駆け寄っていく。
「大丈夫? ふらふらしない? 魔力切れとか起こしてない?」
「起こしてねえよ。多少眠たいだけだ」
ふあ、とデスは欠伸を漏らした。
とてもじゃないが、手に負えない怪物を『殺した』後とは思えない。
「それよりやったじゃねえか、あとは城を取り戻してゴルトぶん殴るだけだ。一気にいこうぜ」
デスは帝都の方を見上げた。
わずかに、帝王城のてっぺんの部分がここからでも見えた。
「ダメだよ、まずデスを休ませてからだ。いくらキミでも、無理しすぎだってば」
「死にはしねえんだから問題ねえだろ、いつまでゴルトが傍観してくれてるかわからな──」
ぷつん、と言葉が切れた。
代わりにザクリと嫌な音がして、ハイゼットは目を見開いた。
「あ」
二人をまとめて貫くように、デスの胸から、それを抑えようとしたのか、彼の手をも貫いて、真っ黒な刃が突き出ていた。
ハイゼットの肩を抉って、それはそのままさらに生き物のようにぐんと伸びると、ファイナルの腕を貫いて止まった。
ほんの一瞬のことだ。
それはずるりとまた勢いよく引き抜かれ、地面へと帰っていく。
「ッ! 地面かッ!」
アルシエルが思い切り地面へ拳を振り下ろした。
びきびきびき、と地面が無数にひび割れ、膨れ上がるとたまらずソレは飛び出した。
高く飛び上がったそれが、地面に手をついて吐血するデスめがけて落ちてくる。
「──ハッ、ナメられたもんだな」
「!」
ぐい、と口を拭うと、デスは落ちてきたそれを思い切り殴り飛ばした。
パンッと弾かれて地面を転がったソレは、枯れかけた大木にぶつかって止まった。
煙が巻き起こり、その姿は確認できない。
「デ、デス!」
「うるせえ、平気だ。お前はファイナルの心配してろ」
血反吐と一緒にそう吐き捨てると、デスは立ち上がって大木へと歩み寄った。
胸からはどくどくと大量に赤い液体が流れ落ちていく。
ハイゼットは、ハッとしてファイナルを見た。
彼女の利き腕からは血がどくどくと溢れ出している。
「ファイナ」
「貴方の相手は私です」
「!」
駆け寄ろうとしたハイゼットの目の前に、影が割り込んだ。
今まで通り、黒い影だ。
目も口も髪もない。──だが、今度は、言葉を発する。意思がある。
(浄化を──)
ぐっと手を向けると、ずきりと肩が痛んだ。
まるで力を使おうとすると連動して痛みが出るようだ。
「馬鹿のひとつ覚えですね」
「くっ!」
ハイゼットが魔法を放つ前に、黒い刃が振り下ろされた。
やむを得ず、ハイゼットは剣を抜いてそれを受け止めた。
「ゴルトが何も対策しないと思いましたか。先ほど貴方を貫いたのは少々特殊な刃でして」
「特殊……?」
「あの方の魔力が体に入り込むようになっているのです。あの死神が軌道さえずらさなければ、貴方の心臓を貫いたはずなのですが」
いやはや、末恐ろしい。
そんなことを呟いて、影はニタリ、と笑ったようだった。
ハイゼットはそれを弾き飛ばして、デスの方へ視線を送った。
「デス!」
彼は、大木に手をついて、青い炎に全身を包んでいた。
そこにいたであろうそれにも、燃え移るのが見えた。
返事はない。
そういう余裕がないのだろう。
「はは、まじですか。凄いですね、死神さん。心臓を貫かれて、体にあの方の魔力を持ったまま、能力を発動させるとか」
まさにチート、と他人事のように呟く目の前のそれに、ハイゼットは思いきり剣を振り下ろした。
「おっと!」
「よくも、よくも、そんな、ひどいことを!」
ぎり、と奥歯を噛み締めるハイゼットを、影はパンッとはじき返した。
しかし、再びハイゼットは影に刃を振り下ろす。
ぎいいん、と音を立てて、黒い刃はそれを受け止めた。
肩に痛みが走る。けれど、気にならない。
(はやく、こいつを片付けて、デスを)
やっぱりもっと休ませればよかった、とか。
頼りきりだったから、とか。
ぐるぐると思考が渦を巻く。
青い光はもう消えている。デスの体は、木の下に倒れこんでいた。
「ぐっ!」
べき、と黒い刃にヒビが入る。
「こ、の!」
ハイゼットは、大きく振りかぶって刃ごと影を吹き飛ばした。
衝撃でバキンと黒い刃が折れる。
そうしてハイゼットが目にしたのは、ぞろぞろとどこからともなく湧いてくる黒い影たちだった。
「うっわ……」
ゼノンは思わず声を漏らした。
まるで取り囲まれているかのようだ。
そうして、それを率いるように、青紫色の髪の悪魔が、ゆったりと歩いてきた。
「おや、北魔王にその部下と、帝王たち。不思議な組み合わせですねえ、ふふふ」
真っ白な仮面をつけているため、本当に笑っているのか、悪魔の顔は確認できない。
アルマロスは彼をみて、「おや」と向き直った。
「グリードくんじゃないか。キミが置いて行った『檻』、僕の城をめちゃくちゃにしてくれたんだけど落とし前はどうつけてくれるつもりだい?」
「ご冗談を。それは貴方がこちらを裏切るような真似なさったためでしょう?」
それに、と彼は呟いた。
「計画は次なるフェイズに移りましたので、もう貴方の協力は不必要なようですよ?」
「奇遇だね。僕もゴルトくんを見限っていたところさ。ねえ、アルシーくん」
「ああ」
べき、と影を掴んでたたきつけながら、アルシエルは頷いた。
ぶらん、と力なくうなだれるそれを、アルシエルは彼の足元にぶん投げた。
「死神さえ仕留めれば何とか大丈夫だとでも思ったのか? はは、甘いやつ」
「……貴方が噂の『新顔』ですか」
少し声のトーンが落ちる。
仮面越しに、彼はアルシエルを睨みつけているようだった。
アルシエルもまた、挑発するように彼を睨みつけた。
「正直、貴方たちには用事がありません。せっかく死神をまともに動けなくできたのです。終焉を攫うなら、今でしょう?」
「!」
ファイナルは、じり、と後ずさった。
腕の出血はいまだ止まっていない。
刀を握ることは出来なさそうだ。
「ファイナルちゃん、下がって!」
そばにいたゼノンが、懐から銃を抜く。
震える手で、銃口をグリードに向けた。
「おや。東魔王のお嬢さん、戦えもしないのに武器を向けてはいけませんよ」
グリードは全く動じなかった。
ハイゼットもとっさに動こうとしたが、吹き飛ばしたはずの影が、ずるりとまた地面から這い出て戻ってくる。
「そこをどけッ!」
「できない相談です」
折れたはずの刃は、再生したように戻っていた。
再び、ハイゼットの振り下ろす剣をぎいんと受け止めた。
***
抉られた腕が痛い。刀を持てない。まるで自分の腕ではないように、動かない。
目の前でゼノンが半狂乱になりながら、銃を放つ。
彼女の魔力を弾にして放つそれは、影をいくつか貫いていたが彼らには心臓がないようだ。
止まる気配がない。
「ゼノン、いい、大丈夫だ、下がれ!」
「でも! ファイナルちゃんを狙ってるのに!」
「片腕でも、なんとか……!」
ファイナルは、動く方の手でゼノンを後ろに回した。
どうやらハイゼットも何かされたらしい。魔法を使う様子がなく、先ほどからずっと剣で影とやりあっている。
(アルシエルは、アルマロスをかばっているな。それに、子供たちも少し気にかけてくれてるか。……問題は)
じり、じり、と。
グリードが近寄ってくる。
「腕が動かないのに、冷静ですね」
まるで他人事のように、グリードはそういった。
「このままだと貴女のせいで皆殺しです。ふふ、帝王は今、魔法を使えませんから」
「……何をしたんだ」
「お教えはできません。ですが、そうですね。この惨劇を早く終わらせることは、貴女にできますよ」
グリードはファイナルに手を差し出した。
それが何を意味するのか、彼女はよくわかっていた。
「どうせ死ぬことになるのなら、どこで何で死のうと変わりません。ですから、選ばせてあげます」
「その手をとれば、お前たちは引き上げると?」
「そうですね。まあ、貴女の確保が目的ですから」
ぐい、とゼノンはファイナルの服を引っ張った。
ふるふると首を横に振る。
一生懸命、横に振る。
ファイナルはハイゼットと、それからデスをみた。
彼は大木のあたりでぐったりと倒れている。
(もし、ここで俺が攫われても)
(ハイゼットはきっと、諦めない)
(どんな手段を使っても、きっと助けに来てくれる)
ひとまずこいつを遠ざけよう、とファイナルは思った。
このままでは、一緒にいるフォルテたちも怪我をしかねない。
せっかく救った子供の命だ。
できれば、安全な場所に逃がしてやりたい。
「…………」
「ファイナルちゃん!」
ゼノンの泣き叫ぶような声を背に、ファイナルはグリードの手をとった。
はは、と彼の仮面の下から、小さく声が漏れる。
「おりこうさんですね。では、行きましょう」
グリードはファイナルを抱え上げると、す、と空へ浮かんでいった。
事態に気付いたハイゼットが、こちらを呼ぶ声がする。
ぐ、と下唇を噛んだ。
今にも、彼の名前を呼んでしまいそうだった。
グリードが、す、と地面に手を向ける。
「では、惨劇を締めましょう」
「なっ」
ドッ、と。
彼の手から、真下へ。
予備動作なしで、高密度のエネルギー砲が放たれた。
ファイナルは咄嗟に目を見開いた。
エネルギー砲は、真っすぐにハイゼットたちへと向かっていく。
「約束が、ちが──」
「あは」
「──!」
そのファイナルの顔を、じかに見ようと思ったのか、彼は白い仮面をとって、その紫色の瞳で、彼女を見た。
にんまりと、悪意に満ちた微笑みだった。
まさに絶望に顔をゆがませるファイナルを強く抱きかかえて、彼はすっと消えていった。
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